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第5話 おっさん、うっかり人生最後の婚活を張り切ってしまう

 目の前に佇むのは二つの巨影。

 一つは額から角を生やし身の丈10m以上はあるであろう鬼神。全身を鋼の鎧に包まれ、その上で肩当と脛当てを装備している。腰には巨大な刀を差しており、もしもその巨躯で刀を振り回そうものなら大地が裂けるほどの威力を放つだろう。全身から迸る冷気のような魔力によって周辺が凍り付いているのが見えた。

 二つは成熟した竜だ。全長30mはあり、羽を広げれば更に大きく見えるだろう。全身を包む真紅の鱗はきっといかなる物理攻撃も魔法攻撃も弾くほど固く魔法防御にも優れていることが容易に予想出来た。大きく裂けた口から放たれるブレスは恐らくいかなるものをも消滅させる威力があるに違いない。

 武神とは鬼神族が武を極め神族に仲間入りした存在で、竜王とは神族の中でも最強と謳われる竜神族の中でも更に最強格の存在だったはず。

 つまり、この世界における最強の双璧がオレの目の前に現れたということだ。しかも、サルビア母さんの使い魔として。

 何から驚けばいいのか分からず、オレはただ茫然と立ち尽くした。


「おーい、二人とも、今日は迷宮作りのお手伝いに呼んだんじゃないから、楽にしてちょうだい!」


「はーい、分かりました、サルビアママ!」


 嬉しそうに竜王レラは目を細めて言った。


「了解しました、サルビア母上」


 武神ミカヅチは礼儀正しく一礼しながらそう言った。

 見た目に反して二人とも大分可愛らしい声だな、とオレは思わず戸惑いを覚えた。先程、サルビア母さんは両名をちゃんづけにして呼んでいたので女性と考えて間違いはないのだろうが、恐ろしいその見た目では性別の判断がつかなかった。

 すると、突然、二人の身体が眩い光を放ち始めた。巨大な影はみるみる縮んで行き、小柄な体型となって大地に舞い降りた。

 そこには褐色肌のボーイッシュな少女と髪の長い凛とした女剣士風の少女が佇んでいた。


「サルビアママ! 会いたかったよ!」


 健康的な小麦色の肌をしたボーイッシュ美少女、竜王レラは破顔しながらサルビア母さんに飛びついた。

 サルビア母さんはレラを受け止め、よしよしと彼女の頭を撫でてやる。

 レラは嬉しそうに目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らした。これでは竜王というよりは猫の王ではないだろうか?


「お久しぶり、レラちゃん。それにミカヅチちゃんも。何か変わりはなかったかしら?」


「はい、異世界からの侵略生物どもの活動も最近はおさまり、迷宮内は平和そのものです、サルビア母上」


 武神ミカヅチは凛とした表情で淡々と答えた。彼女の出で立ちは巨大化していた時と変わらず、白装束の上に肩当と脛当ての軽装備に腰に禍々しいオーラを放つ刀を差していた。黒く長い髪は後ろで束ね、全身は冷気のような魔力で覆われていた。一歩歩くたびにパキパキと空気が凍るような音が響いて来る。

 オレは彼女を目の前にして息を呑み込んだ。同じ剣士だから分かる。彼女は強い。もし斬り合ったらオレと彼女、どちらが勝つだろうか? その喜怒哀楽を表さない氷の様な美しい顔を見ただけで背筋がぞくりとした。その美しさにも、得体の知れない強さを想像するだけで身体が震えた。

 すると、氷面がオレに気付き振り向いた。彼女は口から冷気の様な息を吐きながら鋭い眼光をオレに発して来る。

 オレはそこでようやく自分が丸腰どころか丸裸になっていることを思い出した。先程のサルビア母さんとの戦闘でオレは全ての装備を失っていた。この状況で万が一にも武神に斬りかかられでもしたら、オレは為す術もなく屠られてしまうだろう。

 しかし、次の瞬間、予想外の出来事が起こった。

 突然、オレを見つめるミカヅチの氷面が赤く染まると、ガクガクと身体を震わせ始めたのだ。


「きゃあああああああああ! 何で裸の殿方がこんな場所にいるんですか⁉ は、は、恥ずかしいですううううううううううう!」


 氷面、もとい武神ミカヅチは顔を真っ赤に染め上げると、変質者を前にした少女のような怯えた表情を浮かべながら絶叫のような悲鳴を上げたのだ。そして、そのまま慌ててサルビア母さんの後ろに逃げ込むと、先程までの凛然とした佇まいは何処へやら、武神ミカヅチはただの怯えた小鹿のようにサルビア母さんの背中に隠れてしまった。

