第五十八・一話 魔族のお嬢様の帰還(Girl's Side)
イヴの使った魔法『回帰魔法』は、あらかじめ登録されている地点へ戻るための魔法である。
もちろん、彼女が戻ったのは、彼女の屋敷にある彼女の部屋の隣り。
『回帰魔法』の干渉が起こさないため、調度品などを何も置いていない暗い部屋。
そこに、マーカー代わりになる魔法陣が床に刻まれているわけである。
イヴは『回帰魔法』を発動させた姿勢のまま、魔法陣の中央に現れる。
すると、天井から明かりが降り注ぐ。
おそらくは魔道具のようなものなのだろう。
視線を移した場所には出入り口。
イヴは歩み寄り、部屋のドアを開ける。
すると部屋の外には、イヴの帰りを待つ人の姿があった。
「お嬢様、お戻りになられましたかっ!」
大柄で筋骨隆々。
イヴよりも頭三つほど背の高い初老の男性。
姿はいかにも執事然としており、そんな彼が両腕を広げて今にも抱きつこうとしている瞬間だった。
「えぇいウザい。ウザいぞ、爺や」
結界のようなものを纏っているからか、爺やと呼ばれる男性はイヴに触ることは敵わない。
「イザベラ、風呂の用意をして」
「はい、お嬢様。お爺さま、邪魔ですどいてください」
爺やと呼ばれたこの男。
実はこの家の執事で名をチャップマンという。
彼の背後から姿を現したのは、メイドの姿をした小柄な女性。
チャップマンの実の孫で侍女をしている名をイザベラ。
「イザベラまでそんなことを……」
気がつけばイザベラの姿はもうない。
おそらくは風呂の支度を始めたのだろう。
イヴはチャップマンの制止を寄せ付けず、風呂へ足を進める。
「とにかくさっぱりしたい。居間で待っておれ、爺や」
「承知いたしました」
右手でしっしという感じに手を降るイヴ。
恭しく礼をするチャップマン。
▼
「――なんとそれでは、彼奴らが禁忌を犯したということになりますな。その上お嬢様を誘拐、監禁にまで至った。……それで間違いは、ございませぬ、かな?」
「まぁ落ち着け、爺や」
ファルブレストがどのような成り立ちで興された国かを、チャップマンは知っている。
もちろん、イヴも教えられていた。
それを知った上で、ファルブレストを『彼奴ら』と呼んでいるのである。
ファルブレストが犯した禁忌というのはおそらく、『召喚術式』の発動による誘拐行為なのだろう。
柔らかそうなソファに深く身体を預け、足を組んでお茶を飲むイヴ。
茶器を少し離すと、イザベラが受け取りテーブルへ戻す。
そのまま彼女はまたイヴの裏へ戻り、綺麗なハニーブラウンの色に戻った、艶のある髪を梳っている。
いわゆる天然パーマのようにゆるゆるふわふわなイヴの髪。
これまでしばらくの間、劣悪な環境下に置かれていたからか、先ほどまではここまで艶がなかった。
実のところ、イヴが屋敷から姿を消していた帰還はおおよそ三月ほどになる。
その間、あの場所で湯を浴びることはできたが、入浴剤や染髪料などはまともに用意されていなかったのだろう。
こうして人心地が付いて、改めて整ったイヴの可愛らしい容姿は、まるで格式の高いお嬢様学校の生徒にも見える。
一八と並んだならきっと、いくつか年下に見えてしまうだろう。
それ故にどこからどう見ても、その上実のところ間違いなく本物の『お嬢様』なのである。
だが、口調が年上のそれなので、違和感を覚えてしまうだろう。
「それで、いかがされますか? お嬢様」
「そうだな。少なくともあたしは、近いうちにあちらへ戻らなければならない。それが彼と支わした約束だからな」
「約束、でございますか?」
「そうだ。イザベラ、爺や、聞いてくれ」
「何でございましょう? お嬢様」
「はい、お嬢様」
「あたしはな、婿を取るぞ」
「「……はい?」」
祖父とその孫の関係だけはあって、イザベラとチャップマンの声が重なる。
「カズヤといってな、とても愛いヤツなのだ」
「カズヤ殿で、ございますか? はて、そのような名のものはとんと覚えがございませぬ。魔界にいる魔族に、そのような名の者はいなかったと、思うのですが?」
チャップマンは『聞いたことがあるかな?』とイザベラを見る。
すると彼女も『知らない』と頭を振る。
「それでな、カズヤはな――」
あまりの嬉しさに饒舌になってしまうイヴだった。




