5.きみの色も香もすべて I
フェレンティーナさん、お待たせ致しました。
(作中では)実に10日ぶりのチャンスタイム、前半戦です。
「──秘密、ですと?」
三日後。
魔法学院の職員会議室で、フォスカー副学長は顔を引きつらせながらそう聞き返した。
その正面には、理事長…クロさんが涼しげな表情で座っている。
「はい。舞踏会に招待する学生については、まだ考え中です。正式に決まりましたら、あらためて報告します」
例の、貴族によるウチの子アピール合戦会場こと『新入生歓迎舞踏会』の準備について。今日もフォスカー副学長が、クロさんに噛み付いているところだ。
「もう三週間後に控えているのですよ?早急に決定していただいて、招待状をお送りしないと…」
「もちろん。二、三日の内に決定して、送付手配までおこないますよ。ただ…選出する学生のご家庭のことも、よくよく調べてから決めないと。…そうでしょう?」
クロさんの含みのある言い方に、フォスカー副学長は一瞬面食らったような顔をしてから。
ニタッと、いやらしい笑みを浮かべて、
「まぁ…そうですね。よくわかっていらっしゃるじゃないですか。ヘヘ」
安心したように椅子へ深く座り直す。
フォスカー副学長としては、この学院により多くの出資をしてくれそうな家庭のご子息・ご令嬢をお招きして、良好な関係を築いていきたいと考えているのだろう。
しかし、クロさんの方は…本当にそのつもりで決めようとしているのだろうか?
「僕も馬鹿ではありませんから。念には念を入れているだけです。どうかご安心ください」
好青年オーラ全開で微笑むその表情からは、真意を伺い知ることができない。が…貴族第一主義にあれほど異を唱え、舞踏会自体『今年で終わらせる』とまで豪語していたクロさんが、こんなに大人しく副学長の思惑に乗るとは思えない。何か考えがあるのだろうけれど…
「そちらは僕に一任いただくとして。副学長は会場の設営準備をお願いしますね。例年通り、華やかな会になるよう…期待していますよ」
「なぁに、お任せください。ご来賓のみなさまにご満足いただけるように、持てる力をすべて尽くして準備に当たらせていただきます。今後の学院の発展を考えれば…微々たる投資ですよ」
などと、完全に黒幕同士の会話としか思えないやり取りをして。
細々とした当日の流れや、軍部側の出席者の確認を終え、今日の会議は終了した。
「と、言うことで」
理事長室に戻るなり、クロさんは一枚のメモ用紙をあたしに渡すと、
「この子たちのプロフィール、抜き出しといて」
そう告げて、椅子にドカッと座りたばこをふかし始めた。
ぴら、と手渡されたメモに目を落とすと、そこには新入生たちの名前が連ねられている。ざっと十五名ほどか。
「この子たちが、舞踏会に招待するメンバーですか?」
戸棚を開け、新入生のプロフィールが綴じられた分厚いファイルを取り出しながら、あたしが尋ねる。クロさんはいつものように椅子に背を預け、天を仰ぐようにもたれかかったまま、
「いちおうまだ仮。けど、ほぼ確定」
「……何を基準に、選出したんですか?」
再びあたしが質問を投げかけると、彼は身体を起こしてこちらを見る。
「なに。知りたいの?」
「いえ、知っちゃマズイならいいんですけど…副学長のお望み通り、よりお金持ちの家を優先して選んでいたりするのかなぁって」
というのは建前で。
聞きたい本当の理由は、別にあった。
その暫定メンバーの中に、あの…
クロさんのお気に入り、アリーシャ・スティリアムさんの名前があったのだ。
「まさか。それじゃあ僕が理事長になった意味がないからね」
「では、どうやって?」
クロさんは肘をついた右手に顎を乗せ、「んー」と唸ってから、
「わかりやすく言えば、『優秀な子』かな」
「優秀な、子」
「そ。誰もが欲しがるような、優秀な能力を持った子たち、だね」
その口ぶりは、嘘をついているようには見えなかった。が、同時にすべてを打ち明けている様子でもなく。
しかし、それ以上聞いても教えてくれないだろうし、聞いたところであたしがどうこうできる問題ではないので、それで納得することにする。
…確かに、アリーシャさんは優秀だ。あんな子が軍部に入ったら、国としてもありがたいだろう。新入生の中でも彼女は飛び抜けて頭角を現しているが…このメモにある他の生徒たちも、クロさんの目には有望だと映っているということか。
…いいなぁ、クロさんに認めてもらえて。
なんて、つまらない劣等感に苛まれそうになる気持ちに蓋をして、あたしはファイルから該当の生徒のプロフィールを抜き出していく。
名前を確認しながら一人、二人と探してゆき…
五人目を抜き出そうとした時に。
ある、違和感に気がついた。
「……あれ?」
入学時に回収した、生徒のプロフィールが記された書類。
そこには、生徒の住所や生年月日、家族構成などが書かれているのだが。
今抜き出した五名は皆、その中の『学歴』の項目……この学院に入るまでに通っていた幼児教育機関や中等学校を記載すべき欄が、空白なのだ。
試しにパラパラとファイルをめくりランダムに見てみても、さすが貴族、『いい学校に通わせていました』と言わんばかりに詳らかに学歴を記入している家庭がほとんどなのに。
次に抜き出した生徒も、そのまた次も。あの、アリーシャさんのプロフィールも。
メモに載っている生徒は皆、口裏を合わせたようにどれも空白のまま提出されていて……
どうして、『学歴』を書かずに提出しているのだろう。確かにここは、任意の記入欄だが…それにしたって、ここが空白の生徒ばかりがこのメモに載っていることも…偶然とは考え難い。
……クロさん。一体なにを以って、この生徒たちを舞踏会に招くつもりなの…?
得体の知れない怖さみたいなものを感じ、ファイルを持ったまま手を止めていると。
──ぎゅっ。
突然、後ろからクロさんに抱きしめられた。
彼の鼻先が耳の裏に当たり、くすぐったさを感じる。
「わ…ど、どうしたんですか?急に…」
久しぶりに感じる彼の体温に、心臓が大きく脈打つ。
尋ねるや否や、手にしていたファイルをパタンと閉じられ、奪われた。
「ちょっ、まだ途中で…」
振り返ってそう言うが、くるんと身体の向きを変えられて。
広い執務机に背面から、お尻を乗り上げるような形で追いやられた。
それにクロさんが、身を乗り出して顔を近づけてくるので、
「…………」
思わず後ろに手をついて、固まる。
何も言わないまま、鼻と鼻が触れてしまいそうな距離で、真っ直ぐに見つめられ…
な、なになに、この距離感……しばらくぶりだから、すごく緊張する…!!
彼の息遣いを肌で感じ、耐えきれなくなったあたしは、反射的に目を瞑った。
キスだ…数週間ぶりのキスだ、きっと……
クロさんてば本当にいつもマイペースなんだから…
なんてことを頭の隅で考え、その柔らかい感触を待ち構えていると……
むにょん。
予想とは別の場所で。
あたしは、柔らかいものを感知した。




