怪奇!N村湯けむりの事件簿(4) ~件(くだん)の如し~
西へ沈む夕日に照らされ、赤金色に染まった庭。
手入れの行き届いた植栽に囲まれていて、玉砂利が敷き詰められ、真ん中には小ぶりの池まである。
「凄く広いお庭ですね」
マイミは感嘆の言葉を漏らした。
「月に一回、造園師に来てもらってるんです」
佐倉さんはそう言って微笑む。
確かに、そうでもしなければ個人ではとても維持できないだろう。
こんな村には似つかわしくない立派な日本庭園だ。
それに、見れば牛までいるではないか。
「牛?」
マイミは思わず声に出して言った。
つやつやとした黒毛の牛が、塀の近くで悠々と尻尾を振っている。
「う、牛まで飼っておられるんですか」
「いえ、違いますよ」
佐倉さんは牛を指差す。
「あいつです。あいつがうちの猫のキャットフードを盗み食いしているんです」
見れば、牛は頭を下げて塀のそばに置かれた猫用のフードボウルに顔を突っ込んでいる。
マイミとグレイは顔を見合わせた。自分たちが直面したそれが、とても未確認動物だとは思えなかったからだ。
マイミは懐疑的な口調で佐倉さんに問う。
「あれって単なる野良牛とかじゃないんですか?」
「いえ、違いますね。この辺りじゃ誰も牛なんか飼ってない」
佐倉さんは温和そうな笑みを浮かべたまま、かぶりを振った。
「霧崎さん、ご存じなかったですか?この村は東京から集まってきた、ITエンジニアたちで成り立っているんですよ」
「えっ?」
「流行のノマドワーカーというやつです。エンジニアは通信環境さえあればどこでも仕事ができる。すし詰めの通勤電車勤めを嫌う若者たちが、新鮮な空気と豊かな緑を求めて、この村に集まった。私はうち捨てられていた古民家を整備し、彼らを迎え入れたのです」
「佐倉さんって、農家やってるんじゃないんですか?」
「農家です。ただし国立大学と共同研究を進めた、LEDの光源で植物を育てる新型の水耕栽培を行っているベンチャー農家ですが」
佐倉さんはそう言うと、スマートフォンを取り出して日経ビジネスのサイトに接続し、その記事をマイミに見せた。
「この記事で私の会社が特集されています」
マイミは雑誌を受け取って記事を読んだ。確かに地方に若者を集め、IT梁山泊を目指す佐倉社長という紹介記事が載っている。
「ふぁぁ……」
マイミは頭をかいた。下界から隔絶された寒村、時代を超えた因習と不可解な儀式による横溝ワールド的な展開を想定していたが、期待は裏切られた。
「この村はね、現代に現れたユートピアの一つなんですよ」
佐倉さんはにっこり微笑む。
「だからこそ、あいつもここに現れたんじゃないかな」
「あの……野良牛が……ですか」
マイミは艶々とした黒毛を眺めた。無駄の無い引き締まった体躯で、ステーキにしても大して美味しくなさそうだった。
「いえ、牛ではありませんよ」
誰かがそう言った。マイミはグレイと顔を見合わせ、続いて声の主を探したが見つからなかった。
庭には佐倉さんとマイミ、グレイの三人しかいないのだ。
それ以外には、牛が一頭。
「こちらです、霧崎さん」
自分の名を呼ばれたマイミは、その声が牛の方から発されていることに気がついた。
「まさか……」
牛が喋ったとでも言うのだろうか。マイミが眼を凝らすと、牛がひょいと振り返った。
そこには若い男の顔があった。
あまりの出来事に、マイミは卒倒した。
※※
マイミが眼を覚ますと、こちらを心配そうに覗き込む佐倉さん、関心無さそうに横目で見るグレイ、そしてどう見ても牛にしか見えない体にくっ付いた、若い男の顔が眼に入った。
「……うわっ」
人面牛を見て、思わず後ずさる。
「驚かないでください。私は件と申します」
怪異は自ら名乗った。
「件……?」
その名に、聞き覚えがあった。
