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12 エリザベス 3

 エイベルとエリザベスは王立学校に通う年になった。

 学業を優先して良いことになり、エリザベスは公爵家から学校に通うことになったが、護衛役は継続と言われた。

 学校ではエイベルには同い年の護衛モーガンがつくことになっている。男女は別の教室で、校内でさほど会いもしないのに自分が護衛として必要なのか、エリザベスは疑問に思ったが、そこで新たな役割が与えられた。


 王に呼び出され、向かった部屋で義父である公爵が言った。

「おまえにはエイベル殿下の婚約者候補になってもらう」

「こ、ここ、こんやくしゃ、こうほぉ?」

 王を前にして、エリザベスは思いっきり顔を歪めていた。エイベルの婚約者候補と言えばパトリシアを見ればわかるように容姿端麗、成績優秀、才徳兼備、品行方正、とかく完璧な上位貴族の令嬢が選ばれ、それでも「候補」止まりなお役目だ。何を血迷ったか、とエリザベスは反論しようとしたが、あまりの事にうまく言葉にならなかった。

「学校の中にも婚約者候補の令嬢が何人かいる。そうでない令嬢もまた殿下と交流できる機会を逃さないだろう。おまえ自身、婚約者候補の一人となり、学校で令嬢達の牽制をしてもらいたい」

 そう言われたものの、…どうやって?

 エリザベスは頭を悩ませた。


 学校では学生の剣の持ち込みは許されていなかったが、剣に代わり「公爵令嬢」という肩書きが武器になる。

 この国の公爵家は五家。エリザベスの在学期間に公爵家を冠する生徒はエリザベスただ一人だ。エリザベスに面と向かって逆らえる者はエイベル以外におらず、何をしても牽制になる。と言うのが王と公爵の見解だ。

 護衛のモーガンは格闘技の腕は確かだったが、女生徒に力業を仕掛けることは出来ず、王子を守ろうと伸ばした手が令嬢の肩に触れ、嵐のようなクレームが飛ぶとタジタジになっている。あれでは簡単に押し切られてしまうだろう。


 侍女達が毎日張り切って装い立てたこともあって、学校でのエリザベスはそれなりに王子の婚約者候補にでもなりそうな令嬢っぽく見えた。

 婚約者候補として昼休みは極力同席し、王子相手に果敢にアタックしてくる女生徒からエイベルを守った。口はうまい方ではないが、鋭い目つきは睨むだけで充分効果があり、それでも効かない時は王子と令嬢の間に立ち、距離を取るよう圧力をかけた。手紙や貢ぎ物を本人の見ている前で検閲し、大半は手渡されることなく却下。エリザベスが忠実に任務を果たそうとすればするほど、周囲はエリザベスを嫉妬深い婚約者候補だと思い込むようになっていた。


 公爵令嬢に面と向かって嫌がらせできる者はいなかったが、地味な嫌がらせには事欠かなかった。何せ公爵令嬢でありながら、自身には護衛がついていないのだから。自分が受けた嫌がらせと思われる事項は全て発生した日時、場所、氏名または相手の特徴、内容を記録し、証拠が残っていればそれも添えて学校に報告した。エリザベスの名前で送られた報告は公爵家からのクレームであり、学校側の対応も早く、やがて嫌がらせは収まった。


 城で護衛をしていたエリザベスと公爵令嬢エリザベスは同一人物だとわかっているはずなのに、周りは以前のエリザベスこそごまかしで、今のこの姿こそがが本性だと思い込んでいる。そのおかげでエリザベスにはなかなか打ち解けられる友達が出来なかった。たくさんの友達に囲まれた学校生活を夢見ていたエリザベスは、この損な役回りを恨まずにはいられなかった。



 エイベルは婚約者候補の令嬢としてめかし込むようになったエリザベスを見て、まあそんなものだろうと割り切っていたが、外見は令嬢になっても中身は護衛のエリザベスのままだった。自分に媚びることはなく、婚約者候補は役と心得、ライバル令嬢への対応は身辺警護に物品検査、あくまで業務対応だ。周りに警戒する令嬢がいなくなるとふにゃっと顔を緩ませ、「王子って仕事も大変ですね」とねぎらってくる。

