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オッサン勇者、実は盗賊?!  作者: としょいいん


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第42話 訓練場でのひととき

 SIDE:アイシャ


 私がティタさんと一緒に遅めの朝食を頂いてから訓練場へ着いた時、まだ隊長もエミリアさんも居なかったけどまだお昼前だし、誰も居ないのなら自主練でもしておこうと考え訓練場にあるトラックの周りを走る事にした。


 宿舎を出る時にトレーニングウェアを身につけてその上から騎士服を着ているので、それさえ脱げば直ぐに訓練を始められるように準備は出来てる。素早く更衣室に入って着替えを済ませる時、右手に装着してるガントレットを着け直せば、後はグランドへ出てストレッチを行いランニングを始める。


 まだ春先だけど正午に近いこの時間の日差しは暖かく、あとひと月もすれば気温はもっと上がって汗ばむ日々がやって来るのでしょうね。


「アイシャまだー?」


「もういいわよ、行きましょう」


 更衣室を出て廊下を歩いていると玄関ホールからピクシーのティタさんが飛んで来た。


 彼女と話しながら地面に座って身体の各所にある関節を軽く曲げながら、筋肉をゆっくりと伸ばして行く。身体に異常があればこの時点で判るけど今日の私も絶好調みたい。


 あの日、隊長に両手を治して頂いてからずっと調子が良い。


 隊長の治癒魔法はとても暖かくて、それまで塞ぎ込んでいた私の心の中にあった氷のように凝り固まっていた後悔と恨みの念を溶かしてくれた。


 もっと私が強ければあんな事にはならなかった。もっと私が貴族連中と上手く付き合っていれば、隊の仲間たちをあんな目に遭わせる事はなかったと考えていた私に『お前は何も悪くない』と言ってくれたのは隊長だった。


「アイシャはやく~」


「今行くー」


 訓練場のグランドに出て白線で引かれたトラックの周りを走る。


 日差しは暖かいけど風が涼しい今の季節は一年で一番好き。運動による体温の上昇を風が優しく冷やしてくれるこの感覚は、いつ感じても心地いい。


 こんな時、いつも私の前を走ってるはずの隊長の後ろ姿を探してしまう。隊長はいつも私を勇気づけて前を向かせてくれるから、あの人の後をついて行けば間違い無いと本能が教えてくれる。


 私がいつも疑問に思っているのは隊長のこと。


 私の目から見て隊長くらい強い人は見た事がない。それも私に対してそれと判らないようにそっと手加減してくれてる状態で、私が知ってる騎士団の誰よりも強いのは明らかなのに隊長に対する騎士たちの評価はとても低く不当なものだ。


 魔王大戦の時に一切前線には赴かず、ずっと訓練場に籠もって震えていたと言うのが彼らの言い分だけど、それなら昨夜に魔族の男を軽く捻って連れて来れたのは何故だと言う事になる。


 お話に出てくる勇者様より勇敢で、聖騎士様と同じくらい誠実で、賢者様より色々な魔術を知っていて、聖女様と同じくらい慈愛に満ちた隊長なのに、この国の貴族や騎士たちは決してそれを認めようとしない。


「アイシャおそいよーー!!」


 最初は軽めのランニングを考えていたけど、ティタさんの飛行速度がアップして私を置き去りにしようとするけど、私も直ぐに走るペースを一段階上のギアに切り替えてティタさんの背中を追う。


「まだまだいけるよね?」


 いくらピクシーが飛んでいたとしても私たち人族とは身体のスケールが違うから、普通に走っていてもティタさんからすれば10倍以上の体感速度になってるはずなのに、彼女のスピードはそれを更に上る。


「ハルトがいないから、きょうわこれくらいでゆるしてあげる」


 まだ隊長が来ていないのに体力を使い果たす訳にはいかないから、ティタさんがこれ以上のスピードアップをしないと言ってくれたので少し……いや、かなりホっとした。


 丁度その時、訓練場の入口から隊長が入って来たのを見つけた私は、それまで走っていたトラックの白線を無視して隊長の元へと一直線に駆け寄った。


「隊長、おはようございます!」

「ハルト、おはよーなの」


「アイシャ、ティタ、おはよう。今日も頑張ってるな」


「隊長もご一緒にいかがですか?」


 もしかしたらお昼ご飯を食べて直ぐだったら悪い事を言ったかも知れないと考えていたんだけど、隊長はニッコリと微笑んでくれて一緒に走ると言ってくれた。


「隊長、どれだけ頑張ってもティタさんに勝てないのですが……」

「ティタはさいそくのおんななの」


「へーそうなのか? これまでピクシーとマジで競争した事は無かったから、オレでも勝てるかどうかは判らないな」


 私も以前に所属していた西方騎士団では一番足が速いと言われていたけど、その私から見ても隊長はもっと速い。それにこれまで隊長から教わった早く走る技術において、その教えを受けた私より隊長が劣っているとは考えられないし、隊長の職業が騎士の私より速さを主体とした盗賊クラスだから、もしかしてという望みはある。


