第188話:航空技術者は60年前の発明品を70年先の技術で磨き上げる(後編)
長いので分けました。
さて、まずスーツの重量だが8.5kgある。
構成部材の多くは航空用アルミ合金製。
当時のスモウ社のスーツはチタン合金製で7.28kgとより軽量であったが、生産性を重視していることで重量は増大している。
といっても、その分性能が劣るかというとそうでもない。
なぜならスモウ社の開発した戦術外骨格は、パッシブ型といっても最低限のサスペンションや油圧シリンダーを施しただけのタイプであり、身体能力の大幅な向上を目的としたものではないからだ。
スモウ社のパッシブ型戦術外骨格。
これは主としてニコラスが目指していたバネ型の特許の延長線上にあるスーツとなっている。
基本思想としては身体の各部にかかる重量を分散させ、外骨格フレームを通して荷重を脚部(主としてフレーム最下部の靴底部)へと落とし込むことで体感重量を軽減。
それとは別途に人体において負荷が集中する膝及び腰関節の保護。
これらのためにサスペンションや油圧シリンダー、さらに磁力すら駆使することで負荷を分散させ、かつ人が持つ重心位置を下げることで大重量の装備を装着しても疲労軽減及び長年の身体の酷使による摩耗を防ぐことを主目的としており、特に脊椎部分にはチタン合金で組んだ第二の背骨が自身の脊椎そのものを保護するような形で配置されている。
ニコラスは明細書内において荷重等の負荷を分散させつつ足元に誘導し、フレームを通して地面へと落とし込むことで、身体にかかる負荷を減衰して自ずと身体各部の筋力が効率的に働いて身体能力の向上が期待できると記述しているが、まさにスモウ社の外骨格とはそれを目的としたスーツなのだ。
故に身体能力向上という観点で言えば性能が不足していたが、第二の骨格は格闘戦における衝撃すらその衝撃を分散することができる構造となっており、また転倒時等の衝撃をも吸収し、高所からの着地等においても負荷を軽減することができることから自然と筋肉のリミッターが解除され、人が持つ本来の力を出し切ることでその目標を達成していた。
スモウ社の外骨格は装着使用するにあたって半年ほど訓練が必要なのはこのためだ。
装着して指定の訓練を重ねることで身体能力が向上するのは、外骨格そのものが運動エネルギーを与えているというよりかは外骨格によって補強された関節に対して脳が"これならばより筋肉を酷使しても問題ない"と判断され、人に備わるリミッターを解除することで結果的に身体能力が向上するのである。
いわゆる火事場の馬鹿力などと呼ばれる一時的な筋肉のリミッターの開放を、常時一定程度開放できることで実現している力なのだ。
本来はそれを行うと身体の一部に負荷が集中して思わぬ損傷を与えてしまい、最悪の場合は後遺症すら抱えてしまうのだが……その負荷集中の分散をすることで脳が自然と学習するのである。
つまり人体の持つ不完全さがゆえに自壊してしまう人由来の不具合を、第二の骨格によって修正しているのがスモウ社の戦術外骨格というわけだ。
しかも恐ろしいことにスモウ社の戦術外骨格は装着して訓練を重ねることで未装着時でも自然と身体に負荷をかけない動きができるようになるという矯正具ともなっている。
まさに軍用装備としての外骨格スーツとしては1つの答えであるのは間違いなかった。
しかし、DARPAの計画や俺……そしてヤクチアが開発したスーツはその領域からさらに一歩踏み出している。
すなわち、ここにエネルギー回生システムをブチ込んだ。
これもニコラスが示した外骨格スーツの1つの姿。
ニコラスはエネルギー回生システムとしてアキュムレーターとガスを利用した。
これは応答性という面や軽量化という観点で言えば優秀だったかもしれないが、ガスを封入した状態で適切にエネルギーを還元していくには非効率。
ゆえにこれを液体……すなわちオイルに置き換えている。
また、アキュムレーターではなくタービン式のポンプを各部に配置しており、これによって一定の流動下において逆流を防止しつつ、各部へまるで血管のように運動エネルギーを持つ液体を送り込むことができるようになった。
こうすることで、無駄に筋力量が多い上半身の背中部分や、走る・跳躍するなどといった行動において役割が薄い二の腕等からエネルギーを回収し、それらを必要となる膝や腰、股関節等に還元することができるようになる。
スモウ社の戦術外骨格では、これらについては最低限サスペンションと油圧シリンダーで回収していたが……
これは本当に極一部のエネルギーを回収するに留まり、どちらかといえば強烈な負荷が生じた時に減衰する役割を目的としていて……エネルギー再生の意味合いでは弱い。
一方で俺がこれから開発を行う戦術外骨格では、明確にエネルギー再生を行い、さらに負荷分散も両立できるよう施してある。
各部には油圧シリンダーを含めた油圧システムが配置されるが、この油圧システムによって衝撃を受けた時に負荷を分散させることも可能ながら平時においては回収したエネルギーを用いて補助動力装置として人の動きを根底から支える。
これにより例えば従来まで地面に手をつかなければバク転出来なかった人間が、訓練次第でスーツ装着時において体重が約9kgも増加するにも関わらず、全身運動のみで地面に手をつかずにバク転することができるようにすらなる。
スモウ社の戦術外骨格ではここまでの身体能力向上は果たせないことを考えると、相当な強化と言える。
決してスーパーヒーローのような大ジャンプは出来ないものの、やり直す前の世界では走り幅跳びや棒高跳び等の陸上競技において、その全てで装着時の方が記録が向上することは試験にて証明済み。
非公式ではあるがとある五輪選手に協力を依頼した時に100m走で検証した際には、9.29秒という当時の世界記録を大幅に塗り替える記録すら出してみせた。
その年の五輪記録が9.58秒だったことを考えると大幅な記録更新だ。
9.2秒台というのは人間が二足歩行で可能な限界数値などと言われることがあるが、外骨格スーツはその領域に足を踏み入れることすら可能だったわけである。
進化の余地を残して不完全だった二足歩行は、二足歩行の獲得によって得た知能を駆使することで本来の理想形態たる状態まで昇華できるということだ。
生物の進化においては別の形態への可能性をも残しておくために完全な特化型へと進化するわけではないのだが、それが結果的に欠陥とも言うべき状態ともしている事がある。
それこそ人は再び四足歩行へと回帰する事も可能なような余地を残しているが、結果的に理想的な状況とはなっていないんだ。
だから矯正する。
歩行だけじゃない。
重心位置の変化も重要だ。
そもそも人の重心位置というのは男性と女性とでかなり異なっていることをご存知だろうか?
