表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/5

第2話 おっさん、うっかり生き別れた美義母と再会する

 大賢者サルビアの名を聞き畏怖しない者は皆無だったが、オレにとって彼女はただただ優しく深く愛してやまない自慢の母だった。

 子供の頃、そんな母から学んだもののなかで最もインパクトのあった教えはこの二つだった。


「いい、シュウ、よく聞きなさい。剣は力を込めて全力で振りなさい。魔法は気合と可能なら恨みを込めて放ちなさい。そうすれば自ずと最強になれるわよ。そう、お母さんのようにね」


 単純明快で実に分かりやすい教えだった。おかげで幼い自分でも強くなる方法が簡単に理解出来たのを覚えている。

 その言葉に説得力があったのは、母が大賢者にして大剣聖だったからに他ならない。実はオレは子供の頃、遠足に行こうと母に連れられて魔王城に行き、そこで母が魔王を倒す姿を見ていた。だから、母の言うとおりにすれば自分も強くなれると確信したのだ。


「うん、分かったよ、お母さん!」


 オレがそう言うと、母は目を細めて「偉い偉い」と頭を撫でてくれた。

 大好きな母に頭を撫でられるのが嬉しくて、オレは来る日も来る日も木刀を思い切り振った。その後で母から学んだ魔法は気合を込めて放ち続けた。

 いつまでもずっと、大好きな母と一緒に暮らしていきたいと、この時のオレはそう願っていた。

 だが、12歳になった朝、母は『ちょっと冒険に出かけて来るわ』と一言書置きを残してオレの前から姿を消してしまった。

 あれから34年が過ぎた。

 母の教えを守り続けたオレは、いつの間にかバルゴ王国最強の存在にまで上り詰めていた。

 剣を使えば右に出るもの無し。

 魔法を使わせれば並ぶもの無し。

 されど妻は娶れず。

 オレは何故か子供の頃から女子にもてたことがなかった。いや、もてないだけならまだいい。何故か同世代の女子にだけは毛嫌い、というよりは汚物の様な扱いを受け続けて来た。 

 46年間生き続けて来た中で一番心に深く突き刺さったのは「一緒の空気を吸うだけでも嫌!」とか「存在すること自体許せない!」とか、特に「臭いから近寄らないで!」と毎日風呂に入っているのにそう罵倒されたことだろうか?

 そして様々な婚活を経験し、騎士団長のコネを使ってもオレとお見合いをしてくれる女性はただの一人も現れなかった。

 いつしかオレは孤独死を覚悟し、今ではあまりにトラウマが過ぎて女性を見るだけでも眩暈を覚えるようになってしまった。

 だから、オレはエリック王子から理不尽極まりない追放刑に処せられても本音では安堵していた。廃棄迷宮には人間、というか女性は絶対にいないだろう。少なくとも胸を抉られるような罵倒を受けることは二度とない。どの道孤独死する運命なら、迷宮で生涯を終えてもいいと思った。


 エリック王子から追放刑に処せられてから二日が経過していた。

 現在、オレは鉄に覆われた荷馬車に護送され廃棄迷宮に向かっていた。荷馬車の周囲にはエリック王子の息のかかった騎士団一個大隊が配備されオレを逃がすまいと厳重な警備がしかれていた。

 オレは両手に手枷を、両足に鉄球をつけられている。本来なら囚人を拘束するにはこれで十分なのだろうが、これではオレを完全に拘束することは不可能だ。

 せめて魔法封じの首輪に全身に絶対服従の奴隷紋でも刻み込まなければオレの動きを封じることは不可能だろう。

 まあ、逃げるつもりもさらさらないので大人しくしているつもりだ。

 周囲を鉄壁に覆われた荷馬車に揺られながら、そろそろ廃棄迷宮がある魔獣の森に到着する頃合いだな、と気づいた。

 廃棄迷宮に注意を奪われがちだが、魔獣の森も十分危険な場所だった。何しろ、この森には最低でもA級モンスターしか存在しないのだ。S級モンスターも数多く存在しており、中でもジャイアントオーガと遭遇すれば一個大隊の戦力など瞬く間に壊滅してしまうだろう。

