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第116話:航空技術者はエンジンパワー解決のために軸流式ラムエアタービンを採用する(後編)

長すぎたため前後編に分けました

 群馬は太田より長島の発動機部門の技術者がやってきた。


 目にクマが出来ている様子から、開発に相当苦労している様子が伺える。

 彼らが発した一言目は事実上の白旗宣言であった。


「信濃技官。駄目です。2400馬力達成できません。陸軍上層部は新型機の来年の投入を確実なものにしろと圧力をかけてきており、我々も何とかしようと努力しておりましたが、もうどうにもなりません。既存の構造では2400馬力達成するだけの出力を得ようとすると熱量が高すぎて制御できません。どうにかなりませんか!」


 どうやら俺が知らぬ間に上層部は長島にキ63の早期投入を要求していたらしい。

 それも、俺が報告を受けていない情報を理由に急かしているとのことだった。


 俺が理由について問いかけると、とんでもない話を技術者は打ち明ける。


「一体どうしてそんなに急がれているんです?」

「ヤクチアの最新戦闘機I-185の情報をシェレンコフ大将が入手したのですが、それが想像以上に高性能だというのです。2000馬力級エンジンを搭載し、20mm機銃を3門搭載。1月11日に行われた試験飛行にてソレは700kmを超えたとか」


 ……なんだと?

 I-185がまともに飛んだ?


 あの失敗作と一度計画が放棄され、再度計画が立ち上がるも政治的な理由によって最終的に完全に不採用となった機体が?


 700kmを出したということは恐らく、I-185はM-71を搭載しているに違いない。


 I-185は第三帝国との戦いがなければ採用されていたとされるぐらい、最終的な試作機の完成度は高かったといわれるもの。


 ウラジミールが癇癪を起こして不採用になったというが、第三帝国との戦いによって開発中断がなく、かつウラジミールが癇癪を起こさず、手段を選んでいられないとばかりに開発を推進したら……M-71が完成して飛んだ可能性はある。


 M-71はヤクチアが開発していた18気筒エンジンだ。


 ヤクチアもNUPなどの影響で早い段階から18気筒星型エンジンの開発に力を注いだが、第三帝国が裏切ったことでエンジン開発を担う研究所が攻撃されて計画に遅れが生じた。


 だが例えば、本来の未来よりももっと早い段階から開発を開始したら、今の今までにM-71は完成していた可能性がある。


 本来の未来では5月にまともに動くエンジンが完成していたが、5ヶ月程度の前倒しはありうる。


 前倒しになった原因はハ43かもしれない。


 3年前ぐらいの段階でハ43が18気筒エンジンであるという話はヤクチアに漏れていた可能性がある。


 コミンテルンに所属するスパイを排除する前の段階でハ43は完成していたから……

 ヤクチアには危機感があったはずだ。


 北部で暴れまわる百式襲撃機には20mm以上の機銃掃射が必要。

 それも地上からではなく空中からの方が有効。


 20mm機銃を複数装備した戦闘機は是が非でも欲しいほど北部戦線はこう着状態。


 合わせて戦わねばならない百式戦もなんだかんだ防弾鋼板を装備しており非常に打たれ強く、従来の自軍の戦闘機では歯が立たない。


 そしてこれまではNUPの支援を得られたが今後は不透明。


 ――となると自前でまともに戦える重戦闘機が必要との結論に至るのはごく自然なこと。


 そのためにウラジミールが己を押さえ込んでI-185の採用のために開発に力を注がせたとなれば、陸軍が焦るのも無理はない。


 百式戦では苦労する相手で間違いない。

 それこそ、まだ試作機ではあるが対決するなら雷電の方が分があるような相手だ。


 奴らは排気タービンなどがないので高度6000m以上では大きく速度が鈍るが、ヤクチアは5000m未満を基本として戦う。


 その物量を用いれば高高度を捨てても十分であるというのがあっちの考え方。


 実に共産主義的で合理的だからこそ脅威。


 これはなりふり構ってられなくなったな……仕方ない。

 この日のために最後の手段と考えていた方法を使うか。


 出来れば使いたくなかった。


 加賀内部でカタパルトを整備する片手間で考案していた機構なのだが、未知数すぎる要素がある故、どう転ぶかわからない。


 しかしやる価値はある。


 よろしい、ならばキ63の設計変更だ。

 見てろよウラジミール。


「――大体の事情は飲み込めました。上層部の危機感も理解できます。私に4日猶予を下さい。1つ、皇国式にターボコンパウンドに頼らない解決方法があります。これで本当に2400馬力出せるかはエンジンの耐久性との勝負。勝率は五分五分です」

