5.レース仕立てのダイナマイト II
み、見られた……
終わった。
絶望のあまり、両手で顔を覆う。
あたしを下着姿にひん剥いたクロさんは、と言えば。
「……………」
例のパンツをじっと見つめたまま、固まっている。
ああああ引いてる絶対引いてる…そりゃそうだよね初めてのくせにこんな際どいパンツ履いていたら…
何か弁明を…弁明をしなければ……
震える唇で、「違うんです、実は」と、申し開きをしようとした……
その時。
「……………ふーん」
彼は、顔色一つ変えずにそんな声を上げた。
そして、あたしの手を引き身体を起こすと、
「こっち来て」
立ち上がらせて、そのままベッドから降りる。
さらにベッドの脇の、絨毯が敷かれたスペースへとあたしを誘うと、
「そこに立って」
なんて指示を出してから、自身はドレッサーの椅子を引っ張り出し、あたしの正面に持ってきて。
背もたれを前にして跨るように座ると、滑らかな動きで空中に『署名』を記し…
魔法で生み出した"影"を、下着姿のあたしの身体にまとわりつかせる。
満足気にそれを眺めてから、ポケットから取り出したたばこに火を点け、
「………ふぅ」
と、小さく息をついた。
「…………………え?」
ん?あれ?どうしてこうなった??
ベッドに転がされて、服を脱がされて、下着姿にされて……
何故、今、立たされて、彼の魔法に取り巻かれているのだ?
え、パンツ?パンツのせいなの??
「…………クロ、さん?」
「ん?」
「……これは、一体…何を…?」
「え?だから、言ったじゃない」
ふぅーっと、煙を吐き出してから。
「研究。君の、"精霊"の」
真顔で。
彼は、真顔で、そう言った。
一瞬本気で、彼が何を言っているのかわからなかったが。
「…………………はぁぁああぁあ?!」
理解したのと同時に、あたしの口からは憤激の念がだだ漏れていた。
いや、いやいやいや。この流れでそれはあり得ないでしょ!どう考えても致す流れだったでしょ!!
それが、何かと思えば…精霊の研究?!最初からそのつもりで、あたしの部屋を訪れたっていうの?!
ていうか、百歩譲ってそうだったとしても!
「なぜ、脱がせる必要があるんですか!」
である。
クロさんの能力なら、着衣のある・なしに関わらず相手の魔法の性質を探れるはずなのだ。
しかしクロさんは、背もたれに肘を付けながらニヤリと笑って、
「余計な"影"がない方が、より深くまで探ることができるんだよ。服を着ていればその分身体に"影"が増えるからね。言ってなかったっけ?」
き…聞いてねぇぇええ!!
「あー言ってなかったかも。ごめんね〜。よりにもよって、そんな…」
ぷぷっ、と。
彼は、吹き出すのを堪えるように口元を押さえて。
「痴女みたいなパンツ履いてる日にお願いしちゃって。
すっごいね、ソレ。恥ずかしくないの?」
は…は……
ハメられたーー!この人、あたしが色めいた勘違いをすることを見越して、わざと含みのある言い方していやがった!!
そうだった…この人は、そういう人だった。あたしに期待を抱かせておいて、舞い上がっているところを叩き落とし、その反応を見て楽しむ。
恋人になったからって、この歪んだ性格は健在なのだった。
「君、そんなパンツ持っていたんだね。意外〜。ていうかそんなん、どこに売ってんの?痴女パン屋さん?」
う…うっせー!ニヤニヤすんな!なんだ痴女パンって!略すな!!
「こ…これは!いわゆる勝負下着です!痴女パンじゃありません!」
「ふーん。勝負って、誰とすんのさ」
「決まっているじゃないですか!クロさ……」
そこまで言いかけて。
あたしは、口を押さえた。
しまった。失言だ。これでは、ますます。
彼を喜ばせることに…
その予想通り。
クロさんは、「いい事聞いちゃった」と言わんばかりに、
「……へぇぇええ」
口元を、更にニヤつかせて。
「じゃあそれ、僕のために履いてくれたんだ。なんで?」
「……………」
「ねぇ、なんで?」
「ぅ、うるさーい!!バカ!!クロさんのバカ!!」
あたしはついに、涙目になりながら叫んだ。そのまま身体と顔を隠すようにして、しゃがみ込む。
ああもう……さっきまでのドキドキと覚悟を返してよ……ローザさんがせっかくくれたお助けアイテムだったのに…なんでこんなことに……
なんて、下着姿のまま惨めに目を潤ませていると、
「………ぷっ」
椅子に座ったクロさんが、堪えきれなくなったように吹き出して。
肩を震わせて、笑い出した。
「あはは。君ってほんと可愛いよね。
からかい甲斐があって、最高」
かっ…
このタイミングで可愛いとか言うな!全部、許せてしまうだろうが!!
