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黒猫王子はメイドと踊る  作者: 河津田 眞紀
第3章 眠り姫たちの秘密
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3.湯気に紛れた独り言 I




「……やってしまった」



 終わった。今度こそ強制送還だ。さよなら、クロさん。(二回目)


 なにしろこの国の姫君を、声を上げるくらいに泣かせてしまったのだ。結局泣き止まない内にベアトリーチェさんに促され、部屋を後にしてしまったが…


 上から目線に、知った風な口を利いてしまったのがいけなかったのかな。

 それともどこかに、地雷があったのか……



 と、鼻の下まで湯船に浸かりながら、口からぶくぶくと泡を吐く。

 お城の使用人用の、大浴場。ルナさんを泣かせてしまったショックから夕食もロクに喉を通らず、自室でしばらく放心していたため、入浴の時間がかなり遅くなってしまった。


 もうすぐ日付けが変わる時間帯。あたし以外、浴場には誰もいない。

 それをいいことに。


「あぁぁ…あたしって、なんでこうなんだろう…」


 ため息混じりの、大きな独り言を言う。

 どろどろした嫉妬心も、クロさんに構ってもらえないモヤモヤも。

 ルナさんを泣かせてしまった至らなさも。

 全部全部、洗い流せたらよかったのに。


「………」


 ぼーっと、天井に溜まった水滴がぽたぽたと垂れるのを眺めめていると。

 ──ガラガラ。

 引き戸の開く音がして、誰かが浴場に入ってきた。こんな時間でもまだ利用者がいたのか。と、何気なくそちらを見ると、


「あっ…ベアトリーチェさん……」

「フェレンティーナさん。今、お風呂ですか?」


 先ほど迷惑をかけたばかりの彼女の姿が、そこにはあった。

 …………って、


「えっ!いいんですか?!」

「何がです?」


 思わず口走ってしまったが、慌てて口を塞ぐ。

 自分でもなんでこんなことを言ったのかわからない…だって、ベアトリーチェさんの一糸纏わぬグラマラスな裸体が目の前にあったから、ありがたすぎてつい…女湯なんだから、いいに決まっているのに。

 それにしても、女の自分でもドキドキするくらいの体つきだ。まさに、出るとこは出ていて、引っ込むとこは引っ込んでいる。くうぅ…一体何を食べたらこうなれるんだ。



「あ、いや…その……先ほどは、すみませんでした」


 かけ湯をするベアトリーチェさんに、まずは謝罪する。裸に興奮してしまったことではない、ルナさんの件についてだ。

 彼女はつま先からゆっくりと湯に入ると、少し離れたところへ並ぶようにして浸かった。


「いいえ。謝るのはこちらの方です。殿下が急に泣かれたので、びっくりされたでしょう」

「…でも、あたしが偉そうにベラベラと喋りすぎてしまったので…」

「ありがとうございます」

「え?」


 急にお礼を言われ、あたしは驚いてベアトリーチェさんの方を見る。すると彼女は、穏やかな表情で、



「殿下を泣かせていただいて、ありがとうございます」



 なんてことを言ってくるので。


「……へ?」


 あたしは素っ頓狂な声を上げた。彼女はそのまま、にこりと微笑んで、


「あのお方は…お優しすぎるのです。此度の戦争で傷付いた民を思い、自分のことのように胸を痛めておられる。それだけではありません。フェレンティーナさんはあのようにおっしゃってくださいましたが……戦に勝利したにも関わらず、あまりにも欲目のない条約を結んだことに対し、国王陛下は一部の貴族からひどく責め立てられました。父君のそうした姿も見ているので、フェレンティーナさんのあのお言葉は、とてもありがたいものだったのですよ」


 そのまま、静かな声音でベアトリーチェさんが続ける。


「その上、ご自身の魔法に大きなコンプレックスを抱えておいでです。だから、この国も、殿下自身も、まとめて肯定してくださった貴女のお言葉には、本当に救われたのだと思います。ご自身の負の感情を、あまり表には出さないお方なので……あんなに泣き(じゃく)る姿、久しぶりに見ました。主人(あるじ)に代わり御礼申し上げます。ありがとうございました」

