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13 エリザベス 4

 ロザリーの切り替えは早く、次のターゲットはエイベルだった。

「国を守る王太子様の隣に聖女がいれば、国は安泰です」

 自分こそ王太子妃にふさわしい宣言から始まった、ロザリーの接近。

 まためんどくさいのに狙われたと思い、当初からロザリーが何か仕掛けを持っていると疑っていたエリザベスは、ロザリーのエイベルへの接触を避け、差し入れも全て止めていた。自分がいない時はモーガンに引き継ぎ、ロザリーのつけいる隙は作らなかった。


「殿下がロザリー嬢をかばって水を被った」

 その事件は、エリザベスが苦手なイングレイ語の補講を受けていた時に起こった。

 自分が守られる立場のくせに、嫌がらせを目撃してロザリーをかばい、バケツの水を被った王子。とっさのことでモーガンにも防げなかったらしい。水をかけた令嬢は捕まえ、学校側に引き渡し済み。エイベルは既に帰っており、後は王家が対応する。そうモーガンから報告を受けて、エリザベスはこの一件は解決済みとみなしていた。


 ところが、翌日会ったエイベルは何故かエリザベスを睨みつけてきた。

 エリザベスが近くにいることを拒否し、昼休みもそばに来るなと言われた。理由もわからず拒否されたことがエリザベスにはショックだった。友達だと思っていた今までがちょっとなれなれしくしすぎたのかと反省してみたりもしたが、どう考えてもおかしい。

 エイベルに付き添うモーガンの目が、エリザベスを見てわずかにさまよった。同情でもなく、貶むでもなく。


 エリザベスは昨日の事件を再調査した。

 水かけ事件が起こったのはエリザベスの補講が始まってすぐ。補講が終わるとエイベルは帰ったとモーガンに言われた。実質一時間もかかっていない。

 事件を見た者から話を聞き、事件の起こった場所に行くと、周囲の植込の葉に色が薄くなっているものがあった。かすかに嗅ぎ慣れない匂いもする。エリザベスは数枚の葉と土を集め、袋に入れた。

 全身びしょ濡れになり、着替えのためエイベルは移動したが、着替えにはモーガンだけでなくロザリーもついて行ったようだ。どこに行ったのかは誰も知らなかった。


 事件を起こした子爵令嬢はモーガンが捕らえ、その後教師に引き渡されていた。その日は学校に来ておらず、学校には既に退学届が出されていた。放課後子爵家を訪ねたが、令嬢はいなかった。王子の護衛として王城から確認に来たと告げると子爵が出てきた。

「殿下に対してあのような振る舞い、許されるわけがありません。娘は勘当し、即刻修道院に送りました」

 ターゲットを誤ったとはいえ、王子に水をかけたとなれば下手すれば家は取り潰しだ。王家からの処分を待たず、急ぎ修道院送りにしたのは体裁を整えるためか、それとも娘の命だけでも守ろうという親心なのだろうか。

 エリザベスは公爵家の護衛に令嬢の行方を追跡させた。すると修道院に行ったのは子爵家の侍女だけで、途中で令嬢は馬車を乗り換え、身分を偽って他国に出国したことがわかった。

 用意周到すぎる。背後に大物がいるに違いない。


 モーガンの挙動もおかしい。エイベルが城に戻った時間を確認すると、エリザベスに報告に来た時にはまだ城に戻っていなかった。しかもその日モーガンはエイベルと一緒に城に戻っている。エイベルは学校のどこかにいたにもかかわらず、エリザベスには会わせないようにしていたとしか思えない。


 エリザベスが調べたことは公爵を通じて王城にも報告されたが、当面様子を見るよう指示された。裏に何かがあるらしい。エリザベスはエイベルの様子を心配する婚約者として、遠くから観察することにした。


 学校の中で公然と腕をつなぐ二人。エイベルはロザリーから手渡された飲み物や食べ物を躊躇なく口にし、視線は常にロザリーに釘付けだ。気がつけば揃いの腕輪をしていて、今まで女性に向けたことのない笑顔を振りまいている。エリザベスは黙々と観察していたが、妙に不快だった。

