第28話 48秒の再構築
「盾を合わせろぉぉぉっ! 一歩も引くな!」
第一近衛騎士団長が血飛沫を浴びながら絶叫し、数十枚の大盾が連なってヴォルグレイドの巨腕を受け止めた。
ズズズズズ……ッ!
一撃ごとに最前列の騎士が盾ごと吹き飛ばされ、血反吐をぶち撒けながら石畳を転がる。だが即座に後続の兵がその穴へと雪崩れ込み、自らの身体で壁を築く。
噴き上がる黒紫の瘴気に喉を焼かれ、激しく咳き込みながらも、辺境防毒部隊の兵士たちが血の滲む手で中和剤の薬筒を次々と投げ込み、崩れかけた前線を命がけで繋ぎ止めていた。
――残り、四十二秒。
私は瞳を閉じ、外界の喧騒を完全に遮断した。
真っ白に焼き切れた思考の暗闇の中に、無数の紫黒の数式を急速に展開していく。
脳が沸騰するように熱を帯び、血管が激しく脈打つ。
アルヴィス王子が注ぎ込んだ雷撃魔力――およそ二百四十万エール。
それにより活性化した《ヴォルグレイド》の自己修復量は、毎秒四千八百から「毎秒五千六百」へと跳ね上がっている。
さらに外殻に雷の帯電特性が付与され、第三層《神経弛緩》と第七層《関節硬化》の干渉率が三十パーセント低下。
そして――何より、これまで前線を完璧に支えてくれていたガルドとミリアが重傷を負い、前衛の回避ラインが喪失している。
(……ならば、すべてを組み替えます)
――残り、二十八秒。
ガルドの物理誘導に依存していた三拍子のステップを破棄。
近衛兵たちの集団防御陣形を計算に組み入れ、敵意の分散レートを六分割で再配分。
帯電した外殻を逆利用し、雷属性の伝導率を弱体術式の媒介として組み込む新たな「十六重の変奏曲」。
チ、チ、チ。
懐中時計の秒針の音が、私の脳内で恐るべき速度で数式を整列させていく。
◇
その間、城壁の上では、かつてない激しい怒号が吹き荒れていた。
「引っ込んでいろ、アルヴィス殿下!」
「貴様のせいで、どれほどの騎士が血を流していると思っているのだ!」
避難民たちだけでなく、かつて王子に傅いていた貴族たちや宮廷魔導士たちまでもが、腰を抜かして震えるアルヴィスを汚物を見るような目で睨みつけていた。
「な、何だその目は……!? 余は王太子だぞ! 国を救おうとした余を愚弄する気かぁっ!」
喚き散らすアルヴィスを、第一騎士団の副団長が冷ややかに見下ろした。
「国を救おうとした、ですと? ……あの方々が命を削って積み上げてきた勝利を、己の浅ましい名声のために踏みにじっただけの男が。――これ以上広場を乱すならば、王太子といえど剣の柄で昏倒させますぞ」
「ひ、ヒィッ……!?」
誰一人として自分を庇う者がいない。
かつて栄光の光の中にいた王子は、いまや王都全土の民から「災厄を呼び戻した大罪人」として完全に軽蔑されていた。
◇
――残り、三秒。二秒。一秒。
「……構築完了ですわ」
四十八秒ジャスト。
私は目を見開き、手にした黒い扇を天へと掲げた。
「――十六重の変奏曲」
キィィィィィン……ッ!
扇から放たれた紫紺の光条が、帯電するヴォルグレイドの全身を網の目のように縫い上げた。
雷撃のエネルギーがそのまま弱体の伝導路へと反転し、跳ね上がっていた再生量が再びゼロへと締め落とされる。
ドズゥゥゥンッ!
暴走していた巨獣の巨躯が、新たな調律の檻に捕らえられ、再びその場に膝をついた。
近衛兵たちの間に、地響きのような安堵の吐息が漏れる。
「止まった……! 暴走が止まったぞ!」
「お嬢様が……たった数十秒で、狂った怪物を再び縛り上げた……!」
騎士たちが歓声を上げる中、瓦礫の中で脱臼した肩を押さえるガルドが、唇から血を滲ませながら不敵に笑った。その隣で、折れかけた聖杖に縋るミリアもまた、意識が朦朧とする中で安堵の涙を零していた。
だが――。
パチン。
懐中時計を閉じた私の視界の端に、冷酷な警告値が点滅していた。
――雷撃魔力の強引な調律・再構築コスト:毎秒魔力消費、従来の三・八倍。
――体内魔力収支:大幅な赤字転落。
――魔力枯渇限界時間:あと――五時間四十分。
(……残り二十四時間の持久戦など、到底持ちませんわね)
私は乱れた息を悟られぬよう扇で隠し、冷徹に眼前の巨獣を見据えた。
七十二時間の持久戦は、いま――強制的な短期決戦の崖っぷちへと追い込まれていた。
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