75.関越道に乗る
車は坂戸西のスマートインターに向かって走っていた。
いつもは見慣れた入西のモール街、それが車の後部座席に身をかがめたわたしの視線からは、違う景色に見える。
わたしの知らない街並み。
見慣れて、知っている筈の街並みが、異国の不思議な街並みのようだった。
ピッ!
不意に電子音が運転席から聞こえた。
それと同時に、誰かが慌てふためいて喋る声が聞こえてくる。
『こちら坂戸5、八重山家前で、正体不明の集団に攻撃されています。相手は自動小銃をもっている模様。至急応援をお願いします』
『こちら西坂戸、相手は何名くらいか』
『わ、分かりません、幾つかのグループが銃で交戦しています。あっ、今鈴木巡査が頭を撃たれました』
『坂戸5、坂戸5、鈴木巡査の怪我の程度はどのくらいか』
『・・・・・・』
『坂戸5、応答せよ。坂戸5、応答せよ』
『・・・・・・』
西入間警察署が必死に坂戸5と名乗った警官に呼びかけるが、坂戸5の無線は沈黙したままだった。
『全車両、至急毛呂山の八重山邸に集結せよ。相手は武装している。繰り返す。武装している。必要に応じて、拳銃の発射を認める』
警察無線は、慌ただしく各所に指示を出し始めた。
わたしは、信じられない思い出その無線を聞き続けるしかなかった。
「駄目だな、小銃と拳銃じゃあ、勝負にならないぜ」
「そうですね、JP-SWAT辺りじゃあないと、太刀打ちできないでしょうね。あるいは自衛隊の特殊作戦群か」
高杯警部と西蔵警部補が、まるでボクシングの試合を観戦してでもいるかのように話をしている。
「おい、君たち」
流石に不謹慎だと思ったのか、登おじさんがたしなめるように二人に声をかけた。
「八重山さん、聞いての通りだ。複数の国の集団があんたの家の前でドンパチ始めやがった。こんだけ派手に始まると、日本政府も知らぬ存ぜぬじゃあ押し通せないだろう。安心しな。あんたらが、闇から闇に葬られることにはならなくなったから」
わたしのせいだ。
わたしは高杯警部の言葉に、衝撃を受けた。
わたしが、ネットの掲示板に動画を投稿したせいで、とんでもない勢力を呼び寄せてしまった。
既に、怪我人が出ている。
いや、死んだ警察の人もいるかもしれない。
パパを救いたい一心で、周りの影響を考えなかったわたしが悪いんだ。
そのことを考えると、耐えきれなかった。
わあーっ、と叫んで、車から飛び降りたくなってしまった。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
わたしの頭の中は、その言葉だけでいっぱいになった。
もし、時間を元に撒き戻すことが出来るのなら、私は自分の命すらいらないと思った。
こんなことになるなんて・・・・
こんなことになるなんて・・・・
わたしは、抱いているセバちゃんの身体をぎゅっと抱きしめた。
みゃぁぁぁぁぁ。
わたしの心の苦しみを感じたのだろうか、セバちゃんが、慰めるように私の顔を舐めた。
「セバちゃん・・わたし・・・わたし・・・・」
自然と涙が溢れてきた。
わたしの取った行動の結果、罪もない人々が殺されて行く。
それが耐えきれなかった。
「嬢ちゃん、泣くのは後だ。それに、犠牲になった警官は哀れと考えるのは違っているぞ。彼らは市民の生命と財産を守るために警官になったんだ。あいつらの犠牲を無駄にするな。今は無事桜田門に辿り着けることを考えるんだ」
高杯警部の言いようは、既に死人が出ているかのような言い方だった。
ひどい。
罪悪感は残っているものの、おかげで少し前向きの気持ちになれた。
そう、あの人たちは、わたしを守ろうと戦ってくれているのだ。
そのためにも、そのためにも、わたしが捕まる訳にはいかない。
わたしが彼らに捕えられても、わたしからパパの居場所を特定する情報を引きだすことは出来ない。
でも、わたしを人質にすれば、パパもママも出てこられずにはいられないかもしれない。
わたしは、決意を固めた。
何が何でも、彼らに掴まってはならないと。
「高速にはいります」
運転席の西蔵警部補が報告した。
車は入西のモール街を抜け、高麗川沿いに造られた坂戸西スマートインターに入っていった。
「ここから桜田門まではおよそ2時間、どうします? サイレン鳴らして派手に行きますか?」
西蔵警部補が高杯警部に聞いた。
この捜査車両は覆面パトカーでもある。
運転手の隣には無線の計器類を始め、パトカーとしての基本機器類は揃っているようだ。
勿論、脱着式の赤色灯も付いている。
「いや、止めておこう。あまり目立つのも危ないかもしれない。普通に一般車両に紛れて警視庁を目指すんだ」
「へいへい、分かりました」
朝の時間帯ということもあり、高速道路は東京方面に向かう車が結構多かった。
「カーナビだと、首都高経由は渋滞していますね、一度谷原で降りた方が良さそうだ」
谷原とは、関越自動車道の最終出口のことだ。
関越自動車道で都内に入るには、谷原から外環自動車道に入り、いったん北に向かって走った後、埼玉の戸田で首都高に入るルートもある。
でも、西蔵警部補は、谷原で一般道に降りる選択をした。
「も、もう普通に座ってもいいかな?」
流石に窮屈になったのか、登おじさんが言いだした。
後部座席で倒れた格好のままでは、シートベルトも付けることはできない。
「そうですね、もう大丈夫でしょう」
高杯警部に代わって、西蔵警部補が答える。
その返答に、わたしは窮屈な姿勢からようやく解放された。
「ここから谷原までは・・・40分くらいというところでしょうか」
西蔵警部補が、わたしたちの気を楽にさせようとでも言うのか、そんなことを言った。
「西蔵!」
不意に高杯警部が鋭く言った。
「お前、無線を切ったか」
その言葉に、わたし達は初めて先ほどまで盛んに交信をしていた警察無線が完全に無言になっていることに気づいた。
「いえ、自分は無線機に触ってもいませんが」
「じゃあ、何故交信が途絶えている」
高杯警部は、無線機に手を伸ばした。




