第22話 討伐予定時間、七十二時間二十分
王都中央広場、陥没孔の縁。
私の瞳に展開された《生命視》の術式が、漆黒の巨獣の全身を網の目のようにスキャンしていく。
視界の奥に、怪物の体内構造が設計図のように透けて浮かび上がった。
全身を巡るドロドロとした「紫黒の魔力血脈」。外殻表面に無数に開いた「魔力吸収スリット」。そして――胸郭の最深部で、地脈の罪を吸い上げて毎秒四千八百もの超再生魔力を汲み上げ続けている、禍々しい「再生の蛇口(噴出孔)」。
その構造のすべてが、冷酷な数値となって視界の端に羅列される。
――対象:《ヴォルグレイド》。
――自己修復量:毎秒四千八百。
――物理防御力:百パーセント遮断(実質無効)。
――属性魔法:全吸収(熱・氷・雷を生命力へ変換)。
――聖光適性:完全同化(自己増殖の触媒)。
「……これは、酷い数値ですわね」
思わず、私の唇から冷ややかな笑みが零れた。
山一つを吹き飛ばす極大魔法をどれほど撃ち込もうと、すべて貪り喰われて肥大化するだけ。
傷を負わせたところで、毎秒四千八百という狂った速度で瞬時に細胞が再生する。
物理も通らず、魔法も通らず、聖光すら糧にする――火力の時代の人々が「絶対に倒せるはずがない」と絶望するのも無理はない。
天幕から這い出してきたアルヴィス王子や貴族たち、城壁の上から見守る近衛騎士団の生き残りたちが、青ざめた顔で遠巻きに私を取り囲んでいた。
「おい、何を突っ立っているのだエルセリア!」
車椅子のアルヴィスが、焦燥と苛立ちに満ちた声で叫ぶ。
「我が近衛の仇だ! 早くその扇で特大の一撃を叩き込み、一瞬で消し飛ばしてみせろ!」
王都の人間たちの頭には、いまだ「瞬間火力による即殺」の幻想しか存在していなかった。
数秒で敵を消し炭にし、派手な光で手柄を競い合う――そんな薄っぺらな戦術しか知らない者たち。
私は懐から銀の懐中時計を取り出し、パチンと蓋を開いた。
チ、チ、チ。
規則正しい秒針の音が、静まり返った広場に響き渡る。
「毎秒四千八百の再生をゼロへ締め落とし、こちらの魔力家計簿と損耗率を完全に調律した上で――」
私は一同を冷徹に見据え、静かに宣告した。
「討伐予定時間は、七十二時間と二十分。……持久戦と参りましょう」
「……は?」
広場全体が、凍りついたように静まり返った。
「な……なな、七十二時間と二十分……!? さん、三日三晩だと……!?」
第一騎士団長が目を剥いて絶叫した。
「馬鹿な! 戦闘とは数分、長くとも数十分で決着をつけるものだ! 三日三晩もあの巨獣の猛攻の前で集中力と体力が持つはずがない!」
「そ、そんな馬鹿げた魔術理論があるものか……!」
宮廷魔導士たちが蒼白になって震え上がる。
「毎秒四千八百の再生を相殺し続けるなど、術者の脳と魔力回路が先に焼き切れるぞ!」
「そうですわ!」
リーゼロッテも金切り声を上げた。
「三日もあの怪物を野放しにしたら、王都が完全に消滅してしまいますわ! やはりこの女は無能です! 私たちを騙して指揮権を奪ったのですわ!」
「ギャハハハッ! 七十二時間だと!? 正気の沙汰じゃねえ!」
「あの女、戦術のイロハすら知らんのか!」
取り巻きの貴族たちからも、理解不能ゆえの嘲笑と罵声が噴き上がった。
絶望のあまり、王都の常識に縋り付いて喚き散らす愚か者たち。
「五月蝿いですよ、お前ら」
背後から、ガルドがドスンと大盾の石突きを地面に打ち鳴らした。
地響きのような衝撃に、嘲笑していた貴族たちが一瞬で口を噤む。
「お嬢さんの計算に狂いはねえよ。……四十八時間以上、魔獣の猛攻をノーダメージで受け流し続けた実績が、この辺境軍にはあるんだ。三日三晩踊り続ける覚悟もねえ腰抜け共が、ガタガタ抜かすんじゃねえ」
「ガルド殿の申す通りです」
ミリアが聖杖を掲げ、凛とした声で天幕の者たちを射抜いた。
「怪物の肉体を癒やすような直接治癒ではなく、前衛の精神を瘴気から守る『防護結界』と、避難民の心を鎮める祈りとして聖光を捧げます! ……瞬間的な奇跡に縋り、現実の損耗から目を背けてきたからこそ、王都はここまで追い詰められたのです。私たちは、一秒一秒の命の拍子を積み重ねて戦います!」
辺境で死線を潜り抜けてきた仲間たちの言葉に、王都の騎士たちは圧倒され、言葉を失った。
私は彼らを完全に視界から排除し、正面の陥没孔へと黒い扇を向けた。
グルルルルル……ッ!
地底から湧き上がる瘴気と、ヴォルグレイドの禍々しい咆哮。
私は銀の懐中時計を胸元で握りしめ、冷徹に唇を微かに吊り上げた。
「では、始めましょうか。――長い長い、一曲を」
チ、チ、チ。
王国の命運を懸けた、終わらない調律の拍が、いま静かに刻まれ始めた。
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