 外で食べる物には注意しなければいけないのに、あんなに怪しい物を口にして。腕への装飾は邪魔になると嫌がっていたくせに、ロザリーからのプレゼントなら受け入れる。ロザリーを目で追ってにやけているが、友情と恋とではあんなに視線が違うものなのか。エイベルもブライアンも、王族として常に表情を大きく崩さず冷静さを保っていた分、見ているだけで恥ずかしいデレデレした表情が無性にかんに障った。


 ロザリーは周囲の者から浮いていて、時々嫌がらせを受けてはいたが、しばしば自作自演で自分の持ち物を傷めたり、転倒して見せたりすることがあった。自虐癖でもあるのかと思っていたら、噂によると犯人はエリザベスらしい。

 エリザベスは周囲にしばらくロザリーに嫌がらせをしないよう念を押し、ロザリーの怪しい動きを見たら必ず記録を取り、報告するよう「お願い」した。

 貴族達のいじめがなくなるとロザリーの自分いじめが増え、さらに下位貴族の令嬢がロザリーに何かを仕掛けるようになった。調べればいじめを受けている状況作成に協力している者が数名いることがわかった。弱みを握られ、あるいは金銭を受け取っていじめを演じ、捕まった時にはエリザベスの指示でやっていると証言することになっている。エリザベスはロザリー以上の金額を積み、次に依頼があれば報告するよう、これまた「お願い」をした。ロザリーの指示に従うかどうかは当人に任せ、自分の名を出しても罰することはないと約束した。

 今回の件では公爵家の金を好きなだけ使っていいとは言われているが、金をちらつかせれば簡単に寝返る者を見て、金の力は怖いと改めて感じた。



 水かけ事件のあった場所から持ち帰った葉や土から使われている薬の分析が進んだ。一時期異国で流行った精神に影響を与える依存性の薬が含まれていたが、王家お抱えの薬師が解毒薬の処方を知っていた。いろいろ混ぜられてパワーアップした薬は、良薬口に苦しの手本のような出来映えだ。どうやって飲ませるかが悩みどころだったが、さらに大きな獲物をおびき出すため、薬の使用はもう少し先送りされることになった。エリザベスは日々顔色が悪くなっていくエイベルが気がかりだった。



 王城では近く夜会が開かれることになっていた。

 夜会は好きではなかったが、今回はこの会を利用してロザリーが何かを仕掛けてくるだろう。不謹慎ながらエリザベスは少しわくわくしていた。


 金で味方についた令嬢から、面白い話を聞いた。

「ロザリー様は夜会で緑のドレスを選んだそうです。赤い色を引き立たせたいとか」

「そう。緑ね」

 ロザリーと色が被っては最悪だ。緑のドレスは避けることにした。

 エリザベスは銀貨を一枚つまんで手渡した。かっこよく、悪っぽく見せようとしたが、あやうく銀貨を落としそうになって大変だった。



 学校の廊下ですれ違いざま、エリザベスはエイベルから声をかけられた。話しかけられたのはずいぶん久しぶりだったが、初めからエリザベスを責め立ててきた。

「ロザリー嬢が階段から突き飛ばされた。大きな怪我にはならなかったが、おまえの指示でやったと証言を得ている」

 久々に近くで見たエイベルは顔が黄色みをおび、肌が荒れて吹き出物が出ている。薬がきついのだろう。しかし目は正義に燃えて、打倒エリザベスとばかり聖女のために戦う意欲を見せつけてきた。

 廊下で話すような内容ではないが、滅多に燃えない男の見せたやる気、受けて立とう。

「そのような事実はございません」

 エリザベスは友人としてではなく、婚約者の王子と向き合っていることを本人に示すため、丁寧な言葉遣いをした。

「そうした事故があったとは伺っております。ですが、それと私にどのような関係が?」

「しらばっくれるのか」

 一方の言い分しか聞かないで責めるのか。目つきもおかしいし、かなりいっちゃってるぞ。これは夜会で仕掛けてくる前振りに違いない。そう思ったエリザベスは、はっきりと自分の意向を伝えた。

「身に覚えのないことで責められるのは不本意です。…ですが、殿下が私よりバーギン子爵令嬢をお選びになるというのでしたら、私に異存はありません」

 今度の夜会、ロザリーを選ぶんだよね?

 そう聞いたつもりだった。しかし、その場ではエイベルは何も言わなかった。

 エリザベスは一礼して、振り返ることなくその場を立ち去った。婚約者であることに未練など何もない。


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