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黒猫王子はメイドと踊る  作者: 河津田 眞紀
第5章 舞踏会の夜に
31/45

2.星に、手を伸ばす

 



 午後四時。


 開場と共に、招待した学生とその親族が続々と集まって来た。

 さすがは貴族さま。高価そうな宝石でゴテゴテと着飾って、他の招待客と無言の金持ち合戦でもしているかのような装いだ。

 …なんて穿った見方をしてしまうのは、あたしが庶民の出だからなのだろうか。

 普段は制服姿の学生たちも、ドレスや燕尾服に身を包み、日常とは違う雰囲気を醸し出していた。


 そして。


 午後五時の開演間際に。

 アリーシャ・スティリアムさんと、その親族らしき男性が一名、最後に会場へと入って来た。

 開会の挨拶の準備で、奥の舞台へ上がっていたクロさんが、それを遠目に見つけるなり。


 ニヤリと口元を歪ませたのを、あたしは見逃さなかった。





「本日はお忙しい中、『エストレイア魔法学院』新入生歓迎舞踏会にお集まりいただき、誠にありがとうございます──」


 招待客が全員来場したことを確認し。

 司会進行役から指名されたクロさんが、挨拶を述べ始めた。

 会場中が舞台上のクロさんに注目する中、舞台の下で控えていたあたしはその場からそっと離れ、ルイス隊長を探す。

 まだ見かけていないので、正直焦っていたのだ。そもそも本当に来てくれるんでしょうね…?

 ルナさんは既にバルコニーへ来ているはず。この挨拶の内に、こっそり二人を引き合わせなければ。


 …ていうかクロさん、結局ドレスのことも髪型のことも、何にも言ってくれなかった…

 なんか、ぽかーんと見られた気はするけれど。やっぱり変だと思われたのかな、この格好……


 などと内心ため息をつきつつ、百人以上が(ひし)めく会場内を静かに進み、怪しまれないよう目線だけ動かして探している……と。

 クロさんの立つ舞台と反対側……広間の入り口の扉がゆっくりと、僅かに開き…

 そこから、ひょこっと。

 よく知る銀髪頭が覗いた。


 …って、今来たんかい!!


 あたしは足早に扉に近付く。すると向こうもこちらに気付いたようで、嬉しそうに手を振りながら、


「よう、フェル。なんかもう始まっちまって……」


 なんて、普通の声のボリュームで話し始めるので。

 あたしは慌てて彼を扉の外へ押し出し、自分も廊下へ出る。


「隊長!遅いですよ!!」

「はは。すまんすまん」


 ぽりぽりと呑気に後ろ頭を掻きながら、ルイス隊長はへらっと笑った。しかも正装ではなく、いつもの隊服のまま来たようだ。

 ったく…人の気も知らないで…!

 と、文句を言う前に。あたしにはまず、彼に言うべきことがあった。


「あの…先日は、すみませんでした」

「先日?」

「モーリーさんのお店へ連れて行っていただいた日のことですよ。あたし、ヤケを起こしてワイン一気飲みして…そこからは断片的にしか覚えていないんですが、それだけ隊長にはご迷惑をおかけしたかと思うので…」

