48.ママからのメール
「・・・・ああ、そうだな」
わたしの顔をじっと見つめていた渦巻先輩が目を逸らせた。
「そうだぜ、八重山が目的な訳ないぜ。なんてったって。八重山とブロッサムはほとんど没交渉だったんだろう? 音信があるのは、誕生日のバースディー・カードぐらいだって、江戸から聞いたぜ」
えっ、ゆかりったら、そんなことまで謂越君に話していたんだ。
あんなに仲が悪かったはずなのに・・・何時の間にそんなことを話す仲になったんだろう。
「そうか、それならば、八重山さんがカギを握っている線は薄くなるな」
「となると、やっぱり、さくらさんのお母さんの線ね」
夢見先輩が思案気にそう指摘する。
ママの線。
確かに、このタイミングでいきなりママが長期出張だなんておかしすぎる。
しかも、これまでに一度も出張などしたことがない人がである。
「さくらさん、お母さんから、その後連絡あった? 電話で話できた?」
「はい、昨日の夜にちょっと話しました。でも時間がないとのことで、2~3分話しただけですけど・・・」
「それは、やっぱり本物のお母さんだったのよね」
それは間違いなかった。
だって、いざというときの貯金通帳とハンコの場所もちゃんと教えてくれたし、ごはんもちゃんと食べれているか聞いてきたし・・・。
「たとえば、お母さんが無理やり喋らされているとか、何かに怯えているとかいう様子はなかったの?」
わたしは、夢見先輩のその言葉で、ママとの会話を思い出してみる。
ママの喋り方はとても急いでいるみたいだったが、少なくとも無理やりに喋らさせれている感はまったくなかった。
「いえ、そんな様子はまったく・・・ただ・・・」
「ただ、なに?」
「ただ、どこかで車に乗っているらしく、エンジン音のような音が聞こえていましたけど・・・」
「ふむふむ、車で移動・・・・ね。そうだ、ゆかりさん、ちょっとこれ」
夢見先輩がゆかりに紙袋を渡して、なにやらヒソヒソ話を始めた。
な、なんだろう、なにを話しているのだろうか。
キンコンカンコーン。
その時、昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴った。
「きゃ、もう昼休み終わり」
「急いで教室に戻らなきゃ」
昼休みのデリ研での話は、中途半端に終わってしまった。
わたし達は急ぎ足で1年3組の教室に戻った。
セーフ。
ギリギリセーフ。
わたし達が席につくと同時に、午後の授業の英語の教師が現れたのだった。
午後の授業は何事もなく進んだ。
英語の次は国語。
最近、ゴタゴタが多く、あんまり予習をしていない。
せめて授業だけでも真面目に聞いて後れを取り戻さなければ・・・。
そう思って教科書を開き、先生が黒板に書いた文字をノートに写すのだが、授業の内容はちっとも頭に入ってこなかった。
気が付くと、ママのことを考えていた。
さっき、昼休みに夢見先輩がママのことを色々と聞いていた。
言わんとすることは明白だった。
それは、ママがパパと行動を共にしているのではないかということ。
もし、ママがパパのことを探している連中に拉致されているとしたら、電話での喋り方はもっと不自然になると思う。
ママの演技力がどのくらいあるのかは知らないけれど、普段、思ったことが直ぐに顔や言葉に出てしまうママの性格から言えば、誰かに無理やり喋らされているならば、娘のわたしが気づかない筈はなかった。
だって、電話口のままの声は、本当に娘をほっぽらかして、申し訳ないみたいな喋り方で満ち溢れていたからだ。
と、いうことは、ママは強制されているのではなく、自主的に動いていると考えた方が良さそうだった。
そして、このタイミングで・・・パパが日本に来ているというタイミングで、ママが自宅に当分戻れないという状況は、当然ながら一つしか考えられなかった。
ママは、パパと行動を共にしている。
わたしは、そう結論した。
多分、夢見先輩も渦巻先輩も、とうにその結論に達していたことと思う。
そっかあ、やっぱりパパとママは一緒なんだぁ。
そう結論づけると、わたしの中のモヤモヤは一気に解消したような気がした。
そして、何だか嬉しくなってくる。
最後には喧嘩分かれしたパパとママだったけど、最後の最後には、こうして行動を共にしているのだ。
このまま、もとのサヤに戻ってくれればいいな。
わたしは心中密かにそう思った。
そして、これまでママに対して抱いていたわだかまりも、いつの間にかすっかりとなくなってしまったことに気が付いた。
デリ研からの退部を巡っての親子喧嘩。
そして、仕事を優先して私を家にほっぼらかしてしまったママに対するわだかまり。
一時は、これってネグレド? とか思ったものだったが、なんだかんだ言ってママはまだパパのことを愛していたんだ。
でなきゃ、命を狙われているというパパと、行動を一緒にする訳がない。
自然と笑みが、わたしの顔からこぼれてくる。
うっ、謂越君がこちらの方を盗み見ている。
わたしは、笑顔を引っ込めて真顔を作ろうとした。
授業中にママからメールが入っていた。
授業中は携帯のスイッチをオフにしているので、放課後までそれに気づかなかった。
気が付いたのは、ホームルームが終わり、ゆかり達とデリ研の部室に行こうとして形態の電源をオンにした時だった。
「あっ」
わたしはその文面を見て、小さく驚きの声を上げた。
「チェリー、どうしたの?」
わたしの声に気づいたゆかりが、後ろを振り返って私を見た。
謂越君も何事かとわたしの方に寄って来る。
「ゆかり、ごめん、今日、デリ研に行けない」
わたしは、鞄を手に取ると教室を飛び出した。
「チェリー、ちょっと、チェリー、どうしたのよ」
後ろから追いかけるようにゆかりの声が聞こえる。
「ごめーん、ゆかり、後で説明するぅ。夢見先輩に伝えておいてぇ」
わたしはゆかりに向かって大声で謝りながら、廊下を駆けだした。
どこのクラスもホームルームが終わり、教室から人がどんどん出て来る。
その人ごみをかき分けながら、わたしは玄関へと急いだ。
階段なんか、2段跳び。
こんなことやったの、小学生以来だ。
階段をすれ違う学生たちが驚いたように私を見たが、そんなことはお構いなしだった。
なんとか玄関までたどり着き、上履きを履き替え、自転車置き場を目指す。
学校の玄関を、いの一番に飛び出したため、自転車置き場は無人だった。
わたしは焦りながらも自転車の鍵を開錠すると、そのまま校門を飛び出した。
校門から国道に通じる坂道は、跨乗禁止区域、でもそれを気にしている余裕はなかった。
わたしの乗った自転車は、猛スピードで坂道を下っていった。




