76話 OZ 11/12
「わかった。ゲオルク、よく話してくれたな。」
ノートを見終わったストローが、静かに表紙を閉じると、そのままゲオルクに返した。
返しながら、小さな決断をする。
本当は、もっと最初にきちんとするべきだったのかもしれない。
しかし話していいのか判断するには、情報が少なすぎたことや、ここへ来る前にアレハンドラにも釘を刺されたことなど悪条件が重なって話せずにいたことだった。
ストローはノートから手を放すと、まっすぐにゲオルクを見据えた。
「オラ達の話もきちんとしないといけない。さっき話したように、オラたちはペンタクルの太陽の神によって、ここへまで送ってもらったんだ。」
ストローの決意を汲み取るように、メイシアも続けて話はじめた。
「もともと私たちは、知らないもの同士だったのだけど、ロード様にお願い事があって……。ウッジはお願いではなくて謝りに……だけど。あ、それを言ったらチャルカはロード様には関係がないのだけど、……とにかく私たちは成り行きで四人で旅をすることになったの。」
「それで、ペンタクルの神にロード様のいらっしゃるという虹の国へ送るという約束を取り付けて、ここまで来たんだ。……だから、多分だけど、オラたちはゲオルク達がここへやって来たルートとは違うルートでここへやって来たんだと思う。」
少しの沈黙。
ゲオルクからの反応を何か予測して期待しているわけではないのだが、二人の視線はゲオルクに注がれた。
「……それで合点した。お前たちがどうして自分の名前を憶えていたのか。それに、どこからやって来たのかも覚えているんだな……。」
覚悟したよりもゲオルクの反応が軽いものだった事に、二人は少しの安堵を覚えた。
もしかしたら即刻役所に通報ののち、アレハンドラの言うように捕えられ死刑……なんて、最悪の結果も脳裏になかったわけではなかった。
そんな事を微塵も悟られないように、ストローもできるだけの軽さで相づちを打った。
「そうだね。」
ゲオルクの言葉はまだ続く。
だが二人の内心を知ってか知らずか、ゲオルクの口調もどう解釈していいのか困るほど普通の疑問を問いかけるトーンだった。
「その太陽の神の話を信じるとすると、ここが虹の国だって結論になるが……、俺は、ここが虹の国だなんて聞いてことがないぞ?」
「……。それなんだよねぇー…」
ため息が漏れる。その問題を直視しないと解決はできないのか……と、結局はそこへ戻ってくるのだ。
【ここは虹の国なのか。もし違うなら一体ここはどこなのか。】
しかし、それを今ゲオルクに投げかけたところで、ゲオルクが答えを知っているわけもなく、逆に昼間のうちに何も知らない宣言をされてしまっている。
ストローは話を変えた。
「……その話とは、ちょっと外れるかもしれないのだけど、聞きたいことがある。」
「何だ、ストロー。」
「ゲオルク。黄色いレンガの道って、海の方まで伸びていたけど、あれってどこまで続いているんだ?」
「黄色いレンガの道?」
「ほら、畑の前の一本道。あれ、黄色いレンガの道だろ?」
「……あぁ。そういえばそうだな。確かに黄色いレンガの道だ。色なんて気にも留めたことがなかった。どこまで続いているんだろうな。港の方までだと思うが、行ったことが無い…というよりも、行ったことがあるかもしれないが覚えていない。」
「そっか… 」
「あの道に何かあるのか?」
「オラたちの居たところでは、虹の国へは黄色いレンガ道をたどって行けばいいって言い伝えがあって、オラたちは、その言い伝え通りにレンガの道を通ってここまでやって来たんだ。」
ゲオルクが、まるでおとぎ話でも聞くように「ほぉ。」と感心をしている。
メイシアも、ストローに続いてたたたたみかける。
「ソーラとサン……太陽の神に送ってもらった時は、不思議な力でここまで来たのだけど、例の公園の噴水で目が覚めた時、そこから黄色いレンガの道が伸びていたから、それをたどって丘を下ったの。」
「そこで、俺と紅花に出会ったんだな。」
二人は頷いた。
「……。そうか。……俺が言えることは、ここがお前たちの言う虹の国だという認識を、ここの住民は持っていないという事だ。だが、お前たちの話も作り話だとも言いにくい。もしかしたら俺たちが知らないだけで、そうなのかもしれない……。お前たちは、ロード様に会いたいと言っていたな。一体どうして会いたいのだ?」
その問いに、一気にメイシアの顔が曇った。
あぁ、聞かれてしまった。言わなくちゃいけないのか……と。
思い出さないようにしていても、ふいに思い出してしまう事もある。
でもその度に、もうすぐロードに会える。会えたらすべては元通りになると言い聞かせ、心の中であの村の風景や大好きな人達を遠ざけていた。
しかし話すとなると、有耶無耶で心に留めていた現実が全て鮮明によみがえってしまう。
メイシアは下を向いてしまった。
「……。」
「…どうしたんだ? まずいことを聞いてしまったか?」
メイシアの異変に、さすがのゲオルクも気が付き焦りだした。
質問以前には光があった少女の瞳が、自分の答えによって明らかに落胆の色を宿し、下を向いてしまったのだから。
メイシアに変わって、ストローが口を開いた。
「オラが説明するよ。メイシアは理不尽に奪われた日常を元通りにしてもらいたくて、ロード様にお願いをしにやって来たんだ。詳しい話は聞かないであげてほしい……。」
「そうか……。それは、すまない事を聞いてしまったな。」
