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「チェリー、デリバティブ研究会って、面白そう」
廊下を教室に戻りながらゆかりが私にそう言ってきた。
「うん、そうだね。夢見先輩ってとても綺麗で、考え方も将来のこと色々考えているみたいで、わたし尊敬しちゃった」
「わたしも、それに渦巻先輩って、ちょっと素敵じゃなかった?」
「うん、そうだね」
「あの紅茶の入れ方とか出しかたとか、ソムリエっぽくって、かっこよかった」
そうか、ゆかりの好みは執事タイプなんだ。
そう言えば黒執事なんかよく読んでいたっけ。
「でも、世の中知らないことばかりだよね。金融の世界がここまで世界を覆っているなんて」
「うん、お金かぁ、ねえねえチェリー、夢見先輩の同好会に入ったら、お金儲かるかな」
「うーん、わかんないけど、お金の流れがどうなっているか調べる研究会だから、お金が集中して値上がりする物と、下がる物なんか分かるんじゃあないのかな」
「そうだよね。株なんかどれが上がるとか別れは、投資にはもってこいじゃん」
個別の株の値上がりや値下がりも研究しているのかな。
なんだか夢見先輩はもっと大きなお金の流れを研究しているみたいだったけど。
そんなことを考えているうちに、1年3組の教室に到着した。
もう誰も残っていないかと思っていたけど、教室には数人の男子生徒が残ってお喋りをしていた。
例の背高のっぽの男子生徒もその中に混じっている。
でもやっぱり背が高い。
他の男子生徒より頭一つ分・・・いや、二つ分突き抜けていた。
教室に入ってきたわたし達を見て意外だったのだろう、男子生徒がお喋りをやめてこちらを見る。
「ちょっとごめん、鞄取るんだから、そこどいてくれない?」
ゆかりが男子生徒を追い立てるように近づく。
男子生徒たちはわたし達の机の周りにたむろしていたのだ。
いや、正確にはのっぽの男の子の周りにたむろしていたのだが、私の机の隣ということもあり、中にはわたしやゆかりの机の上に腰かけている男の子もいる。
「あっ、ごめん」
何人かの生徒が立ちあがる。
「お前ら、部活の見学に行っていたんか」
不意に、のっぽの男の子が声をかけてきた。
確か、午前中の自己紹介で言っていたが、謂越大地とかいう坂戸中学の出身の子だ。
だが、その子の言い方にむっとしたのはゆかりの方だった。
「お前らってなによ。初対面でその言い方はないでしょ」
ゆかりの剣幕に気圧されたのか、のっぽの男の子がたじたじとなるのが分かった。
「わたし達帰るんだから、そこのいてよね」
ゆかりは腕で男子生徒を押しのけると鞄を手にした。
わたしも慌てて机から鞄を取り出す。
ゆかりは御立腹だったのか、足を速めて教室を後にした。
「ゆーちゃん、初日から喧嘩腰はだめだよ」
私もゆかりの後を追いかけながら今日二回目の注意をする。
「だって、あんな男が一番嫌い。だいたい高いところから女を見下しているわ」
「それは、ただ背丈だけの問題じゃ・・・」
「大体、登校初日からこんな遅くまで残っているなんて、どうせ碌な連中じゃあないのよ」
「ゆ、ゆうちゃん、それはあたし達も同じでは・・・」
だが、そうするうちに、ゆかりの腹立ちも少しは収まってきたみたいだった。
「チェリー、明日もデリバティブ研究会に顔出してみる?」
「う、うん、そうだね」
答えながらも私の頭の中に浮かんだのはトシ・ヨロイヅカのケーキだった。
また、あんな美味しいケーキご馳走してくれるのだろうか。
家に帰ると、私は一人だ。
兄弟姉妹はいない。
わたしは一人っ子。
ママは都内の会社に勤めているので、帰りはいつも夜の8時ぐらいだ。
パパは何年か前に離婚して、今はアメリカにいる。
年に二回、バースデーカードとクリスマスカードと一緒にプレゼントが送られてくるが、何年も会っていないと、ともすればパパの顔を忘れそうになってくる。
わたしの机には、にこやかに笑っているパパとママと一緒に映っている写真が飾られているが、なんとなくその写真に写っている色の白い目のくりくりした女の子がわたしじゃないような気分になってくる。
しんと静まり返った我が家は寒かった。
いや、同居人がいた。
ミャー。
居間から私を迎えにトコトコと出てきたのはヨハン・セバスチャン二世だった。
「あら、出迎えてくれたの?ありがとうセバちゃん」
セバスチャンは寒い日にも関わらず炬燵の中から出て、いつもわざわざ私を出迎えてくれるのだ。
とても人懐っこい猫。
ちなみにヨハン・セバスチャン二世というのはわたしの命名だ。
でも、正式名称は長くて舌を噛みそうになるので、いつもセバちゃんと言っている。
ミャー。
セバちゃんは抱っこしてくれというように玄関のわたしを見上げた。
「よしよし、セバちゃんはいい子ね」
わたしはセバスチャンを抱き上げ、居間に向かった。
寒い日だけど、日差しがベランダ越しに今の中に入り込んで、そこだけがポカポカと暖かい。
セバスチャンは、私の出迎えの役目が終わったと判断したのか、わたしの腕の中から飛び降り、その日溜りの中に寝転がった。
「猫って、いいわよね。気楽で、一日中昼寝をしていて」
そんなことをつぶやきながら私は自分の部屋に行って、制服から普段着に着替えた。
それからふと思い立って、ノートパソコンを持って居間に戻る。
セバスチャンは日溜りの中、絨毯の上でもう居眠りをしていた。
「さてっと・・・」
わたしは台所から、今朝ママが作ってくれたお弁当を持って炬燵に入る。
時計を見るともう2時をまわっている。
大分遅い昼食になったけど、夢見先輩にご馳走になったケーキのせいか、ひもじいというほどではない。
わたしは弁当の包みを広げるとノートパソコンを立ち上げた。
そして、お弁当を食べながらグーグルで検索をする。
検索をするのは「デリバティブ」という言葉。
夢見先輩の同好会の名称だ。
デリバティブと入力すると、いっぱいヒットした。
「やざしいデリバティブ」というHPが一番上に出て来る。
金融広報中央委員会とかいう団体が作っているページだ。
どうやら国の外郭団体らしい。
「えーと、なになに?」
ごはんを口いっぱいに頬張りながら、わたしはそのページに書かれていることを読んだ。
目次が章立てになっていて、「先物取引」「オプション取引」「スワップ取引」に分かれている。
わたしは、「デリバティブとは」と書かれている部分をクリックした。
・・・・
・・・・
へえ、そうなんだ。
「金融商品には株式、債券、預貯金・ローン、外国為替などがありますが、これら金融商品のリスクを低下させたり、リスクを覚悟して高い収益性を追及する手法として考案されたのがデリバティブです。」
このように書かれている。
わたしはそのホームページの項目を次々にクリックしていった。
んっ?
あちらこちらを見ているうちに、気になるページに目が留まった。