「そんなアイディアがあったのですか?」

「より確実な方法でキ63を仕上げたかったので腹案の1つとして暖めていましたが、もはや迷っている時間はありません。すぐに取り掛かりますので太田にてお待ちください。4日ほど休んでいてください。その後、厳しい戦いが始まりますよ」

「技官……」

「I-185はキ63で倒します。任せてください」


 その言葉に少し元気を分けてもらったのか、発動機部門の者達は俺を信じて来たときよりも軽い足取りで太田へと戻っていった。


 4日後にまた来てくれ。

 その時にはとんでもないものを見せてやれるから。


 ◇


「――し、信濃技官、なんですかこの状態は!? キ63に補助ジェットエンジンでも搭載する気ですかぁ!?」

「まさか! これは立派な排気タービンですよ。いや、排気タービンとはもはや正しくない。これは吸気タービンといったほうがいい。現状の皇国が持つ技術にてすばやく解決する方法はもはやこれしかない。これまで私が説明してきたターボコンパウンドは不安がありすぎて兵器としては怖すぎる。G.Iと手を組めるようになった今、我々が作れる現時点で最優のシステムはこれしかない!」


 珍しくバンバンとブループリントの張られた黒板を叩いて示した先に存在したのは、彼らからするともはや一体何をやっているのかわけがわからないよといったキ63の新たなる姿。


 俺がキ63に新たに導入しようとしているもの。

 それはツインターボ式の、軸流式吸気タービンシステムであった。


 さて、混乱している技術者達にまずは従来まで使われてきた排気タービンについてのおさらいをしなければならないな。


 排気タービンとは何かと言えば、排気のエネルギーを得てタービンを回転させ、そのタービンが吸気側のタービンと同じ軸で繋がっていて、吸気側はその回転エネルギーによって空気を取り込みながら圧縮し、エンジンのインジェクターまたはキャブレターに向かって風流を送り込むもの。


 NUPではもっぱらこの時に熱量が高すぎる吸気側の空気を冷ます為、第二の吸気口とラジエーターを設けて調整している。


 この時、より効率を向上させたいなら長い排気管を機体の外に露出させて冷やすなどしないと駄目だ。


 しかし長い排気管もまた効率を低下させる要因。


 それらを解決した上で高い圧力の空気を効率的に送り込みたいということでG.Iは戦中苦労し、そして戦後にターボコンパウンドの前の段階で答えを出した構造が、今まさに俺が試そうとしている一連の吸気タービンである。


 実はG.Iが奮闘する背後では王立国家も類似した構造がレシプロ型航空機のパワーアップにつながるとの結論に達し、似た様な構造を持つエンジンを世に送り出している。


 ただそれはディーゼルであるのと同時によりターボコンパウンドに近いものとなっているが。

 別名ターボシャフトレシプロ複合エンジンのNomadである。


 俺が導入したいのはNomadの改良2型より、もっと信頼性を底上げしようと試みるものだ。


 つまり王立国家の暗黒面にハマりかけているという事でもある。

 そしてNUPの暗黒面でもあり、だからこそできれば避けたかった。


 この機構の導入により、動力部周辺の構造は大幅な設計変更を強いられる。


 従来までのキ63については、排気タービンはエンジン後方の真下にあり、大気と触れられるような状態であった。


 位置としてはエアダクトの前方にある。


 特徴的なエアダクトはカウルを絞り込んだために前方から強制空冷ファン用の大気を得られなくなったことへの調整のためここから空気を取り込んでエンジンを冷やしつつ、一部の空気を吸気にも使って狭いスペースを効率よく使いながら熱量を下げようと試みていた。