中々知られていないが基本的に男性の方が重心位置が高く、女性の方が低い。
一見して女性の方が重心位置は高そうだがそうではないのだ。
ゆえに、もし仮にある日突如として女性が男性へと変化してしまった場合、まともに歩行することすら困難と言われる。
逆を言えば男性は本来持つ重心位置の高さを修正して女性以上に低重心化することができれば……
これまでに無いほどに身体機能の向上が目指せるというのはニコラスですら理解していた事だし、そもそもスモウ社の戦術外骨格でも実現化されていた。
これから作り出す戦術外骨格もそうだ。
荷重・重量の負荷をただ足元へ送り込むだけじゃない。
重心自体を可能な限りとことん低く低重心化し、歩兵として必要となる身動きに合わせて最適化した状態とする。
それこそ重量物を背中に背負う事や肩に背負うことも想定した設定とする。
回生システムも基本的には歩兵で必要となる動きに特化。
関節の負担を減らしつつ、最も機会の多い中腰姿勢でも素早く動けるように各部の配置を整える。
また、スモウ社のものがそうであったようにCQB時における防御機構としての第二の骨格としても働くように調節する。
結果重量は8kgを越えてしまうが、身体能力の向上によってカバーできるのでそこは問題ない。
それこそ重量物を背負った場合や腕で抱えた時の体感重量は40%~最大80%まで軽減することが出来る。
体感重量を80%も削減できる理由は靴底だ。
靴底を通して地面に荷重を逃がすため、重さを軽く感じられるのである。
もちろん、状況次第で負荷は変わってくるので、常に80%も削減できるわけではない。
それでも負荷を分散できるために、体感では本当に別人に生まれ変わったように感じられるようになる。
身体能力もおよそ各所の行動にて25%ほど向上する。
計算上ではボディーアーマーの重量が12kg台となっても体感重量は4kg台とされ、重装歩兵となっても従来以上の身動きが出来るほどであり、少なくとも本来の未来においては重量12.8kgもある新型のボディーアーマーを装備しても特に問題なく動けたばかりか……
何も装備しない歩兵よりも機敏に動くことが出来るようになっていた。
決してスーパーマンになることはないが、バッテリーもモーターもエンジンも用いずに人間工学に基づいた骨格を施すだけでこれほど変わってくるわけだ。
そこに気づくのに本来の未来では100年以上を要した。
今度はそうはさせない。
向上した身体能力の全てを、防御力に回させるようにする。
【参考情報】
ニコラス・ヤーン(イワン)による1890年に提出された外骨格スーツに多大な影響を及ぼした特許
バネ型(下半身)
https://patents.google.com/patent/US420179A/en
バネ型(全身)
https://patents.google.com/patent/US420178?oq=us420178
アキュムレーター型
https://patents.google.com/patent/US440684A/en
21世紀現在外骨格スーツ開発が盛んなカルフォルニアで、当時のカルフォルニアの発明家が発明したアメリカ独自のスーツ
(後のアメリカ系外骨格スーツに影響を及ぼしたもの 1917年)
https://patents.google.com/patent/US1308675
試験運用が既に開始されているロシアの最新鋭戦術外骨格(油圧パッシブ型)
https://www.youtube.com/watch?v=WfwO0zeSaI0
マワシ社の戦術外骨格にも影響を与えたアメリカの外骨格スーツ(パッシブ型 動画前半 1962年)
https://www.youtube.com/watch?v=qLDgNuGH4yE
劇中で引用されていたマワシ社の戦術外骨格(カナダ軍で正式採用間近、シンガポール軍で採用済)
https://www.youtube.com/watch?v=fbJaq5qbPOk