 

「おろ? 何でこんな所に裸のおっさんがいるのにゃあ?」


 ボーイッシュ美少女のレラは八重歯を光らせながらオレの顔を覗き込んで来る。


「二人とも、紹介するわ。こちらは以前から話していた私の息子のシュウ君よ」


「あ、初めまして。シュウ・アラキと申します」


 オレは二人に深々と頭を下げた。握手を求めようとも思ったが、恐らくこの二人にも呪いの効果が及んでいると思ったのでそれは止めておいた。険相を浮かべて拒否られたら今晩はショックのあまり眠れなくなると思ったからだ。


「息子? シュウ? このおっさんが……?」


 すると、レラは目を点にしながらオレをジッと凝視した後、ブッと噴き出した。


「嫌だな、サルビアママ、冗談は止してよ。息子のシュウ君ってば咲いたばかりの白百合のように可愛らしい男の子って言っていたじゃん。これじゃただのキングラフレシアのような悪臭を放つだけのただのおっさんじゃない」


 レラは嘲るようにケラケラと笑いながらそう言った。

 キングラフレシアとはマンドレイクと並ぶ希少な魔法植物で、その強すぎる悪臭はひと嗅ぎしただけで人間は即死、ドラゴンですら麻痺状態にすると言われていた。

 オレは今まで女子から散々なことを言われ続けて来たが、流石にここまで無邪気な笑顔を浮かべながら辛らつな言葉を吐きかけられたのは産まれて初めてだった。

 まあ、確かに追放されてから二日間も風呂に入っていないから匂うは匂うだろうし、半裸の状態では何を言われても仕方が無いと諦めた。

 オレが悲しみのあまり深く嘆息した時だった。突如としてドス黒く重たい魔力が迷宮フロア全体を覆いつくした。全身が凍てつき、恐怖と呼ぶには生温い怖気が襲い掛かった。

 その禍々しい魔力の発生源はサルビア母さんから放たれていた。黒い魔力は尚も増大し、迷宮全体をそのまま覆い尽くし圧し潰す勢いで放たれていた。

 竜王レラと武神ミカヅチはたちまち地面に平伏した。


「レラちゃん……? 仮にも私の愛するシュウ君にその言いようはあんまりじゃないかしら……?」


 サルビア母さんは静かに穏やかな口調でレラにそう呟いた。


「も、申し訳ございません、大賢者サルビア様……!」


 先程までのフレンドリーなやり取りは吹き飛んでいた。今、サルビア母さんと彼女達の間にあるのは家族的な友愛関係ではなく、ただの絶対服従者の関係だった。

 見るとレラは全身から汗を噴き出し、ガクガクと激しく身体を震わせていた。このままでは恐怖と怯えのあまりショック死しそうな勢いだ。

 隣で同じく平伏している武神ミカヅチも似たような状況だった。そちらは怯えているというよりは死を覚悟しているように見えた。

 二人ともどれだけサルビア母さんを恐れているのか見て取れた。

 

「竜神族、今ここで滅ぼしちゃおうっか?」


「そ、それだけはご勘弁を⁉」


 サルビア母さんの言葉に酷く狼狽したレラは、慌てて顔を上げるとそう叫んだ。

 すると、サルビア母さんの赤い瞳が光った。

 たちまちレラの身体が魔力で圧し潰されそうになる。

 このままでは本当に彼女が死んでしまうと思ったので、オレは慌てて止めに入った。


「いい加減にしろ、サルビア母さん!」


 オレはサルビア母さんの頭を軽く小突いた。


「痛い! お母さんに何をするの、シュウ君⁉」


 その瞬間、サルビア母さんはいつもの調子に戻った。それと同時に迷宮内に溢れ返った禍々しい黒い魔力も消滅し、圧し潰されそうになっていたレラとミカヅチの二人は解放されぐったりと地面に倒れ込んだ。


