第13話 罪量刻印
廃鉱山の奥深く――冷たい岩肌に囲まれた広場に、血と錆の匂いが立ち込めていた。
鉄格子の檻の中には、怯えて震える数十人の子供たち。
それを取り囲むように、三十名を超える武装した凶悪犯集団『黒蜘蛛会』の構成員たちが、ギラつく刃を構えていた。
「ヒハハッ! 辺境伯の犬どもが嗅ぎつけてきやがったか!」
中央に立つ巨漢の頭目――賞金首『血塗れのダグラス』が、巨大な戦斧を肩に担ぎ、凶悪な笑みを浮かべた。
全身に刻まれた刺青と、幾重もの防御魔導具。
「小娘二人に、包帯巻いた三流騎士が一匹か! まとめてミンチにして、ガキどもと一緒に王都へ出荷してやるよ!」
「子供たちを檻に閉じ込めるなんて……! 人の心はないのですか!」
ミリアが聖杖を構えて叫ぶが、賊たちは下品な哄笑を返すだけだった。
「ガルド様、ミリア様。子供たちの保護を優先してくださいませ」
私は静かに歩み出た。
「おい、お嬢さん! 相手は人間だぞ! 魔物と違って知恵も道具もある!」
「ええ。人間だからこそ――私の術が、最も深く刺さるのですわ」
――《罪量刻印》。
私の紫の双眸に、ダグラスとその部下たちの「本質」が映し出された。
視える。
男たちの胸の奥、幾千もの略奪、誘拐、拷問、殺戮――積み重ねてきた夥しい悪意が、どす黒い汚泥となって幾重にも沈み込んでいるのが。
特に頭目ダグラスの胸には、底の見えない深淵のような罪の濁流が渦巻いていた。
ノクティス直系の秘術。
人の罪深さを魔術的負債として自動計測する天秤。
ただし、この術は決して万能ではない。対象を正確に視認し、その魂の波長と天秤を同期させる極度の集中を要するため、姿の見えない暗殺者や、自らの悪行を純粋な正義と信じ込む真性の狂人には演算がブレるという制約がある。
だが――私利私欲のために弱者を食い物にしてきた凡俗相手ならば、天秤の針に一ミリの狂いも生じない。
幼い頃から、私はこの眼のせいで社交界に馴染めなかった。
華やかなドレスを着て微笑む貴族たちの胸に、ドロドロとした嘘や裏切りの汚泥が視えてしまう。
視えるのに、裁くことは許されない。
誰も信じられず、本心を明かすこともできず、ただ人形のように微笑んでやり過ごすしかなかった孤独な日々。
だが――ここは王都ではない。
そして、この男たちは取り繕うことすらしない本物の悪党。
「死ねやぁぁっ!」
ダグラスが戦斧を振り上げ、地面を蹴って突進してきた。
防御障壁を何重にも展開した、鉄壁の突撃。
「ダグラスの旦那の障壁は、特級魔導士の爆炎すら弾くんだよ!」
「細切れになりな!」
取り巻きたちが勝ち誇った声を上げる。
私は扇を胸の前で静かに広げ、ただ一言、息を吹きかけた。
「――《呪蝕》」
放たれたのは、わずか一筋の紫煙。
魔力の圧など、風のそよぎほどもない微弱な術式。
だが――それがダグラスの鉄壁の防御障壁に触れた瞬間。
ズッシャァァァァンッ!
障壁が硝子のように粉々に砕け散り、紫煙がダグラスの胸郭へ一瞬で突き刺さった。
「ガハッ……!? ぐ、あ……あぁぁぁぁぁっ!?」
絶叫とともに、巨漢の身体が弓なりに反り返った。
肌の下を黒い血管が蔦のように走り、七孔から血を噴き出してその場へ転がり落ちる。
「だ、旦那ァ!?」「な、何が起きたんだ!?」
パニックに陥る部下たち。
ダグラスは激痛に顔を歪めながらも、血走った目で這いずり、近くの檻へ腕を伸ばした。
「ぐ、くそっ……! ガキを……ガキを盾にし――」
「往生際が悪いですわね」
私が扇を軽く一振りすると、紫黒の光条が床を走り、ダグラスの両手首と足首を地面へガチリと縫い止めた。
――《呪縛》。
「ぎゃあああっ! う、動けねえ……!」
「て、手前ら逃げろぉっ!」
取り巻きの賊たちが一斉に背を向けたが、そこに立ち塞がったのはガルドの大盾だった。
「どこへ行く気だ、クズどもが!」
ドガァンッ!
大盾の一撃で逃走経路を塞がれ、賊たちは一瞬で制圧され、床に組み伏せられた。
その間に、ミリアが素早く檻へ駆け寄っていた。
聖杖の光で錆びた鉄扉の鍵を破壊し、震える子供たちを抱きしめる。
「もう大丈夫ですよ……! 怪我をした子はいませんか?」
ミリアの手から溢れ出た温かな聖光が、衰弱していた子供たちの肌を優しく包み込み、傷を癒やしていく。
子供たちが泣きながらミリアの修道服にすがった。
人を害さず、ただ守るための光。ミリアの信念が、現場で確かに結実していた。
「……積み重ねてこられたのでしょう?」
私は床に縫い止められ、泡を吹いて悶えるダグラスを見下ろし、冷徹に告げた。
「ノクティスの術式は、相手が犯した罪の重さに比例して、威力が十倍、百倍へと増幅され、あらゆる耐性と障壁を貫通いたしますの。……清廉潔白な善人には蚊に刺された程度も効きませんが、あなたのような方には――猛毒の刃となって魂を切り刻みますわ」
「ヒッ……! あ、悪魔……! 許して、くれ……!」
かつての凶暴さは消え去り、ダグラスは涙と鼻水を垂らしながら床に頭を擦り付けた。
「……」
子供たちを抱きしめたまま、ミリアは息を呑んで私の横顔を見つめていた。
ただの冷酷な処刑人ではない。
人の罪を全て見通し、その重さを一人で背負いながら、淡々と因果応報を下す「裁定者」としての孤独な横顔。
「エルセリア様……あなたは、ずっとこの眼で世界を……」
ミリアの呟きを遮るように、私はダグラスの首筋に扇の先端を突きつけた。
「さて、ダグラス様。お喋りの時間ですわ」
「な、なんでも喋る! 毒を……この痛みを止めてくれぇっ!」
「この子供たちを、王都のどなたに引き渡す手筈でしたの?」
ダグラスは激痛に痙攣しながら、恐怖に顔を歪めて白状した。
「し、知らねえ! 直接会ったことはねえんだ! だが……仲介役の使者は、確かにこう言ってた……! 『王都の大聖堂と宮廷魔導士団にパイプを持つ、宰相府の大物貴族の仕入れだ』って……!」
ミリアが息を呑んだ。
王都の権力の中枢が、辺境の闇と直結していたのだ。
私は静かに扇を引き、懐中時計の蓋をパチンと閉じた。
「……やはり、そうですのね」
冷たい微笑みが、私の唇に浮かんでいた。
「拍は……王都でも、狂い始めているようですわ」
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