14.サイゼリヤの話
「ええっ、わたし達がその、将来有望な会社を見分けられる目を持っているっていうことですか?」
わたしは反射的に夢見先輩に聞き返した。
だって、そんなこと信じられないんだもん。
だって、わたし達、どこにでもいる女子高生だよ。
人生経験も16年しか経っていない、右も左も分からない女子高生だよ。
それが、将来大化けするかもしれない会社を見分けられるなんて。
あり得ない。
そんなことぜえーーーったいにあり得ない。
「そんなことないわよ」
わたしの疑問に、夢見先輩は涼しい顔で答えた。
「女子高生パワーを見くびっちゃだめよ。女子高生は、日本一・・・いえ、世界一凄いんだから」
うん、これはきっとジョークなんだ。
夢見先輩のジョークなんだ。
ここはきっと笑うところに違いない。
そう思ったわたしは、造り笑いを浮かべようとした。
・・・たぶん、ひきつった笑い顔になっているだろうな。
頬がピクピクしているのが自分でも分かる。
「さくらさん達は、自分がものすごく気に入った商品とか、お店とかはない?」
夢見先輩がそう尋ねてきた。
すると、ゆかりがすぐに答える。
「あっ、あります、あります。あたしはレストランのサイゼリヤが気に入っています。だって、とても美味しくて安くておしゃれなんだもん」
そういえば、あたしもけっこう気に入っている。
お金のない高校生でも気軽に入れて、しかもチープ感があまりないイタリアンのお店だ。
「そうね、あそこは私も調べたけど、いいチェーン店ね」
その言葉に、わたしはびっくりした。
だって、このあたりだと、坂戸市の若葉駅まで行かないとないお店だからである。
でも、考えてみれば当たり前か。
「サイセリヤは、埼玉県に本社がある東京証券取引所1部上場の企業よ。店舗数は確か900店を超えているわね」
ええっ、そんなに店舗数あったんだ。
しかも東証1部上場って、大会社じゃん。
あまりにも身近過ぎて、こんなに大きいなんて思わなかった。
「サイゼリヤの現在の株価は2300円くらい。最初は1600円くらいの株価だったからね。軒並み業績が悪い外食産業にしては非常に健闘しているわ」
「そ、そうなんですか」
「そうよ。ちなみにこのサイゼリヤは2008年にデリバティブ取引で巨額の損を出しているのは有名な話」
「えっ、デリバティブ取引で?」
金融機関ならばまだしも、外食チェーンの企業でデリバティブに手を出すなんて。
社長が金融派生商品に興味でももったのかしら。
「取引相手はフランスの超巨大銀行のBNPパリバ銀行。そこと豪ドルの通貨スワップ取引で140億円の評価損を抱えたわ」
「通貨スワップって、何ですか?」
「通貨スワップは、金融派生商品の一種で、決められた期日の通貨交換を、事前に契約したレートで行う取引のことなの。例えば円と豪ドルの交換レートが今日110円としたら、3か月後円高になるとみたら、1豪ドルを120円で契約することね。3か月後に実勢が1豪ドル80円になっていたとしても120円で交換しなければならない取引のこと」
「また、なんでサイゼリヤはそんな危険な取引に手を出したんですか?」
夢見先輩はわたし達の顔を見た。
すでに笑顔はなくなっている。
それは決して冗談ごとではない話である印だった。
「それはね、壕ドルの交換レートが、2007年ごろから乱高下していたからなの。サイゼリヤは外食産業。食材は世界中から契約して集めているけれど、オーストラリア産の食材を、当時乱高下していた通貨変動のリスクを減らそうとして通貨スワップ契約をしたのね。それはある意味では賢い選択だったかもしれない。将来にわたって為替差損を気にしないで一定の価格で原材料を手に入れることが出来るのだから」
「でも、それがうまくいかなかったということですか?」
「そうなの。2008年にある世界的な事件が起こったわ」
世界的な事件?
なんだっけ。
何かあったっけ。
2008年といえば、8年前。
わたしが小学3年生の時だっけ。
・・・・
・・・・
駄目だ。
全然思い当らない。
「湾岸戦争、そうよ、湾岸戦争じゃあないでしょうか、戦争ならばそれこそ大事件」
あれっ?
湾岸戦争って、そんなに最近だったかしら。
なんだか、最近と言われれば最近のことのような気がする。
「君たち、湾岸戦争は1990年だよ」
今までずっと黙っていた渦巻先輩がわたし達に教えてくれた。
「ええっ、そうなんですか?なんかイメージ的にいまだに続いているような・・・」
ゆかりが言っているのは、多分イスラム国の内戦の話なんだろうか。
わたしたちにとって、中東っていうと、何だか全部同じに見える。
「そうね、湾岸戦争じゃあないわね。2008年に起きた大事件は、リーマンショック」
リーマンショック?!
なんか、聞いたことがある。
アメリカで大きな銀行の損失か何かがあったんだっけ。
「リーマンショックは、金融派生商品が引き起こした巨大な事件なの。それでリーマン・ブラザーズが破たんし倒産したわ。いえ、リーマン・ブラザーズだけじゃなく、保険会社のAIGの破たんなど、その影響は世界中に広まったの。日本ではそのあおりを受けて、大和生命が倒産したわね。サイゼリヤの巨大損失も、そのリーマンショックのあおりで、豪ドルが大暴落した結果、1豪ドルが半分くらいの50円台にまで暴落したの」
「そうか、それで」
100円のレートが、半分になってしまったのだ。
サイゼリヤがどのくらいの金額規模で通貨スワップ取引をしていたか知らないけど、結果的に140億円の喪失になったということなのか。
リーマンショックがなければ、サイゼリヤもこれだけの巨額損を被らなくても済んだのに。
わたしはそう思った。
リーマンショックか。
「あれっ?そう言えば、リーマンショックって、たしかサブプライムローンと関係していたんじゃあなかったんでしたっけ」
ふと、私の中の記憶にサブプライムローンと言う言葉が浮かんできた。
何だっけ。
なにか密接にリーマンとサブプライムローンと言う言葉が結び付いている。
「そう、その通りよ。でも、その関係を話すにはすこし時間がかかるわね。なにしろ歴史の教科書に乗るくらいの大事件だったし、その事件は未だに続いていて、まったく解決していないんだから」
「ええっ、まだ解決していないんですか?」
「そうよ。そのおかげで今だに世界中が苦しんでいる。世界中の金融機関が有効な解決策を打ちだせずにいる。その影響は、アフリカの田舎町にも、ヨーロッパにも、そしてさくらさん達にも影響しているのよ」
ええっ、リーマンショックがわたし達に影響している?
それこそショックだった。




