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第3話 エルフのお母さん、うっかり息子を痴漢と間違えてしまう

 目の前には34年前に生き別れた母が下着姿で佇んでいた。

 オレはどうやら、母が着替えているとはつゆ知らず、うっかり家の中に踏み込んでしまったらしい。

 再会の喜びを噛みしめたいところだったが、それよりも色々と驚くことが多すぎて正直頭の中がパニック状態に陥っていた。

 何が一番驚いたかと言えば、追放先の廃棄迷宮が全然迷宮らしくなくどう見てもただの民家だった点、

 ではなく、

 その民家の中に34年前に生き別れた母が下着姿で佇んでいた点、

 でもなく、

 間違いなく目の前にいる女性が母であると分かっているのに、その姿が34年前と何ら変化がなく若々しかった点が一番の驚きだった。

 そこに佇んでいる母は、何処からどう見ても10代後半の美少女にしか見えなかったのだ。

 オレはどう反応してよいか分からず、ただただ動揺しまくってゴクリと唾を呑み込んでしまった。

 ともかく母に事情を聴いてみようと、一歩前に踏み出した時だった。

 

「い、いや、近寄らないで!」


 サルビア母さんは何故か怯えた表情でそう叫んだ。

 もしかしたら、オレのことが分かっていないのかもしれない。無理もない。最後に会ったのはオレが12歳の頃。46歳のくたびれたおっさんを見て、それが自分の息子だと分からなくても仕方がないだろう。


「サルビア母さん、落ち着いてくれ。オレだよ、息子のシュウだよ」


 オレは両手を広げながらゆっくりと母にもう一歩近づく。

 しかし、母は威嚇するような鋭い眼光を発しながら、オレが一歩近づくたびに二歩後退った。

 

「嘘つかないで⁉ 私の可愛い息子が貴方みたいなむさ苦しくて地味で冴えないおっさんなわけがないでしょう⁉」


 サルビア母さんの吐き出した言葉はオレの胸に深々と突き刺さった。確かに間違いではない。何一つ否定することは出来なかった。でも、誰しも子供の頃は可愛いものだ。時間が経てば誰だって可愛い男の子も女の子も等しく、くたびれたおっさんやおばさんになるものだ。時の流れとはかくも残酷なものだと改めて思い知らされた。

 どうしたらサルビア母さんにオレが本物の息子だと分かってもらえるだろうか? 何か証拠でも見せれば分かってもらえるのだが。

 その時、オレはハッと思い出す。きっとこれを見せればサルビア母さんもオレが息子だと分かるはずだ。


「母さん、これを見てくれ!」


 オレは息子の証をサルビア母さんに見せようと、上着を脱ごうとする。

 

「い、嫌ああああああああああ⁉ 犯されるうううううううう!」


 次の瞬間、とんでもない勘違いをしたサルビア母さんは、そう叫びながらオレに向かって魔法を放った。

 眩い光が周囲を包み込む。

 あ、オレ、もしかしてやらかしちゃいました? 

 焦るあまり、上着を脱ごうとしたのが間違いだった。確かにそれは全面的にオレが悪かった。自分の息子の名をかたる不審なおっさんが突然服を脱ぎ始めたら、女性なら誰だってパニックになっちゃうよね?

 サルビア母さんの魔法の恐ろしさは誰よりもオレが一番よく知っている。ただの初級火炎魔法が極大焦熱魔法程度の威力だったりとか、マジックミサイルが極大消滅魔法程度の威力になっちゃったりとか、ただでさえ怪物級の魔力を持っている母がパニックになって放つ魔法の威力は想像を絶するだろう。きっとバルゴ王国が消滅、いやいや、大陸の半分くらいは消し飛んでしまうかもしれないな。

 などと絶望的なことを考えていると、突然、オレは身体が宙に浮かぶ錯覚を感じた。

 否、錯覚などではない。オレの身体は実際に宙に浮かび、直後、真下に急降下し始めたのだ。


「何が起こっているんですかああああああ⁉」


 その時、視界が開けた。眩い太陽の光で目をしかめた。視線の先には広大な世界が広がっていた。海や山や森や大地がそこにはあった。

 オレは上空から地面に向かって真っ逆さまに急降下していたのだ。

 このままでは地面に落下して墜落死してしまう、と流石のオレもパニックに陥ってしまった。

 見ると、真横に母の姿もあった。

 母は急降下しながらオレをキッと睨みつけてくると、何かの呪文を唱え始めた。母の全身が発光すると、落下速度が緩やかになりピタッと空中で静止する姿が見えた。引力に逆らえないオレはそのまま落下して行き、母の姿はすぐに豆粒程度の大きさになる。

