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第22話 光と歌

あの日から

ずっと

お前だけだ

「ミナ?」

俺はミナの少し後ろを歩きながら声を掛けた

ミナは反応せず、そのまま前だけを見て歩き続けた

小走りでナルとイナクが追いついてくる

「ソラく~ん」

ナルの声に、ミナの肩がぴくりと動いた

ミナは立ち止まり、大きく息を吐く

それから振り向いて、顔の前で手を合わせ、深く頭を下げた

「ごめん!ナル!」

「せっかくの誕生日なのに」

ナルは一瞬ほっとした顔をしてから、わざと頬をふくらませる

「もう!埋め合わせしてよね」

「うん、するする、絶対する!」

俺もミナの様子を見て少し安心した

するとイナクが言った

「俺とソラは買い出しに行ってくる」

「ミナは暖房機の受け取りがあるだろ」

ミナが頷くと、ナルが言った

「私は?」

「今日の主役だ、なにもするな」

ナルは一度ミナと顔を見合わせる

「はーい、ミナと一緒にギルドに帰ってるね」

俺たちは二人と別れて、市場に向かった

歩き出してすぐにイナクが聞いてきた

「ナルを喜ばせたい」

「からあげは喜んでた、似たようなものはないか?」

そう言われて俺は戸惑った、元の世界のことはあまり思い出せない

その時、ルーの顔が浮かんだ、彼女のアドバイスが頭をよぎる

俺が食べたい揚げ物……

ぽん、と出てきた

「とんかつ」

「とんかつ?」

「からあげに近いけど、もっと大きい揚げ物だよ」

「厚めの肉を使って、卵と小麦粉とパン粉で衣をつけて揚げる」

「それは、鶏肉を使っても良いのか?」

「うん、チキンカツってのがある」

イナクの足取りが早くなる

「それならナルは喜ぶな」

「卵と小麦粉はギルドにある、他を買って帰るぞ」

「おう」

俺たちは鶏のもも肉とパン粉を探して屋台を回った

買い物の途中で、イナクがまた聞いてくる

「誕生日にやると喜ばれること、他にあるか?」

俺は少し考えた

それから、急に思い出す

「……歌、とか」

「歌?」

「誕生日おめでとう、っていう意味の歌があるんだ」

イナクの目がわずかに動く

「ナルが興味を持つ」

「どんな歌だ?」

「ハッピーバースデートゥーユ~、って感じ」

イナクが眉を寄せる

「ハッピバってなんだ?」

「俺の世界の言葉で、誕生日おめでとう、って意味」

「教えてくれ」

「え?いいけど」

俺は歩きながら何度か口ずさみ、イナクに歌を教えた

必要な買い物を済ませ、俺たちはギルドへ戻ってきた

すると入口の前で、イナクが急に立ち止まる

「ソラ、先に行くぞ」

「ん?どうぞ」

なんでわざわざ?