「気にしなくていいよ。」
満面の笑みとまではいかなかったが、すこしやせ我慢の笑顔を見せた。
「代わりにオラの話をすると、オラは、オラが生まれ育った村やこの世界の為に働きたいんだ。そのための勉強がしたんだ。
そして、ゆくゆくはロード様の下で働きたい。
ウッジはロード様の印の木を間違って切り倒してしまったそうで……その許してもらいに行くそうだ。」
「俺はロード様がおわす場所は分からないが、お目通りできるといいな……。
お前たちの目的はわかった。俺もできるだけ協力をする。
……だが、さっきも話したように、紅花や雪蘭には悟られないようにしてくれ。特に雪蘭には……。」
ゲオルクが、とても複雑な何とも言えない顔をした。
そして、まるで自分に言い聞かせるように言葉を付け加えた。
「……すまないな、別に雪蘭との間に何があるというわけでもないんだ。どう表現していいのか、伝えようがないのだ……きっとまた大切な何かを忘れてしまっている……、」
その時、メイシアとストローには、大男のゲオルクが小さくなっているように見えた。
ゲオルクが伝え方を迷っているのか、ゲオルクがの心が見えない。
だがゲオルク自身も、自分が見えていないのかもしれない。
そんなゲオルクに、理不尽に村を奪われたあの日から、今まで常識を超越した謎ばかりで深い霧の中を迷っているような感覚から抜け出せないでいるメイシアは、同情とは少し違うが、感じるところがあった。
「……ゲオルクは、一体何を望んでいるの?」
自然と口をついて出た問いかけ。
その問いにゲオルクは、自分の中を駆け回ってその答えを探しているのか、しばし沈黙が続いた。
「俺は……俺はただ、紅花と幸せに暮らしたんだ。紅花と雪蘭はとても仲の良い姉妹なんだ。
だから引き裂きたくもない。雪蘭が言うように必要のない事は忘れることが幸せなのかもしれないが、俺はこの世界の間に取り残されたような、"知りたい事を知り、記憶していたいことを覚えている"という選択がある事を知ってしまったから、それを捨てることが出来ないんだ。
……忘れるかもしれないという事を記憶していないと、俺がいつ紅花から存在が無くなってしまうのか、その現象を調べて阻止することができないから。……そうだ。
俺は知りたいんだ。どこから来て、どうしてここに存在して、これからどうなるのか。
それがわからないと、紅花を守れない。」
「……わかるよ、ゲオルク。」
いつの間にかチャルカを寝かしつけて戻って来ていたウッジが、話を聞いていた。
そして、ゲオルクの横に座った。
「ウチは親がいないんだ。養護施設を転々としてきたから、どうして親がいないのか、どこで生まれたのかも知らない。それを知っている人もきっといない……。だから自分の始まりが分からない気持ち、わかるよ。」
メイシアとストローにとっても、その話は重く受け止めてしまう内容だった。
ウッジが養護施設で暮らしているという事は知っていたし、親がいないという事も知っていた。
しかし自分の起源を知らない・わからないという事をこんなにまっすぐにウッジから聞くとは無かったのだ。
どう声をかけていいのかわからず、黙りこくってしまう。
メイシアにしてみれば、今や親がいないのだから、ウッジと同じようなものだ。
しかしメイシアには両親と一緒に暮らした記憶がある。
故郷の匂いも、自分の家の暖かさも知っている。
そして、その暖かさの源に自分の起源があるっていう事を本能的に感じていて、それが自分の深いところで芯になっている。
起源の確信とでも言うのだろうか。
自分はあそこから生まれたんだという揺るぎない自信。
家族との記憶は、なつかしさで張り裂けそうなほど苦しい日もあるけれど、決してその記憶が無くなってほしいなんて思ったことはない。
手放したくない大切な物なのだ。
……ウッジやゲオルクには、それがないという事なのか、、と思うと途方もなく悲しい事だと思った。
「メイシア、そんな顔しないで。」
ウッジが手を伸ばしてメイシアの手にそっと触れた。
「ほんと、メイシアはわかりやすいな。ウチは大丈夫。もうこれが普通。メイシアが思っているほど悲しくないよ。……そんな顔されると、ウチってそんなに可哀想なのかな?って思っちゃうよ。あはは……ウチは知らないことも多いからね。……だから大丈夫なんだ。」
「……ごめん、私そんなに酷い顔してる?……可哀想なんて思っていないよ…ただ、すごく苦しいの。ごめんね。」
その時だった。
メイシアの首から下げている達成の鍵が急に光出した。
「メイシア!達成の鍵が!どうしたの?」
そんなウッジの声も、一瞬で遠くになってしまう。
──── 分かんない! わかんないよ!
一瞬視界が真っ白になった。
「きゃっ!」
眩しい光に照らされながら立ち尽くしていると、ずっと奥に徐々に人影のようなものが浮かんできた。
あれは……誰?
二人……?
男女二人の人影の様だ。
目を凝らして誰なのかをじっと見つめる。
女性がこちらを向いた。
あ、二人じゃない。三人だ。女性が赤ちゃんを抱っこしてる……
女性も男性も泣いてる……?なんで泣いてるの?
やだ、私まで悲しくて仕方ないじゃない。
なんで、私までもらい泣きをしるんだろう。
ダメだ。悲しくて辛い。
いっそ、体が張り裂けてちぎれてくれたら、この悲しみから解放されるのに、どうして私の体は……体は……寒い……寒いよ……
悲しい、悲しい……誰か私を吹き消して……
* * *




