『週に一日僕は――ない、でもそれが何曜かは誰にも言わない。先週は木曜だったろ?』 5
そこに座る人間達も、多種多様を体現してる。不気味なほどに色素が薄い白髪の少女や、ハニーゴールドの髪を櫛でといている白人女性。襟足のインナーカラーに淀んだ緑を入れているシャツ姿の青年に、本を胸に抱いているおさげの少女。爛々と双眸を輝かせている血走った目の少年と、地雷系ファッションに身を包んだブリーチ髪の子もいた。ブリーチ髪の子だけはアオイに向かって微笑んでいて、他のメンバーは視線を向ける程度だ。気になるのは部屋の一角がゲームの光源バクのように闇に包まれていることだが、あれも何かの能力なのだろう。
「新入りってその子かい! また随分と個性的だね!」
語尾にエクスクラメーションマークが付くように声の張った、血走った目の少年が駆け寄ってくる。Nevadaとプリントされたビッグロゴのティーシャツを来ていて、背は低い。目一杯に視界を広げたいのだと主張するように目が見開かれていて、その為なのか白目の周囲が充血していた。
「待てよエース。最初に話す相手にしては、お前は適してないだろ。それに約束もまだだ」
シザキの言葉に、少年はあからさまに顔を顰めた。自分の感情を相手に投げつけるようなあからさまさだった。しかす直ぐに数秒前の表情に戻る。
「挨拶くらいって思うけどさ、確かにそうだね。約束は大切だ! あれがないと、仲間になれないくらいにさ!」
やはりシザキがリーダー的な立ち位置なのか、エースと呼ばれた少年は彼の言葉に従う。それからシザキは地下室をぐるりと見渡して、「全員は来ていないんだが」と零す。
「そこのフランス混じりはコンスタンス。ゲームやってる奴がノバで、白いチビがムク。あっちの文学少女気取りの根暗眼鏡がユリナで、お前に色目使ってる男がテンだ。っで、このお調子者がエース。能力は紹介した順から《ゴースト・イン・ザ・シェル》、《レディ・プレイヤー・ワン》、《月と六ペンス》、《ライアー・ライアー》、《ティファニーで」
「あのさ。その映画だか小説だかのタイトルを、勝手に人の能力の名前みたいに言うの止めてくれる? 皆がアンタみたいに中二病じゃないから」
シザキの軽い紹介を、丸眼鏡をかけた黒いセーラー服姿の少女が止めた。人を射殺しそうなほどの眼力を隠すようにかけらた丸眼鏡の下では、濃い隈のある黒い瞳がシザキを睨んでいる。弱った獲物をなぶり殺しにする猫のような目だ。
「えぇ、僕は気に入ってるけどな。《チャイルド・プレイ》ってね!」
シザキの能力命名は賛否両論であるようで、エースという少年は気に入っているようだ。しかし映画の通りなら、随分と物騒な能力名だ。名称と能力自体がどれほど寄せてあるのかは分からなかったが、月と六ペンスだなんて名前が付いている能力のことは気になった。
アオイは本棚と背もたれが一体となっている灰色の質素なソファの前にまで案内され、そこで棚に寄りかかって待っていた、ローツインテールの少女を見た。また睨んでいるように見えるが、そのような目つきは彼女にとってはただ人を見ているだけの事なのだろう。彼女にはそういった、無意識に人を拒絶するような雰囲気がある。けれどよく知っている良い匂いがした。見た目に似合わず、とても人気のある香水を付けている。
「心苦しくはあるが、俺たちの力は強すぎる。アオイ、お前には能力を使って仲間を傷付けないという契りを結んで貰いたい。特に、アオイの力はまだ分からないしな。暴発して同胞が死ぬと困る」
シザキの言葉を受けて、ローツインテールの少女が前に出る。気付けば彼女が胸に抱きしめていた本はなくなっていた。本棚を見れば、天井部分にそれが置かれている。表紙にはタイトルのように手書きでpromiseと書かれていて、それは小説などではないようだった。日記のようなものに見える。どれにしても、装丁の確りとしたノートだ。