俺はそう思いながら、少し遅れて中へ入った


中に入ると食堂に見慣れない大きな箱のようなものがあった

朝に会った男が言っていた魔力暖房機だ

その前でミナとナルが、猫と遊んでいる

「あ、おかえり~、二人とも」

「おかえり~」

二人が猫と遊びながら言った

ミナが暖房機に手を向けて、嬉しそうに笑う

「見て見て、あったかいよ~」

「今年の冬は天国ね~」

その足元で、猫が気持ちよさそうに体をくねらせていた

茶色い毛並みで、顔から腹にかけては少し色が薄い、目は黒く、毛並みがいい

「この子、組合にいた子だよね?」

「今度、返しに行かないと、きっと心配してるよね」

そう言って、ミナが猫の喉を指で撫でる

「え?」

この猫はミナが魔法で作った猫だ

ミナは、覚えていないらしい

するとミナの後ろからナルが言った

「捨て猫みたいだから、返さなくて大丈夫だよ」

ナルが目線で俺に合図する

俺はすぐに察して、小さく頷いた

きっと、あの日のことは思い出させない方がいい

俺もそう思った

ミナは猫に頬を寄せる

「え~、捨てられちゃったの?」

「君、こんなに可愛いのに~」

「うちの子になっちゃ~う?」

猫はミナの指をぺろぺろ舐める

「うーーーん!可愛い!」

「この子、うちの子にする!」

ミナは猫を抱き上げて言った

「名前どうしようかな~」

「うーん……ムギ」

「なんか雰囲気がムギって感じ」

「よろしくね~、ムギ」

そういえば俺の名前も、こんな感じにミナが名付けてくれたんだった

それから、イナクの荷物を見てミナが言った

「なに買ってきたの~?」

「今日の晩御飯の材料だよ」

俺が答えると、ナルが片手を上げて手を振るようにして言った

「お腹ならすいてるよ~」

「すぐ用意する」

そう言ってイナクは厨房に向かう

俺も後に続いた


厨房に入るなり、イナクが言う

「今日は俺が作る、教えてくれ」

俺は頷き、説明する

「基本はからあげと同じ」

「鶏肉に下味をつけて、衣をつけて揚げる」

「衣は、小麦粉、といだ卵、パン粉の順につける」

「わかった」

イナクは手際よく卵を溶き、トレイに入れる

次に小麦粉、パン粉を別々のトレイに広げた

俺はその間にキャベツを刻んで、サラダの皿を用意する

油を熱しながら、鶏肉に塩と香草を揉み込む

準備が整って、鶏肉に言われた手順で衣をつけて油へ落とした

パチパチパチ

油の音と香ばしい匂いが一気に立ちのぼる

「なになに、からあげ?」

「えー、ソラ君が泣いちゃうじゃーん」

そういわれて俺はすぐ返した

「もう泣かないから!」

「それに、今日はチキンカツだよ」

聞きなれない料理名に二人は顔を見合わせる

「今日はイナクが作ってるの?異世界の料理」

「あ!ナルの誕生日だからだ~」

ミナがからかうように言った

「な…なによ」

ナルがちょっとむっとした顔でミナに言う

「なんでもないよ~」

するとミナが食堂の方に逃げ出した

「ちょっと!ミナ」

それを追ってナルも食堂へ引っ込んだ

なにか食堂の方でやっている

そうこうしているうちにチキンカツが揚げ終わった

横に置いた鉄串をならべたトレイにチキンカツを置く

俺は急いで皿を出してレタスを盛りつけた

準備が整うとイナクはチキンカツを皿に置いた

そして皿を両方の手に持つ、俺もそうした

食堂に俺たちが行くと二人は行儀よく座っていた

「おめでとう」

ミナが拍手しながらナルに言う

「ありがとう」

ナルが答える、なんとなく二人の態度に違和感がある気がした

「わー!なにこれ!でっかい!」

「おいしそ~」

皿をみて二人から歓声がある

俺が説明する

「ナイフで切って食べてね」

「いただきま~す」

二人の声が重なる

ひと口食べた瞬間、顔が変わった

「きゃー、美味しすぎ!」

「こんなの初めてだよ!イナク、ありがとう」

イナクが少しそっぽを向いて言う

「ソラに教わっただけだ」

ナルは首を振る

「ううん、作ってくれたのはイナクだもん」

「ありがとう」

イナクの耳が少し赤い気がした

その様子を横目に、俺は食べるのをためらっていた

また泣いたら、ナルの誕生日に水を差すし

何より…恥ずかしい

俺は恐る恐る小さく切り分けて口に運ぶ

「う、うまい!」

美味かった、いままで食べたことない位に

そんな俺を見てイナクが言った

「俺の味だ、泣くなよ」

「泣かないって!」

ナルがからかうように言ってくる

「残念だね~、また慰めてもらえたのに」

「ナル!」

ミナが叱るように言った、ナルは舌を出している

笑いが漏れそうになるのを、俺は飲み込んだ

食卓は温かい空気に満ちていった