嗚呼、なんで。惨めなのに。腹立たしいのに。
こんな風に、声を出して笑う彼を見るのは久しぶりな気がして。
……ちょっとだけ、嬉しくなってしまう。
だめだ。こればかりは完全に、惚れた者の弱みなのだ。
「あー笑った笑った。さて」
心行くまであたしを笑い者にすると。
彼は仕切り直すように姿勢を正し、短くなったたばこを咥えて、
「立って」
そう、命じるようにあたしに言った。
しゃがんだまま訝しげに見上げると、「ふふ」と笑い、
「そんな怖い顔しないで。ちょっとだけ、仕事に付き合ってよ」
ね?と首を傾げてお願いされ。
「…………」
渋々、あたしは腕で胸と下半身を隠すようにしながら立ち上がる。
「…研究って、今さらあたしの"精霊"の何を探るっていうんですか?」
「君のは本当に特殊でね。『光』をベースに発動しているようだから、白魔術とも言えそうなんだけど…性質的には黒魔術寄りだし。どちらに分類すべきか、はたまた第三のジャンルを新しく確立すべきか…もう一度、よく見せてもらいたくて」
そう語りながら、シャツの胸ポケットからペンとメモ帳を取り出す彼の顔は。
さっきまでのいじわる悪魔のものとは明らかに違う、"研究者"のそれになっていた。
…本当に、研究のつもりで来たのか。さすが終身名誉教授、熱心なことで。
『どうせあたしの精霊だけに興味があるんでしょ!』などとは今さら言うまい。それ以上に今は、そういうことを勝手に期待していた自分が恥ずかしくて、いたたまれないのだ。
それに。
彼の講義を聞き、その熱心さを近くで見ているからか、協力してあげてもいいかな、という気持ちにさえなっていた。
……そうだ。講義と言えば。
あたしは、こんな姿で立たされている恥ずかしさを少しでも払拭するために、こう切り出してみる。
「そういえば……今日の、新入生の女の子。すごかったですね。確か、名前は……」
「アリーシャ・スティリアム」
「そうそう、アリーシャさん。いきなりあんな力を発揮して、びっくりしちゃいました」
「確かに僕も驚いたよ。彼女は相当、意志が強いみたいだ。精霊の種類自体はありふれたものなんだけど…すごく、興味深いよね。あの子」
やっぱりクロさん、興味を引かれていたのか。
収まりかけていた嫉妬の炎が、またふつふつと燃え始める。
「……可愛い子、ですしね」
「そうだね」
って、そこは同意しないでよ!
……なんて思いつつ、こんな可愛くない問いかけをして、勝手にヤキモチを焼いている自分に一番腹が立つのだが。
「……それよりさぁ」
ふと、クロさんはメモを取る手を止めて。
自身の顎に手を当てながら、こちらを眺め、
「それ。せっかく僕のために履いてくれているのなら…もっとよく見せてよ」
そう、あたしの下半身を……透け透けなパンツを目で指しながら、言ってくる。
いや、正確には今日使おうと思って履いていたわけじゃなかったのですよ!
とは言えないまま、両手でそれを隠すようにして、
「い…イヤですよ!どうせまた笑うんでしょ?!」
「笑わないよ。笑わないから」
彼は椅子の背もたれの上に腕を組み、顎を乗せながら。
「……回ってみせてよ」
妖しく細めた黒い瞳で、射抜くように見つめてくる。
その、試すような、舐めるような視線に。
…まただ。
またすぐに、心臓を掴まれる。
からかわれるかもしれないのに。笑われるかもしれないのに。
それ以外の可能性に期待してしまう自分がいる。
「………」
あたしは、催眠術にでもかけられたように。
前を隠していた両の手を上げ、胸の前できゅっと握る。
そして、ゆっくりと。
その場で、回ってみせた。
たばこを咥える彼の口元が、嬉しそうに吊り上がったように見えた。
「……うわ、すご」
背を向けたタイミングで、彼がそう呟く。
「後ろもスケスケじゃん……恥ずかし」
「……ッ」
ぴくっ、と。
その言葉に、身体が反応してしまう。
「あーあ…すっごい見えちゃってるよ。これじゃあ何も履いていないのと変わらないじゃん」
「………」
「自分でも、いやらしいと思わないの?こんな格好で、僕の前に立たされてさ」
やめて。
それ以上……言わないで。
「こんなの履いて待っていただなんて……」
クスッ、と笑ってから。
色気を孕んだ、低い声音で。
「………君って、えっちな子なんだね」
ぞくぞくっ。
言われた瞬間、背中に甘いモノが走るのを感じる。
身体の奥が、うずうずと騒ぎ出す。
違う、そんなんじゃないのに。
恥ずかしくて恥ずかしくて、死にそうなのに。
…この感覚は、一体…なに……?
背を向けたまま、微かに足を震わせて立ち尽くしていると。
ギシッ、と音を立てて、彼が椅子から立ち上がるのが聞こえる。
そしてその足音は、ゆっくりとこちらに近付いてきて…
息もできなくなるくらいに高鳴る鼓動に、目を瞑っていると。
──パサッ。
肩に、何かをかけられた。
目を開けてみるとそれは、クロさんが羽織っていた白衣だった。
それと同時に、あたしの周囲に漂っていた"影"も消える。
「はい、今日はこれでおしまい。風邪ひくといけないから、ちゃんと暖かくして寝るんだよ」
そう、優しく微笑んでから、
「白衣、明日まで貸しておいてあげる。…好きに使っていいよ」
内緒話をするかのように、そう囁く。
そうして、何も言えないままのあたしを一人、部屋に残して。
「おやすみ、レンちゃん。また、明日ね」
彼は、ドアの向こうへと消えて行った。
「…………」
バタン、と閉まると同時に、あたしはへなへなと力なく座り込んだ。
なんだか、どっと疲れた…期待して、突き落とされたかと思ったら、また持ち上げられて。
最後は、この甘ったるい熱だけを残して、去って行く。
気まぐれで、意地悪な、あたしの恋人。
「…………」
その人が残していった白衣を眺め。
裾を手に取り、そっと鼻先へ押し当てる。
たばこの香りと、その奥にある、彼の匂い。
それを、胸いっぱいに吸い込んでから。
…くやしいけれど。
「……お言葉に甘えて」
あたしは、彼の消えたドアの方に向かって。
小さく小さく、呟いた。
お粗末さまでした…
これからもR15以上、R18未満の限界を攻めていきますので、応援よろしくお願い致します。
感想等も、いつでもお待ちしております。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。それでは。
みんなで履こう、痴女パンツ。