「い、いいえ。あたしはただ、思ったままを言っただけで…」


 頭を下げられ、あたしは慌てて両手を振る。


 そうか……ルナさん、やっぱりいろいろなことを抱えているんだなぁ。"王女"という立場だからこそ、もどかしいことやままならないことも、たくさんあるのだろう。

 あたしの言葉でルナさんが少しでも救われたのなら、これほど嬉しいことはない。よかった。傷付けたわけではなかったのだ。


 しかし、ということは…

 今の話を聞き、あたしの中で一つの仮説が浮かぶ。そして、それを確かめるべく、


「あの…ルナさんの魔法って、いつから……上手く制御できない状態なのですか?」


 先刻から気になっていたことを尋ねてみる。ベアトリーチェさんは一呼吸置いて、


「…最初から、です。十四歳のお誕生日を迎えられたその日から、殿下はご自身の魔法を上手く扱えていないまま…間もなく十八歳になろうとしています」


 …って、ルナさん年上?!

 と言っても一つだけだけど…そうか、てっきり同い年か年下かと…


「それって…何か、考えられる原因はあるのですか?」

「……わたくしが思うに」


 ベアトリーチェさんは神妙な面持ちになって、


「十二歳の時に亡くなられた王妃様……殿下の母君の死が、原因になっているのではないかと」

「お母さんの…死……」


 十二歳で、母親を亡くした…

 あたしと、同じだ。


「わたくしも同じようにクローネル指揮官に尋ねてみたことがあったのですが…こればかりは、殿下ご自身が向き合わねばならない心の問題なようで。指揮官曰く、精神が成熟する前に大きな心的外傷を受けた者の辿る道は二つ。一つは、苦悩を乗り越え強さに変えることができた場合の、爆発的な成長。そしてもう一つは……乗り越えられなかった場合に陥る、"魔法音痴"」

「…魔法音痴」


 クロさん、もっとマシな言い回しはなかったのか。


「殿下は、まさに"魔法音痴"なのです。王妃様は病に倒れられてから、長らく眠りについたまま、目を覚ますことなくお亡くなりになりました。その時の経験が、殿下の心にまだ大きな傷として残っているのだと…わたくしは考えております」


 やはり、そうか…

 クロさんが、講義の中で言っていた。魔法の強さは、心の強さ。魔法の安定は、心の安定である、と。

 ルナさんの優しすぎる繊細な心が、"魔法音痴"を引き起こす原因となっているのだろう。


 王妃様が亡くなられた時の詳しい状況はわからない。けどルナさんのことだから、もしかするとお母さんの死についても『自分のせい』と抱え込んでしまっている部分があるのかもしれない。

 それをどうにか、解きほぐしてあげたいが……なかなかに難しい問題である。


「よくわかりました。お話いただき、ありがとうございます。それから…もし、可能であれば、もう一つ」


 と、あたしはベアトリーチェさんの方を向いて尋ねる。



「ルナさんは、何故……ルイス隊長と、会えなくなってしまったのですか?」



 あたしが一番気になっていたのは、実はそこだった。

 姫君と、それを護る近衛兵の一族……会うこと自体はなんら不思議ではない関係性のはずなのに。

 ルイス隊長を名指しして接触を禁じられているのであれば、よほどのことがあったに違いない。ルナさん自身は『自分の至らなさのせい』と言っていたが…


 あたしの質問に、ベアトリーチェさんは考え込むようにして沈黙する。

 そして、静かにこちらに目を向けると、


「……フェレンティーナさんは、殿下の大切なご友人です」

「あ、ありがとうございます」

「しかしこの件は、城の中でも当時を知る者以外には口外禁止の、とある事件に因縁があるのです」

「とある、事件…?」

「はい。それを、ご友人だからと安易にお話することは憚られますので……」


 ぱちっ、と。

 星を散らすようなウィンクをして。


「ここからは、わたくしの勝手な独り言です。…よろしいですね?」


 右手の人差し指を立てて、いたずらっぽくそう言った。

 それを見たあたしは、


「……わかりました」



 危うく『好きです』と告白しそうになるのを堪えて、そう頷いた。


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