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第3話 ルキア村にて

 朝靄あさもやがゆっくり晴れていき、淡い光の中から木造の屋根が並ぶ村が見えてきた。

 その景色を目にした瞬間、ミミは「わぁ……!」と息を弾ませ、前へ身を乗り出す。


「……ここが、“ルキア村”かのう」


 家々が軒を連ね、石畳の道がまっすぐ続いている。

 広場の中央には古びた井戸があり、子どもたちが木の剣を振り回して駆け回っていた。

 その向こうには、三階建ての冒険者ギルドが堂々と構えている。


 焼き立てのパンの香り。井戸水の冷たい匂い。

 行き交う人々の声があちこちから聞こえてくる。


 ――ここには、“この世界の日常”が息づいていた。


「すごいね……人が、いっぱいいる」


 ミミが小さくつぶやく。

 その視線は、村の賑わいへ自然と引き寄せられていた。


「にぎやかじゃのう。……ミミ、お前にとっては久しぶりの“自由”じゃな」


「うん。……久しぶりって言っても、覚えてはないんだけどね。

 でも、空気があったかくて、笑ってる人ばっかり。なんだか落ち着くよ」


 ミミの足にはめられていた錆びた枷は、もうない。

 無理やりこじ開けることでなんとか外すことができた。

 盗賊たちから奪ったわずかな金、短剣、替えの服もあり、数日はどうにかなりそうだ。


「さて、まずは腹ごしらえじゃ」


「おなか、なった……」


「ふふ、昨日は乾パンひとつじゃったしな」


 二人は広場のパン屋へ向かう。


「いらっしゃーい! 焼きたてだよ!」


 小麦色の髪を揺らす少女店員が、明るい声で迎えてくれた。

 ミミはぴたりと足を止め、鼻をひくひく動かす。


「このにおい……すごく美味しそう……!」


 棚には、香ばしい焼き色のパンがずらりと並んでいる。

 甘いフルーツ入りのもの、とろけるチーズを挟んだもの、干し肉の旨みを閉じ込めたものまで。

 種類はどれも豊富だ。


「セイ。これ全部食べてもいいの?」


「無理に決まっとる。……じゃが、一個ならええかの」


「やったー!」


 ミミは足先までうれしそうに弾ませ、目をきらきらさせた。


「……これも美味しそう、でもこっちも……」


「迷いすぎじゃろ。どれ食うても腹に入れば同じじゃ」


「同じじゃないよ! わたしの“最初のパン”なんだもん!」


「……なんじゃその大げさな理由は」


 ミミは迷いつつも、リンゴのコンポート入りパンを手に取る。


「いただきますっ!」


「おい、待て待て。まだお金を払っとらんじゃろうが」


「……うーん」


 名残惜しそうにパンを引っこめるミミ。

 セイは苦笑しながら店員へ声をかけ、代金を渡した。


「はい、これで頼む。……よし、ミミ。あっちのベンチに座って食べようか」


「うん!」


 二人は並んで歩き、広場の端にある木製のベンチへ腰を下ろす。


「こんどこそ! いただきますっ!」


 ぱく、と小さくかじる。


「……っ……しあわせ……」


 ミミは視線を上げ、パンをセイの前に差し出した。


「セイも、一口たべる?」


 ちぎるのかと思いきや、パンごとそのまま突き出してくる。


「ほら、あーんして?」


 思わぬ仕草に、セイは一瞬まばたきしてから、苦笑して口を開けた。


「……まったく、子ども扱いとはの。……まぁ、今回は特別じゃ」


 甘い香りとともに差し出されたパンをそのままかじる。

 噛んだ瞬間、リンゴのしっかりとした甘さが広がった。


「……うむ、うまい。リンゴの甘みがしっかり染みとる」


「でしょーっ!」


 ミミは胸を張って誇らしげに笑う。

 その様子があまりに素直で、セイもつい笑みを返した。

 近くを歩いていた村人たちも、ほほえましそうに二人を見ていた。


「うちの娘も、あんなふうに食べてくれたらなぁ……」

「どこの子かしら。かわいらしいわねぇ」


