黒猫王子はメイドと踊る
「……さて」
ガチャリと。
クロさんは、自室の鍵を閉め。
あたしを少し強引に抱き寄せると。
奪うような、キスをしてきた。
「これでやっと、準備が整った」
「……準備?」
両頬に手を添え、そっと唇を離してから、彼が言う。
「君を全部、僕のものにする準備」
「…………っ」
あたしの肩に顎を乗せ、ドレスに合わせて身につけていたネックレスをゆっくりと外される。
「二週間かぁ〜、わくわくするなぁ。こんなに休めるなんて、わざわざ刺されに行った甲斐があったよ」
「……え?あれ、わざと刺されたんですか?」
「そうだよ。だって怪我でもしなきゃ、君とゆっくり休めないじゃない」
「それじゃあ……最初から、怪我をして長期休暇を貰うために、あんなことを…?」
「うん。だからこそあの子には、剣の錬成と扱い方を徹底的に教え込んだ。裂傷なら、君が必ず治してくれると信じていたから…」
「ばかっ!!」
あたしは、ありったけの力を込めて。
きつく、クロさんの身体を抱き締めた。
「……死んじゃったらどうしようって思いました。このまま目を開けなかったら、って……もうあんな、馬鹿な真似はやめてください。クロさんがいなくなったら、あたし……」
そこから先は、涙がこみ上げてきて言えなかった。
あの時は、傷を癒すことに必死だったけれど。
今、この腕の中にある体温の安心感と。
彼を失っていたかもしれないという恐怖心に、今頃になって襲われる。
クロさんは、あたしの頭をぽんぽんと叩くと、身体を離して顔を覗き込む。
「ごめんね。もう、無茶はしないよ。でも…」
あたしの顎に指をかけ、持ち上げてから。
くすっ、と笑う。
「この泣き顔を見るためなら……たまには無茶したくなっちゃうかも」
「な…なに言っているんですか。これ以上泣かせるようなこと、しないでください!」
「え〜だって。君が泣いてるのを見るとさぁ」
眼鏡越しに、夜空のような色をした瞳を近付けて、
「……すっごく、欲情する」
「…………は…?!」
声を上げると同時に。
あたしの身体は、ベッドの上に放り投げられていた。
その上にクロさんが跨り、
「…フェレンティーナ」
「は、はいっ?!」
ゆっくりと、自身のワイシャツのボタンを外しながら。
「君を、抱くよ。……いいね?」
見ているだけで全身が火照るような、妖艶な笑みを浮かべて。
「僕の本心を知られたからには、ちゃんと受けとめてもらわなくちゃね……この、カラダで。二週間かけて、たっぷりと」
囁く。
「もう昨日までの君には戻れないくらい、トロトロにしてあげるから……覚悟してね」
あたしは、脳内で一頻りあわあわと暴れてから。
両手で、顔を隠すようにして。
「……………はい」
小さく小さく、答えた。
それからの二週間。
あたしは、人生において最も幸せな時間を、クロさんと共に過ごした。
彼の言う通り、ゆっくりと、じっくりと時間をかけて。
指を絡め、舌を絡め、肌を重ね。
心も身体も、とろとろに溶かされて──
全部全部、彼のモノにされてしまった。
そして。
舞踏会の日から、二週間後。
「──というのが、今回の事件の概要です」
王立エストレイア魔法学院。
このロガンス帝国内で唯一の王立学校にして、最大の魔法専門教育機関。
その、大講堂の中に。
この学院の全生徒と、全職員が集まり。
声の主──壇上に立つ人物に、視線を向けている。
「ご心配をおかけしましたが、僕はこの通り。すっかり回復しました。今日から講義のほうも再開します」
そう言ってにっこりと微笑むのは。
学院の理事長にして終身名誉教授である、クロさんだ。