 オレが指揮官なら、部下達に魔獣の襲撃を警戒するように指示をする。だが、耳を澄ませても護送を指揮する指揮官から何の指示も下されていないように感じた。


「おーい、そろそろ魔獣の森に差し掛かる頃合いだから、魔獣の襲撃を警戒しておいた方がいいぞ?」


 オレは荷馬車の鉄壁をコンコンと叩きながら声をかけた。


「うるさい! お前はもう騎士団長ではないのだ。余計な口を挟むな!」


 と、向こうから怒鳴りつけられてしまった。

 まあ、確かにそうだ。だが、このままでは警備をしている騎士達の身が危うい。何とか言うことを聞いてもらえないだろうか?

 などと思った直後にそれは起こった。

 突然、獰猛な獣の咆哮が轟いたかと思うと、荷馬車に激しい衝撃が走った。

 視線が横に傾いたかと思うと、すぐに一回転したのだ。

 ゴロンゴロンと荷馬車は転がり、凄まじい衝撃が走る。見ると、鉄壁が凹んでいた。

 そして、外から騎士達の悲鳴が聞こえて来る。

 

「言わんこっちゃない。仕方ない、助けてやるか」


 オレが手を捻ると、手枷は簡単に砕け落ちた。足元の鉄球が邪魔だったので、拘束していた鎖ごと引き千切る。

 

「よっこいしょっと」


 オレは掛け声と共に鉄壁を軽く叩いた。鉄壁は脆くも砕け散りに大穴が開く。すると、外の惨状が目に入って来た。

 騎士団は魔獣の襲撃を受け、既に壊滅状態に陥っていた。周囲は血の海と化し、肉片が飛び散っていた。

 

「オレも初めて見たが、これはデカいな?」


 鉄の荷馬車から出ると、そこに巨大な影が蠢いていた。

 大きく裂けた口に鋭い牙。完全武装の騎士達を紙の様に切り裂く爪。獰猛な唸り声を上げながらそれは騎士達を貪りつくしていた。

 それはジャイアントオーガだった。オーガの亜種で通常のオーガよりも倍以上の巨躯を誇る。S級モンスターに指定され、討伐するには一個師団の戦力が必要とされていた。たかだか一個大隊ではわざわざ生贄になりにいくようなものだった。


「た、助けてくれえええええ⁉」


 騎士の絶叫が木霊する。

 そこは既に阿鼻叫喚の巷と化していた。

 騎士団は既に壊滅状態に陥り敗走を始めていた。

 しかし、ジャイアントオーガは見た目よりもはるかに素早く、逃げ惑う騎士達を次々に巨大な手で握り潰しては頭を引き千切った。恐らく、獲物を全て仕留めた後でゆっくりと味わうつもりなのだろう。

 このままでは数分もかからず騎士団は全滅する。

 仕方がない。オレは足元に落ちていた騎士の剣を手に取ると、呼吸を整え上段に身構えた。

 剣を握ると、いつも母の声が脳裏を過る。


『剣は力を込めて振りなさい。そうすれば弐の太刀要らずなのよ』


「分かってるよ、母さん」


 オレはそう呟くと、魔力を剣に込める。魔力が宿った剣は淡い柑子色のオーラを放った。

 

「こっちだ、デカブツ!」


 オレが叫ぶと、ジャイアントオーガはオレに振り向き、手に持っていた騎士の死体を地面に放り投げた。

 

「グオオオオオオオオオオン!」


 ジャイアントオーガの咆哮が轟き、逃げ惑っていた騎士達を一瞬で麻痺させた。

 どうやら奴の咆哮には威圧の効果が付与されているらしい。オレの部下達であればこの程度の咆哮に怯むことも麻痺することもなかったであろうが、エリック王子の息がかかった騎士達では為す術もない様子だった。あまりの練度の低さにため息が漏れた。オレが直接指導していたのなら、こいつらも死ぬこともなかっただろうに。

