閉鎖都市ノリリスクの逆襲(6) ~悪意の総量~
ボノが監禁されている部屋は、無数の銃器で埋め尽くされていた。壁面に作り付けのガンラックがあり、無数のライフルがかけられている。
ボノの前に置かれた丸テーブルにも、様々な種類のピストルが置かれていた。
いずれの銃も、青白い輝きを帯びていた。
「世界中から集めた銃火器だよ」
マイミの視線に気づいたアレクサンドルが肩をすくめて見せる。
ロゴスキンが、テーブルの上に置かれたリボルバーを手に取った。
「同志キリサキ、この部屋に置いてある全ての銃が、特別な力を帯びているんだ。我々はこれを、君たちが呪いの銃弾と呼んでいるものと同質の現象だと考えている」
マイミは固唾を飲んだ。それらがヴィンセントの弾と同じ輝きを帯びていることが明白だったからだ。
「もしてして、これが……」
「そう、同志ボノの力だ。彼の近くに置かれた銃火器は、特別な力を帯びるようになると考えられている」
「いったい、どういうメカニズムなんですか?」
マイミの質問にロゴスキンはかぶりを振った。
「まったく不明だ。お手上げだよ。何せ、本人ですら何が起きているのか理解できていないんだからな」
マイミはボノの方を見た。傷だらけの異様な面容の人物は、静かに笑って見せた。
「否定はしないよロゴスキン。俺にも何がなんだかわからない」
「だがな同志キリサキ。このボノってやつは、クリーチャーによって二百十七人もの民間人が虐殺された場所で、無傷で生き残っていたんだ」
「……本当ですか?そんなニュース、聞いたことも無い」
アレクサンドルがボノに近づき、互いが触れることのできない距離で立ち止まった。
「その件は、公式には明らかにされていないよ。何せロシア国内での出来事じゃない。ウクライナで起きた話だ」
「なるほど」
マイミは頷いた。
「それはどうやら、キナ臭い話みたいね。国際社会にバレるとまずい類のニュースだわ」
「その通り」
新興財閥であるアレクサンドルは愉快そうな笑みを浮かべた。
「旧ソ連から独立したウクライナが、EUにつくか、ロシアにつくかで国を二分しているのは知っての通り。そして我らがロシアは、水面下でウクライナを掌中におさめるため、色んな画策をしている。ウクライナの虐殺現場からボノを確保し、ノリリスクに連れてきたのもその一環だ」
「龍に対抗しうる貴重な人材を、ウクライナから盗み出したってわけね」
ロゴスキンが鼻を鳴らした。
「心外だな、同志キリサキ。そもそもボノは我が国で指名手配を受けており、ウクライナに潜伏していたのだ。我々が拘束する権利はあると思うが」
「指名手配?彼はどんな罪を犯したんですか」
「ロシア兵を四十八人殺した容疑だ」
マイミは絶句した。ロゴスキンはその様子に満足げな笑みを浮かべた後で、もう一度鼻を鳴らした。
アレクサンドルが、二人の間に割って入る。
「まぁいい、二人ともやめなよ。とにかくボノはクリーチャーが虐殺を行った場所で生き延びた。彼の周りには武器が並べられており、それが結界のような役割を果たしたと考えられている。ボノがクリーチャーに対抗しうる力を持っていると考えている根拠は、それだよ」
マイミは頷いて見せた。
「メカニズムはともかくとして、この銃があたしたちの手に入れた呪いの銃弾と同質の力を持っているのは間違いないと思う。一番確かなのは、あたしが持参した銃弾を装填して、撃ってみること」
「見せてもらえるかな」
ほんの少し躊躇した後、マイミは手荷物の中から銃弾を入れた箱を取り出した。拒否したところで、ロシア人たちはマイミを殺してでも銃弾を手に入れるだろう。
「これが、呪いを帯びた銃弾……」
弾を入れた箱を開いたロゴスキンが感嘆のため息を漏らした。
マイミが持参したのは六発の拳銃弾だった。ロゴスキンはそれを、テーブルの上に置いてあったリボルバーへ装填していく。
「普通の銃でこの弾を撃つと、何が起きたんだ?同志キリサキ」
「銃が塩になったわ」
「まるで聖書に出てくる伝承だな」
「それって、ロトの妻のエピソードのことかしら」
マイミの言葉を、ロゴスキンは聞いていないようだった。銃弾を装填したリボルバーをいじくりまわしている。
「欲望の限りを尽くしたソドムとゴモラの街の住民たちは、神の怒りを受けて滅ぼされる。ロトは天使のお告げによって、その災厄から逃げることができたが、ロトの妻は“決して振り返ってはいけない”という戒めを破ったために、塩の柱となってしまう……」
マイミは呟いた。
ロゴスキンも、アレクサンドルも銃と銃弾に気を取られ、その言葉を聞いていなかった。
「そうだな、お嬢ちゃん」
賛同する声が聞こえた。
声の主は、ボノだった。
※※
「人間には、触れてはいけない領域があることは確かだ」
ボノは火傷のせいで引きつった唇で、苦しそうに喋っていた。
「俺にはよく分からないが、現代人はどうも、その領域にどっぷりと足を突っ込んじまったんじゃねえかと思えるんだよな」
「そう」
その言葉の意味について深く考えることもせず、マイミは深々とため息をついた。
「俺の力もそうだ。本当は、こんな力が現れちゃいけないんじゃないかと俺は考えてるんだ」
「そうね……」
「なぁ、お嬢ちゃん。どうした、何を考えてる?」
