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少年(少女)は足掻いている  作者: 草次城
ベラドンナ編

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14/36

(14) 今後と悪戯とワクワク夜道

 


 感情が決壊したせいで涙が止まらなかった。おかげで、アイリスに対する今夜の俺の八つ当たり大暴れの謝罪も、しゃくり上げてしまって我ながら聞き取れるか不安になるほどお粗末になってしまった。


 それでも、なぜか泣いているアイリスは許してくれた。


「とんでもないです。私、結局ほとんどお力になれなかったですし。でもよかったですねえ。ちゃんとはわかってないんですけど私感動しちゃって……!」

「涙を垂れ流すな。ちゃんと拭け、みっともない」

「うるさいですよフロラス様。私で逃げないでベラドンナ様に謝ってください」

「それとこれとは別だな。その残念な顔でどうやって会場に戻るつもりだ」

「泣きながら戻りますよ。誰かに聞かれたらフロラス様にいじめられたって言いますから。じゃあベラドンナ様、殿下、私はここで失礼しますね。ベラドンナ様が助かって本当によかったです。もちろん今夜のことは誰にも言いませんから」

「おい……!」


 苦り切ったフロラスがアスターへ向き直った。


「……殿下」

「あとで聞く。君も今見たことについては口を固く閉ざしておけ」

「失礼します」


 アイリスたちは戻ったが、俺はアイリスの比にならないほど化粧がぐしゃぐしゃだ。舞踏会にはもう出れない。

 よく見たらアスターの服にも俺の白粉がついて汚れている。この辺の刺繍の跡が俺のおでこについてそう。まあそれはそれでいいか。


 アスターが、鋏と一緒に拾ったマントを甲斐甲斐しく着せかけてくれるのに任せながら、自分の顔を拭い、もう暖かい部屋に戻りたいと考えたとき、寮にも家にも帰れないことに気づいた。


「どこにも帰れないわ、私」

「それなら王宮に来てほしい」

「いいの?」


 アスターに手を預けて早足に歩く。この角度で仰ぎ見るアスターは新鮮だ。


「実はコルチカム公爵を呪詛の罪で告発する用意がある。君には呪いの証言をしてほしいから、王宮で保護させてもらいたいんだ」

「告発……? どうしてそんなに準備がいいの?」


 アスターが俺の呪いを知ったのはついさっきじゃなかった? なのに犯人まで判明してるなんて。


「君がアイリス嬢に呪いについて尋ねただろ。なぜかな、それで君が呪われているかもしれないと思った。まったくの当て推量だったが、調べてみたら的中していたというわけだ」

「あなたが調べたの?」

「いいや。宰相に相談した。君ほどの貴族が呪われているなら、犯人は公爵か公爵すらも手中に収めた人間の可能性が高い。僕の手に負えるとは考えにくかった」

「さいっ……」


 宰相? ほらみろ伝わってんじゃねえかソレルのバカとか喜んでる場合じゃねえ名前が出てきた。


 その人の視点で想像してみると、自国の優秀な王子が自分に会いに来たと思ったら、単に王子と結婚したがってるだけにしか見えない小娘が、王家の遠い親戚である公爵に呪われているかもと言い出したことになる。

 気の毒に。さぞかし頭が痛かったに違いない。


「それって、閣下は……」

「ああ。根拠が僕の直感だったから馬鹿馬鹿しかったろうね。何も出なかったら誰とでも結婚すると約束したら動いてくれてね。おかげでこうして、君を守るために先手を打てる」


 そんなに俺の身が危ないことある? でもそうか。たとえるなら俺は、家族経営の会社の内部告発者なのだ。一族の人間なら、社長を失う不利益と平未満の俺を消す手間を天秤にかけて魔が差すかもしれない。


