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第10話 エイエイオー

未来に向かって歩き出す

過去の扉も開けながら


朝、二階から降りると、食堂は妙に静かだった。

昨日までのざわつきがない。

その代わり、いつもの机にミナ、ナル、イナクの三人がそろって座っていた。

「おはよ、ソラ」

ミナが手を振る。

「……今日は静かだね」

俺が言うと、ナルが机の上の束をとんとんと揃えた。

それは組合の依頼書だった。かなり多い。

「今日はギルド、お休みにしたの」

ミナが言う。

「これ、ぜんぶ配管検査と交換の依頼」

ナルが一枚を指で叩く。

「ただ、どれも同じ条件。工具・交換部材は持参って書いてある」

イナクが腕を組んだまま短く言う。

「ラムズのとこは全部借りられた。それが特別だったってことだ」

つまり、次に進むには準備がいる。

工具、交換用の管、それと人手が必要だった。

ナルが手早く役割を決めた。

「イナクは交換を手伝う人を3人」

「私は記録を手伝う人を2人」

「ミナとソラは工具と管の調達」

そうナルが言うと、全員がうなずいた。

すると、イナクが、俺とミナに視線を向けてきた。

「一つ、頼みがある」

「見かけたらでいい。砂糖を買ってきてくれ。少しでもいい。金は俺が必ず払う」

ミナが瞬きをした。

「砂糖?」

その瞬間、ナルが身を乗り出した。

「だーめー。そんな贅沢しちゃ! もっとお金を稼げるようになってからね」

イナクは言い返さず、珍しく困った顔をしていた。

その顔を見て、ミナはふっと笑う。

「イナクからお願いなんて珍しい。わかった、見つけたら買ってくるね」

「ちょっと、ミナ!」

ナルが止めるより先に、ミナは立ち上がった。

「ソラ、行こ」

俺も立ち上がる。

背中でナルの「ちょっとー!」って声が聞こえたが、もう扉は開いていた。

向かった先は、旧市街の小さな金物修理の工房だった。

包丁、鍋、スコップ。修理なら何でもやる店だったが、配管交換用の工具は置いていない。

白髪の老人が困った顔で言う。

「そういうのは、よくわからんなあ。中央の商店街なら、なんでも手に入るのかもしれんが」

そう聞いて、俺たちはそのまま中央区へ向かった。


中央区は空気からして違った。

石畳はきれいで、行き交う人たちの服装も違う。

女の人はレースのついた日傘をさして、ドレスみたいな服で歩いている。

ミナが、ガラス張りの店先でふと足を止めた。

色鮮やかな布地に細工の細かい飾り、光を拾う首飾りが並んでいる。

「すごい……きれい」

ミナは小さく息を漏らしたまま、しばらく見入っていた。

そのとき、店の扉が開いて、身ぎれいな男が出てくる。

整えた髪に、皺ひとつない上着。

男は俺たちを上から下までひと目見て、わざとらしく大きく咳払いした。

「――ゴホンッ」

ミナの肩が、わずかにこわばった。

男の視線を振り切るように、歩き出す。

俺も黙って、そのあとに続く。

少し先の喫茶店のテラスで、ミナと同じ年頃の娘たちが、着飾ってお茶を飲みながら笑っていた。

皿には見たことのない菓子が並び、砂糖の入っていそうな小瓶も見える。

その前を通り過ぎたところで、ミナは前を向いたまま、ぽつりと言った。

「なんで、こんなに違うんだろうね」

俺は返事ができなかった。

商店街をひと通り探したが、目当てのものは見つからない。

俺たちは噴水の脇に腰を下ろした。

そのとき、影が伸びた。

顔を上げると組合で会ったノア・グレイが立っていた。

「何をしている」

いつもの淡々とした声。

事情を話すと、ノアは即答した。

「そんなものが、ここに売ってるわけがないだろう」

ノアは無言でメモ帳を取り出し、地図をさっと書いた。

ページを破ってミナに渡す。

「ここへ行け」

それだけ言って背を向けかけたノアに、ミナがあわてて声をかけた。

「あの! 砂糖って、どこに売ってるの!?」

ノアの足が止まる。

「砂糖?」

その目に「なぜそんなものを」という疑問が浮かんでいた。

ノアは通りの先を軽く示した。

「すぐそこに百貨店がある。食料品は地下だ」

短く間を置いて、ノアは続ける。

「だが、その身なりじゃ無理だな」

