怪奇!N村湯けむりの事件簿(5) ~お色気シーンとN村の秘密~
お告げを終えた件は、ペコリとお辞儀をすると佐倉さん家の庭を出て、山へと帰って行った。
その夜。
浴室の窓からさす月明かりに照らされながら、マイミはそっと湯をすくった。
白く濁っていて、天然の温泉であることがわかる。
ミネラルを含み、疲労回復に効能がある薬湯。
湯に落ちた自分の影を見ながら、今日の夕方に起きたことを考えていた。
予言を付ける獣、件。
その謎めいた予言。
件はそれを、霧崎マイミの話だと断言した。
「龍、呪いの銃弾、百たびの戦い。……あたしが?」
小さくつぶやくと、声は佐倉家の広々とした浴室に響いた。
その時。
マイミは脱衣場に人の気配を感じた。佐倉家の風呂は広いがさすがに、男女別々の浴場があるわけではない。
次に起きる出来事を予測して、マイミは身構えた。
がらがらがら。
引き戸が開き、グレイが姿を現す。
「ぎゃあーー!」
マイミは絶叫した。
「な、何で入って来るんですか!」
手元にあった風呂桶を投げつける。グレイはしなやかな身のこなしで、冷静にそれをかわした。
カコーン。
と乾いた音が響いた。
「何だ、霧崎さんか」
「何だ……じゃない!レディが入ってる風呂に入ってくるなんて」
「慌てるな」
「これが落ち着いてられますか!」
「だって君は、服を着ているじゃないか」
マイミはハッと自分の姿を見た。
確かに、浴室にはお湯がたまったかどうかを確かめに来ただけなので、マイミは服を着ていた。
「そうか、湯けむりの事件簿とかいうクソふざけたサブタイトルのせいで、てっきりあたしのお色気シーンが出てくるものだとばかり思ってた……」
「相変わらず意味が分からないことを口走るな、霧崎さん」
落ち着いた声でそう言うと、グレイは自らの乳首を指差した。
「まぁ、落ち着いて俺を見てくれ。一見したところ全裸で浴室に入ってきたかのように見えるが……」
その指がするすると下へと下がり、股間の辺りを示す。
「安心してください、履いてますよ」
競泳水着のようなブーメランパンツを履いていた。
「誰かが先に入っていたら失礼に当たると思って、水着を着用してきたんだ」
「……何ですか、その安い芸人みたいなノリは」
マイミは大きくため息をつくと、浴室をグレイに譲って外へ出ようとした。
「あ、霧崎さん」
すれ違いざま、グレイが耳もとで囁く。
「この村、ちょっとおかしいな」
「えっ?」
グレイは水着を着用したまま、ザプリと浴槽に浸かった。
「あの後、しばらくこの村の地形を確認するためにうろついてたんだが、とにかくキナ臭い」
「どういう意味ですか」
「住民たちが乗っている車だが、ほとんどがSUVとか、大型のミニバンなんだ」
「山がちな場所ですから、特におかしいとは思いませんが……」
「全ての車輌が、ランフラットタイヤに履き換えてる」
マイミは口をつぐんだ。
ランフラットタイヤとは、パンクしても走れる特殊なタイヤのことだ。高級車でも無い限り、通常は装備されていない。
「それと、幾つかの車輌のウィンドウガラスにNIJ-IIIA規格の表記があった」
「それって……」
「防弾ガラスだ。拳銃弾くらいなら止めることができる」
「一体……何のために」
「何かの襲撃に備えていると考えられなくも無い」
マイミはふと、昼間の出来事を思い出した。
「もしかして、あたしたちを襲ったあの黒い影だと思いますか?」
「さてな……」
つぶやくように言うと、グレイは湯船に顔まで浸かった。
「だが、ここの奴らは俺たちに何かを隠してる。だけど、そういうのを調べるのは、あんたの方が得意なはずだろう?調査官殿。ふわぁぁぁ……」
もうそれ以上、マイミと会話するつもりは無いようだった。グレイは腹の底から搾り出すような声で“♪ビバノン・ロック”を歌い始めた。
マイミはグレイに言われた言葉の意味を考えながら、脱衣所へと上がる。
その時、脱衣所に積み上げられたグレイの着衣に、気になるものを見つけた。
黄色い小型のカプセル。
以前にどこかで見たことがある代物だった。マイミはポケットからスマートフォンを取り出すと、写真におさめる。後程何だったか思い出すため、記録に残したのだ。
マイミはつらつらと考え事をしながら浴室を出た。
こんな山ほど伏線を張って、どうやって回収するのだろう。
考えていたのは、そんなことだった。
つづく