4.レース仕立てのダイナマイト I
やばい。
きた。ついにきた。
ここ二週間ほど、完全に放置プレイだったのに、急にきた。
今夜、恋人が…クロさんが。
あたしの部屋を、訪ねに来る。
あの、つまり、それって……
そういうことで、よろしいですか?
「……………」
頭の中にピンクの靄がかかったみたいに、悶々としながら食事を済ませ。
使用人用の大浴場で、念入りに身体を磨く。
そして、泳げるくらいに広い湯船に浸かって、考える。
どうしよう。こういう時、どんな顔して待っているのが正解なのだろう。
なんて言って彼を部屋に招き入れるのが適切なのだろう。
『お待ちしておりましたー!』
いやいや、それじゃヤル気満々みたいじゃないか。
『で、用事って何ですか?』
いやいやいや、白々しい。さっき顔真っ赤にして理事長室飛び出してきちゃったから、それは通用しない。
あああ、わかんない!
服は着たまま待機でいいの?!
灯りは点けておいていいの?!
ベッドの毛布は捲っておくべき?!
タオルとか用意しておくべき?!
あ、やば。視界がぐるぐるしてきた…のぼせそうだ。上がろう。
ざばーっ、と風呂から上がり、部屋着のワンピースに着替え。
ふわふわと覚束ない足取りで、なんとか自分の部屋へと戻ってくる……と。
「……ん?」
自室のドアの下に、小さな紙袋が置いてあるのを見つける。
しゃがんで手に取り、見てみると、
「……ローザさんからだ」
先日手紙を送った彼女からの、小包みだった。お城に届いたのを、メイドさんが持ってきてくれたのだろう。
あたしは部屋に入りながら、その中身をあらためる。
カサカサと音を立てて紙袋を開くと、一番上に封筒があった。手紙、だろうか。
封を切って、便箋を広げる。そこには、性格のよく表れた達筆な字で、こう記されていた。
『レン。久しぶり。手紙ありがとう。
そちらには無事に着いたんだね。よかった。こちらは変わりないよ。オーナーも店のみんなも、相変わらず。
さて、もらった手紙の内容についてだが。
ハッキリ言って、レンの認識が甘い。
あのなぁ。四六時中ラブラブでいられるわけがないだろう?むしろ公私混同せず、やるべき仕事をキチッとこなすなんて…あの"ちびっこ"、ちょっとだけ見直したぞ。
レンの気持ちはわかる。だがな、恋愛は緩急を楽しむものだ。ずっと燃え上がっていても、ずっと冷え切っていてもいけない。平熱状態の中で、ふいに訪れる"火種"を楽しむ。そういうものだ。
ただし、その"火種"が訪れるのをいつまでも受け身のまま待っていてはいけない。時には自分から仕掛けなければならない。それから、自分磨きも怠らないこと。
けど、露骨すぎるのもかえって色気がないから…
レンには、これを贈ることにする。ぜひ、使ってみてほしい。』
そこまで読んで。
「………これ?」
あたしは、紙袋の中に入っていた別の包み紙を取り出し、開いてみる。
すると、そこにあったものは…
「……は…」
単刀直入に言おう。
それは、一枚のパンティだった。
女性用下着。ショーツとも言う。
しかも、ただのパンティではない。可愛らしいレースがあしらわれてはいるが、前も後ろもスッケスケなのだ。且つ、紐パン。両サイドをリボンで結び履くタイプのやつ。
ローザさん…なんだってこんなものを……
わなわなと震える手で、あたしは手紙の続きを目で追う。
『いいか?見えないところほど気合いを入れるのが、魅力的な女の条件だ。
これを身に付けると、不思議な力が湧いてくるのを感じるだろう。それが、あんたをもっともっと輝かせるはずだよ。
そして…いざって時の、"火種"にもなるだろう。
とにかく、あまり焦りすぎないこと。それから、あたしに泣きつく前に本人ときちんと話をすること。
いろいろ書いたが、体には気をつけて。本当に無理になったら、いつでも帰っておいで。
それじゃあ。』
「………………」
ありがとう、ローザさん。
要するに、これを履いて女の魅力を底上げしろと。まずは自分自身を磨けと。
確かにローザさんへ手紙を書いた時はこちらへ来てまだ一週間程で、慣れない環境での不安感に加え、クロさんに構ってもらえないことから弱気になっていたが。
実は今、事態は急展開を迎えていまして。
ついに彼と、一線を超えそうなカンジになっているわけで。
だから今日、このタイミングでこのパンツは。
"火種"と言うより、"ダイナマイト"になりかねない。
…さすがに、初めてでコレ履いていたら、クロさんに引かれるよね……
……しかし。
「……………」
あたしはじっと、そのパンツを見つめる。
そうは言いつつ、手にしたことのない形状の下着に、興味を引かれている自分もいて。
…ちょっとだけ、試しに履いてみようかな……なんて…
彼が来る前に、普通のに履き替えればいいもんね。うん、そうしよう。
一人頷き、あたしはワンピースを捲ると、履いていた下着を下ろし。
代わりに、ローザさんから送られてきたソレを、履いてみた。
瞬間。
──ぶわっ!