ノアはそう言って、人波の中へ消えていった。

俺とミナは、言われた方向へ目を向けた。

そこには、さっきの装飾店より、ずっと大きくて立派な百貨店がそびえていた。

背の高いガラス扉。入口の左右には、身ぎれいな男が二人、まっすぐ立っている。

ミナは自分の服の裾をつまんで、苦く笑った。

「……これじゃ、無理だね」

そう言って、ノアにもらった地図を開き、行き先を確かめる。

「行こ」

俺はうなずいた。


地図どおりに進むと、中央区の外れに古い金物屋があった。

店の奥まで工具が並び、壁際には管が太さごとに積まれている。

俺たちが事情を説明すると、店員が頷いた。

「それなら中古の工具箱がちょうど入ったとこだ。状態は悪くない」

「それと、特殊な施設でもない限り、管はだいたい同じ規格だよ」

必要なものを一気に揃えた。

工具箱、管、予備のパッキン、検知液、記録用の紙束。

店を出るなり、握った手がもう痛かった。

管は背中でずしりと沈み、工具箱は歩くたびに手のひらを引っぱった。

横を見ると、ミナは同じように荷を持っているのに平然としている。

「ソラ、大丈夫? 少し持とうか?」

「だ、大丈夫。これくらい余裕」

口ではそう言ったが、腕はもう限界に近かった。

ミナは心配そうに何度もこっちを見る。

そのたびに俺は「平気」を繰り返し、歩幅だけは落とさなかった。

かっこつけでもなんでもいい。ここでへばるのは嫌だった。

意地で足を前に出し続ける。

帰り道の後半は、ほとんど根性勝負だった。

やがてギルドの看板が見えた瞬間、「着いた」という安堵がどっと押し寄せてきた。


ギルドに戻ると、イナクとナルはすでに帰っていた。

俺とミナは荷物を、どさりと床に下ろす。

「ふー、着いたー」

ミナは肩をくるっと回して、けろっと笑っている。

その横で俺は、しばらくその場から動けなかった。

イナクがそっと俺を見て言う。

「……守れそうか?」

「お、おう、余裕だ」

言い返したけど、声にぜんぜん余裕がなかった。

「人、集まったよ!」

ナルが笑う。

「交換係3人、記録係2人。明日から来てくれる」

イナクも短く言う。

「やる気のあるやつを選んだ」

そこでナルが、もったいぶって手を後ろに隠した。

にやっと笑って、机に包みを置く。

「じゃーん」

中身は、分厚いステーキ肉が四枚。

「え……これ、ほんもの?」

ミナが目を丸くする。

「ほんもの。半額の売れ残りだったんだけど……」

ナルはそこで少しだけ声を弱めた。

「ごめん、勝手に買っちゃった…半額でも高かったし、先に相談するべきだったよね…」

半額とはいえ、肉は俺たちにとって簡単に手を出せるものじゃない。

ほんの一瞬だけ、ためらいみたいな間が落ちる。

でもミナはすぐに首を振って、笑った。

「ううん、いいの。明日からみんな大変だもん」

「今日は特別。景気づけしよ」

ナルの顔が、ほっとゆるむ。

「……ありがと、ミナ」

イナクは包みを受け取って、肉の色と脂をざっと確かめて短く言う。

「問題ない」

そのまま厨房へ消えた。

しばらくして、油のはねる音が聞こえ始める。

じゅうっ、ぱちぱちっ。

肉の焼ける匂いが食堂に流れ込んできて、全員の視線が一斉に厨房へ吸い寄せられた。

ナルが両手でお腹を押さえて机に突っ伏す。

「むり……この匂いだけで白パン何個でもいける!」

「うちに白パンはないけどね」

ミナがツッコミを入れる。

やがて皿が並んだ。

分厚いステーキ。横には、ふかした芋と人参。

表面に浮いた肉汁が、灯りを受けてつやっと光る。

「いただきます!」

皆の声がほぼ同時に重なる。

ひと口目。

「うまっ!」

「やわらか……!」

ナルは口いっぱいに頬張って、ぶんぶんうなずく。

「これ最高! 産まれてきてよかった~」

「大げさすぎだよ」

ミナも楽しげだ。

俺も食べようとして、ナイフとフォークを持った……が、指に力が入らない。

荷物を無理して運んだせいで、手がぷるぷると震えている。

カチャン。

肉を押さえたつもりが、皿の上でつるっと逃げた。

俺の様子に、ナルが真っ先に気が付いて。

にやっと笑ってミナの方に目だけ動かしながら言った。

「ソラ、食べさせてもらったら?」

「えっ」

思わずミナの方を見る。

