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熊の刺身  作者: 御園知る
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「料理店」

「料理店」

折田順平は迷っていた。

休日に家族を置いてキャンプ。

次の日の昼には帰れるはずだった。

だがいくら歩けど山の中。

折田は内心焦っていた。

辺りはどんどん暗くなっていく。

娘が待ち受けの携帯に映し出されるのは圏外の文字。

周りは真っ暗。

だんだん足は地面に吸い付けられるように重くなっていく

さっきまでは軽々越えていた木の根にも何度もつまづいていく

「帰ったら怒られるな」

そんな言葉を何とか口にするが折田はもはや限界に近かった。

いつの間にか周りは何の音もしなくなった。

そんな時ふと風が吹いた。

肉の匂いがした。

折田は顔を上げた。

確かに肉の匂いだった。

焼けた脂の匂い。

それだけが妙に暖かかった。

折田はふらつきながら匂いのする方へ歩き出した。

枝が顔に当たる。

足元も見えない。

それでも匂いは少しずつ濃くなっていく。

その時だった。


トン


遠くで音がした。


トン


何かを切る音。

折田は足を止めた。

また音が鳴る。


トン


暗闇の奥。

木々の隙間に赤い光が見えた。

折田は息を吐いた。

人がいる。

それだけで涙が出そうだった。

折田は歯を食いしばり走り出す。

そこには窓から暖かい光の溢れる木造建築があった。

折田はため息をついてそのまま倒れた。

意識が朦朧としていく。

そんな中見えたのは

「大丈夫ですよ」

と言って毛布を掛けてくる

あまりにもやせ細った男の姿だった。


どれだけたっただろうか。

甘ったるい匂いがする。

折田はふと目を開けた。

見慣れない天井。

暖かい。

暖炉の火が真っ赤に煌々と燃えていた。

「起きましたか」

声がした。

あの男だった。

やせ細った体。

なぜその体で生きていけるのか。

だが声だけは妙に優しかった。

「よかった。熱も下がっています」

男は湯気の立つ椀を机に置いた。

肉の匂いがした。

「少し食べた方がいいですよ」

折田の腹が鳴った。

自分でも驚くほど大きな音だった。

男は少しだけ笑った。

「山では腹が減るんです」

折田は震える手で椀を持った。

脂が表面をゆらゆら揺れる。

折田がっついて食べ始めた。

久しぶりの食事。

肉は柔らかかった。

娘が頭によぎった。

「そうだ娘が待ってるんです。」

早く帰らなければだ。

「貴方は先ほどまで倒れていたんだ、もっとゆっくりしていなさい。」

確かにそうだ

「助かります」


夜だった。


折田はふと目を覚ました。

暖炉の火は小さくなっていた。

静かだった。

いや。

何も聞こえない

折田は喉の渇きを覚え立ち上がる。

体は昼より軽かった。

あの肉を食べてからだろうか。

暑い。とにかく暑い。

折田は机に置かれていた水を飲み干した。

その時だった。


トン


音がした。

折田は顔を上げる。

またあの音だった。


トン


店の奥。

暗い廊下の先から聞こえる。

折田は無意識に歩き出していた。

肉の匂いだった。


廊下の奥。

少しだけ扉が開いていた。

光が漏れている。

折田はそっと覗きこんだ。

裏の小屋だった。

男がいた。

背を向けたまま、

何かを切っている。


トン


トン


床には肉が並んでいた。

その隅。

泥のついた腕時計が転がっていた。

ぴかぴかと光っている。

折田はそれを見ていた。

秒針だけが動いていた。

気づくと男はこちらを向いていた

「どうしました」

優しい声だった。

折田は口を開く。

だが何を言おうとしたのか思い出せなかった。

娘の話か?

娘の顔が浮かぶ

娘の顔?

どんな顔だったか。

その時、

腹が鳴った。

肉の匂いが

強くなる。

肉が食いたい。

男は少し笑った。

「まだありますよ」

折田は小さく頷いた。

男が肉の乗った皿を置く。

その肉は赤かった。

「熊の刺身です」


なにかがぷつんと切れた。







「熊の刺身」完

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