怪奇!N村湯けむりの事件簿(8) ~追い詰められた国家危機調査官~
マイミたちは巨大な蜘蛛の襲撃を逃れ、佐倉宅へと逃げ込んだ。
だが手元の銃弾は使い果たし、対抗できる武器は無い。佐倉さんとその社員たちは台所の片隅でただぶるぶると震えている。
「くそ、他に武器は無いのか」
グレイが佐倉さんに問うた。
「無茶を言わないでください。その銃だって、脅し用で本当に使うつもりはなかった。私たちは頭脳労働者で、普段はマウスとレッドブル以上に重たい物は持たないんだから」
マイミはちょっとしたシンパシイを抱きながら、その言葉を受け止めた。仰る通りだ。だがグレイのような肉弾解決タイプには理解ができないらしい。
「くそ、この村は天下の多古組の資金源だってのに、この程度の武装しかないのか」
その時、台所の壁が外側からガリガりと引っ掻かれる音がした。
「……静かに」
グレイが警告する。
「蜘蛛が、こちらを伺ってる」
全員が息を止めた。
蜘蛛に聴覚はあったろうか?マイミはそんなことを考えていた。グレイがそれを察したのか、低い声で囁く。
「蜘蛛に耳は無い。だが脚に生えた毛で空気の振動を感じ取る。だから静かにしろ」
やがて壁を引っ掻く音が遠ざかっていく。
グレイがため息をついた。
「ああやってこちらを脅かして、逃げようと騒ぎ立てたところに襲い掛かるつもりだろう」
「気付かれずに逃げ切る方法は?」
「蜘蛛は優秀なハンターだ。動く物を察知する複眼と、あのスピードを振り切れるとは思えない。例え車に乗り込んだとしても、簡単に吹っ飛ばされる」
「つまり、この建物から出られないってことですか?私たち」
薄闇の中、グレイは首を回して辺りを見る。
「そういうことだな。……霧崎さん、こういうシチュエーションに興奮するんだっけ?」
「違います!」
「とにかく、俺たちはチェックメイトだ。助けを呼んでくれ」
「えっ?」
「国家危機調査官だろ。特別な権限を使って、自衛隊のレンジャー部隊か何か、この村へ投入させてくれ」
マイミは首を傾げた。
「あれ?あたしって、そういうことができるんでしたっけ」
「何……だと?」
グレイが目を剥いた。
「国家危機調査室は、内閣官房に設立された特別機関じゃないのか」
「でも、現政権って市ヶ谷の防衛関係者と仲が悪いんですよね。何でもかんでも政治主導って言って仕切りたがるから」
「それは……つまり……」
「ご存じのとおり、国家危機調査室は現政権が閣議決定で作った独自機関で、基本的に誰からも支持されてないんですよね。あたしには何の権限もないし」
「ほう……」
暗いせいではっきりとは分からなかったが、グレイの乳首が固くなったような気がした。
寒気を感じたに違いない。
「つまり……自分たちで何とかするしかないというわけか」
「そうですねー。一一〇番に通報すれば、麓から駐在さんが来てくれるかも知れませんが……」
既にグレイは聞いていなかった。台所を探って、武器になりそうな物を探している。
そちらの方はグレイに任せ、マイミは佐倉さんの方に近づいた。
「あの、佐倉さん。外部通信のための備えがあると思うんですが」
「村内のどこでも、携帯はバリ三ですよ。通信環境の整備には、私はこだわったんだ」
「そうじゃなくて、緊急通信のことです」
マイミは自分の意図を話す。佐倉さんは頷いた。
「背に腹は代えられませんね……」
マイミの意図を知った佐倉さんは、暗い顔をした。
だが本当は、マイミの方がその何倍も気が重いのだった。
つづく




