第189話:航空技術者は新たな兵装をお披露目する(前編)
長いので分けました
「――装填を――しろッ!」
「擲弾装填ッ!」
「よーーーし。構え!」
号令と共に統一感のとれた金属の鈍い音があたりに響き渡る。
「射角40! 距離330! 目標、前方戦闘車両――撃ち方ぁぁーーーはじめッ!」
それはまるで筒状の包装によって包まれた菓子類の蓋を空けたようであった。
ポンっという、およそ兵器らしく無い脱力せんばかりの情けない音が連続して周囲をこだまする。
その瞬間まではまるで玩具で遊ぶ子供と笑われてもおかしくない雰囲気であったが……次の刹那。
遠くから聞こえてくる火薬の炸裂音は、迫撃砲の攻撃と述べるに相応しい重圧となってこちらまで届いてくる。
「おおぉ……」
同時に伝わる地面の振動が爆発の威力を物語り、ギャラリーとして訪れた者達を驚かせていた。
「よし、そのまま各個制圧射撃! 撃てッ!」
再びの号令と共に響く轟音は、それまでのおよそ常識的な歩兵部隊のそれではなかった。
連続して聞こえる射撃音は、そこに完全に単発式の銃が存在しないことを表している。
「……なんという制圧力だ。もはや小銃分隊という概念は消え去ったと見るべきかのう……戦闘群戦法の概念がさらに重武装化したやもしれん。いや、より洗練化されたとみるべきか」
「中将は例の試製機関小銃の命中公算表をご覧になられましたか?」
「いや……?」
「検証数値によると目標200で頭的42.7%とのことです。これは尋常ではありません。諸外国の高精度な狙撃銃並です」
「M1と比較してどうなんだ」
「あちらは31.6%といったところ。三八式がおよそ36%であることを考えると相当に優秀です」
「なぜそんなに高い」
「M1が低いのは皇国人の体格と銃が合っていないからではないかと思われるのと、射撃時の反動が強すぎるからとされています。31.6%というのは試験的に製造された、三八式を7.7mm化させた小銃の短銃身式のものと大差ありません。試製機関小銃の命中率が高いのは、やはり例の反動軽減機構とやらが仕事をしているからとみるべきでしょう」
「銃身にも秘密があると聞いた」
「銃身は特段特別なことはしていないそうです。むしろ逆だそうで、従来までの銃身はありとあらゆる何かと接触していた箇所があるからこそ、命中率を落としているのだとか。なので、徹底的に銃身を独立化させ、一切なにも外的要因を生じさせないようにしただけだと」
「それで、この命中率か」
背後から聞こえてくる声は誰だろうか。
どこぞの師団あるいは旅団の司令官クラスと思われるが、誰なのかはわからない。
隣で話しているのは参謀なのだろう。
互いに変わりつつある戦場の様子に感嘆している様子だった。
彼らが驚いているのは機関小銃の命中率。
数値上はさておき、伏せ撃ちの状態で敵の狙撃部隊を模した標的を次々に射抜いていく。
敵との距離はおよそ300mほどあるが、射撃音と標的に穴が空くタイミングはほぼ一致しており、的の中心こそ外せど標的自体には完全に命中している姿に驚きを隠せていない。
「最初に撃ち込んだのも従来の小銃擲弾ではない様子だったな」
「新式の機関小銃用に開発されたものだそうです」
「随分と弾頭の火薬量が多いように感じられたが……」
「ええ、何しろ先ほど射出したものは八九式榴弾を手持ち式にして発射できるように改良を施したものらしいので、そこいらの手榴弾の7発~8発分ほどの威力があります」
「なんだと!? 常識的に考えればまず腕の骨が反動に耐えられずに粉々になってしまうであろう!?」
「原理は非公開なのでわかりません。ともかく、八九式重擲弾筒を手持ち式にしたものとだけ発表されています。最大射程が400mと、八九式重擲弾筒の600mと比較するとやや短くなったようではありますが、手持ちの状態で水平射出できるそうです」
「それを機関小銃の下部に装着しているのか……あれは」
「従来までの小銃擲弾と違い、その方が都合が良いそうです。確かに、榴弾を装填状態としたまま射撃可能ですからね……」
「50mmなぞ、一昔前の戦車砲並の口径ぞ……上層部は我々歩兵部隊を歩く戦車にでもするおつもりか」
会話内容からして、彼らは関東軍ではなさそうだな。
先日行われた別の演習を見ていた関東軍の感想は「これならばヤクチアの主力機械化歩兵部隊を返り討ちにできる!」――と皆一様に喜んでいた様子だった。
今回の演習内容はその感想を受けて対ヤクチア戦を想定して組まれたものとなっている。
今日に至る日まで、陸軍内では何度も戦闘シミュレートは行ってきた。
現在のヤクチアの陸戦における基本戦術は、戦車等の戦闘車両と歩兵部隊を組み合わせた独立自動車化狙撃旅団を基本部隊とする。
これらと歩兵とが戦闘を行う場合、対車両戦闘は絶対に避けることが出来ない。
広い草原、あるいは荒野などにおいて彼らは戦闘車両を盾に歩兵による狙撃によって制圧を試みる。