「いくらなんでもやり過ぎだ! 見ろ、二人とも酷く怯えているじゃないか⁉」


 彼女はオレに対して客観的事実を述べたに過ぎない。たったそれだけのことで滅ぼすと言うのは、流石に冗談でもあんまりだと思った。

 それが冗談かはさておき。 


「でも、お母さん悪くないもん! 息子のことを悪く言われたらお母さんなら誰だって怒るでしょう⁉」


 サルビア母さんは納得できないといった感じに不貞腐れたように頬を膨らませた。


「でもじゃない! そもそも彼女がオレに対して暴言を吐いたのも、全てはサルビア母さんの呪いのせいだろう⁉」


 オレにそう怒鳴られたサルビア母さんは吐きかけた言葉を呑み込むと、酷く落ち込んだようにしょんぼりとうなだれてしまった。

 ちょっと可哀そうに思ったが、それもサルビア母さんの自業自得だ。少しは反省してもらおうと思い、オレは二人に謝罪するように促した。


「分かったわよう、ちゃんと謝るからそんなにお母さんを虐めないでちょうだい……」


 そう言ってサルビア母さんはぐずつきながら二人に向き直り深々と頭を下げた。


「あの、ごめんね、レラちゃんにミカヅチちゃん。私が悪かったわ、許してちょうだい」


 サルビア母さんは泣きながら二人に謝罪の言葉を口にした。

 レラとミカヅチの二人は、子供の様にぐずつくサルビア母さんの姿を見て、ただただ顔を蒼白させ驚きに固まっていた。


「二人とも、オレのことで申し訳なかった。大丈夫か?」


 オレはそう言って、レラに手を差し伸べる。


「あ、ありがとうございます、シュウ様……」


「様はつけなくていい。今はただの無職のおっさんだからシュウでいいよ」


 すると、レラはクスリと微笑みながらオレの手を取った。


「了解。そんじゃ、サルビアママと一緒でシュウ君って呼んでいい?」


「君付けされるような年齢じゃないけれども、まあお好きに」


「へへ、やった!」


 そう言ってレラは嬉しそうに微笑むと、オレの手を手を掴みながら飛び上がる様に立ち上がった。

 ミカヅチにも手を差し伸べようと思ったが、彼女は既にサルビア母さんの後ろに隠れていた。その挙動がまるで野良猫だ。外見とは裏腹に大分人見知りの性格のようだった。今も恐る恐るサルビア母さんの背中からオレのことを警戒するように覗き見ていた。

 まあ、こっちは放っておくか。


「そう言えば、二人とも何でサルビア母さんのことをママとか母上なんて呼んでいるんだ?」


「私達のママだからだよ?」


 レラはそれが当然の如く、不思議そうな顔をしながらそう言った。

 おや? この娘っ子は何を言っているんだろうか?

 オレが首を傾げていると、サルビア母さんが話しかけて来る。


「そうそう。大事なことを言い忘れていたわ。シュウ君、レラちゃんとミカヅチちゃんなんだけれどもね、実は二人ともお母さんの娘にしちゃったの」


「二人を養女にしたってこと?」


 ということは、二人はオレの義妹ってことか? いや、義姉と呼ぶべきか?


「そうじゃないわ。さっきも言ったと思うけれども、二人をシュウ君のお嫁さんにしようと思っているのよ」


 サルビア母さんからの想像を絶する奇襲攻撃にオレは盛大に噴き出し、脳天を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。


「というわけで今からシュウ君には二人と戦ってもらいます」


 にこやかな笑顔でサルビア母さんはシレっと再び衝撃的な言葉を口にした。

 理解が追い付かないオレは、口をぱくつかせながらただ絶句する。


「二人を嫁にするって話が、どうして戦うってことになるんだよ⁉」


「なによ、さっきもちゃんと言ったでしょう? お見合いして結婚式を挙げるって」


 オレは逡巡後、サルビア母さんの言葉を思い返す。


『さ、シュウ君。今からこの二人とお見合いして、勝ったら結婚式よ』


 あ、確かにそうおっしゃっておりましたね。でも、さっぱり意味が分からないことには変わりがなかった。


「鬼神族と竜神族と結婚するには戦って勝たないといけない掟があるの。つまり、お見合い=バトルってことよ」


 あ、そういうことですか。なるほど、納得しました。


「違う、そうじゃない⁉ 何勝手に決めてるんだよ⁉」


「レラちゃんとミカヅチちゃんと結婚するのは嫌なの?」


 サルビア母さんは赤い瞳を潤ませながらオレを見つめて来る。

 いや、オレから見てもレラとミカヅチは相当な美少女だ。だからこそ恐ろしいのだ。母の呪いがかかっている今、オレが望んだとしても二人は激しい拒絶反応を示してくるだろう。幾つになっても女性から罵詈雑言を浴びせられるのは死にたくなるほど辛いのだ。


「オレは嫌じゃない。でも、二人の気持ちの方が大事だろう?」


「あ、ボクは大丈夫だよ?」


 レラはあっさりと承諾する。

 それってどういうことっすか?