 剣に魔力は込めた。後は力を込めて振り下ろすだけだ。

 そして、ジャイアントオーガはオレに向かって突進してくる。奴が一歩前に出るたびに地面が激しく揺れ鳴動する。


「相手が悪かったな」


 オレは力を込めてただ剣を振り下ろした。

 それで終わりだった。

 閃光が走りジャイアントオーガを脳天から二つに切り裂いた後、遅れて衝撃波が発生する。

 轟音が響き渡り、ジャイアントオーガの後ろの木々が数キロ先までなぎ倒され、山の一部を吹き飛ばした。

 脳天から真っ二つになったジャイアントオーガの身体は衝撃波の発生と共に消滅する。

 生き残った騎士達はあまりの光景にただ茫然と立ち尽くすのみだった。

 

「ちょっとやり過ぎたかな?」


 二日間も剣を握っていなかったので、微妙に力加減を間違えたみたいだ。危うく魔獣の森そのものを吹き飛ばすところだった。

 オレは近くでへたりこんでいる騎士に声をかけた。


「おい、無事な奴らをまとめてお前達は王都に帰れ。心配しなくてもオレはちゃんと廃棄迷宮に行くから安心しろ」


 オレが優しくそう言うと、その騎士は何度も頷いた後、悲鳴を上げて走り出した。それに連鎖反応を示した生き残りの騎士達は後に続くように悲鳴を上げながら走り出した。

 生き残りの騎士達が全て逃げ出した後、オレは屍と化した騎士達に手を合わせた。


「申し訳ない。オレがもう少し強く進言していたらお前達を死なせることはなかった。せめて安らかに眠ってくれ」


 本当は死体を全て埋葬してやりたかったが、数が数だけにオレにはどうすることも出来なかった。

 彼等は土に還る前にこの森の住人達の糧になるだろう。ただ無意味に腐らせるよりはその方が供養になると信じ、オレは廃棄迷宮に向かった。

 途中、様々なS級モンスターに襲撃されたが、無益な殺生をする必要は無いと思い、威圧スキルを垂れ流しにしながら先を急いだ。

 思惑通り、姿を現したS級モンスター達は泡を吹いて気絶するか、恐れて森の中に退散していった。

 先程も威圧スキルを使えれば騎士達を死なせずに済んだだろうが、そもそも彼等程度のレベルではオレの威圧スキルをまともに食らえば即死していただろう。ジャイアントオーガを無力化する前に救うべき騎士達の息の根を止めてしまっては本末転倒だ。どの道彼等を救える術は無かったのだと自分に言い聞かせ、罪悪感を打ち払った。

 そうして、半日も歩き周囲が薄暗くなった頃、ようやく目的地に到着した。

 オレは廃棄迷宮の入り口に立ちながら呆気に取られていた。

 通常、迷宮の出入り口というものは石造りに鉄門が取り付けられたような粗末な作りが一般的だ。たまに城の中に迷宮が存在していることもあるが、そういう場合は大理石などで造られ、周囲には豪華な調度品が飾られている場合もある。

 しかし、これは少し、いや大分異常だった。見た感じ、そこはレンガ造りの普通の一軒家だったからだ。庭があり、子供が遊べるようなブランコが設置してある。洗濯物を干す場所や犬小屋まで設置していた。殺伐とした空気は皆無で和やかな空気が流れていた。家の中からは明かりが洩れている。誰かが住んでいるのだろうか?