 きっとサルビア母さんは浮遊魔法を使ったに違いない。

 そこでオレは思い出す。オレも浮遊魔法が使えたのだった。宮廷魔術師レベルの魔法なら、全て母から教わっていたことを失念していた。騎士団長になってからというもの、呪い魔法以外はあまり使っていなかったのでうっかり忘れていたのだ。

 しかし、一刻も早く浮遊魔法を発動しなければ勢いを殺せずこのまま地面に墜落してしまうだろう。

 オレは慌てて浮遊魔法を発動すると、引力に逆らい全力でブレーキをかけた。

 あと100m、80、70、60……30、20m……!

 地面に到達するまで残り数メートルというところで、ようやく落下速度を殺すことに成功し、オレは墜落死を逃れることが出来た。

 オレは逆さまになった状態で地面を見つめていた。汗がポタポタと地面に落ちるのが見えた。後1秒でも浮遊魔法を発動するのが遅れていたら、きっとオレは全身が砕け散って即死していたに違いない。

 ホッとしてオレは魔法を解除した。頭から地面に落下したが、体勢を戻して足から着地する。

 その後で、隕石か何かが地面に落下したかのような衝撃が走り轟音と共に大量の土砂が宙を舞った。

 確認するまでも無い。サルビア母さんがオレを追いかけて来たのだ。

 土埃で周囲の視界が遮られていた。だが、徐々に視界が晴れて来ると目の前に人影が見えて来る。

 完全に視界がクリアになると、そこにはいつの間にか着替えを完了していたサルビア母さんの姿が佇んでいた。

 革の鎧の上に黒の魔導服を着用し、頭には大きな魔法使いの帽子を被っている。腰には刀を差し、右手には杖を持っていた。一見すると魔法使いなのか剣士なのか判断がつかないが、実際はその両方だ。

 大賢者にして大剣聖。最強で最恐で最凶の存在であり、その者の名は鬼百合の異名を持つオレの大好きな母サルビア。

 サルビア母さんは険相を浮かべながらまるで雷の様な魔力を全身から迸らせていた。オレは知っている。この時の母が激怒している状態であることを。

 どうやら覚悟を決めなければならないらしい。

 オレは深呼吸をすると、腰に差していた剣を抜いて身構えた。

 とりあえず戦うしかないらしい。母は大賢者と呼ばれているが、基本天然で脳筋だ。あまり頭は良い方ではなく、何事も力技で解決してしまう癖がある。大賢者と呼ばれているのも単に絶大で膨大で理不尽で最強と呼ぶのすら生温い魔力を持っているからに他ならない。

 とにかく剣も魔法も気合よ! というのが母の口癖だった。

 オレが剣を身構えると、母は杖の先をオレに向け魔力を込め始めた。杖の先端に尋常ではない量の魔力が集中するのが分かる。それは魔力の塊というよりはブラックホールに近かった。杖の先端が真っ黒な円を描き、周囲の物体を吸い込み始めていた。


「貴方は二つの罪を犯しました。一つは私の息子の名をかたったこと。二つは私の着替えを覗いたこと。三つ目は私の息子を侮辱したことよ⁉ 私の可愛いシュウはあんたみたいなおっさんなんかじゃないわああああああああ!」


 サルビア母さん、それだと二つじゃなくて三つになっているんですけれども⁉ あと、後で覚えていろよ。息子だと分からせた後は、きっと徹底的にねちねちと嫌味を言いまくって大好きな卵焼きを沢山作ってもらうんだからな⁉

 などと心の裡で突っ込みを入れた後、オレは剣を上段に身構え魔力を込めた。


「マジックミサイル!」


 サルビア母さんは杖の先端に集めた魔力を放つと、初級攻撃魔法のマジックミサイルという名の極大消滅魔法の矢を放ってきた。

 まるで岩石、いや、山の様に巨大な魔力の塊がオレに襲い掛かって来る。逃げようにもあまりに魔法の攻撃範囲が広大過ぎて避けることも不可能だった。

 ならば、オレがやれることは一つだ。力を込めて剣を振り下ろすだけ!