 だがそこに問題が生じたのは、元来であれば液冷用の二段二速型遠心クラッチを強引に搭載したこと。


 これによって全体の熱量が大幅に増加したことで出力を上げられないようになってしまった。


 それでもこの二段二速の遠心クラッチがあるからこそのターボシステム無しでの1920馬力であり、これをやめるとハ43と遜色ない程度に性能が落ちてしまう。


 この二段二速のシステムはCs-1の開発者の亡き後に必死に王立国家のジェットエンジンの改良に勤めた生え抜きの天才流体力学者"フッカー"が考案したもので、彼は2610年代においてジェットエンジンのタービンブレードに炭素複合素材を用いたものをこさえたりしようなど、Cs-1の開発者と並ぶような能力を発揮しつつ邁進。


 未来においては苦労の末にペガサスを生み出し、世界初の実用型垂直離陸戦闘機を誕生させるなど、その功績は計り知れない。


 そもそも設計者の死後に遺されたスピットファイアを改良し続け、エンジンにすら手をつけて必死に改良した王立国家の戦闘機における救世主こそが彼であり、P-51の一連の設計や改良にも関わっている。


 何をしたかってハリソンを装備した初期型のP-51をD型という別物に変身させた化け物だ。


 本人が本来の未来にて述懐しているが、彼は惜しまれつつ早くに亡くなった技術者の代わりとして働くことが多く、その功績が中々世間で評価されないことに自尊心がそれなりに傷ついていたというが、それでもあの国が第三帝国やヤクチアに飲まれないため必死で己を奮い立たせてきたというように、もっと評価すべきすばらしい流体力学技術者の一人である。


 その者がスピットファイアをどげんかせんとイカンとこさえたものを早々星型エンジンに採用してまともに運用できるわけがない。


 それを支えるにはもはや、もっと狂った発想を用いるしかないわけだ。

 いつの日か皇国面と揶揄されるような領域にキ63を漬け込むしかない。


 それでは新しいキ63の一連のシステムの仕組みはこうだ。


 まず推力単排気管を廃止する。

 このシステムにおいてもはやソレは使えない。


 集合排気とする他ない。


 タービンは従来はエアダクトがあった場所に左右2つ配置。

 それぞれが左右9気筒ずつ担当。


 構造が変更されたエアインテーク内の構造はラム圧を高める内部機構とする。


 この設計は俺がやるつもりだが、製造は茅場にやってもらう。

 茅場ならきっと喜んで手を貸してくれることだろう。


 彼らが作りたかったスクラムジェットエンジンにも通じるものだ。


 大気の流れとしては、まずエアインテーク内に流れ込んだ大気はエアインテーク内で一定量圧縮。

 速度が上がれば上がるほどここのラム圧は高くなる。


 それをその真後ろにある軸流式圧縮器にて圧縮してしまうのだ。


 従来までのターボもとい排気タービンというのは全て遠心式だ。

 外から入ってきた空気を遠心式、つまり外側に向かって内壁に押し付けるようにして圧縮させる。


 しかし新たに採用するシステムは軸流式。


 ここで二段階で圧縮された大気は、そのままだと急激に圧力を加えられたことにより高熱化しているため各種エアダクトなどを活用して一旦冷却しつつインジェクターへと向かう。


 インジェクターでは当然燃料を噴射し、混合気を生み出す。


 その後、新たにNUPのR3350から流用してくる予定の二段式の大型ツインブロワー型スーパーチャージャーにてさらに圧縮され、各シリンダーへと向かう。


 ここの圧縮は二段式かつ遠心式である。


 一方軸流式の圧縮機のタービン枚数は8枚であり、小さいながらもこの時代においては高い圧縮効率を誇る。


 つまり軸流式タービン8段+遠心式タービン2段による全10段+αという構図となっている。


 ツインブロワー型は構造的にシリンダーとの距離が離れている上、クランクシャフトとは直結せず、カムチェーンまたはカムギアによって接続されて駆動する。


 つまり、従来のクランクシャフト直結型より熱量が上がりにくく、パワーロスも少ない。

 ただ一連の構造は最適解ではないと思われる。


 Nomad1型ではスーパーチャージャーと軸流式タービンが同軸接続され、さらにこの一連のタービンシャフトがクランクシャフトとカムギアで接続されていた。


 しかし一連の構造は皇国にそのまま導入できるものではないし、クランクシャフトとタービンシャフトの直結には不安しかない。


 タービンシャフトかクランクシャフトどちらかが保たない。


 事実Nomad改良2型ではよりシンプルかつ信頼性のある構造とするためにスーパーチャージャーという存在を廃止し、流体継ぎ手とカムギアによってクランクシャフトと接続していたG.Iが後に生み出すターボコンパウンドではタービンシャフトからのパワーをクランクシャフトが直接受けられないため、タービンシャフト先端に流体継ぎ手だけを接続させてクランクシャフトを手助けする構造だった。