想定される歩兵同士の距離はおよそ最低150にして最大400m。
ここにおいて彼らは機関銃と併用して小銃による狙撃を行い、各個撃破して進撃する戦法を基本としていた。
これに対抗する場合、一度目の世界大戦の教訓も考慮して従来までの皇国陸軍では軽機関銃と擲弾の分隊を組み合わせて通常編成として1つの分隊にしなければならないと考えるに至り、しばらく前から戦闘群戦法と名付けて導入して今日までに至るわけだが……
JARは単一兵器としてその思想を受け継ぎ、思想としては分隊単位で1つの形として初めて形成される戦闘群戦法を、個人だけで実現させてみせるという領域に昇華させてみせたわけである。
戦闘群戦法最大の弱点とされた、一部の兵科だけを集中的に狙われると穴が開くという重大な欠点は大幅に緩和されたといっていい。
これから配備が予定される真新しい装備は、機関銃と小銃の境界線どころか、機関銃と擲弾の境界線すら無いのだ。
重迫撃砲等は引き続き併用運用されるし、自国の戦闘車両部隊とも連携を行っていくのは今後も変らないが、歩兵一人一人が、従来まで分隊単位で全体として初めて出来た攻撃を可能、できるというのは大きなアドバンテージを得たといっていい。
これにより、誰を集中的に狙った所で簡単に総崩れになることは早々ない。
一部が欠けても人員を補充するだけで済むようになる。
裏を返せば従来は1つの兵科に集中してエキスパートとして活動していた者たちは、これから一人一人がそれぞれの装備を使いこなせねばならなくなるわけであり、より練度が求められるようになるが……そこは訓練法次第といったところだろう。
なお、JARには分隊支援火器やマークスマンライフル仕様もあるので、これらを専門運用する人員は引き続き確保する予定でもある。
ただ彼らがいなくなったとて制圧火力が落ちるかというとそうでもないからこそ恐ろしいのだ。
それを皇国陸軍は可能とする段階まできている。
弱点があるとすれば、弾薬供給の問題。
ここを突かれると穴が開くが、そこは戦術と運用次第なわけである。
皇歴2602年4月上旬。
昨年の冬までに一応の形となったJARと、アンダーマウントされるグレネードランチャーは見事にその能力を発揮していた。
魔改造もとい急造といって差し支えない試製の榴弾は、バレルの全長との兼ね合いから射程が八九式重擲弾筒より短くなってしまったが、威力をそのままに400m先の対象をあろうことか小銃として構えた状態から射出可能となっていた。
この武器の最大の長所はなんといってもバックブラストが無い事。
射出された榴弾は射速こそ遅いが、塹壕にいながら敵へ向けて射出可能なのである。
身を隠したままでは射撃できないバズーカやパンツァーファウストとはここが大きく違う。
双方は塹壕戦では使いにくいことこの上なく、対車両戦闘といっても身を乗り出しての射出をしなければならなかった。
こちらは身を乗り出す必要性などなく、従来の迫撃砲や重擲弾筒と同様に使えるわけである。
結果的に八九式榴弾から受け継いでしまったやたらと大きい爆発音は、まるで単一の小銃を構えた歩兵が砲撃すら行えるようになったと錯覚するほどだが……
敵からしてみたら砲撃部隊が後方に展開していたと勘違いするかもしれないな。
何しろ射撃音は小さくて30mも離れたらまるで聞こえない。
気づいた時には手遅れで、何もかも吹き飛ばされる。
あの本来の未来における沖縄防衛戦で散々NUPを苦しめ、何度も足止めに成功した防衛の要となった最優の歩兵武装を手持ち式にしてしまったなんて、きっとやり直す前の頃の者達が聞いたら「どうしてそれが出来なかったんだ!」――と怒ることだろう。
あの時ですらも高圧低圧理論は皇国に届いていたのに……
今回は見逃さない。
やれることは何でもやってみせる。
その結果どうなるかをありのままに受け入れるしかないんだ。
「……恐ろしいな」
「どうしたんです?」
「気づかんか? まだ誰も撃発不良を起こしておらん。これほどに連射して」
「そういえば……」
そりゃそうだ。
JARの開発期間はこの世界では一見して短期間のうちに誕生した、これまでは絵空事でしかなかった自動小銃。
しかし、実際には別の世界にて何年もかけて熟成させたバトルライフルなのだから。
俺がやったのはあくまで7.62×51仕様だったものを7.62×47mmに改めたことと、サプレッサーなどのオプション兵装について調整しただけ。
何度も何度もやりなおして、その度に再設計して調整して何年もの歳月を経た完成まであと一歩だった存在なのだから当然。
7.62×47mmに改めるにあたり、また一からの再計算が必要になったが、既に何度もやったので特段問題無く調整は出来た。
この銃はそもそも俺だけが生み出したものではなく、多くの別の次元の未来を生きる銃器技師の手によって生み出されたもの。