「なんだ、そんなことか。全然大したことなかったぞ、気にすんな。お前もストレス溜まってんだなぁ。だが、酒はまだ早いからな」

「はい…ごめんなさい。それで……」


 頭を下げながら、あたしは右手で後方を示し、


「お詫びの気持ちも込めて…隊長を、こちらにご案内したいのですが。ついて来ていただけますか?」

「ほう、なんだ?」


 腕を組んで首を傾げる隊長を、あたしは会場を経由せず廊下側から誘導する。こちらからも、バルコニーへ出られるのだ。

 ガラス張りの扉を開けると、冷たい風が頬を撫でた。赤い夕焼けと暗い夜の色とが、見事なまでのグラデーションを作っている。


 その、美しい空を背景に。

 ルナさんが、静かに佇んでいた。

 いつもとは違う、白地に紫のアクセントがあしらわれた可愛らしいドレスに、左肩へ流すようにまとめられた長い三つ編み。ピンクをベースにした、白い肌が映えるメイク。

 彼女もベアトリーチェさんにメイクアップを施されたのだろう。ただでさえ可憐なのが、いよいよ神話じみた美しさを放っている。

 しばらく魅入ってしまったあたしの、その背後から、


「………ルナ……」


 絞り出すような、隊長の声がした。

 そちらを振り返ると、驚きと、戸惑いと、切なさとが入り混じったような、見たこともない表情を浮かべていて…


「…お、お久しぶりです…ルイス……」


 ルナさんは、顔を赤くし涙目になりながらも、嬉しそうに微笑した。


「フェル、これは一体…どういう……」

「あら、奇遇ですね」


 困惑する隊長の後ろから、ベアトリーチェさんが扉を開けて現れる。


「殿下と流星群を見に参ったのですが…ルイス中将もでしたか」


 そう言って、にこりと笑う。口ではあくまで"偶然"を装ってはいるが、誰が見たって見え見えの演技だ。

 あたしは、思わずニヤつきそうになる。

 やったのだ。ついに二人を、引き会わせることができた。

 その嬉しさが、込み上げてきて。


「お前ら…王に怒られたって、知らないからな」


 困ったように、照れを隠すようにそう言ったルイス隊長の言葉に、ルナさんは首を横に振って、


「違うの。二人は…ビーチェとフェルさんは、私に協力してくれて…」


 そして、意を決したように拳を握りしめてから。

 真っ直ぐに、隊長の方を見つめて。


「…私が、ルイスに会いたかったの。いけないのはわかってる。けど……」


 言葉が震えてしまうのを、振り払うように。


「…ここで、あの日の続きを……星をっ、一緒に見ませんか…っ?」


 精一杯の声で、そう告げた。

 その想いを乗せ、風が、ルイス隊長の方へと吹き抜けた。



「………わかった」


 緊張した面持ちのルナさんに。

 隊長は、会えなかった時間を埋めるかのように、ゆっくりと近付いてゆき、




「…俺もずっと、お前に会いたかった」




 しっかりと向き合って、静かに微笑んだ。

 ルナさんの瞳から、涙が零れる。


 あたしは、ベアトリーチェさんと顔を見合わせてから。

 二人を残し、お城の中へと戻った。




「…やりましたね、ベアトリーチェさんっ」

「嗚呼…もう、感無量です。殿下のあの、嬉しそうなお顔……こんな日が来ようとは。全て貴女のおかげです、ありがとうございます」

「いいえ。頑張ったのはルナさんですよ。魔法を安定させることが出来たのですから、こんなこそこそせずに会えるようになる日も、きっと近いはずです」


 あたしたちが声を潜めて喜びを分かち合っていると。舞踏会の会場から、拍手が沸き起こるのが聞こえてきた。どうやらクロさんの開会の挨拶が終わったらしい。


「あ、そろそろ戻らなきゃ」

「ええ。こちらの人払いはわたくしが引き受けますので、フェレンティーナさんは指揮官の元へ。舞踏会、楽しんできてくださいね」


 舞踏会、か……確かに、せっかく練習したのだから、クロさんと一緒に踊ってみたい。

 そして…魔法が使いこなせるようになったことを打ち明けたい。

 そしたら、きっと…


「……勇気を出して、誘ってみます!」


 ルナさんが、あれだけ頑張ったのだ。

 あたしも、今日のこの日を、いいものにしたい。

 ベアトリーチェさんに向けて握った拳を掲げてから。

 あたしは、舞踏会の会場の中へと戻って行った。




 * * * * * *




 と、意気込んでいたものの。

 開会の挨拶が終わってからも、クロさんは忙しかった。


 その後、フォスカー副学長の音頭で乾杯をし、それと共に楽団による生演奏が始まった。

 舞踏会の、始まりである。

 学生たちや、学院の職員に教授、軍部からの出席者たちが踊り始める中、あたしはクロさんの挨拶回りについて行った。

 招待した学生の親族に声をかけ、学院での様子やどれだけ優秀かを細かく伝えていくクロさん。どの親族も満足げにそれを聞き、「これからもよろしくお願いします!」と最後には固い握手をしていた。


 …結局クロさんも、貴族さまたちのご機嫌取りをしているだけじゃないか。この舞踏会も、「今年で終わらせる」んじゃなかったの?

