7.夢見先輩大いに語る
「でもね、それがレバレッジの実態。今はよくあるのが、個人が外為などで取引する時には、元手の10倍くらいはかけられるようになっているわね。これが信用のある金融機関だと30倍っていったところかしら」
「だって、手元には100万円しかないんでしょ、それなのに10倍の1000万円、30倍だと3000万円もの取引が出来るなんて・・・」
「不思議でしょ。元手の30倍も使えるなんて。それで外為をやって、旨く行けば30倍の利益が上がるし、逆にいえば損すれば30倍の損になるのよ」
さっき、夢見先輩がレバレッジは悪魔の取引と言っていた。
その理由が分かった。
これは正にデスノートの眼の取引に匹敵する非道さじゃない。
旨く行けば天国。
失敗すれば地獄。
「それにね、レバレッジ取引はね、失敗して損をすればごめんだけでは済まないの」
まだ何か裏があるんだ。
「さっき、私は買ったドルを担保にお金を借りるって言ったわよね」
わたしとゆかりはうんうんと頷いた。
「買った時よりドルの価値が下がれば、担保としての価値も下がる訳。それで価値が下がった場合は、追証として下がった担保の分だけお金を入れなくてはならないの。つまり、為替でも損をして、更に担保の不足分のお金を支払わなければならない。レバレッジを30倍かけていたら、損をすればそれ以上にお金を払わなければならない。まさに泣きっ面に蜂よね」
訂正、デスノートの眼の取引よりはるかに質が悪い。
完全に地獄のギャンブルの世界だ。
「そして、世界のデリバリティブ取引はたいていの場合このレバレッジがかけられるケースが多いの。だから12京なんていうとんでもない金額になっているわ」
何だか、頭がくらくらしてきた。
そんな金額が世界中で廻っているんだ。
でも実態は、ほとんど架空のお金。
何もないところから、担保という名目で次々に架空のお金をあることにして金融取引が行われているなんて。
「でも、そんなギャンブルじみたことをしているのって、きっと暴力団系とか、碌な団体じゃあないですよね、きっと」
ゆかりの発言に、わたしも賛成だ。
だって、そんな実体のないお金を動かすなんて、まともな会社のやることじゃあないと思う。
「残念ながら、レバレッジで取引をしているのは世界中の銀行や投資銀行、そしてヘッジ・ファンドとよばれる投資専門の機関ね」
それこそ信じられない話だった。
いったいどこの銀行がそんな危うい橋を渡るというのだろう。
「一番代表的なのがドイツ銀行。ここは総資産が312兆円という世界でもトップテンに入る超巨大銀行なんだけれど、金融派生商品取引の金額が9000兆円もあるの」
「きゅ、9000兆円!」
わたしとゆかりは同時に声を上げた。
え、えーと、さっき世界のGDPの合計が9000兆円って言っていたから・・・それに匹敵する取引金額だ。
世界のGDPと同じ金額を取引するなんて・・・世界を征服しようとでもいうのかしら。
まさか、ドイツ銀行の頭取はヒトラーの生まれ変わりなんてこと、ないでしょうね。
「でも、ドイツ銀行はユーロ諸国の財政不振のおかげで、倒産寸前と言われているわ。年初から40%も株価が急落しているわ、もっともあまりにも大きすぎてユーロ当局はつぶせないでしょうけどね」
「そんなの、さっさと潰しちゃえばいいのに」
ゆかりが声を上げた。
わたしも賛成。
お金を儲けるために危険な取引に手を出して、自業自得じゃん。
「ところがね、ドイツ銀行の債権は全世界の銀行と密接な入り組んだ取引になっていて、ドイツ銀行を潰せば、世界中の銀行が連鎖倒産すると言われているわ。そうなると世界恐慌再びっていうことね」
世界恐慌か。
歴史で習った。
失業者が街中に溢れ、銀行が倒産し第一次世界大戦の原因にもなったという。
「本当にそんなに凄いことになるんですか?」
「実態は誰にも分からないわね。金融派生商品取引は相対取引として銀行の当事者同士でしか取引しないケースが多いというし、誰も実態は分からなくなってしまっているんじゃあないかしら」
わたし達が知らないうちに世界は変な金融商品で埋め尽くされている。
夢見先輩はそう述べた。
す、少し頭を整理しなければ・・・
何しろ、初めて聞く話ばかりだ。
学校では何も教えてくれなかったし。
「ところで、先輩。先輩はそのデリバティブを研究してどうするんですか。金融世界では物凄いことが進行しているってことは、なんとなく分かったんですけど、わたしたち高校生としては、世界の金融情勢は成程、そうなんだで終わってしまうような気がするんですけど」
実際家のゆかりらしい質問だった。
「ほんとうに、あなたって鋭いわね。このデリバティブ研究会は最初のとっかかり。世界のお金の流れを研究し、そして世界に発信していくこと、そして本当に価値のある投資は何かを研究し、人々の暮らしの役にたてる仕事にしていくこと・・・それが私の夢」
何だか、壮大な夢だと思った。
そして、凄いと思った。
わたしなんか、高校生活を楽しく暮らすことしか考えていないのに、夢見先輩は将来、人の役に立ちたいと思っているんだ。
そのために、世界でもっとも影響を与える金融について研究を始めるなんて・・・。
「先輩、世界のお金の流れが分かれば自分達の暮らしに役に立つことって何かありますか」
ゆかりがまたも実際家らしい質問をする。
まあ、ゆかりは損得で行動することが多いから、ゆかりらしいと言えばゆかりらしいんだけど。
「そうね、色々と役に立つことは多いわよ。将来の金利動向の予想が付けば、今投資すべきかどうか判断できるし、高騰する金融資産の目星は付けられるようになるわ。でも金融は人間の欲得づくで動くから、理論的に上がる筈、下がる筈といっても100%当たる訳ではないけれど」
「そうなんですか」
何だか、私の知らないブラックゆかりがにんまりと笑みを浮かべた気がしたけど、気のせいよね。
「どう?他に質問あるかしら」
夢見先輩は美しい笑顔をこちらに向けた。
それは、女の子同士なのにドキンとしてしまうくらい綺麗な笑顔だった。
その時、私の目に壁に掛けられた時計が見えた。
「きゃっ、もう1時半、帰らなくちゃ」
5分という約束だったのに、どうやら1時間近く話し込んでいたみたいだ。
それぐらい、夢見先輩の話は面白かったのだけど、家に帰ってご飯食べなきゃ。
「すみません、先輩、話はとても面白く聞かせていただきました。でも、もうそろそろおいとましたいと思います」
「そうね、でもよかったらまた来てちょうだい。お菓子も用意しておくから」
「はい、ありがとうございます。またお話聞かせて下さい。あっ、まだ名前言っていませんでした。1年3組の八重山さくらです。こちらは同じクラスの江戸ゆかり」
「そう、八重山さんに江戸さんね。わたしは夢見麗華、こっちの男の子は渦巻わたる。副会長よ」
さっき紅茶を入れてくれた男子生徒は渦巻先輩というのか。
わたし達はぴょこんと2人に頭を下げて同好会の部室を後にしたのだった。




