2.星に、手を伸ばす
午後四時。
開場と共に、招待した学生とその親族が続々と集まって来た。
さすがは貴族さま。高価そうな宝石でゴテゴテと着飾って、他の招待客と無言の金持ち合戦でもしているかのような装いだ。
…なんて穿った見方をしてしまうのは、あたしが庶民の出だからなのだろうか。
普段は制服姿の学生たちも、ドレスや燕尾服に身を包み、日常とは違う雰囲気を醸し出していた。
そして。
午後五時の開演間際に。
アリーシャ・スティリアムさんと、その親族らしき男性が一名、最後に会場へと入って来た。
開会の挨拶の準備で、奥の舞台へ上がっていたクロさんが、それを遠目に見つけるなり。
ニヤリと口元を歪ませたのを、あたしは見逃さなかった。
「本日はお忙しい中、『エストレイア魔法学院』新入生歓迎舞踏会にお集まりいただき、誠にありがとうございます──」
招待客が全員来場したことを確認し。
司会進行役から指名されたクロさんが、挨拶を述べ始めた。
会場中が舞台上のクロさんに注目する中、舞台の下で控えていたあたしはその場からそっと離れ、ルイス隊長を探す。
まだ見かけていないので、正直焦っていたのだ。そもそも本当に来てくれるんでしょうね…?
ルナさんは既にバルコニーへ来ているはず。この挨拶の内に、こっそり二人を引き合わせなければ。
…ていうかクロさん、結局ドレスのことも髪型のことも、何にも言ってくれなかった…
なんか、ぽかーんと見られた気はするけれど。やっぱり変だと思われたのかな、この格好……
などと内心ため息をつきつつ、百人以上が犇めく会場内を静かに進み、怪しまれないよう目線だけ動かして探している……と。
クロさんの立つ舞台と反対側……広間の入り口の扉がゆっくりと、僅かに開き…
そこから、ひょこっと。
よく知る銀髪頭が覗いた。
…って、今来たんかい!!
あたしは足早に扉に近付く。すると向こうもこちらに気付いたようで、嬉しそうに手を振りながら、
「よう、フェル。なんかもう始まっちまって……」
なんて、普通の声のボリュームで話し始めるので。
あたしは慌てて彼を扉の外へ押し出し、自分も廊下へ出る。
「隊長!遅いですよ!!」
「はは。すまんすまん」
ぽりぽりと呑気に後ろ頭を掻きながら、ルイス隊長はへらっと笑った。しかも正装ではなく、いつもの隊服のまま来たようだ。
ったく…人の気も知らないで…!
と、文句を言う前に。あたしにはまず、彼に言うべきことがあった。
「あの…先日は、すみませんでした」
「先日?」
「モーリーさんのお店へ連れて行っていただいた日のことですよ。あたし、ヤケを起こしてワイン一気飲みして…そこからは断片的にしか覚えていないんですが、それだけ隊長にはご迷惑をおかけしたかと思うので…」
「なんだ、そんなことか。全然大したことなかったぞ、気にすんな。お前もストレス溜まってんだなぁ。だが、酒はまだ早いからな」
「はい…ごめんなさい。それで……」
頭を下げながら、あたしは右手で後方を示し、
「お詫びの気持ちも込めて…隊長を、こちらにご案内したいのですが。ついて来ていただけますか?」
「ほう、なんだ?」
腕を組んで首を傾げる隊長を、あたしは会場を経由せず廊下側から誘導する。こちらからも、バルコニーへ出られるのだ。
ガラス張りの扉を開けると、冷たい風が頬を撫でた。赤い夕焼けと暗い夜の色とが、見事なまでのグラデーションを作っている。
その、美しい空を背景に。
ルナさんが、静かに佇んでいた。
いつもとは違う、白地に紫のアクセントがあしらわれた可愛らしいドレスに、左肩へ流すようにまとめられた長い三つ編み。ピンクをベースにした、白い肌が映えるメイク。
彼女もベアトリーチェさんにメイクアップを施されたのだろう。ただでさえ可憐なのが、いよいよ神話じみた美しさを放っている。