信頼性が高い、枯れた技術を吟味しつつ反動軽減機構を押し込んだAKの遺伝子すらも微小ながら受け継ぐバトルライフルがそう簡単に撃発不良など起こすものか。
「信頼性は九六式軽機と同じかそれ以上か……して、うちにはいつ届く?」
「本日の演習で使われた兵装の生産は既に開始されているそうで、今月中旬に7700丁を受領予定。来月までに転換訓練を開始します。上層部は来年には通常運用を開始したい意向であるそうで」
「銃器の転換だけではだめだ、戦法も改めねばならぬ。分隊の動き方を変えねば。連携の意味合いが変わるのだぞ。西条大将らはわかっておらんのか?」
「半年以内に戦法についてもどうにかするそうです。何分いろいろと急な話なので上も混乱してしまっているものかと」
「遅いのだよ! 何もかも。本来だったら2年前にはこのような状態に持っていくべきだったのだ。こうも後手を踏んでしまって……通常運用は来年と言ったか? それで間に合うのかね。ヤクチアが今年には北部から南下してくる可能性もあるというのに」
「そこは、あるものでやっていくしかないでしょうね。生産数だって従来の常識から考えたら随分と多い方です」
「小銃も機関銃も皆生産を終了して新武装に一本化しているのだ。少なかったら困る。だとしても西条大将も思い切った判断をしたと言いたいが。確かにこれほどの性能なら他の全ての生産を切ってしまっても問題はないだろうが、よく反対意見を押し切れたものだ」
「関東軍が全面的に支持していますし、反対派などごく少数でしょう。後手を踏んだという話は彼らもしてるようですがね……」
遅い……か。
確かにそう言われればそれまで。
俺も誤算だった部分はある。
M1とM1921を標準装備化しようとした結果の歪が生んだのかは知らないが、StGやAKの開発が早くなるという可能性を考慮した行動を行っていなかったからな。
ましてやヘリコプターがここまで軌道に乗って各種兵糧問題にも決着がつくとも考えていなかった。
その反省があるからこそ、別方向からも何か策はないかとやっている所。
今日はそれを証明する日でもある。
「――演目はこれで終わりか? その割には誰も離席せぬようだが」
「いえ、今日はこれからまた別の新装備の公開評価試験が行われます」
「別の新装備?」
「年明けから軍内部で大変話題になっている、"戦術外骨格"ってやつです」
「戦術外骨格……だと? なんだそれは……」
時間となったので無言で席を立ち、そして向かうべき場所へと向かう。
言葉で説明する必要性なんてない。
何がどういうものであるかは……この後見てもらえばわかる。
◇
「なんなんだ一体……私達は何を見せられているんだ!?」
「動きは普通の人と特に変わらんが……あの身なりは……」
登場したその瞬間から、ギャラリー側の沸き立つ声がこちらにまで届いている。
彼らが驚くのも無理もなかった。
"装着者"と"未装着"とそれぞれ描かれた識別表を身につけた者達が駆け出してきたその瞬間から、評価試験は始まっており……持つ者と持たざる者の大きな差を示しているのだから。
まず現れたのは4人。
それぞれ2人ずつが装着者と未装着に分かれている。
そして2人のうち1人は軽装であり、もう片方は金属鎧を纏った重装備状態となっていた。
装着は集合の号令をかけた瞬間から軽やかな状態で走り込んできた一方、未装着の者は軽装こそ一歩出遅れた程度であったものの、重装状態の者は小走り程度の状態でしか身動きできずかなりの時間を要している。
その時点で明らかに差が生じていた。
歩行音からわかる、その重量約30kg。
金属鎧をも装備している者でも外骨格を未装着の者はすでに息を切らしている。
「えー、これが戦術外骨格となります。ご覧の通り本装備は油圧の力でもって人間が持つ運動力を一部回収し、これを再生して別の部位の動力とすることで、従来までの常識的な身体能力から大幅に向上させることが可能です。一応、片方の金属鎧が別の素材等で軽量化されていないことを証明するため、ここで一旦双方を取り替えてもらいます。その間、身体能力の向上がどれほどのものか軽装状態の者でご説明しましょう」
事前の段取り通りに合図を送り、まずは鎧を装着している者達を移動させて甲冑を脱がせる。
その後に装着者を呼び出した。
「見ていただくとわかりやすいかと思いますが、外骨格の構成部位は3つからとなっています。二の腕周辺及び背中、腰、そして脚部の3つです。この部位からそれぞれ運動エネルギーを回収、動きに合わせて必要となる部位に還元していきます。細かい説明は機密保持の観点から割愛しますが、原理自体は至ってシンプルなわけです。何か質問などありますか?」
周囲を見回しても手を挙げている様子は見当たらない。
皆、早く次の段階に進ませろとばかりにこちらに視線を投げかけている。
なので、次の段階に進ませることにした――