 互いの学校生活のことを話題にすることもあったが、特徴を捉えた某教師のものまねは絶品で、モーガンにも大受けだ。熊殺しの珍獣はめかし込んでも変わらなかった。



 二年になるとエイベルの弟ブライアンも学校に通うようになり、その頃には周りも王子に慣れたのか、アイドルさながらの極端な特別扱いはなくなっていた。そうしないうちに牽制の必要もなくなるだろうと思っていたのだが、さらに半年が過ぎた頃、公爵から

「おまえがエイベル殿下の婚約者に決まった」

とさらりと言われた。夕食の話題の一つに告げられたせいで、はじめは聞き逃していたが、思考が追いついた途端、

「んなばかな!」

と公爵への返事としてはいただけない言葉を発してしまった。


 どうやら学校生活を通して王子とエリザベスの関係に割り込む隙がないと思った他の候補者が見切りをつけ、他に良縁を求めて一人、また一人と辞退していき、エリザベスを残し婚約者候補がいなくなってしまったようだ。

「いや、それは私は仕事上辞退できないだけで…」

 困った事態にあたふたしているエリザベスのことなどおかまいなしに、公爵はこう言い切った。

「王家と公爵家で既に婚約は取り交わされている。以後、そのつもりで」

 今度は婚約者役か…。

 エリザベスは自分が嵌められたことにも気がつかず、一時つなぎの婚約者役をいつまで続けなければいけないのかと眉間にしわを寄せ、早く本物の婚約者が現れることを願った。


 翌週から学校に加えて王妃教育も受けるようになった。

 公爵家ファミリーの中では劣等生でも、パトリシアから学んだことは王妃教育そのものであり、あのパトリシアを常に間近に見てきたエリザベスは飲み込みも早かった。油断さえしなければ王太子の婚約者の仮面を被ることはできそうだった。


 婚約者候補から婚約者に代わったが、エイベルとエリザベスの関係はそっちに向いては進展しなかった。

 これまで通り昼休みにはそばにいて、今日も誰も攻めてこなかった平和な日だとエリザベス自らお茶を入れる。話題振りに講義のわからないところを愚痴れば気安く教えてくれ、教科によっては成績を競い合い、一緒にテスト対策をし、課題の国策模擬レポートでがっつり討論し、気がつけば学友としての友愛度は上がり、周囲に人がいない時には敬語を使わずに話すことも増えていた。

 気軽にリズと呼ばれた愛称は、かつて父に呼ばれていたリジーに似ていて、少しこそばゆい思いがした。



 婚約者との関係に「友達」と言う言葉しか思い浮かばないほど恋愛に疎いエリザベスの前に現れたのが、国の南部にあるバーギン領で数々の奇蹟を起こす聖女ロザリーだった。

 エイベルとエリザベスが三年生になった時、ロザリーは一つ下の学年に転入してきた。転入してすぐに同学年のエイベルの弟ブライアンにつきまとい、婚約者のキャサリンをやきもきさせていた。はじめはロザリーを避けていたブライアンがある日を境に突然ロザリーに心を寄せるようになり、その急変ぶりに違和感を覚えたエリザベスは、キャサリンとエイベルの護衛モーガンにただの恋心と思わず注意するよう伝えた。


 二人が動いたのだろう。やがてブライアンはロザリーへの関心をなくした。

 その反動だろうか、ブライアンとキャサリンとの仲は劇的な変化を見せた。それまで政略上の婚約者として熱くもならず、冷め切らず、穏やかな関係を保っていたのだが、ブライアンはキャサリンへの愛情を隠すことなく、時には妄信的にキャサリンに尽くし、四六時中キャサリンのそばにいたがるようになった。キャサリンに近づく者への嫉妬もひどく、端から見ても異様と思えるほどで、キャサリン自身も嬉しいと言うより戸惑っているように見えた。キャサリンはブライアンにも周囲にも気遣い、毎日落ち着かず、徐々に成績も振るわなくなっていった。

 思われたら思われたでうまくいかないものなのか。

 エリザベスはブライアンとキャサリンを見ているうちに、恋心の怖さを感じるようになった。それがやがて人ごとでなくなった。


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