しばらく魅入ってしまったあたしの、その背後から、
「………ルナ……」
絞り出すような、隊長の声がした。
そちらを振り返ると、驚きと、戸惑いと、切なさとが入り混じったような、見たこともない表情を浮かべていて…
「…お、お久しぶりです…ルイス……」
ルナさんは、顔を赤くし涙目になりながらも、嬉しそうに微笑した。
「フェル、これは一体…どういう……」
「あら、奇遇ですね」
困惑する隊長の後ろから、ベアトリーチェさんが扉を開けて現れる。
「殿下と流星群を見に参ったのですが…ルイス中将もでしたか」
そう言って、にこりと笑う。口ではあくまで"偶然"を装ってはいるが、誰が見たって見え見えの演技だ。
あたしは、思わずニヤつきそうになる。
やったのだ。ついに二人を、引き会わせることができた。
その嬉しさが、込み上げてきて。
「お前ら…王に怒られたって、知らないからな」
困ったように、照れを隠すようにそう言ったルイス隊長の言葉に、ルナさんは首を横に振って、
「違うの。二人は…ビーチェとフェルさんは、私に協力してくれて…」
そして、意を決したように拳を握りしめてから。
真っ直ぐに、隊長の方を見つめて。
「…私が、ルイスに会いたかったの。いけないのはわかってる。けど……」
言葉が震えてしまうのを、振り払うように。
「…ここで、あの日の続きを……星をっ、一緒に見ませんか…っ?」
精一杯の声で、そう告げた。
その想いを乗せ、風が、ルイス隊長の方へと吹き抜けた。
「………わかった」
緊張した面持ちのルナさんに。
隊長は、会えなかった時間を埋めるかのように、ゆっくりと近付いてゆき、
「…俺もずっと、お前に会いたかった」
しっかりと向き合って、静かに微笑んだ。
ルナさんの瞳から、涙が零れる。
あたしは、ベアトリーチェさんと顔を見合わせてから。
二人を残し、お城の中へと戻った。
「…やりましたね、ベアトリーチェさんっ」
「嗚呼…もう、感無量です。殿下のあの、嬉しそうなお顔……こんな日が来ようとは。全て貴女のおかげです、ありがとうございます」
「いいえ。頑張ったのはルナさんですよ。魔法を安定させることが出来たのですから、こんなこそこそせずに会えるようになる日も、きっと近いはずです」
あたしたちが声を潜めて喜びを分かち合っていると。舞踏会の会場から、拍手が沸き起こるのが聞こえてきた。どうやらクロさんの開会の挨拶が終わったらしい。
「あ、そろそろ戻らなきゃ」
「ええ。こちらの人払いはわたくしが引き受けますので、フェレンティーナさんは指揮官の元へ。舞踏会、楽しんできてくださいね」
舞踏会、か……確かに、せっかく練習したのだから、クロさんと一緒に踊ってみたい。
そして…魔法が使いこなせるようになったことを打ち明けたい。
そしたら、きっと…
「……勇気を出して、誘ってみます!」
ルナさんが、あれだけ頑張ったのだ。
あたしも、今日のこの日を、いいものにしたい。
ベアトリーチェさんに向けて握った拳を掲げてから。
あたしは、舞踏会の会場の中へと戻って行った。
* * * * * *
と、意気込んでいたものの。
開会の挨拶が終わってからも、クロさんは忙しかった。
その後、フォスカー副学長の音頭で乾杯をし、それと共に楽団による生演奏が始まった。
舞踏会の、始まりである。
学生たちや、学院の職員に教授、軍部からの出席者たちが踊り始める中、あたしはクロさんの挨拶回りについて行った。
招待した学生の親族に声をかけ、学院での様子やどれだけ優秀かを細かく伝えていくクロさん。どの親族も満足げにそれを聞き、「これからもよろしくお願いします!」と最後には固い握手をしていた。
…結局クロさんも、貴族さまたちのご機嫌取りをしているだけじゃないか。この舞踏会も、「今年で終わらせる」んじゃなかったの?
