6. 金融派生商品(デリバティブ)って初めて聞いた
「えっと、それって・・・」
夢見先輩の話がよく分からないって言うのが真相。
そもそもバブルがどういうものかよくわかっていない。
バブルって、泡っていう意味よね。
シャボン玉のような泡。
ぷうっーと膨らんで弾けて消える、それがバブルというのは何となく分かる。
お金がいっぱいあって、インフラ・・・じゃなかった、インフレになるというのもなんとなく分かる。
でも、普通ならば信じられないくらいに値段が高くなっていれば、大勢の人がおかしいと思うんじゃあないかしら。
わたしだったら、絶対買わない。
「金融派生商品というのはね、それまでの伝統的な金融商品から生まれたお金儲けのための手段。でね、伝統的な金融商品というのは、国債とか、株とか、商品の先物とかを扱うものことを指すの」
株というのでなんとなくイメージがつかめた気がした。
株式取引って、常識よね。
東京証券取引所だっけ?
大阪にも確かあった。
株の売買で利益を上げるのが伝統的な金融商品なんだ。
それならよく分かる。
ママも株を少し持っているとか言っていた。
買った時より5万円上がっているとかなんとか言っていたっけ。
庶民にとってのささやかなへそくり。
それに国債かぁ。
国が利子を付けて売り出すのが国債。
要するに、国の借用書。
その位ならば私も知っている。
利子が付く分、将来の満期に元本+利子分が返って来る。
でも、あまり投資というには儲からない気がする。
「金融派生商品は、外為、金利、株式、商品についての先物やスワップやオプション取引などのことを言うの」
むむっ、また目新しい言葉が出てきた。
スワップ?オプション取引?
意味が分からない。
わたし達のきょとんとした表情を察してか、夢見先輩が付け加えた。
「簡単に言うとね、外為の場合、お金のドルだったとしたら、何か月か先のそのドルの相場を予想してうつ博打のことよ。その博打の打ち方が、金融工学とか言う言葉に装飾されて、あたかも科学的理論に裏打ちされた確実な物に見せかけた欺瞞なの」
うーん、よく分からない。
「先輩、なんだかよく分かりません。具体的に言うとどういうことなんですか」
ゆかりが夢見先輩に堂々と尋ねる。
すごい。
ゆかりが物怖じしないのは親友として知ってはいたけれど、こうまではっきり聞くとは思いがけなかった。
「そうね。例えば、今1ドル110円くらいのレートよね」
よね・・とか言われても為替相場なんてあまり気にしたことがないから分からない。
でも、夢見先輩がそう言うのなら、そうなんだろうな。
「世界の金融派生商品の中で、一番多いのが外為の通貨スワップ取引。例えば1億ドルを3か月後に1ドル100円で交換する契約を結べば、例え実際には1ドル130円になっていたとしても120円で交換しなければならない取引ね」
「でも、それって実際に110円以上になるか以下になるかは賭けなんじゃ・・・」
「そう。だから博打って言ったのよ。でも世界には1ドル110円より上がると思っている人もいれば下がると思っている人もいる。その人たちが、独自にああでもないこうでもないと血眼になってデータを集め、計算して将来を予測して、自分が有利と思って通貨スワップをするのよ」
何てバカバカしい取引。
わたしはそう思った。
ゲームじゃあるまいし、片方が儲かれば片方が必ず損をする。
夢見先輩が博打といった意味が分かった。
これじゃあ、競馬場にたむろしているおじさんと変わらないじゃない。
「現在、それで投資されている世界の金融派生商品の総額って凄いのよ。BISという世界中の中央銀行の総元締めの銀行が去年の6月に集計したところ、12京1212兆円」
「12京・・・・」
わたし達はその数字に目を白黒させた。
兆円単位までだったら新聞やテレビでも目にするから馴染みがある。
でも、京って・・・・。
日本の国家予算何年分なんだろう。
すると、わたし達の疑問を読み取ったかのように夢見先輩が答えた。
「日本の国家予算が2016年度一般会計で96兆7218億円ね。約100兆円としてもざっと121倍・・・」
「121倍・・・」
そんな金額なんか想像もつかない。
へえー、世界にはお金があるところはあるんだ。
わたしは感心してしまった。
「この金融派生商品取引があまりにも巨大になりすぎてしまったのよ。僅か20数年のうちにね。世界のGDP・国民総生産の合計が75兆ドル・約9000兆円だから、約13倍よね」
んっ?
何かおかしかった。
GDPって、国民総生産っていって、国のあらゆる経済活動の合計よね。
その全世界の経済活動の合計よりも13倍ものお金が金融派生商品につぎ込まれているっていうの?
「信じられません、先輩」
またもはっきり言ったのはゆかりだった。
「ゆうちゃん・・・」
美味しいケーキご馳走になった身だし、あまり面と向かって反対するのも気後れするわたしだったが、ゆかりは堂々としていた。
「だって、そんなにたくさんのお金、世界中のお金かき集めても12京円なんてすごい金額に、本当になるんですか?」
「あらあら、困ったわね。一応BISという、国際決済銀行による集計で、これでもまだまだ集計から漏れている金融派生商品がいっぱいあると言われているのだけれど・・・・そうね、あなたの指摘は鋭いわね」
夢見先輩は、感心したようにゆかりを見た。
「でも、その金額の多さには実は裏があるのよ」
「裏ですか?カラクリがあるんですか?」
「そう、そのカラクリこそ金融派生商品でよく使われるレバレッジなの」
「レバレッジ?」
これも聞いたことがない言葉だった。
「レバレッジ取引はね。別名悪魔の取引」
悪魔の取引って・・・デスノートじゃあるまいし・・・あっ、あれは眼の取引か。
「例えばあなたが100万円持っていてドルを買うとするでしょ、そうしたら、今度はそのドルを担保にして90万円を借りてまたドルを買うの。そしてまたそのドルを担保に80万円を借りて・・・というように借りていくのね。そうすると、元金が100万円に対して、実質はいくら借りれると思う?」
直ぐには計算ができなかった。
「100万+90万+80万+70万・・・・というように借りていけば、550万円になるわ。つまり元手の100万円に対して、レバレッジ率5.5倍という訳」
なにかおかしかった。
もともと100万円しかないのだ。
それなのにレバレッジを使うと550万もの元手になってしまう。
「そんな馬鹿な」
ゆかりが声を上げた。