第4話 エルフのお母さん、うっかり無職の息子に許嫁を連れて来てしまう
サルビア母さんの盛大な勘違いによる死闘を終えた後、オレ達は焼け野原となった場所でのんびりとお茶をしていた。
丸テーブルに白い椅子を収納魔法で取り出した母は、そのままお茶道具一式も取り出すと魔法でお茶を淹れた。
そこでオレはサルビア母さんから様々な衝撃的な事実を聞かされていた。
「シュウ君は私の実の息子じゃなく、赤ちゃんの頃、戦災孤児として私が引き取ったのよ。言ってなかったっけ?」
サルビア母さんはカップを口元に寄せながら言う。
「いえ、初耳です」
「私が数千年を生きるエンシェント・エルフってことも知らなかったのよね? というか、他の子供のお母さん達と比べておかしいとは思わなかったんだ」
サルビア母さんは少し呆れたようにオレを見た。
確かにサルビア母さんは他の子供の母親とは少し、いや、かなり特殊な存在であることは子供心には気づいてはいた。
耳が尖がって横に長く伸びていることもそうだが、それはサルビア母さんの個性なんだと思っていた。周囲から大賢者と慕われつつ魔女や破壊神と恐れられていたのもただの個性だと思っていた。他の人間からどんなに恐れられ慕われていようともオレにとっては普通に大好きな優しい母だったので、深く考えたことがなかった。
「でも、オレにとってそれが普通だったから、ちょっと個性が強い程度にしか思っていなかったんだ。サルビア母さんの耳が長いのも誰よりも美人で強かったのも、オレにとってはただの自慢でしかなかったから、むしろ誇らしいとしか思っていなかったよ」
すると、サルビア母さんの顔が一瞬で真っ赤に染まった。真っ赤に染まった尖った耳も驚いたようにピンと垂直に上がるのが見えた。
「息子とはいえ、そこまで褒められるとお母さん照れちゃうよ……」
サルビア母さんは恥ずかしそうに被っていた帽子で口元を隠しながらそう言った。
「色々と多少は驚いたけれども、一番驚いたのはこれかな」
オレは周囲を見回しながら言う。お茶をしている場所から見渡す光景は、どう見ても世界そのものだった。太陽があり森があり大地があり空気があり、鳥が飛ぶ空は何処までも澄んでいて青かった。確か海もあったことを思い出す。
先程、サルビア母さんはこの迷宮についてオレにこう説明した。
「シュウ君と一緒に暮らすには迷宮はジメジメしていたんで、明るく広くしようとグッとやってバッとやったら、地下二階のフロアがこんなになっちゃったの」
要は何となく魔法で強引に迷宮二階フロアに世界そのものを創ったってことでOKだろうか?
ここ以外のフロアも似たような状態らしい。これでは迷宮作りではなく世界創世じゃないか、と思わず突っ込みそうになった。
「まさかこの空間がダンジョンの二階とはサルビア母さんに教えられるまで気付かなかったよ」
オレはてっきり、母の着替えを覗いてしまった後、何処かの世界に転移魔法で飛ばされたのだと思っていた。実際はそうではなく、地上にある一戸建ての家の下にこの空間が存在していたのだ。サルビア母さんは地上の家を壊さない為に、下の階にオレを転移させてから不審者としてぶちのめそうと考えていたらしい。
結果は御覧の通り。オレは何とか息子であることに気付いてもらい、34年ぶりに母と仲良くお茶をしているというわけだ。
ただお茶をするだけで命がけとは、オレ達親子はやはり普通ではなかったらしいな。
「地上にあったお家はダンジョンが完成するまでの仮住まいよ。最初の頃は毎日の様に冒険者が現れて大変だったわ。いちいち皆殺しにするのも面倒だったから、人を寄せ付けないようにするために冒険者ギルドにお願いしてここを廃棄迷宮に指定してもらったのよ」
だから廃棄迷宮にあんな普通の一戸建てがあったんだな。ていうか、迷宮攻略に来て、出入り口の家の中にラスボスがいるなど誰が想像するだろうか。運悪くサルビア母さんと遭遇してしまった冒険者が哀れでならなかった。
「シュウ君、犬を飼いたいって言ってたから、ちゃんとペットも用意しておいたからね」
それはもしかしてフェンリルのことを言っているんだろうか? 神話級の幻獣をペット呼ばわりとか、何処までサルビア母さんは規格外なのだろうか? というか、犬を飼いたかったのは12歳の時の話なんですけれども。
まあ、色々と話を聞いて、サルビア母さんが意図的にオレを放置したのではないことは理解した。
だが、流石のオレでも34年間も放置されたのでは不貞腐れてしまうのも仕方ないだろう。捨てられたとは微塵も考えていなかったが、心配はしていた。怪物だの破壊神だのと呼ばれていても、オレにとっては大切な母親なのだ。あの時は母の身を案じ、怪我や病気はしていないだろうかと毎日不安に胸が押し潰されそうになっていたのを覚えている。
オレは仕返しする為に、少しだけ母を虐めてやることに決めた。
「話は分かった。でも、それで34年間も息子を放置していい理由にはならないよね?」
オレは優しく微笑みながら最大限の嫌味を言葉に乗せて母にそう訊ねた。
「ほ、ほらね? 今まで住んでいたバルゴ王国もまあまあいい国ではあったけれどもさ、外野を気にせずシュウ君と二人っきりで静かに過ごせる場所はないかなって思っていたわけ」
「それで迷宮作り? 意味が分からんのですが」
そこは普通、郊外に家を建てるとかでもいいんじゃないだろうか?