そう言われてマイミは顔を上げた。
「この展開、予想はしてたんですけどね」
「あいつらに銃弾を渡した瞬間、俺と一緒にこの部屋に閉じ込められるってことか」
「そうです。だからあたしが考えていたのは、果たして無事に日本に帰れるのかなってことですよ。何と言ってもあたし、借りっぱなしのビデオが八本もあるもんで。このままここに居続けたら、延滞料金だけで大卒の初任給を越えちゃうわ」
それを聞いたボノが、くっくと笑い始めた。
「何がおかしいのよ」
「いや、日本人ってのは面白いな」
「どういう意味?」
「日本に帰れるか、だって?あいつらが君を生きてここから出すわけがない」
「あたし、一応日本の国家公務員なんですけど」
「世界は君が考えているほど安全ではないよ。あちこちで無慈悲な行為が繰り返されている」
ボノはそう言うと、その言葉の証だとでも言うように、火傷で引きつった顔をそっと撫でた。
「君は“ホロドモール”を知っているか」
「銘菓ままどおるなら知ってますが」
「1930年代にウクライナで行われた虐殺だ。数百万人、あるいは一千万人を超える犠牲者が出たと言われている」
「……ちょっと待ってください。一千万人を超えるですって?そんな桁違いの虐殺が20世紀にあったんですか?」
マイミは愕然とした。世界を震撼させたナチスのユダヤ人虐殺、世に言うホロコーストでさえ犠牲者の数は推定600万人弱だ。
「何だ、日本人は知らないのか」
悲しげにそう言うと、ボノは刀傷に抉られた左眼を撫でる。
「当時のウクライナはソ連の穀倉地帯で、産出される小麦は外貨獲得のための貴重な資源だった。ソ連はウクライナから強制的に小麦を徴発し、その結果、ウクライナ農民が次々と飢え、餓死していったんだ」
「何でそんな無茶苦茶な真似をしたんですか?日本なら確実に一揆が起きてますよ」
「ホロドモールは計画的に行われたんだ。ウクライナの農民は農地を離れられないよう管理され、軍隊によって監視されていた。その裏では、当時ソ連の中枢にいたユダヤ人勢力が糸を引いていたと言われている。ウクライナ人とユダヤ人は帝政ロシアの時代から対立を繰り返してきた。ホロドモールが起きる前、19世紀にはポグロムと呼ばれる、ウクライナ人によるユダヤ人迫害があったんだ」
「19世紀にウクライナ人がユダヤ人を迫害して、20世紀にユダヤ人がウクライナ人を虐殺したんですか?」
「そうだ。時同じくして、ドイツではナチスがユダヤ人を虐殺していたがな」
マイミは頭の中がグルグルするのを感じていた。ドイツでは虐殺の被害者であったユダヤ人が、ウクライナではホロコースト以上の農民を虐殺していたと言うのだ。
「そんなひどい話が……」
「俺の祖父母はホロドモールをかろうじて生き延びた世代だ」
ボノの言葉に、マイミは口をつぐんだ。
「一族はみんな餓死した。生き延びた奴らにはみんな共通点がある。何だと思う?」
マイミにはボノが何を言いたいのかピンときていた。だがそれは、口にするにはあまりにもおぞましい出来事だった。
だから言葉にすることはできず、かぶりを振った。
「……分からない」
ボノは悲しげに笑った。
「みんな、死んだ親の肉を食ったのさ」
マイミは頭を抱えた。わずか半世紀前にそんなことがあったとは信じられなかった。
「俺の父親はウクライナを出て、ロシアに移住した。俺はロシアで軍隊に入って、チェチェン紛争に従事した。チェチェン紛争を知っているか?」
「ソ連からの独立を目指したチェチェン人が内乱を起こした事件ですよね」
「そうだ。俺は国内軍の一員としてチェチェンに赴き、たくさんの独立派の民兵と、イスラム諸国から加勢に駆け付けた聖戦士と戦った」
「……ロシア国内の内乱に、イスラム諸国から参戦があったんですか?」
「アルカイダだよ。ソ連と戦うため、アメリカがアフガニスタンで彼らを訓練したんだ。彼等はチェチェン人の側についた。敵の敵は味方だってことさ」
ボノはくっくと笑った。
「そうやって育てたアルカイダに自爆テロを食らって、9.11で世界貿易センタービルを更地にしてしまったアメリカ人も相当な間抜けだがね」
マイミは目を伏せた。ボノの話を聞いているだけで気が滅入ってきたからだ。
「あなたは、色んな悲劇を見てきたんですね」
「……その通りさ。だが、俺みたいな奴は世界中にごまんといるさ。関係のない平和な楽園で暮らしてる、あんたみたいな人が少数派のはずなんだがな」
世界中で人と人とが殺し合い、貶めあっている。
マイミはヴィンセントがベトナムで関わったとされる、クアンタイ・カナット村虐殺事件のことを思い出していた。あるいは、ヤパパイ居留区に追い立てられたインディアンたちのことを。
件が予言した、世界を覆う悪意。
それは新たに現れる脅威などではなかった。
ずっとずっと前から、人間たちが繰り返してきたことの積み重ねなのだ。
「そういう事さ、霧崎マイミ」
そう言うとボノはうっすらと笑った。
全てを見通すような微笑み。
マイミはその微笑みが意味するところを悟った。
「ボノさん、一つ聞きたいことがあるんです」
「何だ」
「ロゴスキンが、あなたは48人のロシア兵を殺害したと言ってましたね」
マイミはボノの眼を見た。
「本当は、何があったんですか」
つづく