 オレは全魔力を剣に集中させた後、全ての力を込めて剣を振り下ろした。

 サルビア母さんの放った魔法に剣が触れた瞬間、全身が砕け散りそうな衝撃を受けた。一瞬でも力を緩めたら確実にオレの肉体は魂もろとも消滅してしまうだろう。

 しかし、恐怖はなかった。むしろ懐かしさのあまり胸が幸福に満たされるのを感じた。

 昔もこうして命がけで母と修行をしたっけか。何度死にかけても母が回復魔法をかけてくれるので、例え半身が消滅しても死ぬことすら許されなかったのを覚えている。

 そう言えば、剣の刺突の修行の時、母はうっかり力の加減を誤り、オレの心臓をそのまま貫いてしまったんだっけか。その時の傷跡は今だに残っている。その傷跡を見せればきっと母も気付いてくれるに違いないと思っていたのだが、その前に存在そのものが消滅させられそうだ。

 オレの剣とサルビア母さんの魔法のせめぎ合いは続く。辛うじてオレの全力攻撃は母の初級攻撃魔法程度なら通用していた。子供の頃なら間違いなく吹き飛ばされ半身が消滅していただろう。一度だけ上半身が消滅したことがあったが、その時はどうやってオレは蘇生したのだろうか? 今回、生き残れたら母に聞いてみようと思った。

 流石に、母も不審者と間違えているオレを殺してしまっても絶対に蘇生させることは無いだろう。

 そんなことを考えていると、剣からひび割れるような音が聞こえて来る。

 まずい、力では対抗できても武器の性能が追い付いて来なかった。まあ、ただの支給品の騎士の剣が母の魔法にここまで耐えられたのは奇跡に近かった。

 その時、脳裏にサルビア母さんの声が過る。目の前に本人がいるのに別の角度から声が聞こえるのもおかしな話だな、と苦笑する。


『絶体絶命のピンチになった時どうすればいいと思う?』


 さて、どうするんだっけか? オレは頭に響く母の声に耳を傾ける。


『気合と根性よ⁉ そうすれば大抵のピンチは乗り越えられるわ⁉』


「だから、大賢者のくせに脳筋が過ぎるでしょうがああああああ⁉」


 何の参考にもならんわ! と同時に心の裡でも叫んだ。

 オレが叫ぶのと同時に、剣は粉々に砕け散り母の魔法によって消滅する。

 サルビア母さんの魔法はその瞬間、オレに襲い掛かった。

 爆音はその後に轟いた。

 サルビア母さんの魔法の直撃を食らった後、オレは真っ黒い濁流に呑み込まれたような錯覚を感じた。上下左右全ての方向感覚が麻痺し意識が遠のき始めた。思考能力は失われ始め何も考えることが出来なくなってきた。しかし、このまま何もせずにいたら肉体ばかりか魂まで消滅するであろうことは理解出来た。

 ならばやることは一つだ。

 気合と根性。それを全力で発揮するだけだ。

 オレはとりあえず気合を入れて魔力を全身から放出する。次に行ったのは根性で失いかけた意識を取り戻すこと。


絶対魔法障壁(イージス・シールド)展開!」


 オレは無我夢中でかつて母から教わった防御魔法を展開する。

 しかし、かつて一度たりともこの防御魔法で母の魔法を防ぎ切ったことはない。

 だが、オレは12歳の子供ではない。もう46歳のおっさんなのだ。力をつけた今なら、母の魔法も防ぐことが出来るはずだ。

 そして、オレは限界の壁を突破した。オレが展開した絶対魔法障壁(イージス・シールド)は、見事母の魔法を弾き返したのだ。

 絶対魔法障壁(イージス・シールド)によって弾かれた母の魔法は霧散した。消滅の余波による衝撃波は発生したが、その程度でどうにかなるオレではない。ただパンツ以外の全ての衣服が消滅し、半裸状態になってしまった。