「私ってばちょっとだけそそっかしい部分があるじゃない? 前に一度、寝ぼけて極大消滅魔法をぶっぱなしかけちゃった時に思ったの。万が一にも世界が滅びてもいいように、シュウ君と一緒に安全な場所で暮らせる場所が欲しいなって」
うっかりで滅ぼされる世界はたまったものではない。そして、世界が滅びる理由があるとしたら、母が寝ぼけて極大消滅魔法をぶっぱなした時なのだと確信した。
先程の戦闘でも多少周囲は破壊されたものの、ここの強度なら十分母の暴走にも耐えられるだろう。世界を救う為にも、迷宮に引っ越すのも悪くはないと思ってしまった。そうしないと、世界は明日にでも滅んでしまうかもしれないからだ。
まあ、それはいいとして、流石に34年間も放置していたのはいくらなんでもうっかりの域を超えすぎている。
「オレ、あの時、サルビア母さんに捨てられたと思ったよ……毎日枕を涙でぬらしていたっけか……?」
オレは紅茶を飲みながらわざとらしく悲し気な表情を浮かべた。もちろん、心の中では舌を出して笑っていた。
母は気まずい表情を浮かべると、オレとは目を合わさず視線をあちこちに泳がせしどろもどろになる。
「お母さんもね、シュウ君を捨てたワケじゃなかったのよ? お願い、ちゃんと理由を説明させて⁉」
「うん、いいよ?」
オレは口では笑いながらも目は笑わず、白い目でサルビア母さんを見つめた。本当は笑いを堪えるので必死で身体がプルプルと震えていた。
サルビア母さんはオレが笑いを堪えていることには気付かず、今にも泣きそうな顔で話し始めた。
「実はね、本当は2~3日程度で戻る予定だったの。いい物件が見つかったから内覧に行ってみて、すごく気に入っちゃったものだから、少し迷宮を整理してからシュウ君を呼びに行くつもりだったの」
不動産屋に行くようなノリで迷宮に行けるのは、世界広しと言えどもサルビア母さんだけだろうな、と苦笑する。
「少しのつもりが、それでうっかり34年間も経過しちゃったってわけかい?」
「そう、そうなのよ! 流石は我が息子。そこまで見抜くだなんてとんだ慧眼じゃないのよ……⁉」
母の話を聞いて、オレは激しい眩暈と頭痛を覚えた。それらの話が全て真実であると分かったからだ。
サルビア母さんならありうる話だ。呆れつつも何故かおかしくなって笑いが込み上げて来た。
「それでも酷いよ。オレ、もう母さんのこと信じられないよ。さっきもオレのことを変態と間違えて殺しそうになったし」
「それも誤解よ! あれはそう、なんだっけ? ええっと、貴方を試す的な何かをやったの! そう、そういうことにしましょう! 久しぶりに再会した我が子の実力を試す為に、あえて突き放して見せただけなんだと思うわ⁉」
サルビア母さんは少しパニクりながらそう言った。説明が滅茶苦茶だが、それが逆に母らしいと思った。
激しく狼狽えるサルビア母さんの姿を見て、オレは遂に限界を突破してしまった。
こらえきれず、オレは腹を抱えて大爆笑をした。
オレの笑い声が木霊する。
「ちょっと、何がそんなに可笑しいのよ⁉」
サルビア母さんは怒ったようにぷくっと頬を膨らませながら抗議して来る。
「いや、サルビア母さんがあまりに必死だったもんでつい、ね。ごめんよ、少しからかっただけ。さっきのも嘘。心配はしていたけれども、捨てられたなんてこれっぽっちも思っていなかったから安心してくれ」
「ほ、本当? もう怒ってない?」
サルビア母さんは長く尖った耳を下に垂らしながら、覗き込むように訊ねて来る。
「最初から怒っていないよ。いなくなったのも必ず理由があるはずだって思っていたからね。でも、それがまさか迷宮作りとは予想外だったけれども」
サルビア母さんのことだから、異世界に喧嘩でも売りに行っているんだと思っていた。
しかし、偶然というものは恐ろしい。あの時、エリック王子に追放されていなかったら、オレが老衰する直前まで母には会えなかったかもしれないのだ。そう思うとエリック王子にはほんの少しだけ感謝したいと思った。
「そう言えば、シュウ君はどうしてここに来たの? ここが廃棄迷宮だって知って来ていたようだけれども……?」
「ああ、そのこと。実は……」
オレはサルビア母さんにこれまでの経緯を簡単に説明した。
この廃棄迷宮に追放されたおかげでサルビア母さんと偶然再会できたことまでを話した直後、突然、サルビア母さんは冷たく微笑んだ。何だか怒っているように見えるぞ?