 そんな声が耳に届いたのか、ミミはふっと照れたようにセイの後ろへ回り込み、袖をそっと引いた。


「……あの、セイ。わたし……“ミミ”でいいのかな?」


「ん?」


 ミミが不安そうに見上げてくる。

 記憶喪失――よくある“テンプレ”かもしれないが、名前をたずねるその声には、彼女なりの決意がうかがえた。


「そうじゃ。“ミミ”でええ。

 お前がそう呼ばれてた気がすると言ったんじゃろ。……なら、それで十分じゃ」


 セイの言葉に、ミミはぱっと顔を明るくして、小さく頷いた。


「じゃあ……わたし、“ミミ”になるね!」


 小さく拳を握り、胸を張る。


「ミミですっ! わたし、ミミって言います!」


 高い声が広場に響き、村人たちからいくつもの微笑みが返ってきた。


 そしてふと、ミミが首をかしげてセイを見る。


「ねえセイは、なんでそんなに“おじいちゃん”みたいなしゃべり方なの?」


「……! いや、それは……ええと、そういう性格ということでな……」


 視線を泳がせ誤魔化すセイ。

 その反応が可笑しかったのか、ミミはくすりと笑い、つまんでいた袖をきゅっと握り直した。


「ううん、いいと思うよ。……なんか、安心する」


 その素直な言葉に、セイは少し照れくさそうに頷いた。


(……まったく、ご都合主義も悪くないわい)


 ◇ ◇ ◇


 それから二人は市場をぶらりと一回りし、村の中心にある冒険者ギルドへ向かった。

 石造りと木材を組み合わせた立派な建物で、旅人や冒険者らしき人たちが絶え間なく出入りしている。


 扉の前で、ミミが立ち止まった。


「……セイ。わたしも、入っていいの?」


「もちろんじゃ。お前はもう“自由”なんじゃからの」


「……うん」


 二人は短く視線を交わし、重い扉を押し開けた。


 途端に、賑やかで熱を帯びた空気が押し寄せる。

 木の床に響くブーツの足音。壁際では旅装束の男たちが地図を広げ、低い声で何かを相談している。

 奥のカウンターでは、制服姿の受付嬢が手際よく書類をさばき、ときどきベルを鳴らして冒険者の名を呼び上げていた。


「うわぁ……」


 ミミは目を輝かせながら、あたりを興味深そうに見回す。

 セイはそんな彼女の肩に軽く手を添え、そのまま迷いなくカウンターへ向かった。


 そこで、落ち着いた声がふたりを出迎えた。


「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」


 応対したのは、栗色の髪をきちんとまとめた若い女性。

 あどけなさを残しながらも所作に無駄がなく、整った制服姿に“案内担当カレン”と記された名札が揺れている。


「ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 控えめな笑みと丁寧な言葉。

 その横で、筋張った腕を組んだベテラン風の男が片眉を上げながら、ふたりを無言で値踏みしていた。


 セイは軽く頷き、口を開く。


「冒険者登録を頼みたい。この娘も同伴で……ふたり分じゃ」


 その言葉に、カレンは一瞬だけミミへ視線を向け、やわらかく微笑んだ。


「かしこまりました。……では、まずはご本人様の情報からお伺いいたしますね」


 手際よく書類を揃えながら、落ち着いた声で続ける。


「お名前とご職業、それからご年齢をお願いします」


「セイ。職業は……そうじゃな、“自由人”で。年齢は見た目どおりの二十五じゃ」


「“自由人”、ですか。ふふ……冒険者向きの響きですね」


 カレンは軽く笑みを含ませつつ、机の引き出しから淡く光る魔石を取り出し、両手で差し出した。


「ではこちらの魔石に手をかざしてください。ステータスの確認を行います。痛みはありませんので、ご安心ください」


「ふむ、ならば遠慮なく……」


 セイが手をかざすと、魔石は淡い光を放ち、透きとおる文字が宙に浮かび上がった。


【名前】セイ

【職業】テンプレ詰め込み勇者

【レベル】2

【スキル】???(鑑定不能)

