82.セバちゃんに導かれて
わたしはその銃声を聞き、思わず立ち止まりそうになった。
銃声は、わたしの居る左奥から聞こえてくるようにも思えた。
左奥?
おじさんたちが居るところとは別の方角だ。
未だに高熱を放ち、燃え上っているヘリコプターの残骸が放つ、もうもうたる黒煙のせいで、視界がひどく悪い。
誰か生き残って、銃を撃っているのだろうか。
それとも、ヘリに積まれていた弾薬が、高熱のせいで自然暴発しているのだろうか。
みゃぁぁぁ。
わたしが抱えていたセバちゃんが、腕の中で身を捩った。
下に降ろせと言っているのだ。
「セバちゃん、だめ、火事でアスファルト、熱くなっている」
わたしは、駆けながらもセバちゃんを宥めようとした。
でも、セバちゃんは尚も身を捩り、わたしの腕から降りたがっている。
「あっ」
その瞬間、セバちゃんはわたしの腕からするりと抜け、高速道路の上に着地した。
みゃゃ、みゃゃぁ、みゃあ。
セバちゃんは、付いて来いとでも言うかのように、一度わたしの顔を見上げ、斜め左の方に駆けだす。
「せ、セバちゃん、そっちは・・・」
わたしは、セバちゃんを止めようとした。
何故なら、セバちゃんが駆けだした方向には、ヘリの巨大な残骸が盛大に黒煙を吹きあげ、燃えていたからだ。
誘爆したらどうしよう。
一瞬、わたしはひるんだ。
でも、セバちゃんは、わたしの制止をものともせずに、早足でそちらへと向かう。
「セバちゃん、待って」
セバちゃんをこのままにしてはおけない。
わたしは、反射的にセバちゃんを追いかけていた。
周囲は、ヘリの残骸がくすぶり、炎を上げている。
その間を、セバちゃんが、ひょい、ひょいと縫うようにして駆けて行く。
セバちゃんが通るところは、不思議にもヘリの残骸が何もない回廊のようになっていた。
動物の持つ本能とでも言うのだろうか、セバちゃんは、別に闇雲にベリの方に向かっていた訳ではないようだった。
パパパーン。
またもや銃声が聞こえた。
やはり、NSAの特殊部隊の隊員が生き残っていて、新たに圏央道から降下してきた襲撃者に応戦しているようだった。
不意に、黒煙が晴れた。
と、いうより、走るわたしはいきなり煙のない場所に飛び出たといっていい。
炎と煙の壁を突破したんだ。
新鮮な風がわたしの方に向かって吹いてくる。
そう、私達は風下にいたせいで、あんなに視界が悪かったのだ。
そこは、ヘリの残骸を境界線として、開けた道路だった。
離れたところに兵士が負傷者と思しき数人の兵士達の手当てをしているのが見えた。
その兵士は、煙を突き破って出てきた私達に驚き、口をあんぐりと開けて、こっちを見ている。
その手が腰のホルスターに伸びた。
拳銃を取り出そうとしている。
そして、何事かを叫び始めたが、距離がだいぶ離れている為と、強い風のせいで何を言っているのかほとんど聞き取れない。
でも、彼らに構っている時間はなかった。
セバちゃんはなおも高速道路を先へと駆けて行くのだ。
「セバちゃん・・・どこへ」
わたしは喘ぎながらもセバちゃんの後を追った。
銃声は、西蔵警部補が放ったものではなかった。
また、新たに現れた襲撃者が放ったものでもない。
それは、黒煙と炎のむこうから放たれたものだった。
5人の襲撃者のうちの一人がばったりともんどりうって倒れた。
倒れて、そのまま奇妙な格好で動かなくなる。
もう一人は、どこかに被弾したのだろうか、手に抱えた銃を取り落したものの、その場にさっと身を伏せる。
パパパパパン。
またもや銃声が煙のむこうから響く。
しかし、今度は襲撃者たちは全員が身を伏せている。
弾丸はその上を掠めて行ったようだった。
パパパパパン。
身を伏せた襲撃者が一斉に応戦する。
だが、相手がどこに居るのか、真っ黒くもうもうと立上る煙のせいで、目標がわからず、闇雲に応戦しているようだった。
形勢は、襲撃者達に圧倒的に不利だった。
彼らが伏せている場所は、何も障害物のない、高速道路の平面な路面の上である。
それに対し、NSAの残存兵士は黒煙と言う煙幕に隠れ、その所在がいっこうに分からないのだ。
「どうします?こちらも撃ちますか?」
NSAの兵士の死体を盾にした西蔵警部補がイングラムをしっかり握りしめながら、後ろを振り返らずに高杯警部に尋ねた。
しかし、高杯警部からの返答はいくら待っても来なかった。
「・・・西蔵さん、高杯さんは・・・気絶しているみたいだ」
そう答えたのは、八重山登だった。
もっとも、彼も高杯警部が死んでしまったのか、それとも出血多量で気絶しているだけなのかの判断は付かないようだった。
八重山登も、相当な重傷なのだ。
高杯警部の側に行くこともままならない。
「ありゃま、てことは、自分で判断せにゃならんのか。責任を全部高杯さんに持ってもらおうと思ったんだけどな」
相変わらずの軽口だが、その顔には脂汗が浮かんでいる。
骨が折れて皮膚を突き破っているほどの重傷である。
普通ならば、激痛でのたうち回っている筈の大怪我であった。
「このまま、どちらかが全滅してくれないかな」
痛みをこらえるためであろうか、西蔵警部補が饒舌になっている。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
NSA側は、銃の発射状況から見て、僅かに一人だけ。
西蔵はそう判断した。
しかも、銃の軽い発射音から察するに、使用している銃は、西蔵が握りしめているイングラムか、それに類する機関短銃。
M16自動小銃やアサルトライフルのような、威力の大きな銃ではない。
しかし、そう判断したのは、謎の襲撃者のグループも同じであった。
いつまでもここに釘づけになっている訳にはいかなかったのだ。
そして、襲撃者のグループは、恐るべき行動に出た。
彼らは、一瞬身を起こすと、黒い何かを一斉に投擲したのだ。
「ありゃ、あいつら、手榴弾まで持ってんのかい」
西蔵警部補の呆れたような声が響いた。