「シュウ君、少しここで待っていて」
「何処かに行くの?」
「うん、ちょっとバルゴ王国を滅ぼしてくるね?」
「ちょっと待てえええええ⁉」
オレは慌ててサルビア母さんを両手で身体を抱き締めるように捕まえた。
「いいから! そういうのは止めて! オレ、もういい年齢のおっさんだよ? 職場に親が乗り込むとか恥ずかしいにもほどがあるっしょ⁉」
「親にとっては子供はいつまでも子供のままなの! そんな話を聞かされたら黙っていられないでしょう⁉」
「親なら親らしくもっと大人になりなさい! そんなんでいちいち国を滅ぼしていたら世界が焦土になるぞ⁉」
サルビア母さんなら簡単に出来てしまうのが一番の問題だと思った。
「それに、ちょうど良かったんだよ。オレ、運よく騎士団長にまで出世したけれども、良縁に恵まれなくてね。何故か子供の頃から異性から毛嫌いされる体質になったらしくって、未だに独身なんだ」
「うん、知ってるよ?」
サルビア母さんはさも当然のごとくそう呟いた。
「え? どうしてサルビア母さんがそんなことを知っているんだい?」
「だって私、家を出る前にシュウ君に変な虫が寄り付かないように呪いをかけておいたんだもん。ということはちゃんと呪いは発動していたようね」
サルビア母さんは破顔しながらそう言った。
オレに呪いをかけていた、だって? その瞬間、オレは全身から嫌な汗が噴き出したような錯覚を感じた。
「あの、具体的にはどんな呪いをオレにかけたんだい?」
「もちろん『最愛の息子に彼女が出来ない呪い』よ? もっと詳しく説明すると、女性限定でシュウ君に対する好感度が反転しちゃう呪いね」
好感度が反転する? オレの脳裏に今まで女子達から受けて来た悪夢の光景が走馬灯のように駆け抜けていった。
「あの、もしかしてオレが今まで女性から汚物の様な扱いを受けて来たのってそれが原因だったりする?」
「うん、そだよ。シュウ君のことが好きであればあるほど毛嫌いする呪いだからね」
サルビア母さんは悪びれもなく、嬉しそうにうふっと微笑んで見せた。
「あんたのせいかああああああああああああ⁉」
オレの怒りは突如、マグマのように噴火した。
「その呪いのせいで、オレがどれだけ辛い思いをしたと思っているんだ⁉ おかげでオレの青春は暗黒時代そのものだったんだぞ⁉」
大好きだった女子に汚物扱いされ、存在すら否定され、挙句の果てに死んでと哀願された時の絶望感は言葉で言い表せるものではない。
今まで女性に嫌われる理由を探し続けて来たが、その原因が母による呪いであるなど誰が想像するだろうか?
