↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/71

第5話 私のギルド②

中に入った瞬間、空気が違った


瓶に挿した小さな花がいくつも並び、カウンターの端には飾り紐が渡してある


奥には手書きの看板があり、「ソラ歓迎会」と書いてある


「おかえりー!」


受付のナルが先に飛んできた


厨房のほうからも声が飛ぶ


「食材か! すごい量だな」


ミナが桶を持ち上げた


「でしょ。今日は大漁だよ~」


ナルがパタパタ走ってきて、視線をちらちら合わせながら問う


「それで……どうだった?」


ミナは笑って、俺の手を取ると、登録証明カードを軽く持ち上げた


「合格。ちゃんと通った」


「やったー!」


ナルが両手を上げる


厨房から体の大きな男が出てきた


黙って桶と籠を受け取り、俺にだけ短く言った


「俺はイナクだ。よくやった」


それだけ言って、また厨房へ戻っていく


ナルが受付の横の壁にある札を指さして、俺のほうへ顔を向けた


「ねえねえ、ソラ君、見て見て!」

「今日ね、ラピス・ギルド、登録者“二人目”なんだよ!」


「二人目?」


その後ろで、イナクが看板の紙を一枚、くるりと裏返した


「ソラ歓迎会」が「登録おめでとう」になる


それを横目で見ながら、ミナが言いにくそうに口を開いた


いつもの勢いが、ほんの少し落ちる


「……実はさ」

「うち、組合に“登録してる人”がいなかったの……」


ミナは受付の横の壁にある札を見て、それから俺を見る


あの札は、たぶん登録者の名札なんだと思う


「一人目は……サラ・ラピス」

「でも……もういないの」


言い終わって、ミナは小さく息を吐く

それから、勢いよく俺に向かって頭を下げた


「……だから、急がせた。今日の登録」

「ソラのためって言ったけど、実は私のためで」

「ごめんなさい!」


ナルが「えっ」と何か口を挟みかけて、やめた


イナクが厨房の奥で、さらに激しく鍋をかき回す音がする


俺は答えを探して、短く言った


「……いいよ」


ミナがすぐに顔を上げた


「……いいの?」


「うん」


「ほんとに?」


念を押すみたいな感じだ


俺はそこで、自然と言葉が出た


「むしろ……俺のほうが感謝しなきゃいけないと思って……」


言いながら、ミナの様子がなんとなく変に感じた


ミナは一度だけ唇を結んで、もう一度口を開いた


「それから……正直、ついでに……言うと」


声が少しだけ小さくなる


「ラピス・ギルドって看板はあるけど……ギルドとしての仕事は……ゼロで」

「掲示板の紙は旧市街の日雇いの仕事しかなくて……」

「それは……ほとんどお金にならなくて」


ミナは目を伏せたまま続ける


「宿と食堂を回して、やっと……組合にお金を納めて、看板を残してるだけ……みたいな」

「それも、本当は全然お金が足りなくて……ママが残してくれたお金で維持してきたけど……それも……無くなっちゃった……みたいな」


さらに声が小さくなった


「本当は……ソラは、もっとちゃんとしたギルドに入ったほうがよくて」


ミナの声が、どんどん小さくなる


「……だから。気づかれる前に、登録しちゃえ……っていうか」

「しちゃった……みたいな」


言い終わって、ミナは上目遣いで俺を見た


「……それでも、いい?」


ミナは、指先で袖口をいじりながら、返事を待つように黙る


俺はそこで、胸の中の点がいくつか繋がるのを感じた


登録を急いだ理由。組合での様子


そして、組合の受付でミナが渡した金貨三枚


きっと、あれは俺の登録料だったのだろう


彼女の都合のいい方向に、誤魔化されたのかもしれない


でも、この子は、出来る限りのことをしてくれたのだと思った


だから、もう一回、俺は言った


「……いいよ」


ミナが息を止めたみたいに見えた


俺は続けた


「後払いなんだろ?」


ミナの口が少し開いて、それから笑った


いつもの顔だ……この方がいい


そこでナルがぱっと明るく割り込む


「ほらほら! 難しい話はあと! 今日はお祝い!」

「花もね、昨日から用意してたんだよ。ミナ、落ち着かなかったし」


ミナが不満そうな目をして言う


「落ち着いてましたけど……」


ミナの反論に厨房から声が飛ぶ


「バレバレだ!」


ミナがそれに反論しようとして、やめた


それから、俺のほうに身体をくるっと回して、正面に向き合って言った


「この子はナル」

「あっちの大きいのはイナク」

「ここが、私のギルド! 私の全て……」

「そして、ソラ」


「ようこそ、私のギルドへ!」


そう言って、手を広げるミナが眩しく見えた


転生して、まだ二日目だ


でも今日は、妙にいろいろとあった


短い時間で、ミナに、いろんなものをもらった気がした


俺には、なんとなく感じているものがある


目の前にいる人との繋がりを、煩わしいと思う誰かが、まだ胸の奥にいる


転生前の記憶はない


それでも、自分がどんな人間だったのかは、少しずつ想像がついていた


けれど、この短い時間でミナたちからもらったものを思うと、胸の奥が少し温かくなる


気づけば、言葉が口からこぼれていた


「よろしくおねがいします」


ナルが手を叩く


「よろしくね!」

「正式依頼が来たらさ、大きな仕事もあるし、人手もいるし、報酬も違うんだよね!?」


イナクが鍋を激しく振りながら返す


「よろしくな! そうなったら、ここに来るやつらにも仕事を回せる」


ミナが嬉しそうに言った


「よろしくおねがいします! きっと大丈夫、全部うまくいくよ!」


彼らの返答を聞きながら、俺は思った


この世界の事情は分からない


ただ、彼らの置かれた立場が、厳しいものであることは、俺にも分かってきた


ワラにもすがる、そのワラが、俺なのかもしれない


仮にそうだとしても、彼らの力になりたいと、今の俺は思っている


ミナは、俺を必要としてくれたから


多分、それだけの理由で




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。