エピローグ ~物語の終わりに~
世界の終わりが囁かれてから、半年後のことだ。
人類は超共感性思念体(Super Pneumatronics Material)との戦いに勝利し、世界はゆっくりと再生していった。
誰がクリーチャーを蹴散らしたのか。それには諸説あった。
もっとも有力だったのは、突如、ロサンゼルスに現れた謎の戦士。
自らを“切り裂きマイミ”と名乗り、日本刀を振るってゾンビを切り刻んだ人物だった。
その人物の正体は不明だった。
クリーチャーとの抗争に活躍し、急成長したPMSC(private military and security company)である“ヒーローズ・カンパニー”との関係も取り沙汰されたが、詳しいことは分からなかった。
もっと言えば、“ヒーローズ・カンパニー”自体が大きな謎に包まれている。
創設者であり、フロントマンである甘粕幸四郎以外、どんなメンバーで構成されているかも定かではない。一説によれば、米国の諜報機関や反社会勢力の構成員まで巻き込んでいるとの噂があったが、真相は厚いベールに包まれている。
「この組織じゃ、秘密は絶対に守られると聞きました」
そう言って、前の席に座った人物がいた。
眩しい陽光に手でひさしを作りながら、マイミは顔を上げる。相手は浅黒い肌をした、中近東系の青年だった。目鼻立ちのすっきりとした、甘いマスク。
二人がいるのはマリナ・デル・レイにあるオープン・カフェ。
盗聴の恐れがない、テラス席だった。
「セリクです。今日からカンパニーの一員になりました」
マイミは微笑み、小さく頷いた。
近いうちに自分の後任が現れると聞かされていたが、思ったよりも早かった。
セリクは優雅なしぐさで店員を呼ぶと、自分の分のテキーラ・トニックを注文する。
質問は、飲み物を二口ほど飲んだ後に発せられた。
「……秘密が守られる前提で、教えてもらえませんか? どうしてカンパニーを辞めるんです」
初対面だと言うのに、少し図々しい質問だと思った。だがマイミは少し考えた末に答える。
「あたしの役目は終わったし、他にやることができたんです」
セリクは肩をすくめた。納得がいかないけど、強くは抗弁できない、という様子だった。
マイミがカンパニーを辞める、と告げた時の甘粕とまったく同じ反応だった。
「他にやることとは、半年前に行方不明になった人物を探しに行くってことですか?」
「よく知ってるじゃないですか」
「牧村サンに聞きましたよ。でも、僕には不合理な話しに聞こえるな。数万トンクラスの空母が轟沈した海に消えた人物が、無事だとは思えない……」
その時マイミは、目の前の人物が本当に自分の後任なのか怪しく思えてきた。
甘粕が自分を説得するために寄越した、偽者なのではないか?
だがかぶりを振ると、マイミは口を開いた。
「私なりの見解があるんです。まず第一に、共に海に没した日本刀が回収されたということ」
多古忍の佩刀のことだ。
ニミッツが沈んだ直後、生存者を捜索していた艦載ヘリがそれを見つけた。甲板の一部に突き刺さった状態で、波間を漂っていたのだ。
それは巡り巡って、甘粕に回収されることになる。
「……でも、生存者名簿にその人物の名は載ってなかったと聞きましたけど?」
セリクは眉をひそめてそう言った。
「確かに、載っていなかった。でも、もっと言えばその生存者名簿はいい加減極まりないものだった。現場は混乱していたし、人々は自分が誰を救っているのかまるで分かっていなかった」
「何だか、自分の都合のいいように話を捻じ曲げているようにも思えますが……」
そうかも知れない。
マイミは胸の中で思った。
人は時として、自らの願望に囚われ、正常な判断を失うことがある。
それは危険なことだった。
パンドラの箱の底に、神々が残した罠。
希望は時として、鋭い棘となって人間を傷つける。
悪意と一体化したアレクサンドルは言った。希望とは毒だと。最初から何の望みも抱かず、灰色のまま生きて行けば傷付くことなんてないのだと。
ロサンゼルスでアレクサンドルと対峙した時、マイミは何の疑いも持たずに希望の力を信じた。結果的にそれは正解で、青い呪いの銃弾は悪意の化身を打ち砕いた。
だが、それはいつも起きる奇跡ではない。
「……まぁ、いい。どちらにせよ、僕にあなたを止める権限はないんだ。静かに応援することにしますよ、マイミ」
セリクは言うと、形のいい眉を持ち上げて微笑んで見せた。
目の前の相手は、思ったより悪い人物じゃないのかも知れない。マイミはそう思いなおして、再び微笑んで見せた。
「そうだ、せっかくだからFacebookで繋がってもらえませんか? 偉大なる先輩に、地球の裏側からでも助言をお願いすることがあるかも知れない」
そう言うとセリクは自分の端末を取り出した。
「いいけど、あたしあんまりSNSは好きじゃないんですよね……」
言いながらマイミもタブレットを取り出す。好き嫌い以前に、マイミには一人も友達がいなかった。誰とも繋がっていないSNSのアカウントを覗くことなど、ついぞなかった。
一年ぶりにアプリを起動させる。
マイミは、目を見張った。
「さすがですね、SNSは情報漏えいの危険因子。最大限のセキュリティ・ホールだ。かつて日本の諜報機関にいただけのことはありますね、マイミ」
セリクの台詞を、マイミは聞いていなかった。
画面の片隅に新着を知らせるバッチアイコンが表示されている。
それは友達申請が一件あったことを知らせていた。
その通知の意味を理解したマイミは、ギュッと目をつぶる。
セリクが怪訝な声でたずねた。
「……どうしたんです、マイミ」
その言葉に、マイミはしばらく間をおいてから答える。
「……何でもない。友達から連絡があっただけ」
セリクはマイミの言動やしぐさから、何があったのを推し量ろうとしていた。そしてヒーローズ・カンパニーに新規採用されるような優秀な人材であるがゆえに、短時間で事実に辿り着くことができた。
「その連絡が、友人の生存を裏付けるものでないことは、あなたも分かっているはずですよ、マイミ」
「わかってます」
言うとマイミは、海の方角に目をやった。
かつて、自ら龍を殺せる銃弾となった友人に思いを馳せていた。
「でも、あたしは挫けないって約束したんです。その友達と」
その台詞を、マイミは自分のために呟いた。
希望に裏切られる時もあるかも知れない。
だが挫けず、最後まで抗い続けることで、いつか道は切り拓かれるのかも知れない。
最後の一発の銃弾によって。
マイミは友達申請の画面を開くと、そっと“承認”のボタンを押した。
了