 ふらつきながらサルビア母さんを見ると、杖に第二撃目の魔力を充填しているのが見えた。

 ああ、そうか。オレにとっては死闘であっても、母にとっては今の攻撃はただのジャブに過ぎなかったのか。

 一撃目を防いだだけでも奇跡的な快挙だったと自分を褒めてやりたかった。

 まあいい。どうせオレは元々廃棄迷宮で孤独死を覚悟していたのだ。大好きな母に再会出来ただけでも幸運だ。その大好きな母に葬ってもらえるならそれはそれでもいっか、などと思った。

 オレが死を覚悟し棒立ちになった次の瞬間、突然、母の狼狽した声が響いてきた。


「そ、その胸の傷跡……まさか、本当にシュウなの⁉」


 サルビア母さんは茫然と立ち尽くすと、持っていた杖を力なく地面に落とした。カラン、という乾いた音が響いて来る。


「だから最初からそう言っているだろ、サルビアお母さん」


 ようやく気づいてくれたか。これでもう殺される心配は無くなったな。

 ホッとしたのか、オレは眩暈を覚え全身から力が抜けて落ちるのを感じた。

 もう足に力が入らず、オレは前のめりに倒れ込んだ。


「シュウ!」


 不意にサルビア母さんの声が聞こえた。頬に柔らかい弾力を感じる。

 うっすらと目を開くと、オレはサルビア母さんの胸に抱かれていることに気付いた。


「死なないで、シュウ⁉」


 泣きそうなサルビア母さんの顔が飛び込んでくる。


「大丈夫。死ぬ一歩手前くらいだから」


 オレはそう言って笑って見せた。


「ごめんなさい、まさか本当にあの覗き魔がシュウだなんて思わなくて。危うく消滅させた後、プランクトンかインフルエンザウイルスに転生する呪いをかけるところだったわ⁉」


 本当に危なかった。母ならきっとやりかねないと背筋が寒くなる。


「それにしても、あんなに可愛かったシュウがどうしてこんなに老けてしまったの?」


「そりゃ、あれから34年も経過しているからね。おっさんにもなるさ」


「34年? ふえ、何のこと???」


 サルビア母さんはオレを抱きながら目を点にする。

 

「いや、だから、オレが12歳の頃、冒険に出かけて来るわって書置きを残して別れたきりだろう? 覚えていないの?」


 次の瞬間、サルビア母さんの顔が蒼白し引きつるのが見えた。


「あのさ、色々と聞きたいことはあるんだけれども、もしかしてあれから34年間経ったことすら気づいていなかったとか言わないよね?」


 流石にド天然で脳筋の母でもそれはないか。ないよね?


「ごめん。迷宮作りに夢中になって、今の今まで忘れてました……!」


 マジかよ、お前⁉ オレは思わず叫びそうになっていたが、その前にもう一つだけ確認すべきことがあった。


「色々とお説教したいところだけれども、一つだけ聞かせてくれ。母さんはどうして若いままなの?」


 それが一番の疑問だった。昔、母に年齢を訊ねた時、大体17~30歳くらいと答えてもらった記憶があった。ならば本当なら今は70歳くらいの老女になっているはずだ。でも、今の姿はあの時と変わらず10代後半くらいにしか見えなかった。


「ふえ? だって私、エンシェント・エルフだもん」


 エンシェント・エルフですと? 何だか聞きなれない言葉だ。エルフはともかく、エンシェント・エルフとは何なのだろうか?


「エルフ? 母さんって、エルフだったの?」


「そりゃあ、見たら分かるでしょう? ほら、この耳」


 そう言ってサルビア母さんは横に長く伸びた耳を触って見せる。


「でも、オレの耳は普通だけれども……?」


「うん、シュウは人間だからね。当たり前じゃない」


 おや? 微妙に話がかみ合わないぞ? これはどういうことだ?

 その時、オレはあることに気付く。


「サルビアお母さん、もしかしてもしかなんですけれども、オレと母さんって実の親子じゃなかったりする?」


「もち。え、知らなかったの⁉」


 サルビア母さんの狼狽する顔を見た瞬間、オレは衝撃的な事実を知り目の前が真っ暗になるのであった。

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