1.舞踏会の幕開け
「……………」
目を、開ける。
朝だ。
舞踏会の日の、朝。
ゆっくりと、ベッドから起き上がる。
昨夜はあまり、眠れなかった。
『アリスちゃん』
あの声が、耳に残っていて。
「…………はぁ」
考えていても仕方ない。今日は舞踏会の運営側としてもやることがたくさんあるのだ。
まず学院へ行って、舞踏会の流れを各担当と最終確認。フォスター副学長が手配した音楽団や、会場を飾り付けるお花屋さんの案内もしなければならない。
それが落ち着いたら昼頃にルナさんのお部屋へ行って、ドレスに着替えさせてもらって。その後、会場に入る。
もやもやしている暇はない。きちんと舞踏会をスタートさせて、ルナさんと隊長を会わせなくちゃ。
「………そうだ」
ふと、あたしはクローゼットに目を向ける。
今日みたいな日のための、とっておきの秘密兵器を、あたしは持っていたじゃないか。
今こそ、アレの力を借りる時。
あたしはベッドから降り、少し胸を高鳴らせながら。
クローゼットから久しぶりに、例のものを取り出した。
* * * * * *
午前中に予定していた準備は、全て滞りなく終えることができた。
クロさんと顔を合わせるのを勝手に気まずく感じていたが、彼は彼で各担当から最終確認を次々に頼まれていたので、あたしと会話することはほとんどなかった。
そのまま、昼過ぎに会場で落ち合うことを簡単に告げられ、一度別れた。
そして、今。
「うわぁ…」
あたしは目の前の光景に、瞳を輝かせていた。
訪れたルナさんの部屋。そこには。
ハンガーラックにかけられた色とりどりのパーティードレスが、所狭しと並べられていた。
「さぁ、フェルさんに一番似合うものを選びましょう!」
と、ルナさんがいつになく張り切った声を上げる。
その横でベアトリーチェさんも、
「何着でも試着していただいて結構ですので。と言うか、色々と試させてください」
なんて、人を着せ替え人形にする気満々なテンションで言う。
ああ、この二人には本当に救われるな。曇っていた気持ちを、晴れやかで楽しいものに変えてくれる。
あたしたちは、ああでもないこうでもないと姦しく騒ぎながら、ドレスを代わる代わる当て、試着し、その度に髪を結ったり降ろしたりして。
「………決まりですね」
やがて、ベアトリーチェさんが言いながら額の汗を拭った。
三人で大試着会をおこなった結果、選ばれたのは…
黒地に、ワインレッドのリボンやフリルがあしらわれたマレットドレス…所謂、スカート部分の前が短くて後ろが長いドレスだ。
運営側なので派手すぎず、脚さばきの良い、且つ大人かわいいデザインのものを、ということで、これに決定した。
色酒場で働いていた時のピンクのドレスとは、まったく雰囲気が違う。確かに魅力的なドレスではあるが…
「こんな大人っぽいの…変じゃないですか?」
「そんな!よくお似合いですよ!サイズもぴったりですし」
「ええ。髪型でもまだ雰囲気が変わりますから。さ、ここへお掛けください」
ルナさんとベアトリーチェさんに口々に言われ、あたしは半信半疑のまま椅子に座り。
そのまま、ベアトリーチェさんによるヘアメイクが施され…
あたしの赤い長髪は、顔のサイドのおくれ毛を残し、全て綺麗に纏められた。
「はい、完成ですよ」
「おお…!」
ルナさんが、興奮した様子でこちらを見てくる。
ベアトリーチェさんが後ろから「はい」と手鏡を渡してくれたので。
恐る恐る、覗き込んでみると、
「……わ…」
いつもとは違う自分が、そこには映っていた。
普段はハーフアップにしていることが多いが、編み込んでまとめただけでだいぶ雰囲気が変わる。長めに引いたアイラインと、ドレスに合わせた赤いアイシャドウが、より大人っぽく見せてくれている。