 と、理事長先生スマイルを貼り付けたその顔を横で眺めながら、不信感を募らせていた。



 さて、ようやく全ての親族に挨拶が終わったぞ。と思ったら、


「クローネル先生!私と踊ってください!」

「え〜ずるい!私が先!」


 招待された女生徒たちが、こぞってクロさんを取り囲みに来た。あたしはその勢いに、蚊帳の外へと押し出される。

 しかしクロさんは相変わらず好青年モードのまま微笑んで、


「ごめんね。まだお仕事があるから、後でね」


 などと、やんわり断る。そんなんだから女生徒たちは「ちょっとぐらいいいじゃないですか〜」と甘えた声で尚も食い下がる。


 ……素の表情で「ムリ。あっち行って」とでも言ってやればいいのに。


 なんて胸の内で毒づきながら、その様子を半目で見つめて。


「……ご飯食べに行こ」


 何も告げずに、食事が置いてあるテーブルの方へと向かった。






 黒い燕尾服の端が。艶やかなドレスの裾が。

 軽やかな音楽に合わせて、あちらこちらで回っている。


 あたしと変わらない年頃の学生たちでも、貴族の家で育てばこんな風に踊れるものなんだなぁ。

 と、ローストビーフをパクつきながら眺める。

 生まれた時からお金持ちで、なに不自由なく育てられ、正直羨ましいを通り越して妬ましいとさえ思っていたが。

 彼らは彼らで、貴族らしい振る舞いをしなければいけない分、大変な思いもしてきたのかもしれない。


「……さて」


 小腹も満たされたし、いいかげん彼を取り巻く女生徒たちも()けた頃だろう。

 クロさんの元へ、戻ろう。

 そして一緒に、ダンスを……


 と、少しだけ胸を高鳴らせ、先ほどいた場所へと向かう。

 大勢の人の向こうに、白いタキシードのクロさんが見えてきた。よかった、元の場所にいてくれた。

 彼の周りには、もう誰もいないようだった。

 よし、今ならいける。まだ次の演目までは時間があるはずなのだ。

 一曲くらい、あたしと一緒に踊る時間をもらえるはず…


 そう思い、駆け寄ろうとして。



「……………」



 あたしは、気がついてしまう。

 彼が、壁に背を預け、じっと一点を見つめていることを。

 そして、その視線の先に……


 反対側の壁際に、静かに佇む。

 臙脂色の、華やかなドレスに身を包んだ──



 アリーシャさんが、いることに。





『アリスちゃん』



 昨日のあの声が、再び蘇る。



 何故。どうして。

 いつも、いつもいつも。

 あなたは、あたしよりもその子を見つめるの?


 あたしだって、精一杯着飾って、魔法の特訓までして、ここへ来たのに。

 見てもらうことすら、出来ないだなんて。



「…………っ」


 心が、虚しさと寂しさでいっぱいになり、足を止める。

 そしてふと、窓の方……カーテンが閉められた、バルコニーの方へと目を向ける。

 今頃ルナさんは、ルイス隊長と星を眺めているのかな。

 きっと素敵な時間を過ごしているんだろうな。


 あたしは、あたしたちは、いつでも会えて、こんなに近くにいるのに。



 なんでこんなにも、遠くに感じてしまうのだろう。





 足を止めたまま、下を向き。

 しばらくその場で、佇んでいると。



「……フェレンティーナさん?」



 横から、声をかけられた。

 はっとなってそちらを見上げると。

 そこにいたのは……


「やっぱりそうだ。どうしたのですか?こんなところに立ち止まって」


 心配そうにこちらを伺う…

 ゲイリー・カティウス教授だった。


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