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閉鎖都市ノリリスクの逆襲(4) ~ニッケル鉱床の底に待つもの~

「なんだか、このパターンが多いわね」

マイミはつぶやいた。

「味方っぽく一緒に行動してたキャラが、実は組織の一員だった……」


ため息をつく。


「どうした?マイミ」


「何でもないのよ、アレクサンドル。独り言」


「そうか。この毛皮の帽子をかぶりなよ」


そう言うと、アレクサンドルは黒い毛皮の帽子を差し出してきた。


「体温の二十パーセントは頭部から逃げていく。寒冷地帯では帽子が非常に重要な防寒具なんだ」


受け取った帽子を被ったマイミは、にっこりとほほ笑んだ。


「うえ、洗ってない上履きの臭いがする(可愛い帽子ね、ありがとう)」


「えっ?何だって?」


「何でもないわ」

マイミは自分の口元を抑えた。心の声を漏らしている場合ではなかった。


何と言っても、自分は捕虜なのだ。


相手は紳士的に振る舞っているが、生殺与奪権を握られていることに変わりはない。


そう、目の前の男アレクサンドル・バシュラチョフは、何と言ってもノリリスク・ニッケル本社を牛耳る新興財閥(オリガルヒ)の若き総帥なのだから。


「ロゴスキンはどうやって手なずけたの?アレクサンドル」


「ロシアは未だに深い傷を残してる。日本のように平和で一枚岩の国ではないんだよ」

そう言うと、アレクサンドルは扉を押し開けた。


ノリリスク・ニッケル本社の社屋の裏手から出ると、外は吹雪になっていた。


マイミは毛皮の帽子を深くかぶる。


アレクサンドルはマイミの手を掴むと、目の前に停まった列車へと誘導した。

凍りついたステップを昇り、車両の中へと入る。


「この列車は何?アレクサンドル」


「かつて、囚人を護送するために使われていた列車だ。今は僕たちが買い取って、鉱山へ移動するのに使っているんだけどね」


「国内軍の将校を買収したように、この列車も買い上げたのね」


「そうさ。もっと言えば、世界中に金で買えないものなんかないよね。そうは思わない?マイミ」


マイミはチラリと目を上げた。


「それについては意見が分かれるところね」


古びた列車の中は、後付けされた蛍光灯で明るく照らされていた。がらんとした板張りの車両の真ん中に薪ストーブが置かれ、それを挟むようにベンチシートが取り付けられている。


「快適な豪華列車じゃないけど、鉱山までは一時間もかからないから我慢してくれ」


そう言うとアレクサンドルはマイミに座るよう進めた。

車両の入口に、ロゴスキンの部下が顔を出す。


「準備はできました。そろそろ出発したいのですが」


「奴の様子はどうかな?」


「眠っているそうです」


「オーケー。じゃあ出発だ」


二人の会話が気になった。マイミはアレクサンドルに目を向ける。


「ねえ、奴って誰」


アレクサンドルの青い瞳がマイミを向いた。何の感情も込められていない、ガラス玉のように美しい瞳だった。


「龍だよ」


「えっ?」


「ニッケル鉱床に長々と横たわって、眠りこけている」


「そ……そんな……」

マイミは呆然と呟いた。


がしゃん。


重く、固く、冷たい音がして、列車の扉がしまった。

金属製の分厚い扉。かつて多くの囚人を拘置した扉。


ガタン、と足元が揺れる。


列車が動き出したのだ。


外は吹雪だった。

数十センチ先も見通せない猛吹雪。凍てつく極寒の地にかろうじてへばりつくレールの上を、囚人護送列車がゆっくりと走り始める。






※※





「旧ソ連成立前も、崩壊後も、ロシアはずっと民族紛争と戦い続けてるんだ」

熱い紅茶を啜りながらアレクサンドルは話を続けていた。

「もっと言えば、ヨーロッパ全体がそうだ。有史以来、あの地域で戦争が途絶えたことは無いと言っていい」


列車の揺れを尻の下に感じながら、マイミもまた紅茶を啜った。どんどん温度が奪われてい極寒の地で、暖かい飲物は、ただ暖かいというだけでご馳走だった。


「翻っていえば、全世界でもそうじゃないか?僕ら高等な猿どもが火と武器の使い方を覚えて以来、殺し合いをやめた時期が一秒でもあったかい?」


若き新興財閥(オリガルヒはそう言って薄く笑った。


「炎と鉄と病原菌……」

マイミはポツリと呟く。


「どうした?マイミ」


「ん……何でもない」


列車が少し傾いたのが分かった。傾斜した斜面を下っているのだ。


「さっき君は、二十年前に君の父親が南極でクリーチャーを倒したと言ったね」


マイミは頷いた。その話がきっかけで、場の流れが変わったのだ。


「あの話は長らくロシア側でも大きな謎だったんだ。当時南極にいた各国の観測隊がそのクリーチャーを目撃しているからね。コードネームは、ヒトガタ……」

「そう。白く巨大な、人の形をしたクリーチャーよ」

「どうやってそのクリーチャーを倒したのか。その方法については長く議論されてきた」

「そうね、未だにはっきりしたことは分かっていない。だけど、当時も誰かが超共感性思念体(Super Pneumatronics Material)であるクリーチャーを分解できる方法につい気が付いたとしか思えないわ」

「だとしたら、そのやり方をちゃんと伝承して欲しかったね」


アレクサンドルはそう言って笑った。


そう、父親が、霧崎アラタが帰ってきたのなら、それは叶ったのかも知れない。

マイミはそう考えながら、記憶の片隅に薄れ掛けている父のことを想った。


その時。


(ちがう。そうじゃない)


マイミは、胸の奥に他の誰かの声を聴いた気がした。


列車の揺れが緩やかになる。スピードを落とし始めているのだ。目的地はもうすぐなのだろう。


「ねぇアレクサンドル。あたしを連れて来て、何をさせるつもりなの」

「言ったろ、マイミ。この先には僕たちが見出した、龍と戦うための秘密がある」


マイミは頷いた。アレクサンドルがそれを決して銃と呼ばないことが気になっていた。


「君に見て欲しい。おそらくは、運命の子である君に」

「あたしが、かつてクリーチャーを倒した霧崎アラタの娘だから?」

「そう。そして、龍を倒すための謎を解きたい」


アレクサンドルはその青い瞳をマイミに向けた。


「君は本当は知ってるんじゃないか?龍の正体を」


「えっ?」


その時、列車がガタンと大きく揺れて、やがて停まった。


地下二百メートル。すり鉢状に掘り進められた巨大な縦穴。ノリリスク・ニッケル本社が開発した、世界最大のニッケル鉱床の最深部だった。





つづく

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