「すっっごく素敵です、フェルさん!ビーチェも、さすがです!!」
鼻息を荒くして言うルナさんに、ベアトリーチェさんは「素材が良いので」と返してくれた。
「さぁ。指揮官にその素敵なお姿を見せてきてくださいな。きっと見惚れちゃいますよ」
「私たちも、約束のお時間になったら向かいますね」
二人に、笑顔で見送られ。
「…本当に、ありがとうございます。頑張ってきます!またあとで!」
いつもより数センチ高めのヒールを鳴らし、会場である広間へと向かった。
いけない。盛り上がりすぎて、クロさんに言われた時間を少しオーバーしてしまった。
会場は、ロガンス城の西棟の最上階だ。階段を駆け上がり、あたしは息を切らしながら駆け込んだ。
すると。
そこは、まさにお伽話の中のパーティー会場だった。
広い広い大理石の床はピカピカに磨かれ、天井の煌びやかなシャンデリアが鏡のように映っている。至る所に綺麗な花が飾られ、右側のバルコニーへの出口付近には食事や飲み物の支度が、左側の壁際では音楽団が演奏の準備を進めていた。
「…すごい……」
クロさんに出会っていなかったら、一生縁のなかった世界だ。その荘厳さを目の当たりにし、今更ながら足が震えそうになる。
…なんて、ビビっている場合じゃない。クロさんと合流しなきゃ。
学院側の担当者たちが忙しなく準備しているのをキョロキョロと見回し、クロさんを探す。
時間に正確な彼のことだから、もうここへは来ているはずだけど…
と、左を向いて歩いていたら、右側から来た人とドンッ、とぶつかってしまった。
「あっ、すみませ………」
その相手に謝ろうと、目を向けた、その瞬間。
あたしは、瞬きも息も、止めた。
ぶつかった相手、それは…
裾の長い真っ白なタキシードと、シルバーのネクタイ。
艶やかな前髪を斜めに分け、少し後ろに流した、普段とは違う髪型。
そんな、まるで王子様のような出で立ちをした…
あたしの、恋人だった。
「………………」
その、あまりの素敵さに。
あたしは、ただただ見惚れてしまった。
彼以上に白タキシードが似合う男性が他にいるだろうか。いるなら連れて来てほしい。
ていうか、髪型もイイ。普段見えないおでこがちょっと見えているところなんか最高だ。可愛すぎる。可愛いのに、かっこいい。かっこいいのに、可愛い。
嗚呼、好き。大好き。
……と、脳内で気持ち悪い惚気を連発している間。
クロさんの方も、ぶつかったことや遅刻したことを咎めるどころか、何も言わずにじーっとこちらを見つめて。
「………………」
固まっていた。
周囲で、大勢の人が準備に急ぐ中。
あたしとクロさんの二人だけが、時間が止まったように動かなくて。
「…………ぁ…」
息をすることすら忘れていたあたしが、呼吸を再開すると共に声を少しだけ漏らした、直後。
「すみません!そこ、通ります!!」
と、大きな楽器を抱えた楽団の人に言われ。
あたしたちはハッとなって、慌てて道を開けた。
暫しぼーっと、ゆらゆら運ばれていく楽器を見送ると。
「…あの、クロさん。すみませんでした。遅れてしまって」
あたしはあらためて、クロさんに謝罪の言葉を述べた。すると彼は、こちらに目を向けないまま、
「…別にいいよ」
とだけ、短く言った。
さぁ、いよいよ始まりだ。
舞踏会の会場まで、あと二時間──
次回から、いよいよ舞踏会本番が描かれます。
これまでのあらゆる伏線を、一気に回収していきます。
ルナとルイスは、無事再会できるのか…
アリーシャの思惑は…
クロが舞踏会の裏で企んでいることとは…
そしてなにより、フェレンティーナはクロとイチャイチャできるのか…?!
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。