舞踏会の晩に起きた出来事と、それによって彼がしばらく休んでいたことを、全校集会の場で生徒たちに報告しているところである。
* * * * * *
今から一週間前……
つまり、あの事件のあった日から、一週間後。
アリーシャさんは、祖国であるルイアブック民国へとその身柄を渡されることになった。
養子先の国で謀反を起こした罪人として、ではなく。
この学院から、ルイアブック軍特別魔法訓練校へ、理事長の推薦編入という形で。
クロさんが『視察』と言って一日不在にしたあの日。
彼はルイアブックへと赴き、軍併設の学校でアリーシャさんを受け入れてくれないか、直接交渉をしに行ったらしい。
他の被害生徒に関しても同じように、身寄りのない者は全寮制の訓練校を、家族がいた者はその家庭を回り。
ロガンス貴族の不始末を謝罪しながら、無理矢理連れてこられた彼らを再びルイアブックに還せるよう、手筈を整えていたのだ。
……本当に、抜かりのない仕事ぶりである。
「戦力として使えるまでに育ててから返すなんて、敵に塩を送るようなモンだけどね」
なんて、クロさんは肩を竦めていたけれど。
アリーシャさんが、ロガンスを去る日の朝。
あたしとクロさんと、ルナさんとベアトリーチェさんとで、彼女を城門の外まで見送った。
せめて一言だけでもルイス隊長に挨拶をしていけばいいのにと、あたしが言うと。
「……次、あの人に会うことがあるとすれば……戦場で、敵国の軍人として、になるでしょう。だから……ルニアーナ王女。私とルイスが二度と会わなくて済むよう、この国の平和に努めてください」
と、相変わらず落ち着いた声音で、そう言った。
あたしと変わらない歳でこんなことが言えてしまうだなんて……強い人だと、心から思う。
ルナさんは、その言葉を胸に刻み込むように目を閉じてから。
「………わかりました」
瞳に強い意志を宿し、頷いた。
そうして。
アリーシャ・モーエンは、ロガンス帝国を去っていった
* * * * * *
「今回の件を受け、この学院の入学および進級の制度を、大きく見直しすることにしました。それは」
ジャラッ。
壇上で語るクロさんを、講堂内にいる全員が注視する。
……ひどく怪訝そうな、信じられないものを目の当たりにしているような表情で。
何故ならば。
「ずばり、完全実力至上主義。入学前と進級前、それから各学期末に、試験を実施します」
ジャララッ。
クロさんが話す度に、鎖が揺れる音がする。
彼がその手に握る、鎖。その先にあるのは……
あたしの首に嵌められた、首輪である。
……本当、いっそ殺してほしいくらいなのだが。
あたしは今、壇上で語るクロさんの横で。
フリフリふわふわの可愛らしいメイド服を着て。
首に大型犬用の首輪を嵌められ。
その鎖を、クロさんに握られた状態で、立たされているのだ。
* * * * * *
つい、一時間ほど前。この全校集会が始まる直前。
クロさんに、「プレゼント♡」と渡されたのが……
このメイド服と、首輪だった。
意味がわからず、ぽかんと放心していると、有無を言わさず着替えさせられ。
「……あの、怖いくらいにピッタリなサイズ感なのですが」
「当たり前じゃん。ちゃんと君の身体を採寸してオーダーメイドしたんだから」
「採寸?!いつの間に?!」
「あれだよ。脱がせたら君が痴女パン履いてた時」
「……あ」
言われて思い出す。
ローザさんから送られてきた勝負パンツを履いたタイミングでクロさんに襲われ、下着姿で立たされた時のことを。
あれ、あたしの精霊を研究していたんじゃなくて……
魔法で、あたしの身体のサイズを測っていたのか!!!