三つ編みの少女は伏し目がちに、眼鏡の隙間から睨むような視線でアオイを見つめる。微かに鳥肌が立つほどの眼力には後ずさりしたくなるが、それではあまりに不格好だ。茶色ばかり日本人には珍しい、黒一色の双眸を見つめ返す。そうすれば、彼女は小さく口を開いた。
「私の力は、約束。対象者や私が約束って認識した言動を、実行可能なことなら絶対に履行させる事が出来る。アナタは今から私に触れて、幾つかの事を誓って」
「君たちに危害を加えるつもりなんてないけど、それが必要なら」
どう強制されるのか気にはなったが、シザキのように容易く人を殺せる能力者もいることを考えれば妥当な措置だろう。むしろ彼女が所属する前は、能力者同士が互いを信じ切れずに恐々としていたのではないかと思う。少なくとも、セーフティの外れた銃を持った人間が、隣にいることに慣れなくてはいけなかっただろう。
「どうした、ユリナ」
多少の驚嘆の感情が籠もったシザキの声に、アオイはユリナと呼ばれた文学少女を見つめ直す。彼女は丸眼鏡の奥で、そのインクのように黒い双眸を揺らしていた。
「アナタ……全部の言葉が約束なのね」
そしてシザキの問いかけには答えずに、アオイの頬に手を添えた。それは瞳を監察されているような視線で、頬に添えられた手からは熱ではなく別のものを感じ取っているようだった。
「良いことだけど、可哀想……こんな世界じゃ、生きにくいでしょ」
だから殺してあげる。なんて言葉が続きそうな目付きで睨まれているので、崖の端から遙か遠くの地面を見下ろしているときのように落ち着かない。
「ハーフダークにいる能力者には、危害を加える目的で能力を行使しない……頷いて」
言われるままに、微かに首を縦に振る。それだけでユリナの能力は発動条件を満たしたのか、彼女は本棚の天井に置いた黒い装丁の本を手に取ると、階段の方へと歩いて行ってしまう。しかし扉に手をかけると同時に言い忘れたことを思い出したのか、身体の軸をずらすように振り返る。
「アナタ、私の前ではあまり喋らない方がいい。自覚に限らず、約束は守られないといけない」
「冗談は得意だけれど」
ユリナは視線は逸らしてから、身体の向きを扉へと戻す。
「それでも。嘘になってくれない言葉もある」
そうとだけ言い捨てて、ユリナは先ほどアオイたちが降りてきた階段を上って行った。それが彼女の平常運転なのか誰も止めようとはせず、シザキだけが肩をすくめながらに、勿体ないとでも言うみたいに溜め息を吐く。
「もう少し話せばよかったな。ユリナが此処に来るのは、新しい同胞を迎えるときくらいだ。メンバーの中でもなかなかにレアなキャラなんだぜ?」
「喋るなって言われたんだが」
「シャイなのさ。それに、女の言葉を額面通りに受け取るな」
それはその通りだったが、彼女の言葉は純粋な警告のように聞こえた。この感覚はきっと間違いではないだろう。
「シャネルは相変わらず。ねぇサンローラン。それで、その子の力は?」
何の間違いも詰まりもない日本語なのに、何故か異国情緒を感じさせる声が尋ねた。それがシザキに対する質問であると気付くのには時間が掛かった。
「分からない、オレにはな。だがお前になら分かるんじゃないか、コンスタンス」
コンスタンス。それがハニーゴールドの髪を持った女の子の名前であるようだった。高い鼻と透き通った肌。外見は明らかに白人だが、シザキの紹介からしても日本人の血が入っているのだろう。ハーフかクォーターかは、彼女の金色の睫毛に彩られた瞼は閉じられているから判別が付かなかった。
「良い香りね」
コンスタンスは肺を満たすように鼻から息を吸う。まるでこの空間に漂う匂いを食しているように、吸い込んだ息を味わうように舌に乗せ、ゆっくりと口から吐き出した。彼女の細く形のいいリップから零れる吐息には淡い色が付いているように思えて、吸い込んだときよりも香り付いているような気がした。
