第20話 恋人と母親
恋の早熟
母の残骸
俺たちは組合からギルドに帰ってきた
ミナとナルは、終始テンションが高かった
「ねえねえ、ソラ君!どんな料理を作るの?」
ナルが歩きながらも、足取りを弾ませて、ウキウキした声で聞いてきた
「そ、それは…お楽しみだよ」
口ではそう言ったが、正直…何を作るか全く思いついていない
その横からミナが言った
「えー、知りたーい。ソラってちょっといじわる」
ふくれたふりをして、ミナは俺の顔を覗き込む
楽しみにしているのがミナから伝わってくる
「何が必要だ?」
イナクがいつもの落ち着いた声で、料理に必要なものを聞いてきた
「必要なものは、ギルドの周りの市場で買ってくるよ」
いろいろ見ながら…決めるしかない
「私も一緒にいくよ」
ミナがすぐに手を上げるみたいに言った
「いや、俺だけで行ってくるよ。今日はミナのお祝いでもあるから」
そう言って、俺はギルドを出て、近くの市場に向かった
「気を付けてね~」
「いってらっしゃい~」
ミナとナルに見送られながら、俺の気は重い
そもそも…異世界の料理ってなんだ…
この世界にどんな料理があるのかも、よく知らない
イナクが作ってくれる料理は、俺の世界でも、見知ったものばかりだ
少し歩くと、屋台が立ち並ぶ活気のある市場にたどり着いた
「ソラさん!珍しいな、買い物かい?」
「ソラさん、いい魚が入ってるよ!持って行ってもいいぜ」
あちこちから、声を掛けられる
俺は旧市街で、ずいぶん顔が売れていた
いろいろと見て回ったが、何を作るか、全く定まらない
俺は道の脇に置いてある木箱に腰かけて、ゆっくり考えていた
すると、俺の肩が、トントンっと叩かれた
俺が振り返ると、透き通るような青い瞳と目が合った
今日は長い髪をまとめず、さらさらとなびかせている
「こんにちは! ソラ!」
そこには、ガイの娘、ルーが満面の笑みで立っていた
「君は…ルーちゃん、だったね」
「うん!私の名前、覚えていてくれて嬉しい」
相変わらず、吸い込まれそうな青く大きな瞳で、真っすぐ俺を見てくる
ルーはひょいっと俺の横に座り、足をパタパタさせながら言った
「なにしてるの?」
「夕ご飯の材料を買いに来たんだけど、何を作るか決まらなくてさ」
それを聞いて、ルーは身を乗り出し、俺の顔を下から覗き込むみたいに聞いた
「ひょっとして、ソラがごはんを作るの?」
「うん、そうだよ」
ルーの眉が跳ねて、声がぱっと弾んだ
「ええーーー、ソラが作るの!?」
「今日はさ、ギルドの皆が、組合に登録できたお祝いなんだ」
ルーは嬉しそうに頷いて、俺の言葉を受け止める
「すごい!ソラって、やっぱり優しいんだね!」
「でも、何を作るか、決まらなくてさ」
「俺がいた世界の料理を…食べたいってリクエストなんだ」
ルーは、少し考えるみたいに首をかしげた
「ソラがいた世界って、どんなものを食べてたの?」
「うーん…それがさ、ハッキリとは思い出せないんだよね」
「前の世界で知ってたものを見ると、断片的に思い出すんだけど」
「どんなものを食べてたとか、全然思い出せないんだ」
俺は腕を組んで、なんとか思い出そうとした
ルーは少しだけ黙って、それから明るく言った
「それなら、ソラが食べたい!って思うものでいいんじゃない?」
「俺が食べたい?」
「うん!ソラって今、何が食べたい?」
俺が食べたいもの?……そう考えて
ぽんと単語が出てきた
「からあげ」
「からあげ?」
「うん、からあげ」
「それ、どんな食べ物なの?」
「鶏肉とかを油で揚げたもの…かな」
「油で揚げる?ってどういうこと?焼かないの?」
「たくさんの油を熱して、それに入れて調理するんだよ」
ルーの目がさらに大きくなる
「ええ!たくさんの油を使うの!?」
「うん」
「油を売ってる所なら、私、分かるけど…」
「油ってすごく高いよ?あ、でも、ソラなら…へっちゃら?」
「多分、へっちゃら」
ルーは嬉しそうに頷いて、すぐに声を弾ませた
「さすが!案内してあげる」
そう言ってルーは俺にしがみついて、腕を組んできた
そして俺の腕を引いて歩き出した
しばらく歩いていると
「ねえ、ソラ」
「なに?」
ルーは少しだけ声の調子を落として言った