 もしかしたら場所を間違えたのだろうか? だが、家の前には立札が設置されていた。


『こちら、廃棄迷宮につき一般冒険者の立ち入りを禁じます by冒険者ギルドより』


 立札にはドラゴンの攻撃を受けても壊れないように時間停止魔法がかけられていた。たかが立札を設置するのに古代魔法を使っている辺り、その異常性が伺い知れた。

 こののどかな風景の中に、いかに恐ろしい事実が隠れているのか、オレはようやく理解した。

 S級モンスターが蠢く魔獣の森の中にポツンと建つ一軒家。ただそれだけで畏怖すべき光景なのだ。

 オレは剣を抜くと、緊張のあまり息を呑み込む。

 庭に一歩足を踏み入れた瞬間、獰猛な唸り声が聞こえ、犬小屋の中から大きな目玉の様な二つの光が見えた。

 突然、犬小屋の中から巨大な影が飛び出て来た。

 それは全身が銀毛に覆われ、二階建ての一軒家よりも遥かに高い巨躯を持っていた。

 目の前に現れたのは神獣フェンリル。モンスターではなく幻獣種にカテゴリーされ、神と呼んでも差し支えの無い上位存在であった。


「フェンリルがこの家の番犬というわけか⁉」


 どうやら子犬しか入れなさそうなサイズの犬小屋には空間魔法が施されていたみたいだ。

 ここを訪れた冒険者を餌食にする為に仕掛けられた最初の罠がフェンリルとは恐れ入る。これでは迷宮内部に入るまでもなく、廃棄迷宮に指定されても仕方がないだろう。


「フェンリルと戦うのは初めてだ。さて、どうするかな?」


 オレはとりあえず剣を上段に身構え様子を窺うことにした。

 しかし、何だか様子がおかしい。いつまで経ってもフェンリルは襲い掛かろうとしなかった。お行儀よくしつけられた飼い犬のようにお座りをしながら長い尻尾をパタパタ揺らし、大きな舌を垂らしてオレのことをジッと見つめていた。


「あれ? もしかして戦意は無いのか?」


 オレは殺気を感じられなかったので、剣を鞘に収めるとフェンリルに近寄る。

 すると、フェンリルは嬉しそうに近寄ってくると、大きな舌でオレの顔をひと舐めした。それからは嬉しそうにじゃれついてくるので、オレはフェンリルのモコモコな銀毛を堪能させてもらった。頭を撫でてやると目を細めて嬉しそうな鳴き声を上げ、背中を地面につけると四本の足を丸めて真っ白なお腹をオレに見せてくる。

 何故かは知らないが、フェンリルは完全にオレに懐いていた。腹を見せるのがその証拠だ。

 オレは遠慮せずフェンリルのモコモコなお腹を撫で始めた。オレが腹を撫でると、フェンリルは心地良さそうに鳴きながら目を細めた。

 予想外の事態に困惑しつつも、オレはただただフェンリルのモコモコをしばらくの間堪能し続けた。

 我に返ったのは小一時間も経過した頃だろうか? その頃には完全に日が暮れていた。だが、家の中から洩れだす明かりの為、完全な闇に溶け込んではいなかった。


「さて、どうするかな? このままフェンリルと戯れているのも悪くはないが……」


 とりあえずオレは家の中に入ることに決めた。

 

「また後でな」


 オレが撫でるのを止めると、フェンリルはお座りをし、シュンとした様子で寂しそうに顔を下に俯かせた。

 相変わらず殺気も禍々しい空気も感じられない。だが、それが恐ろしいと感じた。

 オレは最大限に警戒しながらドアノブに手をかける。

 そして、カギがかかっていないのを確認すると、一気にドアを開いて中に飛び込んだ。


「キャアアアアアアアアアアア⁉ 変態、痴漢よおおおおおおお⁉」


 中からうら若い女性の悲鳴が響き渡った。

 これまた予想外過ぎる出迎えに、オレは驚きに固まってしまった。これは侵入者の精神を揺さぶる廃棄迷宮に仕掛けられた狡猾な罠の類かもしれない。だとしたらこの罠を思いついた奴は相当性格が悪いに違いないと思った。誰も迷宮に入った直後にうら若い女性の悲鳴が木霊するとは思いもしないだろう。

 オレは瞬時に我に返り戦闘態勢に入ろうとするも、飛び込んで来た光景に全身が凍り付いてしまった。

 そこには着替え途中の若い女性の姿があった。女性は下着姿で、頬を染めながら恥ずかしそうに両手で胸元を隠していた。

 だが、その女性を見た瞬間、オレはあまりの驚愕に開いた口を閉じることが出来ず、ただただ茫然と立ち尽くしてしまった。

 腰までかかった艶やかな銀髪。降り積もったばかりの新雪のように白い肌。切り長のルベライトの様に赤い瞳。あどけない顔立ちには凛とした美しさが光り輝いていた。そして、最も特徴的なのはピンと横に伸びた長い耳だった。

 そして、オレは思わず絶叫する。


「サルビア母さん、こんなところで何をしてるんですかああああああああ⁉」


 と。

 実に34年ぶりに母と再会した瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