「トップノートはセージとラベンダーに包まれたシトラス、ミドルノートはスエードとゼラニウム。ラストノートはナツメグと、強めのレザーね……セミオリエンタルで官能的。アナタの熱で浮き立って、陶酔的でセクシーね、エンディミオン・コンサントレ」
探偵が推理を披露するようにアロマを並べていき、コンスタンスはアオイが付けている香水を言い当てた。
「よく分かったね」
「ワタシね、光が見えないの。だからアナタたちより香りに敏感なのよ。アナタが寝香水に、ジュニパースリングを付けていることが分かるくらい。ペンハリガンだなんて、良い趣味ね」
よく付ける香水とはいえ、シャワーを浴びて殆ど消えているだろうに。そして光が見えないという言葉は、目を開けてない事も含めて彼女が視覚障害者であるという意味なのだろう。
コンスタンスの座るソファの横には間接照明が付いたショーケースがあって、そこにはハイ・ブランドの香水がハーバリウムのように並べられている。
「アナタはもう、自分の匂いを持っているのね。残念だけど、趣味が合いそう。ポートレートはお好き?」
「コンスタンスは仲間に似合った香水を渡す。匂いでそいつを識別できるようにな。お前のを選べなくて残念がってるようだ」
シザキが補足のように説明をくれた。彼が使っていたイヴ・サンローランの香水は、コンスタンスから貰ったものなのだろう。そしてシザキをサンローランと呼んでいたのは、付けている香水の名前で相手を呼ぶから。ユリナはシャネルなのだろう。
だから彼女は、アオイの事をエンディミオンを呼ぶ。
「ねえ、エンディミオン。答えて?」
考え事で返答が遅れると、予想を裏付けるような言葉でコンスタンスが催促した。趣味が合うのは喜ばしいと、言葉を見繕う。
「君は先進的な女性?」
「あら、ならアナタはネルソン公爵ね」
「褒め言葉としてかな」
「勿論よ。ワタシがローズになりたいくらい」
意図をくみ取り合った会話で、互いに笑顔になる。目を瞑ったままなのに、コンスタンスは微笑みは柔和で魅力的だった。
「なんの話しだい?」
「さあな。香水のことは分からん」
香水に詳しくないエースやシザキは首を傾げていた。
シザキの口ぶりからするとコンスタンスには相手の能力が分かるようで、アオイは彼女の側まで行くことを促される。組まれた脚は長く、座っているのにとても背が高いことが分かる。恐らく身長はアオイよりも少しだけ低いくらいで、ルブタンのレッドソールを履いているので立ち上がれば見下ろされてしまうだろう。
「言っておくが、コンスタンスの力、《ゴースト・イン・ザ・シェル》は精神を操る。支配すると言ってもいい。俺たちでも、触れられればコンスタンスの理を強制される。だがコイツならアオイの能力を解明はできなくとも核心には迫れる。俺たちの力は精神に強く紐付いているからだ。触れるかどうかは、自分で選べ」
信用できないなら、触れなくてもいい。シザキは暗にそう言っているが、彼らと関わっていくためにもここで断るのは得策ではない。選択肢はないに等しかった。
「いいかしら?」
コンスタンスは組んでいた脚を解き、白く長い右手をそっと伸ばしてアオイの腕を探し当てると、その長い指を絡めてシルクスカーフの質感を確かめるように触れた。その動作だけで、コンスタンスの周囲には花弁が舞うように香りが華やぐ。強い匂いなのに嫌味がないのは、彼女の持つ熱のせいだろうか。
「操らないでくれると助かる」
「人を操作するのって、とても大変なのよ。植え付けるだけだと反抗されちゃうから。リセットするみたいに、完全に無感情にしてからでないと上手くいかないの」
それに約束もあるからと付け加える。しかしあの約束が、悪意のない感情操作にまで作用してくれるのかは懐疑的にならざる得ない。それにコンスタンスに触れていても、何かをされている感覚はなかった。それが余計に恐ろしく感じられる。