 オレは思わず目を点にした。


「あの、レラさん? 大丈夫ってどういう意味ですか?」


「だから、シュウ君と結婚してもいいってこと」


 レラが何を言っているのか意味が分からない。

 だってオレだよ? 今の今まで女性に汚物扱いされ、存在することすら否定され続けてきた無職のおっさんと結婚してもいいだなんて、そんな自己犠牲愛に満ち溢れた女子がこの世に存在するわけがない。いたとしたらそれは慈愛の女神であろう。

 きっとこれは夢だ、幻だ。でも、そんな少女は確かに目の前に存在していた。竜王という最強の名を冠してはいるが。


「ただし! ボクに勝てたらの話だよ⁉ 悪いけれども、弱いオスには興味ないからさ!」


 次の瞬間、レラの全身から真っ赤な魔力が迸る。それは全身を覆い、炎の様な熱を帯びていた。

 

「ファイトよ、シュウ君! 頑張って二人に勝ったらこの迷宮で四人仲良く甘々なスローライフを送りましょうね?」


 サルビア母さんの言葉に一瞬心が萎えかけたが、必死に堪えてレラに向き直った。

 46歳の無職のおっさんといえども結婚や女性に対する興味は尽きることはない。

 これが最後の婚活だ! 

 と、オレは心の裡で叫びつつもあることに気付いた。


「レラ、ちょっと待ってくれ」


 オレはサルビア母さんに振り返る。


「サルビア母さん、何か服をくれないか? 流石に半裸の状態で戦うわけにはいかない」


 婚活ともなればなおさらだ。身だしなみはきちんと整えなければレラにも失礼だと思った。

 その瞬間、オレの腹の虫が盛大に鳴り響く。

 気まずい空気が流れた。


「色々と準備が必要みたいだし、お見合いは明日にしましょうか。今日はお互いの親睦を兼ねてお家で宴を開きましょう」


 こうしてオレの婚活は後日に持ち越されるのであった。




 時は変わってバルゴ王国。

 現在、バルゴ王国の国境付近には周辺諸国の軍勢が集結し始めていた。

 今まで平和を謳歌していたバルゴ王国にとって、それは寝耳に水。青天の霹靂であった。

 王の間でその知らせを聞いたエリック王子はただただ戦慄し、玉座にへたり込んでしまった。


「何故だ、何故、周辺諸国は突然、我が国に攻め入って来たのだ⁉」


 エリック王子の絶叫が王の間に木霊する。

 しかし、誰もその問いかけに答える者はいなかった。

 そう、ただ一人を除いて。

 エリック王子の前に一人の高貴な佇まいを漂わせた少女が現れた。


「エリックお兄様、自らその禍を招いたことにまだお気づきになりませんか?」


「レイア、それはどういう意味だ⁉」


 そこに現れたのはエリック王子の妹、レイア姫だった。


「今までバルゴ王国が平和を謳歌出来たのはひとえに大賢者サルビアとその息子、シュウ騎士団長の威光があったればこそ。周辺諸国はその名を恐れて今まで我が国に手出しするのを恐れていたのです。その脅威が無いと分かったのに、敵国が攻めて来ない理由がございませんわ」


 妹からの指摘にエリック王子は戦慄する。


「そ、そんな⁉ それではどうすればいいのだ⁉ シュウはもう追放してしまったぞ⁉」


「我が国が助かるには方法はただ一つ。シュウ様に誠心誠意謝罪し、我が国に戻ってもらうことです」


「しかし、シュウは私を許してくれるだろうか?」


「ご安心ください、エリックお兄様。このレイアが必ずやシュウ様を連れ戻してみせますわ。それには一つ条件がございます」


「何だ? 何なりと申してみよ」


「シュウ様を連れ戻すことが出来たら、私とシュウ様との結婚をお認めくださいませ」


「な、何だと⁉」


 エリック王子はレイア姫の突然の申し出に驚愕するも、それを拒否する気力は持ち合わせていなかった。

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