10.デリバティブ研究会って、危ないとこ?
お昼休み、わたしはゆかりと一緒に教室でお弁当を食べた。
お弁当を持ってきている生徒は半分くらいだろうか。
学校の食堂に連れ立っていく子も多い。
でもゆかりも私と同じくお弁当派だ。
驚いたことに、ゆかりは自分でお弁当を作ったって言った。
すっごーい。
わたしなんか、自分でお弁当こしらえたことなど一度もない。
全部ママが作ってくれる。
「お弁当作るのって、すごく大変でしょ?」
わたしはゆかりのお弁当箱の中身をちらちら眼で確認しながら聞いた。
フライ物やタコさんウィンナーなどバリエーションは豊富に見える。
「簡単よ、簡単。チェリー、世の中には冷凍食品ってものがあるのよ。レンジで解凍して、お弁当箱に詰め合わせるだけ。10分ね。10分もあれば倒せるわ」
ゆかりは、どこぞのファイターみたいなことをのたまわった。
「ふーん、そうなの」
でも、うちのママの作るお弁当は手間暇かけて作っている。
出汁も化学調味料使わない派だし、フライもちゃんと自分で揚げている。
おかげで、わたしは舌が鋭敏になって、化学調味料を使った食べ物はすぐに分かるようになった。
あんまり役に立たない特技だけど・・・・。
「あっ、そうだ、それでね、聞いて聞いて」
「そうか、チェリーにもやっと気になる男の子が出来たか。で、お姉さんにいったんさい。その子はどこの馬の骨なの」
「ちがーう。そうじゃあなくってぇ」
わたしは昨日のインターネットで調べたデリバティブについて・・・とりわけ日経平均先物の取引内容について喋った。
「ねえ、信じられないでしょ。1部上場の225社の株式価格指数の平均という架空の株式にお金を投資するのよ。それで限月とかいう閉めの日に売りと買いの金額の合計を清算するの」
「なに、それ。そんなことあり得ないじゃない。そんな取引、きっと証券会社のインボーよ、インボー」
ゆかりもわたしと同意見だった。
よかった。
もしゆかりから、そんな取引当たり前じゃないなんていわれた日には、わたしは多次元の日本に紛れ込んだか、自分自身がおかしいのかと思うところだった。
「でしょ、でしょ。でも調べたら似たようなデリバティブの取引がいっぱいあったのよ」
「えっ、まだそんな碌でもない取引あるんだ」
「うん、あったよ。株価指数オプションとかいう取引。これも日経平均先物と似たようなものかな。いずれにしても、株価の平均指数を対象にした取引みたい。その他にも金先物指数の取引とか・・・とにかくありとあらゆるものの価格や価格指数が売買の対象になっているみたいなのよ」
わたしはこの世紀の大発見を意気込んでゆかりに伝えた。
金融業界では何かとんでもないことが起こっている。
だって、金融派生商品って、1990年以降、特に2000年以降に急速に発達したとインターネットには書かれていたからだ。
昨日の夢川先輩の言っていた金融派生商品関連の取引金額は12京円、もしその金額が本当にそうならば、僅か20年くらいの間に世界は金融派生商品で席巻されていることになる。
「でも、おかしいわよね」
「えっ?何が?」
「それほど急激に起きているお金の流れの大変動ならば、何でテレビや新聞は報道しないのかしら。それとも、もう常識になっちゃっていて、あたしたちが知らないだけ?」
「うーん、そんなことはないと思うよ、確か池上彰さんが特番で言っていた様な・・・」
「本当?あたし、それ見てない」
本当にそんな番組があったのかと問い詰められると、はなはだ自信がない。
クイズ番組もそうだけれど、見ていたその時はしっかりと分かったつもりになっていても、翌日にはどんな問題でどんな解答だったかすっかり忘れている。
なんとなく、そんな番組を見たような気がしているだけなのかもしれない。
「これはあれね、放課後に夢川先輩に聞きに行かなきゃ」
「うん、そうそう、わたしもそれ、考えていた」
どうやらゆかりも夢川先輩のデリバティブ研究会を嫌っていないようなので、わたしはほっとした。
だって、夢川先輩、知的で精神的に大人で、とてもきれいなお姉さまなんだもの。
そんな綺麗なお姉さまの側にいられるだけで自分が何段にも上に引き上げられたような気がする。
「ちょ、ちょと、チェリー、あんた、目がハートマークになっているよ」
ゆかりにそう指摘されてわたしは慌てた。
「ううん、ち、違うもん、ご、誤解よ誤解。わたしお姉さまのことなんか・・」
「チェリー、お願いだから戻ってきて、禁断の花園の世界になんか行かないでぇぇぇ」
「ちょ、ちょっとぉ、ゆかり、なんてこと言うのよ。みんなに聞こえるでしょ」
わたしは声を潜めて抗議した。
「でも、夢川先輩のこと、お姉さまだなんて。あたしゃチェリーをそんな子に産んだ覚えはないよ」
「あたしだって、ゆかりから生まれた覚えはないわよ。いったい、どうゆうシチュエーションのどういう設定よ」
暫くわたしたちの女子トークは続いたのだった。
放課後、わたし達はデリバティブ研究会の戸の前にいた。
昨日と違って、隣の料理部には部員が忙しく出はいりしている。
パンを焼く匂いだろうか、香ばしい香りが廊下に漂っていた。
「んー、いい匂い。お腹減っちゃったね」
「そうだね」
女の子とは言え、わたし達は育ち盛りの女子高生なのだ。
パンの焼ける匂いを嗅ぐと、お腹がきゅんきゅん言いだす。
「夢川先輩、いるかな」
わたしはデリバティブ研究会のドアをノックしようとした。
「あれ?あなたたち、ひょっとしてその研究会に入るつもりなの?」
不意に横から女性の声がした。
見ると、料理部の部室から女子生徒が顔を突きだしてこっちを見ている。
その雰囲気から、多分新入生ではなく、2年生か3年生なのだろう。
不意に声をかけられて戸惑うわたし達に、その女性徒は言葉を続けた。
「そこは止めといたほうがいいわよ。余計なおせっかいかもしれないけど」
女性徒はそれだけ言うと首を引っ込め部室の中に戻ってしまう。
わたしとゆかりは思わずお互いの顔を見合わせた。
「な、なにかしら」
「そうだね。何だろうね」
その出来事はわたしを不安にさせた。
もしかすると、デリバティブ研究会とは、とんでもない不良の集まり?
それとも、なんとか真理教のような新興宗教団体の出先機関?
そんなことが頭の中を駆け巡る。
そう言えば、昨日の入学式での部活動紹介でも、デリバティブ研究会は一番最後に、しかも時間を端折られていたっけ。
生徒会が、この研究会を新入生に紹介したくない様子がありありとしていた。
も、もしかしたら、今なら逃げ出すの間に合う?
その時、研究会の戸がガラッと開けられた。