と、理事長先生スマイルを貼り付けたその顔を横で眺めながら、不信感を募らせていた。
さて、ようやく全ての親族に挨拶が終わったぞ。と思ったら、
「クローネル先生!私と踊ってください!」
「え〜ずるい!私が先!」
招待された女生徒たちが、こぞってクロさんを取り囲みに来た。あたしはその勢いに、蚊帳の外へと押し出される。
しかしクロさんは相変わらず好青年モードのまま微笑んで、
「ごめんね。まだお仕事があるから、後でね」
などと、やんわり断る。そんなんだから女生徒たちは「ちょっとぐらいいいじゃないですか〜」と甘えた声で尚も食い下がる。
……素の表情で「ムリ。あっち行って」とでも言ってやればいいのに。
なんて胸の内で毒づきながら、その様子を半目で見つめて。
「……ご飯食べに行こ」
何も告げずに、食事が置いてあるテーブルの方へと向かった。
黒い燕尾服の端が。艶やかなドレスの裾が。
軽やかな音楽に合わせて、あちらこちらで回っている。
あたしと変わらない年頃の学生たちでも、貴族の家で育てばこんな風に踊れるものなんだなぁ。
と、ローストビーフをパクつきながら眺める。
生まれた時からお金持ちで、なに不自由なく育てられ、正直羨ましいを通り越して妬ましいとさえ思っていたが。
彼らは彼らで、貴族らしい振る舞いをしなければいけない分、大変な思いもしてきたのかもしれない。
「……さて」
小腹も満たされたし、いいかげん彼を取り巻く女生徒たちも捌けた頃だろう。
クロさんの元へ、戻ろう。
そして一緒に、ダンスを……
と、少しだけ胸を高鳴らせ、先ほどいた場所へと向かう。
大勢の人の向こうに、白いタキシードのクロさんが見えてきた。よかった、元の場所にいてくれた。
彼の周りには、もう誰もいないようだった。
よし、今ならいける。まだ次の演目までは時間があるはずなのだ。
一曲くらい、あたしと一緒に踊る時間をもらえるはず…
そう思い、駆け寄ろうとして。
「……………」
あたしは、気がついてしまう。
彼が、壁に背を預け、じっと一点を見つめていることを。
そして、その視線の先に……
反対側の壁際に、静かに佇む。
臙脂色の、華やかなドレスに身を包んだ──
アリーシャさんが、いることに。
『アリスちゃん』
昨日のあの声が、再び蘇る。
何故。どうして。
いつも、いつもいつも。
あなたは、あたしよりもその子を見つめるの?
あたしだって、精一杯着飾って、魔法の特訓までして、ここへ来たのに。
見てもらうことすら、出来ないだなんて。
「…………っ」
心が、虚しさと寂しさでいっぱいになり、足を止める。
そしてふと、窓の方……カーテンが閉められた、バルコニーの方へと目を向ける。
今頃ルナさんは、ルイス隊長と星を眺めているのかな。
きっと素敵な時間を過ごしているんだろうな。
あたしは、あたしたちは、いつでも会えて、こんなに近くにいるのに。
なんでこんなにも、遠くに感じてしまうのだろう。
足を止めたまま、下を向き。
しばらくその場で、佇んでいると。
「……フェレンティーナさん?」
横から、声をかけられた。
はっとなってそちらを見上げると。
そこにいたのは……
「やっぱりそうだ。どうしたのですか?こんなところに立ち止まって」
心配そうにこちらを伺う…
ゲイリー・カティウス教授だった。