「私、あれからたくさん食べて、少しだけどお肉もついてきたの」
たしかに、まだ痩せているが、前に会った時はもっと痩せていた気がする
「絶対、ソラに好きになって貰えるように、頑張るから」
俺は少しだけ心が痛んだ。彼女の真っすぐな気持ちは、最初に会った時から痛いほど伝わってくる
この子は真剣に俺のことを考えてくれている
その気持ちに応えられないのは、後ろめたく感じる
「ルーちゃん、俺は…」
俺が言いかけると、ルーは俺の腕を少しだけつねった
「ルーちゃんって呼ぶのはやめて、ルーって呼んで」
そう言われて俺は呼び直した
「ルー、前も言ったけど、俺は君の気持ちには、応えられないんだ」
それを聞いて、さらりと返してくる
「いいよ、私の気持ちは…変わらないから」
「なんでそこまで、俺なんかに?」
ルーはちょっとだけむっとした顔をした
「そういう言い方するソラは、ちょっとやだ」
少し間があってから、ルーが言った
「つまんない話だけど、聞きたい?」
「うん」
前を見つめながら、ルーは静かに話し始めた
「私、生まれてから、家の外を歩き回るなんて、一度もなかったの」
「ずっと、部屋の壁や天井ばかり見てた」
「パパとママが、私のために無理してるのも分かってた」
「どうして………私なんかが………生まれてきちゃったんだろ〜って思ってた」
「私のパパとママってさ、凄く良い人なの」
「捨て子の私を育ててくれて…なのに…私は迷惑しか掛けてなくて」
「毎日、寝る前に「これで終わらせてください…」って、神様にお祈りしてた」
「あはは、暗いでしょ、わたし」
ルーは笑ってみせる。
その笑顔は、影を落としていた
そこから、彼女は俺の顔を覗き込んで、ぱっと笑った
いつものルーがそこにいた
「でもね、ソラが全部塗り替えてくれたの」
「ソラのおかげで、いい仕事が見つかった!なんて…パパが大騒ぎしてるなって思ったら」
「凄く甘いお薬を貰ってきて、それから…魔法みたいに…あっという間に…全部変わってさ」
「神様は、私を連れて行ってくれなかったけど……ソラが終わらせてくれた」
「私の願いよりも………ずっと…優しい形で」
「色のついた、夢みたいな世界まで、わたしに与えてくれた」
「だから、もし、いつか神様が、私を連れていってくれても…」
「神様より……ずっと…ソラが好き」
「きっと…ずっと…変わらない…」
ルーは、俺の腕を強く抱きしめる
「だからさ、はやく…ミナに、ふられちゃってよ!」
「慰めてあげる!」
そういって、明るい笑顔を俺に向けてくる
この少女が、小さい体で抱えてきたものは、俺が想像出来るようなものではない気がした
………神様………………
なんてものがいるのなら
俺をルーの近くに送ってくれて、本当に良かった
腕に回った小さな手に、そっと自分の手を添えて、俺は言った
「……ありがとう」
今の彼女が、俺の行いの結果なのだとしたら、それは凄く、誇らしく感じた
そうこうしているうちに…油を売ってる屋台にたどり着いた
大鍋が並び、小さく切った鶏皮を炒めて油を取っていた
じゅう、と音を立てて脂がにじみ、香ばしい匂いが通りに広がる
脇では、焼けた鶏皮をつまみに酒を飲んでいる
「鳥の皮を焼いて油を出してるんだって」
ルーが言った
屋台の店先には、串に刺さったカリカリに焼けた鳥皮が売っていた
それを見て俺はルーに言った
「あれ、たべてみる?」
「うん!」
二人で鳥皮にぱくついた
「パリパリしてる~」
「うん、塩気があって美味しいね」
すぐに食べ終わった
それから、壺に入った鶏油を買って、次は肉を買いにいく
ルーに肉屋へ案内される途中、ふと彼女の歩みがゆるんだ
視線が目の前の屋台に吸い寄せられている
そこには、色とりどりのリボンが飾られていて、ゆらゆら揺れていた
……気になるのかな
俺はそう思って、声をかけた
「気になるの、ある?」
「え、ううん、ただ、綺麗だなって」
言いながらも、目はまだリボンに残っている
「今日のお礼に、どれか買ってあげようか?」
「え!?」
「ルーがいなかったら、俺、途方にくれてたしさ」
「本当に…いいの?」
「いいよ」
「じゃ…これ」
そこには黒い色のリボンがあった
俺は少し意外だった。もっと明るい色を選ぶと思ったから