原因が分かって呪いを解いてもらっても、既にオレは46歳。肉体的にも恋愛的にも童貞が過ぎるオレにはもう結婚は不可能だろう。
オレは絶望感のあまり両膝を地面についてうなだれた。
「サルビア母さん、お願いだ。オレの青春を返してくれ……でなければ殺してくれ」
今まで堰き止めていた絶望が防波堤を突き破って濁流となって流れ込んでくるようだった。オレは心の中で真っ黒な泥水に呑み込まれ意識を喪失しかけていた。
これが真の絶望というものか。母によって一生に一度しか無い青春を台無しにされ、婚期を逃し無職になった童貞おじさんに何の未来があるだろうか。
「サルビア母さん、先立つ不孝をお許しください」
オレはサルビア母さんの腰に差している刀を奪い取ろうとする。確かこの刀は『魂壊し』とかいう伝説の妖刀のはず。これならサルビア
母さんの蘇生魔法に邪魔されずにしっかりと死ねるはずだ。
「ちょ、待って、待ちなさい! 呪いをかけたのは謝るから! バカなことを考えちゃだめ!」
サルビア母さんは必死に刀を奪われまいと抵抗するが、無理に力を入れて引き離せばオレの身体がへし折れると思ってか、なかなかオレを引き離すことは出来なかった。
「サルビア母さんにオレの気持なんか分かるわけない! 無職で童貞のおっさんがこれからどうやって生きていけばいいんだよ⁉ そもそも、どうしてオレにそんな馬鹿な呪いをかけたのさ⁉」
「だって彼女が出来ちゃったらシュウ君はもうお母さんと遊んでくれないと思ったんだもん! そうなったら、お母さん、寂しくて泣いちゃうし死んじゃうと思ったの! だから、ごめんなさい!」
そこはちゃんと子離れしようよ。でも、そこまで言われてはオレも怒るに怒れなくなってしまった。
サルビア母さんはグスグスと泣き始めた。どうやら本当に反省しているみたいだ。
「もう泣かないで、母さん」
オレは深く嘆息するとサルビア母さんの小さな頭に手を置く。
泣きたいのはこっちの方なんだけれどもね、と心の裡で付け加える。
「もう死ぬとか言わない?」
サルビア母さんは目を真っ赤に腫らしながら鼻をすすった。
「言わないよ。それに、いくらサルビア母さんを責めてもオレの青春時代は戻って来ないしね。その代わり、責任取ってオレの死に水はサルビア母さんがとってくれよ?」
我ながら母親にそれを頼むのは息子として心苦しかった。でも、あと十数年もすればオレは旅立つことになるだろう。母を残すのは忍びないがこれも異種族の運命。母の死を見ずにして死ねるのは、それはそれで幸せなことだと思った。
「死に水うんぬんの話は置いておいて、結婚のことなら心配いらないわよ?」
「それ、どいうこと?」
一瞬、オレはとんでもない幻を垣間見た。
サルビア母さんが花嫁衣裳を身に纏い「お母さんがお嫁さんになってあげる」と頬を染めながら迫って来る幻だった。
「一つ言っておく。ごめんなさい! それだけは無理、無理だから!」
オレは目の前に現れた幻を振り払いながら牽制するように慌てて拒絶の言葉を口にする。サルビア母さんなら悪夢の様なことを言いかねないから恐ろしい。
「シュウ君ってば、何をそんなに慌てているのよ? まさか、お母さんと結婚とかって思ってないよね?」
今まさに、その悪夢の様な幻を振り払ったところです。
「確かに子供の頃、シュウ君から結婚してって言われたことはあるけれども、流石にお母さんとしてそれは出来ないわ。ごめんね?」
何がごめんね、なのだろうか? というか、そういう子供の頃の恥ずかしいことは口にしないでもらいたい。
「冗談はさておき。別にお母さんはシュウ君の結婚には反対じゃないのよ? ちゃんと孫の顔も見たいって思ってるし」
「ならなんであんな頭のおかしい呪いなんかかけたんだよ?」
「まあまあ、過ぎたことは忘れましょう?」
それは貴女が言って良い台詞ではないんですが?
「実はお母さん、ちゃんとシュウ君のお嫁さんを探しておきました!」
サルビア母さんはそう言うと、魔法の杖に魔力を充填させる。
「ジンマ、来ませり! おいでませ、武神ミカヅチ、竜王レラ!」
サルビア母さんが召喚呪文を唱えた直後、轟音が響くのと同時に上空に巨大な穴が二つ現れる。
そして、そこから二つの巨大な影が地面に舞い降りる。
「紹介するね、シュウ君。こっちの頭にでっかい角を持ったのが武神ミカヅチちゃん。そんでこっちの大きな竜が竜王レラちゃんよ」
オレの目の前にジャイアントオーガよりも二回りは大きい鬼と、バルゴ王国の王城より巨大な竜が現れた。
「さ、シュウ君。今からこの二人とお見合いして、勝ったら結婚式よ」
「あんた、いきなり何を言い出すんすか⁉」
サルビア母さんのとんでもない提案に、オレはただただ仰天するのみだった。




