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黒猫王子はメイドと踊る  作者: 河津田 眞紀
第4章 彼女の目覚め
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8.胸騒ぎの前夜

 



 それからの一週間、あたしは毎日のようにルナさんの部屋を訪れた。

 彼女の魔法の特訓に加え、ベアトリーチェさんが、



「フェレンティーナさんも舞踏会に参加されるのであれば、踊りの練習をしてみませんか?」



 なんて言い出したので、あたしも連日ダンスの練習をしていたのだ。


 視察だと言って出かけたあの日、クロさんは夜遅くに戻られたようで。

 翌日からは予定通りのスケジュールで仕事をこなしていたため、あたしが魔法を会得したことをまだ明かせずにいた。



 もし、舞踏会で一緒に踊ってもらえるのなら。

 その時にでも、満を辞して伝えてみようかな…

 ダンスも上手くできて、「実は、魔法も使いこなせます!」なんて言ったら。

 クロさん、どんな反応するかな。「頑張ったね」って、褒めてくれるだろうか。


 あとは、ルナさんの魔法さえコントロールできるようになれば完璧なのだが…






 * * * * * *





 などと考えて過ごしている内に。

 あっという間に、舞踏会の前日になっていた。




「──じゃあ、それ終わったら今日はもう帰っていいから。明日の舞踏会、よろしくね」



 魔法学院の、理事長室。

 明日に控えた舞踏会の受付名簿や、運営側の動きをまとめた書類の準備を依頼されたあたしは。

 今日も今日とて、アリーシャさんの個人レッスンに向かうであろうクロさんを見送りながら。


 ……なにも舞踏会の前日までレッスンしなくても。


 と、ほんの少しだけ思いつつ、



「はい!お疲れさまでした♪」



 魔法を使いこなせるようになったことから心の余裕が生まれたのか、笑顔で手を振ることができた。


 さぁ、あたしも今日はこの後ルナさんのところへ行って、最終確認をしなきゃ。

 明日、なんとかルナさんとルイス隊長を、会わせてあげたい。

 そのためには、せめてルナさんが隊長と会っても魔法を暴走させないように、"心の安定"を保つことが重要だ。それを密かに、あたしとベアトリーチェさんで見極めているところなのだが……



「あたしも専門家じゃないから、そのあたりの機微がわかんないのよね…」


 

 手元で書類の準備をしながら、一人呟く。と、その時。

 理事長室のドアが、強めにノックされた。そのまま、こちらの返事を待たずに、



「フェレンティーナさん!!」



 飛び込んできたのは……なんと、ベアトリーチェさんだった。

 宮仕えの彼女が学院に来るなんて…しかも相当慌てて駆けて来たようで、息は荒く、いつもきちっとまとめてあるお団子ヘアも少しだけ乱れていた。



「ど…どうしたんですか?」

「殿下が…殿下が……!!」



 切れ切れの息の合間に必死な様子でそう言うので。

 あたしは、とにかくルナさんに何かあったのだと悟り、すぐに理事長室を出、ロガンス城へ向けて走り出した。


 どうしたのだろう…まさか魔法を上手くコントロールできず、自分自身を眠らせてしまって、まったく起きないとか…

 そんな…舞踏会は、明日なのに……


 不安に駆られ速まる鼓動に合わせるように、あたしは彼女の部屋へと駆ける足を加速させた。

 階段を駆け上り、分厚い大きな扉をノックもせずに開け放ち、



「ルナさん!!」



 彼女の名を、叫ぶ。


 ルナさんは、こちらに背を向け、窓の方を向いて立っていた。

 よかった。意識はあるようだ。

 あたしの声を聞き、彼女はゆっくりと振り返り…

 くしゃっ、と、今にも泣きそうに顔を歪ませ、



「フェルさん……これ……」



 声を震わせながら、窓の方を指さす。

 彼女の指の先…出窓に置かれた、『はにかみ草』の鉢植え。

 その、黄色い花が、



「あ………」



 まだ、夕暮れ前だというのに。

 その蕾を閉じ、眠っていた。



「…これ……ルナさんが…?」



 掠れる声で尋ねると、彼女は無言でコクコクと頷いた。


 ……やったんだ。

 ついに、ルナさんが。

 魔法を、コントロールして……

 対象物を眠らせることに、成功したんだ。



「やっったぁぁああ!!」



 がばぁっ!

 と、あたしは思いっきりルナさんに抱きついた。彼女もそれを笑顔で受け止める。



「ルナさん!ルナさん!!すごい!すごいです!!」

「で、でも、呪文の詠唱はまだ必要なので…やっとスタートラインに立てただけですが」



 二人して泣き笑いしながら抱き合い、ぴょんぴょん跳ねていると。

 ぎゅうっ。

 あたしとルナさんは、柔らかい感触に包み込まれた。

 後ろを見れば、追いついたベアトリーチェさんが腕を回し、あたしたちを抱きしめていて。



「殿下…本当に、本当によく頑張りましたね。フェレンティーナさんも…なんとお礼を申し上げれば良いか。ありがとうございます」



 その瞳には、涙がうっすらと滲んでいた。



 一頻(ひとしき)り喜びを分かち合った後。

 いちおうの確認で実際に魔法を使うところを見せてもらったが、ルナさんの能力はちゃんと狙いを定めた先に働いていた。しかも、眠らせるだけでなく起こすこともできるようになっていたのだ。