一瞬、頭の中に妙な光景が浮かんだ。

その間に、イナクが無言で俺の皿を引き寄せる。

「仕方ない」

手際よく肉を切って、フォークに刺し、俺の口元へ差し出した。

「口開けろ」

「いや、自分で食べ…」

「いいから食え」

有無を言わさず口に入れられる。

噛んだ瞬間、肉汁が口の中に広がった。

「うま!」

それを見てナルが腹を抱えて笑った。

「ソラくん、おかわり~」

「仕方ない」

イナクがまた俺に食べさせようとする。

「じ、自分で食べるから!」

俺は全力でそれを阻止した。

そんなやり取りは素知らぬ顔で、ミナはひと口ずつ、ゆっくりと味わうように食べていた。

頬にそっと手を添え、目を細める。

「……おいしい」

小さくつぶやいて、またひと口。

「あぁ…おいしい…」

ミナは、丁寧にそれを繰り返していた。

やがて全員の皿が空になったのを見て、ミナがすっと立ち上がる。

「よしっ」

ぱん、と手を合わせて、みんなを見回した。

「明日から、ラピス・ギルドみんなで本番。絶対うまくいくよ!」

そして、にっと笑って言った。

「やろ! エイエイオーって!」

「やるやるー!」

ナルが真っ先に立ち上がって拳を上げる。

イナクはため息まじりに椅子を引いた。

ミナが俺にも手を伸ばす。

「ソラも!」

「お、おう」

四人で輪みたいに並んで、息を合わせる。

「せーの!」

「えい、えい――」

「おーっ!!」

明るい声が食堂に弾けて、夜の空気が少しだけ軽くなった。


食後、荷運びでこわばっていた腕と背中が、ずしりと主張しはじめた。

それでもなんとか体を拭き、歯を磨いて、二階のわらの寝床に倒れ込んだ。

明日から動き出すんだ。 ギルドの皆と一緒に。

そう考えたところで意識が途切れ。

俺は、泥みたいに、深く眠った……。


その頃、ミナは自分の部屋で寝支度をしていた。

白い寝巻に着替えて、髪をまとめ、寝帽子をかぶる。

灯りを落としかけたところで、朝のイナクの声を思い出す。

「見かけたらでいい。砂糖を買ってきてくれ」

今日は買えなかったが、砂糖を売っている店は分かった。

「厨房にいるかな……まだ起きてたら、今日のうちに伝えておこう」

そう思って、ミナは部屋の扉を開けた。

寝ている人を起こさないよう、ミナは音を殺して、そっと廊下へ出た。

食堂に出ると、あたりは静まりかえっていた。

すると、火の落ちた厨房から、小さな声が聞こえてきた。

ミナは足を止める。

「あ…まだ起きてた」

そっと覗くと、薄明かりの中に二つの影が見えた。

ミナが声を掛けようとすると、ナルの声が先に届いた。

「……しいよ」

声はかすれて細く、言葉の端がふるえている。

「どうしよう……戻っちゃった。 静まらない……苦しい、苦しいよ」

イナクは何も言わず、棚の奥にしまってあった小さな瓶を取り出した。

中には、角砂糖がいくつか入っている。

一個だけつまんで、ナルの前に差し出した。

「食え」

ナルは首を振る。

「だめ。それ、ミナのだもん……大事に、みんなで食べるんだもん」

その言葉に、ミナは反射的に食堂の入口脇の暗がりへ身を引き、息をひそめた。

「ミナもわかってくれる。食え」

ナルはしばらく震える指で迷っていたが、こらえきれずに角砂糖を掴み口へ放り込んだ。

ぎゅっと目を閉じ、ゆっくり噛んで、飲み込む。

目尻からすっと涙がこぼれた。

しばらくして、肩の上下が少しずつ落ち着いていく。

ナルは息を整えて、消えそうな声で言った。

「…ごめん…あのお肉でも…だめだったね……」

イナクは短くうなずき、ナルを支えるように肩にそっと手を置いた。

「もう休め」

ナルは小さくうなずく。

イナクとナルはそのまま暗がりの横を通り過ぎ、ミナに気づかないまま、それぞれの部屋へ戻っていく。

足音だけが少しずつ遠ざかって、やがて廊下は静かになった。

暗がりに残ったミナは、しばらくその場から動けなかった。

「ナル……砂糖を食べないと、苦しいの…?」

どうしてそうなるのか、ミナにはわからなかった。

ただ、「ミナのだもん」と言いながら震えていた声が、いつまでも耳から離れなかった。


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