と、下から風が巻き起こったと錯覚するような、得体の知れない力が湧き上がるのを感じる。
これは、自信…?背徳感…?なんとも形容し難いが…
こんなにも小さく頼りない、なんなら透けている布を一枚身に付けただけで。
防御力および攻撃力が、飛躍的にアップしたかのような気になるのだ。
これが、"勝負下着"の力……恐るべし。
ローザさん…確かにコレなら、ちょっとくらい構ってもらえなくても余裕のある女になれそうです。
しかし。
今夜使用するのは時期尚早と判断し、一旦クローゼットにしまわせていただきます。
もうちょっと…こう、マンネリ化した時にでも使わせてもらおう。
そう、胸の内で返信を綴ってから。
あたしは再び、ワンピースを捲って、その透け透けパンツに指を……
かけたところで。
──ガチャガチャ、バァンッ!
突然、部屋のドアがけたたましく開いた。心臓が跳ね上がり、咄嗟に捲っていたワンピースの裾を下ろす。
開け放たれたドアの方を見遣ると……案の定。
「せ……せめてノックくらいしてくださいよ!!」
クロさんが、指で鍵をクルクルと回しながら立っていた。
嗚呼、そうだ。この人、当たり前のように合鍵を持っているのだった…
ていうか、いろいろとシミュレーションしていたのに…結局、絶叫で迎え入れてしまったじゃないか!
コレも履いたままだし…ど、どうしよう。
今日はお日柄が悪いので、また改めて…なんて、言えないよね?
想定外の状況にパニックを起こしながら動けずにいると、クロさんは部屋の扉を閉め、内鍵をかけて。
無言のまま、こちらに近付いてくると。
「…きゃっ」
少し乱暴に、あたしをベッドの上に突き飛ばした。
仰向けに転がされた上に、そのまま彼が馬乗りになり、
「……やっと、君に構う時間が取れた」
あたしを見下ろしながら、囁くようにそう言った。
こ、ここ、こんなカンジでくるの?!
もっとこう、抱き締めたりキスをしたりしてムードを作って、灯りを消してから…とかじゃないの?!
全然、想像していたのと展開が違う!こんな、いきなり強引な……
……まぁ、これはこれでアリだけど!!
などと脳内でひとしきり騒いだ後。
あらためて、クロさんを見上げる。
天蓋の下、薄暗い中で光る彼の、獲物を捕らえた獣のような目…
その表情は、見ているだけで息が上がりそうなくらいに、官能的で…
「今夜はじっくり、君のこと…」
彼は、あたしのワンピースの前ボタンに手をかけると、
「……隅から隅まで、研究させてね…?」
それをゆっくりと、外してゆく。
うわ、うわ、うわ。
ついに、クロさんに全てを捧げてしまうんだ。
覚悟をしていたつもりだったけど…嬉しいような、怖いような、不思議な感覚に襲われる。
ボタンを一つ、また一つと外される度に、鼓動が加速してゆく。
やがてワンピースの肩紐を下ろされ、下着を纏った胸元が露わになる。
恥ずかしさに思わず目を瞑ると、今度は彼の手が、腰の位置で丸まったワンピースの残りを取り払おうと動くのがわかる。
…………あ。
やばい。このパンツを見られたら。
…絶対、色欲にまみれた女だと思われる。
最悪の場合、ドン引きされて試合終了…なんてことにもなり兼ねない。
それはなんとしても阻止しなければ…!!
そうだ!ワンピースと一緒に脱ぎ去ってしまえば、この如何わしいパンツを見られることもない!それしかない!!
と、冷静な頭なら「パンツの中身を自分から晒すことになるじゃん」と思えたのだろうが、いかんせん今のあたしの最優先事項は"パンツを見られないこと"だったわけで。
「ぁ、あのっ!下は自分で……」
脱ぎますから。
そう言いかけて手を伸ばすが。
時、既に遅し。
彼はワンピースをぐいっと引っ張り…
一気に、腿の辺りまでずり下ろした。
「……………ッ!」
露わになる、透け透けパンツ。
それに気付き、固まる彼。
み、見られた…終わった。
ローザさん。
あたし、清い身体のまま、そちらに帰るかもしれません…
危うしフェレンティーナ、一体どうなる…?!
次回、勝負パンツ編決着。お楽しみに。