 マグレではない。本当に、会得したんだ。

 これで……



「明日、()()()を見に行けますね」



 あたしの言葉に、ルナさんとベアトリーチェさんはくすくすと笑う。

 嗚呼、やっと…ルナさんと隊長を、再会させることができるかもしれない。

 隊長も、きっと喜ぶはずだ。絶対に、成功させなきゃ。



 それからあたしたちは、明日の舞踏会での待ち合わせ時間や落ち合う方法を確認した。

 開催は夕刻からだが、あたしはクロさんに付いて昼過ぎから会場に入る予定だった。始まったらまず、理事長であるクロさんの挨拶がある。そのタイミングでこっそりと隊長をバルコニーへ連れ出し、ルナさんと対面させよう、という作戦だ。



「ひゃー…なんだかドキドキしてきた」

「私も…今から心臓が持ちそうにありません。ルイスの姿を見るのさえ、三年ぶりですから……うう、子どもっぽいままだって、がっかりされたらどうしよう」

「そこはお任せください」



 ルナさんの弱気な言葉に被さるように。

 ベアトリーチェさんが大量のメイク道具を持ち、その腕をしゃきーん!とクロスさせ、



「わたくしが、最高の淑女へとメイクアップ致します」

「おお…心強い」

「フェレンティーナさんもですよ」

「へ?」



 感心していたところを不意打ちで指名され、声が裏返る。

 ベアトリーチェさんはにっこりと笑って、



「あのクローネル指揮官を、見惚れさせてやりましょう。もしお決まりでなければ、ドレスもこちらでご用意しますよ。素敵なダンスパーティにしなくてはね」



 なんて言ってくれて。

 そうか…ルナさんのことにばかり気を取られていたが、そもそもあたし、舞踏会用のドレスなんか持ち合わせていなかった。



「あ…ありがとうございます。でも、理事長の秘書ごときが、そんな着飾っていいのでしょうか…?」

「何を言っているのですか。可憐で美しい秘書を侍らせていたら、それだけで指揮官も鼻が高いでしょう。それに、あなたは秘書である前に、彼の恋人。違いますか?」

「う……」



 ベアトリーチェさんの、その「否が応でもドレスアップさせます」と言わんばかりの気迫に押され。



「……よろしく、お願いします」



 あたしは、お言葉に甘えることにした。



「では明日、お昼頃に一度ここでお会いしましょう。お着替えとお化粧をして、フェレンティーナさんは先に会場へ、我々は約束の時刻になったら、広間のバルコニーへ伺います」

「わかりました」



 ベアトリーチェさんと最後の確認をしてから。

 あたしは二人に手を振って、部屋を後にした。





「……ふう」



 さて。理事長室に戻らなくては。頼まれていた書類の準備が、まだ途中だったのだ。

 足取りも軽く、あたしはお城の外へと向かい。

 いつものように守衛さんに門を開けてもらい、学院の中庭を進む。


 ──と。



「……あれは…」



 進行方向に、知っている顔を見つけて。

 あたしは咄嗟に、花の植え込みの影へと身を潜めた。


 ロガンス城へと繋がる庭園の、真ん中で。



「………………」



 白亜の城の頂を、睨みつけるように見上げていたのは……

 アリーシャ・スティリアムさんだった。


 彼女、こんなところで何を…クロさんと個人レッスンをしているはずじゃ…

 それに、あの表情。

 まるで、心の底から憎んでいるものを見つめるような、鋭い視線──

 普段無表情でいることが多い彼女が、あんな顔をするなんて…


 どこか鬼気迫るものを感じ、息を殺して様子を見ていると、



「こんなところにいたの」



 そんな声と共に、学院の昇降口から現れたのは…

 白衣を着た、クロさんだった。



「時間になっても来ないから、探しに来ちゃったよ」

「……すみません」

「遅くなっちゃったし、今日はやめておこうか。と言うより…もう、必要ないかな?」

「…………」



 クロさんのその問いかけに、アリーシャさんは答えない。

 彼はポケットに手を突っ込んだまま肩を竦める。



「明日の舞踏会、ちゃんと来てくれるよね?君のために、軍部の知り合いにも声をかけて来てもらうことにしたんだから。アピールするチャンスだよ。僕からも直接紹介しようと思っているんだ。少将とか…最近、中将になった奴とか」



 その言葉を聞いた瞬間。

 アリーシャさんの目が、見たこともないくらい大きく見開かれる。

 それを見たクロさんは、ニヤッと妖しげな笑みを浮かべて彼女に近付き、



「いいね。明日、必ず来てくれると信じているよ……()()()()()()



 彼女の肩にぽん、と手を置いて。

 囁くように言ってから、踵を返し去って行った。



「…………」



 今のやりとりは、一体……

 アリーシャさんのあの反応。クロさんの、含みのある言い回し。そして。

 彼女を、『アリスちゃん』と愛称で呼んだ…


 嫉妬心と、それ以上に。

 うまく説明出来ない、底知れぬ不安のような胸騒ぎを感じ。

 明日の舞踏会が、ただ楽しみなだけのものではなくなってしまった。


 何かが、起こる予感。



 アリーシャさんは、去っていくクロさんの背中をしばらく見つめてから。

 静かに、自身も学院の中へと帰っていった。


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