冷静に考えたら俺の口を封じても手遅れなんだが、追い詰められた人は極端な行動に走ると聞く。人柄のよくわからない兄姉たちの家に厄介になるのは危険か。


「ならお世話になるわ。私はとんでもない情報を握ってるんだもの。あの人、邪魔者を弑してあなたを王に、私を王妃にするつもりなのよ」

「……罪深いな」

「大逆罪になる?」

「立証できれば間違いなく。公爵を助けたい?」

「いいえ。私は私を殺そうとした人にそこまで優しくなれないの」


 俺だったから助かったものの、ベラドンナだったら操られてる自覚のないまま悪事の片棒担がされ、都合が悪くなったら使い捨てられてたんだぞ。許すまじ公爵。


 ここではこれ以上のことを口にすべきではないから小声でのお喋りはおしまい。黙ったアスターは厩舎ではなく学園の正門の方へ向かう。


 警備の人のそばで、馬留に繋がれた栗毛の逞しい馬が首を上げて待っていた。青白い月光に照らされて、白い顔がくっきり浮かんでいる。その体格と特徴的な白斑にピンときた。


「ねえ、この立派な子があなたの相棒のアルセアかしら」

「うん。アルセア、ベラドンナだよ」


 やっぱり。結構前の手紙に書いてあったとおりの外見だもんな。びっくりさせないよう慎重にアルセアへ挨拶をする。


「馬車じゃないなんてずいぶん急いで来たのね。おかげで命を救われたわ」

「アルセアのおかげだよ。君は彼に乗ってくれ。お礼はどうぞそのときに」

「この私に友達だけを歩かせろって? ねえアルセア、あなただってそんなの嫌でしょ? こんなに立派な体をしてるんだから」


 首を撫でてやるとアルセアは口をもにもに動かした。そうだそうだと言いたげである。

 振り返るとアスターはにやっと笑った。そして警備員に声をかける。


「すまないが、門を開けて、それから少し星を数えていてくれるか。彼女を馬に乗せてあげたいんだ」

「お安い御用です」


 警備員が真面目に指示通りにしてくれる間に、アスターが先にアルセアへ乗った。続いて俺が前に体を引き上げて、跨ってからマントと嵩張るスカートをさばきいて整える。絹の長靴下なんかあってないようなもので、足首が瞬く間に冷えた。


 鬣を掴んで準備ができたと知らせると、アスターは俺を抱えるようにして手綱を両手に持ち直す。

 次の瞬間、アルセアが滑らかに駆けだし、正門を飛び出した。


 驚く声が背中を追いかけてきてちょっと笑った。男女二人乗りなんて不良行為の当事者が王子で困ってるだろう。


 しばらく行ってから、アスターがアルセアを速歩にさせた。都らしく石畳で整備された広い道の両脇に隙間なく並ぶ建物の窓はどこも鎧戸が閉まっている。人影はない。

 電柱や電線が一本もないのはさすがに慣れた。星が多い。息が白い。誰もが寝静まった夜を渡る軽快な蹄鉄の音が心地良い。俺とアスターとアルセアだけの世界みたいだ。


「君が呪われていた間の出来事については何度か話してもらうことになるけど、まずは僕に最初から聞かせて」

「わかったわ」


 大事な話をするにはうってつけの状況で、俺は呪いに気づいた時点から全部伝えた。アイリスへの姑行為の釈明も、俺の侍女のライアも呪われているだろうとの推測も。


「呪われたのは六歳以前で間違いないんだね」

「ええ。釘を見つけてすぐ七歳のお誕生日があったからよく覚えているの」

「なら、そこは幼い頃とぼかしておこう。恐怖のあまり、正確な年齢と儀式の記憶が曖昧になってしまったことにする」

「いいけど、どうして?」

「その方がいろいろ都合がいいんだ。嘘はついてないだろ」

「そうね……?」


 弁護士の指示には従っておこう。


 ふとアスターがもの憂げなため息をついた。


「出会ったあの日から君は苦難の渦中にあったのに、僕は少しも気づかなかった」

「あのときは私自身何にも知らなかったわ。命令さんに修正された覚えもなかった。きっと首輪をつけられただけで限りなく自由だったのよ。そのあとに私が縛られたら、アスターはちゃんと気づいてくれたじゃない。本当に嬉しかったのよ。学園で初めてアスターさまぁって呼びかけたときに、ぎょっとされたのが。それで感動するのはきっと最初で最後ね」

「あれは忘れてほしいんだが……」

「絶対に嫌。感動したと言ったでしょう」

「……夢を見ているようだったな。恋人みたいに甘えてくるベラなんて」

「誰が悪夢よ失礼ね。私の意思じゃないわよ」

「そんな意味じゃないさ。本当だよ。信じて」

「ええええ信じますとも。私の恩人のおっしゃることですもの」


 二人で密やかに笑う。それがふっつりとやんだら穏やかな沈黙がおりた。


 一定のリズムで揺られている。背中が暖かい。アスターはきっと俺を落とさない。

 心地良さに包まれてうとうとしていると、頬に雫が落ちてきた。雨が降ってきたのかと疑問がぷかっと浮かんだけど、それにしてアスターが黙っているし、アルセアの速度は変わらない。なら俺の勘違いか。安心したら再び意識が薄れていき、俺はいつしか眠りに落ちていた。




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