5.ようこそロガンス帝国へ III
「と、いうわけで。王」
ベアトリーチェさんがパチンと指を鳴らすと、クロさんの手枷が外れ。
彼は自由になった両手をぷらぷらと振りながら、立ち上がる。
「僕、しばらく休暇をもらうから」
「いいよ。医師からも一週間は休んだほうがいいと聞いているし…」
「二週間」
ずいっ、と。
立てた指を二本、突き出して。
「二週間、休ませてもらう」
「えぇ、それはさすがに休みすぎじゃない?」
「身体の回復、および今回の働きに対する褒賞。それから」
顎を上げ、顔に影を落としながらポケットに手を突っ込み。
およそ王さまに向けているとは思えないくらいの、ガラのわるーい態度で。
「たった今、精神的苦痛を強いられたことに対する賠償。それをほんの二週間の休暇で許してやるって言ってんだから、おとなしく飲んでくんない?さもないと」
そこで。
クロさんはあたしの肩をグイッと抱き寄せて、
「僕と、この優秀な秘書が揃って国外逃亡するから。何せこの娘、癒すも殺すも自在にコントロールできる神のような力の持ち主だからね。再就職先はイストラーダ軍かなぁ〜。同盟国だし、フォルタニカでもいっか。そしたらロガンスを凌ぐくらいの、最強国家になるんだろうなぁ。ね、レンちゃん♡」
と、顔を近付けながら言う。
この人……王さま相手に恐喝するつもりか。お願いだからあたしを巻き込まないでくれ。
国王陛下は、「うーん」と首を傾げてから、
「それは困るなぁ。しかもクロなら本当にやりかねないし…しょうがない。クロも頑張って問題解決くれちゃったし、何よりも……フェレンティーナさん」
「は、はい」
あらためて名前を呼ばれ、あたしはクロさんを引き剥がしながら陛下の方へ向き直る。
「今回は君に免じて、彼の要求を飲むことにするよ。私は君に、お礼を言うためにここへ来てもらったんだ」
「お礼……?」
「そう。ルナのこと……本当に、世話になったね」
あ……
そう。そうだ。あたしとクロさんのことよりも、まずそちらを解決しなければならないのだった。
「ビーチェから全て聞いたよ。一緒に魔法の特訓をしてくれたんだってね。クロも途中できる匙を投げるくらいに"魔法音痴"だったあの娘を……よく、あそこまで導いてくれました」
陛下の言葉に「仕事増やしたのはそっちでしょー」とクロさんが文句を垂れるが。
あたしは、首を横に振って、
「いいえ。あたしは何も。ルナさんが……ルナさん自身が、頑張ったんです。辛い過去と向き合って、何度も何度も練習して。それも全て……」
顔を上げ。
横に立つ、ルイス隊長を見上げる。
「ここにいる、ルイス中将にまた会いたいと、その一心で彼女は頑張ってくれたんです。だから…」
あたしは両手を揃え、深々と頭を下げながら、
「勝手に二人を引き合わせたことは、謝罪します。罰を受ける覚悟もできています。だから、どうか……ルナさんとルイス中将がまた、同じ時間を過ごすことを、認めてはいただけないでしょうか…?」
誠心誠意、訴えた。
頭を下げているから、陛下がどんな表情をしているのかわからない。
緊張しながら、そのお答えを待っていると、
「いいよ」
「えっ?」
それは、拍子抜けするくらいにあっさりとした声で。
あたしはパッと、顔を上げる。
すると陛下は、困ったような顔をして笑い、
「と言うより、元から許可するつもりだったんだ。こないだの戦争で成果を上げて、強くなったことをルイスが証明してくれたら……接触禁止令を解くと、こちらでもそういう約束だったんだよね?ルイス」
「え、えぇ」
「でもこの男、いつまで経っても私にその話を振らないから、もう会いたくないのかと思っていたら……単純にビビっていたんだよね。私に許してもらえるかどうか」
「……うす」
気まずそうに返事をするルイス隊長。
な、なんと。
それじゃあ、隊長は隊長でルナさんと再会するために戦地で奮闘していた、というわけか。
「いずれにせよ、ルナの心の問題はなんとかしなきゃと思っていたんだけれど……それは、君がお友だちになってくれたことで解決した。あの娘を救ってくれて…本当にありがとう。父親として心から、お礼を言わせてもらうよ」
そう言って微笑む国王陛下のお顔は。
どこか泣き出しそうにも見えて。
「父親としてはもちろん、可愛い娘には好きな男と幸せになってもらいたいんだ。けど……国の最高責任者としては、二人の接触をみすみす許すわけにはいかなくてね。しかしこれで、そのジレンマからも解放されたよ。と、いうことで」
にこっ、と。
陛下は、ルイス隊長に笑顔を向けて。
「ルイス。ルナを泣かせるようなことをしたら、即死刑ね☆」
「う…うっす!」
ビシッ!と敬礼をして、汗を垂らす隊長。
ああ…この王さまの前では、誰もがこうなってしまうのか。
それともやっぱり、好きな女の子の父親というものは、誰でも怖く感じるものなのか…?
どちらでもいいや。だって、
「……よかったぁ…っ」
心の底から、溢れ出た声だった。
よかった。二人が会うことを、許してもらえた。
大好きなルナさんと、命の恩人であるルイス隊長に、報いることができた。
安堵に胸を押さえるあたしを見て、ベアトリーチェさんが「うふふ」と笑い、
「クローネル指揮官も、こんないい娘さんを泣かせないでくださいね」
なんて、クロさんに向かって言う。
しかしクロさんは、
「は?何言ってんの?泣かせるに決まってんじゃん」
そんな、耳を疑うような返答をして。
絶句しているあたしの手を引き、身体を寄せると、
「こんな可愛い娘の泣き顔、見ずにはいられないでしょ。ていうか、啼かす。そのために、二週間も休みもらうんだから」
「は?!ちょ、クロさん何言って……」
「じゃ、そういうことだから」
戸惑うあたしを無視して、彼は手を繋いだまま謁見の間を後にしようとする。
いろいろと言いたいことはあったが。
「あっ、あのっ、これからもよろしくお願いします!」
彼に手を引かれながら振り返り、あたしはとりあえずそれだけを伝える。
どんどん遠ざかる玉座の上で、国王陛下は、
「なんか、こんな国でごめんね〜」
と、緊張感のない声音で、こちらに手を振った。