「いやぁ、納得のいくデザインのものがやっと完成したよ。これでみんなにお披露目ができるね♡」
「…………何の、ですか?」
きゅっと、首に嵌めた赤い首輪のベルトを締めながら。
「君は僕のもの、ってことをだよ。特にあの、ゲイリー・カティウス君に見せつけてやりたくてさ♡あいつ、ショックで死ぬかな?ねぇ、死ぬと思う?」
「……………」
瞳を爛々と輝かせる彼に。
あたしは「いやぁぁあああっ!」と叫びながら、ズルズルと大講堂まで引き摺られ……
* * * * * *
そして、今に至る。
確かにこの国に連れて来られる時、『僕の専属メイドとして働いてもらう』と言われていたが…
まさか、ここへきてそれが適用されるとは。
にこやかに語る理事長の横で、首輪を嵌められたメイド姿の女が立っている。
こんな、街中で見かけたら絶対に目を合わせないような光景を全校集会で見せつけられているのだから、さっきから講堂内は俄かに騒ついている。クロさんの話など、耳に入るわけがない。嗚呼、彼の思惑通り、ゲイリー先生も白目を向いて直立している。
と、そこでフォスカー副学長が顔を真っ赤にして舞台へ上がってきて、
「理事長!あなた、何を考えているのですか?!ご自分が今、何をしているのかおわかりですか!!」
こちらを指差し、怒鳴り散らす。
しかしクロさんは、きょとんとした顔をしてあたしを繋ぐ鎖をグイッと引っ張ると、
「何って……見てわからないのですか?犬の散歩ですよ」
そう、一切の淀みがない声で言い放つので。
副学長どころか、騒ついていた講堂内までもが、シンと静まり返る。
……いや、もうほんと、今すぐにでもあたしを母国に強制送還してくんないかな。王さま。
「ていうか君たち、今の僕の話聞いてた?これからは完全実力至上主義でやっていくっつってんの。親の金や身分は通用しない。生徒自身の能力だけで評価される。基準を満たさなかったら即、退学。つまり……」
ニタァッ、と。
彼は悪魔のような笑みを浮かべて、生徒たちを見下ろし。
「使えるか使えないかは、全部僕が決める。だから、全力で縋り付け。持てる力を全て発揮し、それを僕に見せてみろ。以上。さぁ、話は終わりだ。僕は見ての通り犬の世話があるから……」
ばっ、と右の手のひらを前に掲げると、
「辞めたくない奴は、死ぬ気で訓練開始」
その、かけ声を聞いた瞬間。
綺麗に整頓していた生徒たちが悲鳴を上げながら、一斉に講堂の外へと逃げ去っていく。職員たちも、ドン引きした様子でそれに続き出て行ってしまった。
広々とした、数百人収容できる大講堂。
その、舞台の上で。
クロさんとあたしの二人だけが、ぽつんと取り残された。
「…よし。これで好青年キャラからも脱出できた」
「いや、脱出どころか大気圏ぶち破っちゃいましたよ。何キャラですかコレ。変態お散歩おじさん?」
のちに生徒たちの間で「理事長は刺されてから頭がおかしくなった」と噂されることを、この時のあたしたちはまだ知らない。
「……みんな、いなくなっちゃいましたね」
「そうだね」
「………どうしましょう?」
こんなところにいても意味がない。我々も理事長室へ戻ろう。
そう、意図したつもりだった。
しかし、彼は、
「踊ろう」
「へ?」
思いもよらない言葉を投げかけてきた。
「舞踏会の時、君と踊れなかったでしょ?ちょっと後悔しているんだよね。だから」
ふわっ、と。
思わず見惚れてしまうくらいの、完璧な笑みを浮かべて。
「僕と、踊ってくれませんか?お姫さま」
こちらに手を差し伸べて、言う。
その美しい動きは、まるで本物の王子さまのよう……
だが。
こちらがその手を取る前に、ジャラリと。
左手に握った鎖を引き、首輪に繋がれたあたしを強引に引き寄せ。
「………返事は?」
「………………わん」
「よしよし。いい子」
そうして、手を取り、腰に手を回され。
あたしたちは、誰もいない、広い舞台のその上で。
くるくると、踊り出す。
嗚呼、なんて滑稽な状況だろう。
でも。
「君がどれほど嫌がったって、絶対にこの手を離してあげないから」
滑稽すぎて、彼とのダンスが心地よすぎて。
そのリードに、全てを委ねたくなる。
「だから安心して……僕の腕の中で、踊っていて?」
あなたに、何度でも踊らされる。
何度でも奪われる。
たぶん、それでいい。
それが、いい。
「……理事長先生。あたし、上手に踊れていますか?」
そう、尋ねると。
彼はキュッと靴を鳴らし足を止め。
「………次は、『ご主人様』って呼んでみて」
なんて、少しいやらしく笑ってから。
舞台の真ん中で、とろけるようなキスをした。
-完-
黒猫シリーズ二作目は、これにて完結です。
ブクマしていただいたみなさま、評価をつけてくださったみなさま。
そしてこの作品に出会い、目を留め、読んでいただいたすべてのみなさまに感謝です。
本編はここまででおしまいですが、軽いおまけが少しだけ続きます。
二週間の休暇中の出来事を描いた番外編です。
そちらもゆるーくお読みいただければと思います。
感想などいただけますと、泣いて喜びます。何かあればお気軽にお寄せくださいませ。
では。
最後までお付き合いいただき、本当に本当に、ありがとうございました。




