77話 OZ 12/12
ベリルは、大変イライラしていた。
史上最高のイライラだ。
大げんかをして、昨日からラズロックと口をきいていない。
イライラの原因はわかっている。……いや、わかっていないのか?……いや、やっぱりわかっている。
ラズロックもベリルも、望みは同じなのだが、ただ"石橋の渡り方"が違うのだ。
サブリナに対してラズロックがどれだけの愛情を持っているのかを、痛いほど知っている分だけ、やるせなくて全否定できなくて、イライラが後から後から止めどなく沸いてくる。
何も進展しない事への、不満……というよりも、不安。
ラズロックが悪いわけでもなく、もちろん、サブリナが悪いわけでもないことはわかっている。
ただ、立ち向かうべき敵や、解決しないといけない状況が大きすぎて、感情をどこへ向けていいのかわからないのだ。
「はぁ……」
いつものため息。
これで何杯目の紅茶だろう。
最後の一口を飲み干した。
目の前には見慣れた一枚の絵画。ロードを描いたとされる一枚の絵。
女性が祈りをささげている絵だ。
ベリルはこの絵が好きではなかった。
理由はいろいろあるのだが、もう最近では目に入っても見えていないくらいの勢いで、気にも留めないようにしていた。
考えるだけ時間と精神の浪費だと悟ったからだ。
そんな絵を、久々にじっくりと何気なく眺めていた。
絵の中の女性の美しいブロンド。
陶磁のように透明感のある肌。
誰が見ても抗えないくらいの神々しさ。
その神々しいと感じる源は、信仰を押し付けられたから生まれる感情ではなく、絵の女性から母性に似た愛情が溢れていて、抗えないのは、愛し愛されているからだという事を深層意識のどこかで感じてしまうからなのだ。
……人は皆、そう思うのだろう。
「……そうだわ、」
ベリルにこの状況を打開できるかもしれない一つの案が生まれた。
その日、あの丘にあったウテナが、一瞬にして立派な塔に姿を変えた。
しかし、そのことに気が付いた人はこの島にどれだけいるだろうか。一人もないなのかもしれない。
「お呼びでしょうか。ベリルさま。」
* * *
メイシアが瞳を開けた。
目覚めた時の気持ちの悪さと言ったらない。
今まで経験したことのない倦怠感だ。体中が熱くだるい。
せっかく開けた目も、眼球の奥が焼かれたように熱く痛いのですぐに目を閉じたくなる。
しかしメイシアを心配そうに覗き込んでいたストローと目が合い、それは阻止された。
「良かった。出かける前に目を覚ましてくれて。……メイシア、大丈夫?……まだ顔色が悪いね。今日は寝ていた方がいいよ。紅花とゲオルクに言っておくから。」
メイシアは何が起こったのか理解が追いつかずに、とりあえず、ストローに自分はどうなかったのか問いかけようとしたが、
(……あれ?)
声が出ない。
返事もしないとと思うのだが、喉を息が通るだけで声が出ない。
起き上がろうしても、力が入らず、起きあがることもままならない。
「あ。メイシア、目を覚ましたの?」
ストローの後ろからウッジの声がした。
(なんか、反応しなくちゃ……)
と思っても、口からか細い息が漏れるだけ。
「動かなくて大丈夫だよ。そのまま寝てて。……まだ熱があるね。」
ウッジがメイシアのおでこに手を添えて熱を測った。
「覚えてないかもしれないけど、昨日、急に倒れたからびっくりしたよ。それをゲオルクがベッドまで運んでくれて。それから、ずっと眠っていたんだよ。」
「メイシア!だいじょーぶ?!」
「もう! チャルカはややこしいから向こう行ってて。……これから体調が悪いなら、もっと早く言ってね。休ませてあげたのに。熱のせいか、ずっと魘されて泣いていたし、心配したんだからね。」
(私、体調悪かったかなぁ……?どうだろう……疲れていたのかなぁ……、)
メイシアには全く思い当たることが無かった。
なんたって、昨日だって体はすこぶる元気だったのだから。
「とりあえずオラたちは、畑に行ってくるけど、お昼頃どっちかが様子を見に帰ってくるからね。お水とパンをサイドテーブルに置いておくから、もし少しでも口にできたらするんだよ。」
メイシアはゆっくり瞬きをした。
「じゃ、ちゃんと寝ているんだよ。」
「メリーは寝てばっかりいないで、メイシアの事見ててあげてよ。」
『きゃりっ! 』
「また、調子のいい返事してー。」
「メイシアー!メリーちゃん、いってきまーす!」
ドアが閉まる音がして、床の上を走ってメリーがこちらにやってくる音がする。
メリーは少し空いたドアの隙間から部屋に入ってくると、メイシアのベッドに飛び乗って、顔の前に腰を下ろし丸くなって寝始めた。
(……コイツ、寝てばっかりいないでって今言われたばっかりなのに……。と思うけれど、メリーもどうしようもないもんね……
私ももうひと眠りしよう……
……なんだっけ?なんか、夢を見ていたなぁ。
何の夢だっただろう……)
目を閉じると、ぐるぐると世界が回り出し、どこか途轍もなく深い穴に落ちていくようなそんな感覚だった。
あぁ、私はまたどこかに連れていかれるのか……、そんな想いを抱きながら、メイシアは薄れていく感覚に身をゆだねるしかなかった。