「え?黒でいいの?」
「うん、だって…ソラの色だし」
ソラの色。俺の髪の毛の色だった
俺は店の人に声をかけて、黒色のリボンを買って、ルーに手渡した
それを胸にだきしめるようにして
「ありがとう」
ルーは本当に喜んでくれた。こっちまで嬉しくなるくらいに
そのあと、ルーの案内で鶏肉、小麦粉、ニンニクに生姜、ついでに醤油のような調味料を手に入れた
これだけあれば、十分にからあげが作れそうだった
「ありがとう、ルーのおかげで、なんとかなりそうだ」
「えへへ、ソラに褒めてもらえて嬉しい!」
もう夕日が差しはじめていた
通りの影が少し長くなって、屋台の喧騒もどこか柔らかく聞こえる
「もう暗くなるし、家まで送るよ」
「私のこと、心配?」
ルーは俺を覗き込むように言った
「え?そりゃ、そうだよ」
俺の反応を見て、大きな瞳が、喜びで揺れたのが分かった
「えへへ、やった」
「私のお家、ギルドのすぐ近くなの。一緒に帰ろ!」
夕焼けの光が、旧市街の道を長く照らす
俺たちは並んで歩いていた、すると、横のルーの影が、視野からはずれた
俺が振り向くと、ルーはしゃがみこんでいた
「どうしたの!ルー」
心配して駆け寄る俺に、ルーは小さく微笑んだ
「ちょっと…はしゃぎすぎちゃった、休めば、大丈夫だから」
苦しそうに呼吸して肩が揺れていた
「ごめん、無理してつき合わせちゃって」
「いいの、私がそうしたいの」
そこで俺は、ルーに背中をむけてしゃがみこんだ
「乗って」
「え?」
「おんぶ!俺がそうしたいの」
俺はルーの口調を真似るように言った
「う…うん」
ルーは素直に俺の背中に乗る、その体は…驚くほど軽かった
俺はルーを背中に乗せて歩き出した
まだ苦しそうな呼吸が伝わってくる
するとルーは、消え入りそうな声で言った
「神様って…ほんといじわる……」
「わたし…こんなんで…ちゃんと、おおきくなれるかな……」
俺の背中で、彼女が小さく泣いているのが分かった
打ち消すように、俺は少し声を張った
「今日は楽しかったね!ルーに相談に乗って貰って、二人で答えを見つけて」
「市場を回って、色々なものをみて、買い集めて、二人で沢山歩いて」
「俺、ルーに出会えて良かった」
「今日一緒にいてくれて、嬉しかった」
「ルーに助けられて、今は…俺がルーを助けてる」
「そういうのってさ、すごいことだと、俺は思うんだよ」
「俺も……神様に祈るよ ”ずっと、ルーといさせてください” って」
「だから、大丈夫さ!」
すると、小さい声でルーが言った
「うん…やくそく…まもるから……」
そう言ったところで、ルーが俺の背中で、寝息を立てているのが分かった
乱れていた呼吸も落ち着いている
俺は少し胸を撫で下ろして、帰路を急いだ
ギルドの近くまで来ると、ルーの母親のニナが、家の表に出て立っていた
どうやらここがルーの家らしい、本当にギルドのすぐ近くだ
俺は家の前まで行き、ルーを起こさないように彼女を受け渡した
彼女たちが家に入るのを確認してからギルドに向かう
ギルドに入ると、お待ちかねのように迎えられた
「ソラ君、おかえり~」
「遅かったね、大丈夫だった?」
ミナは心配してくれていたようだ
「うん、ちょっと色々買うものがあってさ」
「すぐに夕食の支度をするね」
そう言って厨房に向かう俺を、ナルが呼び止めた
「ソラ君、なにかついてるよ」
ナルは俺の服についた長い髪の毛をつまんで取った
「髪の毛…?」
ミナもそれを覗き込むように見る
「ずいぶん長いね…誰の?」
ルーのだ…俺はとっさに、どう答えるべきかわからなくなった
「え!?な、なんだろ、市場で付いたのかな」
そう言ってそそくさと俺は厨房に入る
やましいことはなにもない
だが、つい、ルーのことを隠してしまった
ナルとミナは少し納得がいかないように、その髪の毛を見ている
「なんか…この髪の毛、青くない?」
ナルが言った
「長い青髪って…覚えがあるね」
あっという間に確信にたどり着こうとしている
二人の勘は鋭かった…
厨房に入るとイナクが待っていた
「きたか、手伝うぞ」
イナクの顔を見て、俺はすごく安心した
俺はからあげを作る準備を始めた
鍋に買ってきた鶏油を入れる
「こんなに油をつかうのか」