古来から日本の各所で目撃されてきた、半人半獣の妖怪。
「もしかして数百年に一度、予言を伝えに現れる謎の獣だって言う、あの件?」
「そうです」
件はゆっくり頷いた。
“件の如し”という慣用句は、この妖怪が告げる託宣が常に正確なので、“件が言うとおりに間違いが無い”という意味なのだという。
マイミはそんなエピソードを思い出しながら、虚ろな眼をグレイの方へと向ける。
「グレイさん……本物だと思いますか?」
問われたグレイは肩をすくめた。
「かつて天保の時代に、件の姿を描いた瓦版が出回ったというが、確かにこんな感じの半人半獣の妖怪が描かれていたな。否定する要素は少ない」
マイミはまじまじと件を見た。その顔は青白いうりざね顔で、どこかのんびりとした風情を漂わせていた。
口元には食べかけのキャットフードがこびり付いている。
「あ、あの……質問したいことが山ほどあるんですけど、あまりの出来事にまったく頭の整理がつかないから、一番シンプルな質問をさせてください。あなたは何のためにここに現れ、そして何をしているんですか?」
「お腹が空いたから庭に現れ、キャットフードを食べているのです」
「あ……、じゃあ、その、どこから来たんですか?」
件は鼻先で西の方角を指した。
「あっちです」
「えっと……」
件の答えにマイミは戸惑った。聞きたいのは、そういう表面的な話ではない。だが件は聞かれた事にしか答えず、相手の真意を予測した回答はしない。
この感じ、どこかで覚えがあった。
理系の人間だ。
官僚のなかでも技官などの専門職はゴリゴリの理系だったりするので、独特なコミュニケーションを取ることが多い。
正確さを求められる技術職にとって曖昧な言い回しはミスのもとでしかないため、彼らは無駄な装飾を廃し、事実に基づいたシンプルな受け答えのみで会話を行おうとする。
聞いたことにしか答えない、ロボットのような受け答え。
彼らには前提を明示した構文のようなコミュニケーションが必要だった。
マイミは口を開いた。
「あなたが我々の一般常識で規定される範囲の“怪異”だと仮定してお話します。怪異とは通常の状況においては発生しない現象を指す言葉であり、つまりは特定の条件が揃うと発生するのだということになります。だとすれば、あなたがこうして出現している以上、その怪異が発生するための特定の条件が揃ったはずだと私は考えています。もしもこの考えに同意していただけるのであれば、その怪異が発生する条件について説明していただくことは可能でしょうか?」
件はにっこりと頷いた。
「可能です」
「では、説明してください」
「件は予言を行うために現れます。霧崎マイミさん、あなたに予言をお伝えします」
「……えっ?」
突然、名指しされてマイミは戸惑った。だが件はすっと眼をつぶると、何かに意識を集中している。
やがて、かっと眼を見開いた。
のんびりしたうりざね顔の面影は無かった。
腹の底から響く声で、件は告げる。
「世界を覆った悪意が、炎と鉄と病原菌となって人々を苦しめるだろう。その中でも格別に恐ろしい四匹の龍が悪を導く。龍は死を知らないが、呪いを浴びた銃弾を探し出せば戦える。百たび戦い、百の敗北を喫するが、くじけなければ最後の一発が世界を救う」
マイミはポカンとしてお告げを聞いた。
件が何を言っているのか一ミリも理解できなかった。
「さらに、この山を覆った悪意が早晩、村を焼くだろう。それに打ち勝ち、先へ進まねば呪いを浴びた銃弾にたどりつくことはできない」
「あ、あの……何の話をしているんですか?」
件はひときわ大きな声で、言い放った。
「霧崎マイミさん、あなたの話です」
龍、呪いの銃弾、百たびの戦い。
マイミはあんぐりと口を開けて、お告げを耳にするしかなかった。
つづく