【装備】なし

【称号】勇者の器/おじいちゃんの優しさ


 ――周囲のざわめきが一瞬だけ止まる。


 カレンはわずかに目を瞬かせたが、すぐに柔らかな表情へ戻った。


「……失礼ですが、“テンプレ詰め込み勇者”という職業で、お間違いありませんか?」


「うむ。そう出ておるなら、それで間違いなかろう」


 彼女は小さく苦笑して記入を続ける。


「スキルが“鑑定不能”と表示されていますが……おそらく特殊な防御機構か、非常に高位なスキルでしょうね」


 背後では冒険者たちの声がひそひそと漏れる。


「レベル2で登録?」「スキル不明? 怪しすぎるだろ」

「テンプレ詰め込みって……ふざけてんのか?」


 冷ややかな視線が向けられ始めたが、セイは気にした様子もない。


「連れの娘も登録を頼みたい。まだスキルや装備はないが、補助くらいはできるはずじゃ」


 カレンは視線をミミに移し、優しく問いかける。


「では、お名前をお願いします」


 ミミは一瞬だけセイを見て、小さく頷く。


「ミミ……でお願いしますっ!」


 緊張のあまり声が少し裏返ったが、カレンはやわらかく微笑んだ。


「ミミさんですね。素敵なお名前です。かしこまりました」


「年齢をお伺いしても?」


「えっと……たぶん、十五歳くらい……だと思います」


「はい、ありがとうございます」


 カレンは書類を整えながら、丁寧に説明を添える。


「ではミミさんは同行者として仮登録となります。簡単な依頼の補助や同行は可能ですので、ご安心ください」


「はいっ、がんばります!」


 元気な声に、カレンも微笑みを返す。


「では、おふたりの登録は完了です。セイ様はGランク、ミミ様は仮登録のサポート枠となります」


 しかし周囲の視線はなお冷たく、鼻で笑う声すら混じっていた。


「最底辺ランクで何ができるんだよ」

「見ろよ、あの娘。どうせ守られて終わりだって」


 ミミはそっと服の裾を握り、小さな声を漏らした。


「……セイ。なんか、ちょっと怖いよ……」


「怖がることはない。おぬしがどんな子か、わしは知っとる」


 セイは目線を合わせ、優しく言った。


「じゃあまず、依頼を探してみようかの。……冒険は、始まったばかりじゃ」


 壁一面に貼られた依頼書の束。その中で、一枚の紙が目に留まる。


『北東の山道に生息する野犬の討伐(報酬:銀貨五枚)/推奨:Fランク以上』


「……これでいこう。ちと骨が折れるかもしれんが、初仕事にはちょうどええ」


「野犬……怖そうだけど、でも、セイと一緒なら大丈夫!」


 そのやり取りを聞いていたカレンが、少し困ったように口を挟んだ。


「野犬ですか? ……念のためお伝えしますが、あれ、普通の犬とは違いますよ?」


 セイとミミが顔を見合わせると、カレンは表情を引き締めて続けた。


「討伐対象の野犬は、通常の犬の二倍以上の体格。牙も鋭く、非常に凶暴です。最近では行商人も護衛を雇っていますが、それでも被害は絶えません。……本当に大丈夫ですか?」


「……ふむ、大丈夫じゃ。問題ない」


 セイが静かに頷くと、カレンは短く息を吐き、地図を広げて指し示した。


「なら、北東の林道から入って丘を越えたあたりに巣があります。お気をつけて」


「助かる。……ミミ、行くぞ」


「うんっ!」


 二人の背中を、ギルドの面々は半ば見下すように、半ば物珍しげに見送った。


「どうせすぐ戻ってくる。泣きながらな」

「野犬に追われてパンくず撒きながら逃げてくるぞ」

「……いや、あの目は“やる側”だ。俺はそう見える」


 そんな声を背に受けながら、テンプレ詰め込み勇者セイと、天然ヒロイン・ミミの初任務が幕を開けた。



 ────────────────

 ▼ステータス情報


【名前】セイ

【年齢】25(肉体年齢)

【職業】テンプレ詰め込み勇者

【レベル】2

【スキル】生活知識大全/魔法知識大全/発想展開/世界法則書き換え/時間停止/運命介入/魅了体質/加齢無効/無限成長/強制ハーレム誘導/おじいちゃんの優しさ(ヒロイン全員好感度+100)/威圧


【同行者】

 ・ミミ(記憶喪失の少女/推定15歳)

 - 好感度:中(自分のパンを『あーん』するくらい)

 - 能力傾向:回復系(未覚醒)/ヒーラー適性あり

 - 状態:枷は外され、衣服・装備・金銭あり(セイによる支援済)

 - 補足:「おじいちゃんっぽい喋り方」に安心感を抱いており、おじいちゃん属性が発動中



最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

ブックマークや感想で応援していただけると嬉しいです。泣いて喜びます。


もちろん「面白くなかった」などのご意見も大歓迎です!

しっかり次につなげるべく、泣きながら執筆します。


それと、本作とは少し雰囲気の違う シリアス寄りのファンタジー作品

『暁のアストラニア』( https://ncode.syosetu.com/n2326kx/ )もぜひぜひ!


気分転換に「じっくり読める作品が欲しいな」と思ったときにでも、

ふらっと覗いていただけたら、すごく嬉しいです。


皆さまの感想が、何よりのモチベーションです。

それでは、次回もぜひよろしくお願いします!

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