けれど彼女は、「あぁ……」と吐露するような溜め息を吐いて、瞑ったままの瞳から涙を流した。
「とても、キレイね……初めてよ、美しい絶望は。それはアナタを形作って、心だって埋まってしまっている。この光は、まるで白い……」
「止めろよ」
手は、言葉と共に振り払われる。
「覗き見るな……この記憶も感情も、オレだけのものだ」
照明が点滅する。まるで断続的に、全ての光が失われているように。電気が消えるのではなく、光が消えてしまったような点滅だった。
「それが、お前の力か」
感情の高ぶりによって表れた、力の一端。シザキの呟きでそれに気付き、感じ取ろうとするが、意識化に置いた途端に点滅はなくなり、電気は元のように部屋を照らした。
「焦ることはない。俺たちは何に追われることもなく、約束以外の何にも縛られることはない」
シザキが濁った空気を気にしてフォローをくれるが、触れるのを選んだのは自分だと、アオイはコンスタンスの手に再び触れ、謝罪を口にする。
「悪かったよ……」
「いいのよ。心を覗かれても構わない人なんて、世界のどこにもいないもの」
それは諦めきったような言い方だった。心を操れる力を手にして、彼女がどう思われてきたのかは容易に想像できる。その光を移さない瞳で何を見てきたのかも。考えるまでもなく、人の内面なんて見ても気分の良いものではない。
「でも、ありがとう。とても、素敵なものを見せてくれて」
コンスタンスはライムグリーンのツーピースの膝上までしかない短いスカートを揺らして、太股とふくらはぎに太さの違いが殆どない細い脚を組み直す。正面からでは下着が一時だけ見えて、それが淡い緑色であることを教えてくれた。
「アナタの世界の見方、好きよ。良かったら、今度デートをしましょう。ワタシの盲導犬にしてあげるわ」
「また犬かよ……」
アオイは自分には飼い主願望なんかを刺激するフォロモンでも出ているのだろうかと、本気で考えてしまう。
ライトが消え、BARのように間接照明だけになる。シャッターを上がるように扉から見て正面の壁から巨大なスクリーンが表れて、シザキが指を鳴らした。そして「新しい同胞とは、時間を共有して親睦を深めなくてはならない」と大仰に言う。彼の手にはリモコンが握られていた。
「ポップコーンの準備はいいか? ソファの向きを整えろ。映画の時間だ」
誰からも異論はない。これがハーフダークの地下、そこに集まる超能力者たちにとっての日常であるようだった。
「アオイのものは後日買いに行くとして、今日は俺の隣を貸してやろう」
「君と同席かよ」
「そう邪険にするな。だがコンスタンスの隣でもいい。お前なら拒まないだろう」
「……止めておく」
また心を覗かれたくはないのと、目が見えない彼女の隣で映画鑑賞なんてしたくはない。慣れていないせいかも知れないが、得体の知れない罪悪感できっと楽しめないだろう。
「シザキ。今日はなに?」
サブカル系ファッションのブリーチ髪の少女が、小首を傾げながらに問うた。
「キル・ビルだ。最後まで一気見しようじゃないか」
「タランティーノ映画って気分じゃないんだけどな……」
超自然的すぎる経験の疲れが取れていないアオイは寝足りなかったが、布袋寅泰のギターと血が噴き出しすぎる殺陣シーンのおかげで眠くはならなかった。どこからくすねてくるのか、シザキが持つ紙バケツから無限に湧いてくるキャラメルポップコーンと、部屋に付いているドリンクバーにあるメロンソーダも気分を上げてくれる。ジン・トニックは美味しかったが、寝たくはなかったので二杯だけにした。
映画鑑賞会は朝まで続いて、パルプ・フィクションを見だした辺りで何人かが寝ていた。途中でアルビノっぽい女の子が何処かに消えて、コンスタンスはリムジンが迎えに来て、ノバというゲーミングチェアに座っていた青年はシザキが家まで転移で送った。