暖房機の熱も、料理の湯気も、会話も

食べ終えて満腹の波が来た頃、イナクが言った

「まだある」

イナクは厨房へ戻り、すぐに皿を持って戻ってきた

「昨日から準備しておいた」

皿の上には、丸いスポンジケーキが乗っていた

「えぇー!なにこれ~」

ナルが身を乗り出す

それを聞いて、イナクが答えた

「ケーキだ」

ミナも目を丸くする

「ケーキ?」

「甘い菓子だ」

イナクはそう言いながらケーキを切り分けて配る

それからミナの横へ行き、なにか耳打ちした

「うん!わかった」

ミナが元気に返事する

「なに?」

ナルが疑問に思って声を掛ける

次の瞬間

教会で見たのと同じ、星みたいな光の粒が食堂いっぱいに舞う

そしてイナクがナルの方へ向き直り

大きく息を吸ってから歌い出した

「はーっぴばーすでーちゅーゆ~」

俺がさっき教えたやつだ

発音は変だけど、声がやたらいい

低くて通る声が食堂に響きわたった

ミナの光とイナクの歌が、食堂を満たす

「はっぴばーすでーでぃあ なーるー」

歌が終わると、光もすっと消えた

ミナとイナクが拍手を始める

「おめでとう」

「おめでとう~」

二人の声が重なる

「おめでとう」

俺も慌てて参加して拍手した

ナルは固まったまま、きょとんとしていた

それから、目の端に大粒の涙がぽろっと落ちる

「もうぉ~……そういうの、ずるいよぉ~」

「泣いちゃうじゃん~」

ミナとイナクが慌てて近づく

ナルはイナクをすいっと避けて、ミナの胸に飛び込んだ

ミナはナルの頭を包むみたいに抱きしめる

イナクは出しかけた手が、手持ち無沙汰な感じになった

……俺はその光景を見て、少しだけ複雑な気持ちになる

ミナは二日連続で、胸の中で泣かれている

昨日は俺、今日はナル……なんだそれ

しばらくするとナルは泣き止み

ケーキを食べながら元気にミナとおしゃべりを始める

いい誕生日会になった

俺はそう思った

その時、イナクがナルに声を掛けた

「は、話がある」

ナルはいつもの調子で返す

「話し? なに?」

「俺宛の依頼がくれば、か、稼げるようになる」

「うん?そうだね」

イナクが少しだけ怯んだ気がした

でも続ける

「そ、その時になったら、い、言いたいことがある」

「へ、返事は後でいい」

ナルはますますきょとんとする

「うん、今言えばいいじゃん」

「だから、なんの話?」

その瞬間、俺は気づいた

……あ、これ

イナク、告白しようとしてる

しかも、俺とミナの話を参考にしている…

あまりに唐突すぎて、ナルに全く伝わっていない

イナクの額に汗がにじむ

少し間が空いた

「……な、なんでもない」

逃げた

俺は心の中で突っ込んだ

イナクは立ち上がり、皿をまとめて厨房へ向かった

俺も残りの皿をまとめて追う

厨房で皿を流しに置くと、イナクは椅子に座ってうなだれていた

見ていられない……

「イナク」

俺は前に立って言った

「らしくないぞ」

「気持ちを伝えたいなら、素直に、短く言え」

「お前には、それがいちばん向いてる」

イナクが俺を見上げる

目が大きく開く

少し考えるように目が泳いで、それから短く言った

「恩に着る」

イナクは立ち上がって食堂へ戻る

ミナと笑っているナルの前で止まる

「イナク? どうしたの?」

イナクは大きく息を吸って、叫ぶように言った


「俺が稼いだら! 結婚してくれ!」

「ナル! 死ぬほど! 好きだ!!」


響き渡る愛の告白に、食堂の時間がぴたりと止まった

ご近所様全てに聞こえただろう

ナルは瞬きを忘れて固まっている

言葉の意味が、遅れて胸に落ちてきたみたいに

耳が先に赤くなって、じわじわ頬まで染まっていった

次の瞬間、ナルはすごい勢いで走り出し

自分の部屋に飛び込むように逃げていった

バタン!という扉の音が響く

ミナは口を開けたまま固まっている

イナクはゆっくり厨房へ戻ってきた

椅子に座り、またうなだれて言う

「やっちまった…」

俺はイナクの肩に手を置いた

家族みたいに強く結びついている関係を変えようとしてる

それは、相当な勇気がいることだろう

俺は言った

「やるな、おまえ」

イナクは俺を見て、短く返す

「おう」

俺は言葉を続けた

「唐突だったし、時間はかかるかもしれない」

「でも、ナルはきっと返事をくれる」

「俺たちにできるのは、待つことくらいだろ?」

イナクは流しに向かい、洗い物を始めながら言った

「そうだな」

俺も横に立ち、黙って一緒に皿を洗った


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