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わたし達のデリバティブ・ウォーズ  作者: 摩利支天之火
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49.さくら、尾行される

 「おい、あの娘が動いたぞ」


 道端に止めた乗用車の中で、高杯警部が丘の上に建つ後者の方に向かい、顎をしゃくった。


 「本当だ。高杯さんの勘というか、読みはびったり当たりましたね。本当に言った通りに動きがあった」


 西蔵警部補が、校門から自転車で真っ直ぐに坂を下りてくる八重山さくらの姿を確認した。


 「あーあ、なんてお転婆だ。物凄いスピードが出ているじゃあないですか」


 西蔵警部補は、そう言いながらもエンジンのイグニッションキーを回す。

 八重山さくらは、まったくスピードを緩めることなく坂道を降り切った。


 「どうやら、彼女、家には向かわないようですね」


 西蔵警部補が言う通り、さくらの自転車は国道を渡り、更にその先へと進んで行く。


 「電車だ。あいつ電車に乗るつもりなんだ」


 西蔵警部補は、ウィンカーを出して車を発進させる。

 今の時間帯はそれほど車の交通量が多くないため、西蔵警部補は自転車に合わせた比較的ゆっくり目の速度でさくらの後を追った。

 自転車は信号を左折し、越生(おごせ)町の中心部へと入っていく。


 「どうします? やっぱり越生駅に向かっていますよ。本当に電車に乗るつもりなんだ」

 「馬鹿野郎、尾行するに決まってんじゃねえか」

 「とは言ってもねえ、捜査車両をそこいら辺に乗り捨てて行くわけにもいかないし、第一、俺たちじゃ面が割れていますよ」


 高杯警部はその西蔵の言葉を聞くまでもなく、携帯電話を手に取り、誰かと話し始めた。


 「ああ、俺だ。娘が動いた・・・そう、パツキンの子だ。越生駅から電車に乗るつもりらしい。尾行してくれ」


 高杯警部はそれだけ言うと、携帯を切った。


 「尾行って・・・俺たち以外に捜査二課の誰かが来ているってことですか?」


 驚いてそう聞く西蔵警部。


 「いいや、警視庁の人間じゃねえよ」


 短く高杯警部が答えた。

 高杯警部は、八重山さくらの尾行に、警視庁の捜査員以外の人間を指配している。

 普通に考えればそれはあり得ないことだった。

 だが、西蔵警部補は特にそれに驚いた様子はない。


 「まったく、何時の間に手配していたんですか。高杯さんも人が悪いな」


 しかし、高杯警部はその西蔵のボヤキにも反応せず、携帯で越生線の発車時刻を調べている。


 「10分か、坂戸行の電車は10分後だ。多分娘と(ワン)はそれに乗るだろう。俺たちは電車が出発したら、もう一本後の電車に乗るぞ」


 (ワン)と言うのは、先ほど高杯警部が電話で話していた相手だった。

 面の割れている高杯達に代わって、八重山さくらを尾行させようというのだ。


 「ええっ、でも、車は・・・変な所に放置したら、課長から大目玉食らっちまいますよ」

 「馬鹿野郎、頭を使え、頭を。駅の裏にスーパーがあったろう。そこに車を駐車すればいいだろうが」


 高杯警部はイライラしながらも言った。

 ここいら辺は田舎町ということもあり、駐車スペースは無料の所がほとんどである。


 「ヘイヘイ」


 そう言いながらも、西蔵は車をスーパーに向かわせた。

 途中で、自転車に乗った越南おごなん高校の生徒達と何人もすれ違う。

 帰宅部なのであろうか、男子高校生と女子高校生が自転車を凄いスピードで走らせていたため、危うく西蔵の運転する自動車とぶつかりそうになる。


 「まったく、近頃の若い連中ときたら」


 西蔵はブツブツ言いながらも、越生駅の裏手にあるスーパーの駐車場に車を入れた。


 「よし、あと5分で娘の乗った電車が出発する筈だ。時間的にはなんとか大丈夫そうだな」


 八重山さくらの尾行についた(ワン)からは特に連絡はない。

 予定通り、無事に同じ電車に乗れたということだろう。

 もっとも、八重山さくらの尾行は簡単である。

 なにしろ、目立つ金髪の女子高生なのだから。

 (ワン)が乗った車両がさくらの乗った車両と離れていても、間違いなく尾行出来るはずだ。

 高杯はそう計算していた。


 車から降りて少し行くと、そこは踏切だった。

 狭い道路に古い家並みの街だった。


 カンカンカン。


 古めかしい音を立てて警報が鳴り、遮断機が下りる。

 そして、二人の目の前を東武越生線の4両編成のクリーム色に青いストライプの入った電車が通過していった。


 「あっ、いました。いました。後ろ向きに座っていたけど、あの金髪はたしかにあの娘です」


 高杯警部もその娘をしっかりと眼で捉えていた。

 そして、車両の最後尾に乗る王の姿も高杯は踏切の位置から確認していた。

 全ては想定通りだ。

 恐らく、あの娘の携帯には、J・J・ブロッサムか、娘の母親からの連絡が入っていた筈だ。

 このまま、娘の後を尾行すれば、ブロッサムの元へと導いてくれるだろう。

 高杯警部はそう確信していた。

 何のことはない仕事だ。

 ド素人の中年男と年端もいかない小娘が相手なのだ。

 長年、警察というこの仕事を続けていた高杯の思惑通りに事は進んでいた。

 古めかしい駅に入り、越生線のプラットホームに出るとそこには次の電車が止まっていた。

 そしてもう一つの八高線用のプラットホームには、越南おごなん高校の女子生徒が一人ぽつんと立って、八高線の電車が来るのを待っている。


 「へえー、ここは越生線の終着駅だったんですね。越生線の電化区間と八高線のディーゼル区間の2つの線が混じっている駅、首都圏でこいつは珍しいや」


 西蔵警部補はさも珍しそうに辺りを見回し、キョロキョロしている。


 「なにしている、行くぞ」


 高杯警部が電車に乗り込み、西蔵警部補も慌ててそれに続く。

 終着駅と言うか、始発駅と言うべきか、その電車の中に腰かけているのは老人が数人だけだった。

 だが、高杯達が座席に腰を下ろして間もなく、越南おごなん高校の生徒たちがゾロゾロと乗り込んでくる。

 完全に生徒の帰宅と重なってしまったようだった。


 「高杯さん、王はうまくやれますかね」


 西蔵警部補は、携帯をいじっている高杯に声をかけた。


 「ああ、問題ない。何と言ってもB・Bが送り込んで来た人間だ。おっ。今、王から連絡のメールが来たところだ。どうやら相手は坂戸まで行くらしい。そこから都心方面に向かうか、寄居方面に向かうかはまだ分からんけどな」


 高杯の口から漏れたB・Bとは一体何者であろうか。

 そして、高杯達はどうやら警察無線は使用するつもりはないらしい。

 そのことからも、二人の任務が警察の本来の業務とは違う、なにやら極秘であることが十分に推察できるのであった。


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