イナクが少し驚いたような声を出した
この世界で油は高級品だから、こんな使い方はしないのだろう
「俺のいた世界では、油は手軽に手に入るんだよ」
「こうやってたくさんの油で揚げて、料理を作るんだ」
イナクは興味深そうに見入っている
俺はまず鶏肉の下準備に取りかかった
余分な筋や皮をさっと落として、一口大に切り分ける
切った鶏肉を木のボールに入れ、塩と、醤油みたいな調味料を回しかけた
にんにくと生姜は皮をむいて潰し、香りが立ったところでボールに加える
手でしっかり揉み込んで、肉に味を含ませた
妙に手が覚えている。この料理を、俺は何度も作ったことがある気がした
次に小麦粉を木のトレイに広げる
油を熱して、さえばしの先をそっと入れ、泡がふつふつ出るのを確認してから
鶏肉に小麦粉をまぶして油に入れる
ジュワワワワ
すぐに油で揚げる音が鳴りだした
その音に驚いてミナとナルが厨房を覗き込む
「なになに!何の音!?」
「いい匂~い」
すでに好評といっていい
やはりからあげは最強だ
からあげがキツネ色になったところで油から上げる
「これに置け」
イナクはトレイに細い鉄串を並べておいてくれた
油を切るのにちょうどいい。さすがイナクだ
俺は次々と唐揚げを上げていく
すると、ミナとナルが厨房に入ってきた
勝手に置いてあった唐揚げを、先に食べてしまう
「ん!なにこれ!おいしい!」
「すごい、なにこれ!?」
二人は歓喜の声をあげた。すると
「こら!つまみ食いするな!」
イナクに怒られて、そそくさと食堂に退散する
最後の唐揚げも上げ終わって、俺は火を止める
イナクはサラダを作ってくれていた
俺は大皿に山盛りにしたからあげを持って食堂へ向かう
「おまたせ~」
俺が食堂に入ると拍手がわいた
「きゃー、きたー」
「すごい!沢山ある~」
俺が大皿を机の真ん中に置いた瞬間、揚げ物の匂いがふわっと広がる
二人とも皿の前に身を乗り出して、今にも手を伸ばしそうだ
「熱いから気をつけて」と言うより早く、ミナがひとつ取った
ふうっと息を吹きかけて、そっとかじった瞬間、表情がぱっと変わる
「うーーん。凄く美味しいね!」
ミナが頬を押さえて、目を細めた
「ほんと、こんなの食べたの初めて」
ナルも一口食べて、きらきらした目で何度もうなずく
イナクも短く言った
「うまい」
皆に喜んでもらえて、嬉しさがこみあげてくる
その時、ナルがさらっと言った
「今度、"ルー"にもお礼を言わなきゃね~」
「うん、ルーがアドバイスしてくれてさ、それで…」
俺が言いかけたところで、ナルの手がぴたりと止まった
「へえー、やっぱりあの髪の毛、ルーのなんだ」
「青い髪なんて珍しいからね~」
ミナも続けた。二人の視線が俺に刺さる
「あ!え、いや」
俺は思わず言葉を切って、視線だけを彷徨わせる
「私たちには 内緒 なんだっけ?」
ナルがにこやかに言う
「話したくないこともあるよね~」
ミナもにこやかに言った
「かわいいこだからね」
二人の声が綺麗に重なって、俺は返事を失った
その時、イナクがぼそりと言った
「一人に決めろ、引きちぎるぞ」
………だから、なにを…?
誤魔化すように小さく笑って、話を終わらせるように皿へ目を落とした
揚げたての湯気がまだ立っている
俺もからあげを一つ食べた
強いうまみが口の中に広がる
その瞬間、霧が掛かったような記憶がよぎる
ずっと昔に、これを食べた
同じ味がする…そう俺は感じた
すると、俺の顔を見て、ナルが驚いた声をあげる
「ソラ君?」
俺を見て、ミナも反応する
「ソラ!? どうしたの?」
「あ……あれ?」
俺の目から、涙がこぼれ落ちていることに俺は気づいた
「あれ?おかしいな………なんで…」
ミナは立ち上がり、俺の背中に手を置いて撫でる
「大丈夫?」
そこで、せきが切れたように、俺の涙は止まらなくなる
なぜ涙が出るのか、俺にも分からない
そんな俺を見て、ミナは俺の頭を胸に抱えるように抱きよせた
暖かくて、柔らかい、遠い昔の記憶の…優しい…懐かしい匂いがする
どこからか、俺の口を使って…言葉がでた
「勝手に…生まれ変わってごめん…」
ミナの抱き寄せる力が少しだけ強くなる
俺が泣き止むまで、ミナはずっと……そうしてくれていた