映画を見終わり、起きているのがシザキとアオイだけになってからハーフダークに上がれば、残っていたマスターが酔い覚ましのコーヒーを出してくれる。サイフォン式で、珈琲が重力に逆らってフラスコに上がっていく様子は見ていて飽きない。
「俺たちはゲゼルシャフトではなく、ゲマインシャフトでなくてはならない」
シザキが呟いた。それはとても重要なことなのだと伝えるように、鉛のような息を吐き出すみたいに、とても重く呟いた。彼の持つマグカップの中で、珈琲が間接照明の光を反射している。それは熱く、黒い空に浮かぶ太陽のようだと思った。
「君たちは、利害で集まっていないのか」
不可侵条約のようなものは結ばされたが、それ以外に強制されたことはない。地下室でのシザキの言動は超能力者達を集めて何かをするのではなく、集まることこそが目的であるように思えた。
シザキはカウンターにカップを置き、ゆっくりと瞬きをする。それから「マスター。アークロイヤル」とだけ呟くと、マスターがカウンターに黒い紙のシガレットを一つ置き、その上にハンカチを落としてシガレットを覆い隠した。次の瞬間にはシザキの指に黒い紙のシガレットが収まっていて、どこからともなく取り出したギャツビーのライターで火を付けると、紫煙をゆっくりと吸い込んだ。
「毒だぞ、それ」
嫌煙家な妹を持つアオイは煙草が苦手だったが、雲でも作るみたいに斜め上に紫煙を吐き出すシザキの吸い方は堂に入っていて、煙草の似合う奴だと思う。
「偶には、自分を傷付けたい夜もある」
毒なんて言葉は言われ慣れているのか、返す言葉も使い古されているように言い訳くさくない。なのでもう朝だ、という無粋な言葉は飲み込んだ。しかし代わりに小言が出てくる。
「傷付け過ぎると、明日が減る」
「今日は明日より良い日になるさ」
そう思って生きているのだとでも言いたげに薄く笑って、シザキはアオイを黙らせた。人生観の違いだと返されれば押し黙るほかにない。
「アオイ」
改まって名前を呼ばれ、シガレットを掌に包み込んで消してしまったシザキの方を向く。彼はアオイの方を見ていなかったが、その横顔は真摯なものだった。
「同胞達と関われ。そして自分の理を知れ。この力は絶望からの逃避だが、切望の結晶でもある。力が救いになる奴は多い。お前も、それを見つけるんだ」
自分にとって《ショーシャンクの空に》が軟禁生活と閉じ込められた現状からの救いだったように、アオイにも絶望を救済する力があるのだと、シザキは言う。
マスターは音もなくグラスについた水滴を拭っていて、店内にはジャズが流れている。ナンバーはフライ・ミー・トゥー・ザ・ムーンで、宇多田ヒカルがカバーしたものだ。この曲はアポロ11号に乗り、初めて月に降り立った曲になった。アオイは左手首に巻き付けたオメガのスピード・マスターを見る。これも月に行った腕時計だ。
ジャズと腕時計のせいで、自分も月に行きたくなる。そんなことを想ってしまう、月が見えなくなった夜だ。
「見つけて、どうする」
超能力があったところで、それが何の救いになるのか。シザキのように命の危機に瀕している訳でもなく、コンスタンスのように視覚の代わりとして心の声を求めている訳でもない。ジャズもロックも、香水もアクセサリーも、どんな人間も、アオイを救えない。それは超能力でも同じ事なのだ。
「この世界には、全ての絶望を無かったことにする力がある」
溜め息のように、シザキが吐き出した言葉。
それはとても重く、照明を揺らす紫煙とは反対に床に沈んでいくようだった。
「俺たちは全てから自由になった。だが、力そのものを欲しがった奴なんていない。こんな力は、無い方がいい」
「そんな能力者が……」
あると、シザキはアオイの言葉を遮った。
「確信があった。だがソイツの素性も、力の詳細も分からない」
彼は「分からないが」と前置きをしてから、視線を僅かに傾けた。何を見るでもなく、きっと誰かを探すために。
「俺はソイツを、《ラン・ローラ・ラン》と呼んでいる」