 そしてティタさん、隊長、私の順にスタートラインに並ぶ。私たちが目指すのはトラック1週400メートル先にあるゴールだ。


 3者3様にスタートの姿勢を取るけど、隊長が本気で走ると知ったのは以前に教えて頂いたクラウチングスタートをしているのを見た時で、駆け出した瞬間から私の遥か前を行く隊長の背中に少しも追いつく事はなかった。


(やっぱり隊長の背中を追いかけて走るのは気持ちがいい)


 それほど早かった隊長だけど、ゴール寸前でそれまで隊長のやや斜め後ろを飛行していたティタが青白い光となって一気に追い抜いて行った。


「つうじょうよりさんばいはやい、あかいすいせいとはティタのことなの」


「いや青かったよな? お前」


 隊長とティタさんの二人にしか理解できない話題を聞いて少し寂しい気持ちになるけど、ここで会話に加わらないまま黙っていたら負けたようが気がした。


「隊長、速すぎです! 私これでも西方騎士団で一番足が速かったんですよ?!」


 確かに私は今ここに居る3人の中ではドベだったけど、これでも過去に誰かの背中を拝んで走った記憶はなかった。


「隊長、もう一本お願いします!」


 それでも魔力を消費して飛行するティタさんともう決して若くはない隊長が相手なら、何度も挑めば若くて持久力のある私にも勝ち目があるはず……なんて考えていた時期がありました。


「ハァ、ハァ。だ、だいじょう。もういっぼんおねがいひまふ…」


 そして結果は……この中で一番若くて持久力があるはずの私なのに、一番最初に体力を使い果たしてしまうなんて想像すらしていませんでした。


 これでも以前に所属していた西方騎士団では『体力オバケ』と陰口を囁かれるくらいにはスタミナに自身があったのですが、ほぼ無限の魔力を持つピクシーと、もしかしたら無尽蔵なのではと思えるほどの持久力を持つ隊長たちの前では、これまで自信を持っていた私の体力も人族範疇において誤差程度のモノだったと改めて知る事となりました。


 もう精神力だけで立っていた私の両足は、まだ生まれたばかりの子鹿のようにブルブルと震えていて今にも倒れそうですが、隊長の前でそのような無様をお見せする訳には参りません。


 もう動く事もままならない私の身体が倒れそうになった時、まるでお姫様でも抱えるような体勢で抱き止めてくれた隊長が、木陰の下まで運んでくれて優しく横たえてくれます。


「アイシャ、これを飲んでおけ」


 隊長から手渡されたコップの中にはレモンを薄めたような香りがする飲料水が満たされていて、私はそれを一心不乱に飲み干してしまいました。


「隊長、これ美味しいです」


 レモンを蜂蜜で割ってそれを薄めたものに少量の塩分を加える事で、薄まった味に違和感を感じる事なく最後まで美味しく頂けたのですが、隊長の話では薄めた糖分が塩分を吸収する効果をアップさせるので、体内から汗で失われた水分を素早く補給するのには適しているのだそうです。


 こんな場合でも盗賊ゆえの素早さを追い求める姿勢が隊長らしいですよね。素敵です。


「ハルト、やらしいかおしてる」


「ば、ばか。何を言ってるんだティタ。オレは部下の身体を心配していただけだ」


 隊長はきっと私が体調を崩していないか確認してくれていたのだと思うけど、それが何より嬉しく感じてしまうのと、あと身体のラインが見える今のトレーニングウェアには汗が滲んでいるところがあり、それを隊長に見られたと思うと顔が耳まで真っ赤になる。


「へー、やっぱりアイシャのからだをみてたんだ。ハルトやらしー」


 ティタさん、もうそれくらいで隊長を許してあげて……じゃないと私も恥ずかしいから。

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