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婚約破棄されたデバフ令嬢は、無敵の厄災をじわじわ裁く ~一撃の火力はゼロですが、私の状態異常は罪深い方ほどよく効くようです~  作者: ランダムアクセス
第4章 裁きの終曲

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第32話 あなたと踊る曲は、もうございませんの

 月光が青白く照らす、王宮の薔薇庭園。


 噴水のほとりに佇んでいたアルヴィス王子は、私の足音を聞きつけるなり、安堵と歓喜が入り混じった笑みを浮かべて駆け寄ってきた。

 かつて夜会の壇上で私を見下し、冷酷に婚約破棄を言い渡した男の姿はそこにはない。

 全身を豪華な正装で着飾り、かつての傲慢さを取り戻そうと必死に繕った、哀れな道化の姿だった。


「来てくれたか、エルセリア!」


 アルヴィスは親しげに私の手を取ろうと伸ばしてきた。

 私はドレスの裾を翻し、三拍子のステップで優雅にその手を躱す。

 空を切った王子の手が、気まずそうに宙を泳いだ。


「夜分に呼び出しとは、いかなるご用件かしら、アルヴィス殿下」


「あ、ああ……。単刀直入に言おう」


 アルヴィスは咳払いをし、芝居がかった熱情を瞳に宿して私を見つめた。


「あの夜会のことは、余が間違っていた! すべてはリーゼロッテの甘言と偽りの聖光に惑わされていたのだ! あの女が余を騙し、お前を陥れたのだ!」


 あまりにも見苦しい、かつての愛人への責任転嫁。

 自分の浅ましさと無能さをすべて他人のせいにし、平然と言ってのける男の顔に、私は眉一つ動かさなかった。


「……それで?」


「お前の真の力は、この王都の民すべてが知ることとなった。八百年越しの厄災を鎮めた救国の英雄……これほど余の隣、王妃の座に相応しい女は他にいない! 安心するがいい、エルセリア。余が父上を説得し、正式にお前との婚約を復活させ、正妃として迎え入れてやる!」


 恩着せがましく胸を張り、まるで最高の栄誉を与えてやるかのように微笑む王子。

 かつて足蹴にして追放した女が、自分を拒むはずがないという、救いようのない特権階級の思い上がり。


 私は懐から銀の懐中時計を取り出し、パチンと蓋を開いた。


 チ、チ、チ。

 静かな夜の庭園に、冷徹な秒針の音だけが響く。


「……殿下。あの日、夜会の光の下で私が申し上げた言葉を、覚えていらっしゃいますか?」


「え……?」


「『拍はもう、刻まれ始めておりますのに』――そう申し上げましたわね」


 私は扇を胸の前でゆっくりと展開し、氷のように冷たい眼差しでアルヴィスを射抜いた。


「ノクティスに伝わる舞踏の礼法において、一度外されたパートナーと再び手を取ることは、決して許されません。……ましてや、己の浅ましい名声のために騎士たちを肉壁にし、厄災を暴走させた大罪人など」


「な……大罪人だと!? 余は王太子だぞ!」


「いいえ。貴方はただの、時代の遺物に過ぎませんわ」


 私は扇の先端を、青ざめる王子の胸元へと突きつけた。


「お断りいたしますわ、殿下。――あなたと踊る曲は、もうございませんの」


「エ、エルセリア……! 待て、考え直せ! 余を拒絶すれば、お前は王家の庇護を失うのだぞ! あの石板……《罪の台帳》とやらを神殿に差し出し、余と結ばれれば、すべてを丸く収めてやると言っているのだ!」


 必死に縋り付こうとするアルヴィス。

 自ら罪の隠滅と買収を口にした王子の姿に、私は扇の陰で冷ややかに微笑んだ。


(――ここまでは、すべて予定通りの一幕ですわ)


 私がこの身勝手な逢瀬に応じたのは、他でもない。王子の口から自発的な共謀の言質を引き出し、その退路を完全に断つため。


「……殿下。ご自身の罪も、あの台帳に刻まれておりますのをご存知かしら?」


「ひっ……!?」


「卒業試験におけるリーゼロッテ様との結託、記録の改竄、そして先日の独断による近衛騎士たちの重傷と死線への放置。……神殿の偽装も王家の権力も届かぬあの黒曜石に、消せぬ因果として永遠に刻まれておりますわ」


「う、嘘だ……! あ、あれを公にされたら……余は……王太子でいられなくなる……!」


 自らの地位と名声が根底から瓦解する絶対の恐怖に、アルヴィスは膝をガタガタと震わせた。


「載っております、アルヴィス殿下」


 闇の中から、凛とした澄んだ声が響いた。

 薔薇の茂みの陰から歩み出てきたのは、頭に包帯を巻き、聖杖を握りしめたミリアだった。

 その後ろには、腕組みをしたガルドが鋭い眼光で控えている。


「ミ、ミリア……!? 聖女見習いのお前が、なぜここに……!?」


「騎士団を肉壁にして逃げ隠れしたような腰抜けに、守られたい奴なんざこの国に一人もいねえよ」


 ガルドが吐き捨てるように告げると、ミリアは震える手で懐から一通の分厚い羊皮紙を取り出し、アルヴィスの目の前へと突き出した。

 そこには、シュタール家と神殿の内部印が押された、紛れもない「告発文」が綴られていた。


「リーゼロッテ様と神殿がこれまで行ってきた、すべての不正と改竄の手口……そして、殿下がそれにどう関与されてきたのか。――そのすべてを、神殿の記録係であった私が、ここに告発いたします」


 月光の下、王太子の顔から完全に血の気が引いていった。


読んでくださりありがとうございます!


全50話のうち、いよいよ第30話突破!完結まで残り20話です。最後まで毎日12時/18時に駆け抜けます



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