 これはタービンシャフトとはいうが、もう1つのタービンとも言えなくもないもので先端は羽根車ともいえる構造。


 その回転力によって流動する液体によってクランクシャフト側に設けられた羽根車に回転力が生じてクランクシャフトを手助けするものとなっている。


 これならば完全な直接接続とならないので双方のシャフトにかかる負担は軽くなるが、無論その分、流体によって伝達されるエネルギーなのでより大きなロスが生じる。


 普通に考えてR3350でG.Iが実用化した上記手法が模範的かつ複雑化しすぎないターボコンパウンドであろうことは言うまでもない。


 未来の皇国の技術者ならこう思うだろう。

 なぜそうしないのか。


 答えは簡単である。


 一連のシステムには非常に長く頑丈なシャフトが必要なのだ。

 しかもそのシャフトの先端には羽根車の構造とする加工まで必要。


 そんなものが作れるなら俺はもっと楽に様々な機構を試してみたりしようとした事だろう。


 NUP企業と手を結んだ以上ソレをやるべきかとも考えたが、G.Iですら2610年代においてシャフトの軸焼けや折損に泣かされたシステムである。


 それを2600年代において2602年~2603年初頭に実戦投入したい戦闘機に採用できるわけがない。


 おまけに流体継ぎ手に対するシーリングにだって不安があるばかりか、そもそも現状の皇国において流体継ぎ手の技術は基礎研究が始まって間もない段階。


 実用量産化にまで至っていないのだ。


 流体継ぎ手は王立国家がバスで採用して実用化し、第三帝国もその流れに追随して様々な機構を発明していったもの。


 その流れに追いつかんとしたNUPは本年において世界初のオートマチックトランスミッション搭載型の大衆向け自動車を販売する。


 これは前進にのみ流体継ぎ手を用いる車で、後退はギアを1段噛ませて駆動を逆回転するものではあったが、大変優れたシステムゆえに後のNUPのオートマチック至上主義が出来上がる要因ともなった。


 現状三国こそが流体継ぎ手において先行している国家である。

 一方で皇国では2596年に神戸の企業が第三帝国からライセンスを受けて手を出し始める。


 国産のものは現状わずか4つしか存在せず、そのうち2つは戦車用として陸軍が入手するものの150馬力以上のパワーに耐えられないものであったことから新型戦車へは不採用に終わる。


 クラッチ、シャフトなどに泣かされた陸軍だって抗おうとはしていたんだ。

 それらが駄目なら流体継ぎ手があるじゃないってな……


 残りの2つは国鉄が入手。


 実はこの国鉄に渡った2つのほうが皇国の技術史にとって大変重要な存在だ。


 本来の未来では本年の10月に気動車に搭載して試験を行い、当初こそ故障を頻発させたが次第に改良が重ねられて成熟していく。


 しかし戦中技術者が召集されたりなどして一時行方不明になってしまうのだ。

 かなりすばらしいデータを国鉄に提供したために大変に惜しまれた。


 だが、戦後国鉄の工場の倉庫の片隅にて再び発見。


 これを国鉄は今一度試験に用い、そしてそこで得られた実証実験をもとにディーゼル気動車に極めて有用な部品であることを見出す。


 後の世のディーゼル気動車を支えるトルクコンバーター。

 それこそが"DF1"と呼ばれる流体継ぎ手である。


 しかしながらこの"DF1"は戦中から戦後においてまで何度もシーリングの性能不足に悩まされた。

 ハッキリ言えば皇国が現段階で入手できるシーリング素材では流体の液漏れは解決できない。


 各国においてもオイル漏れは当たり前で、2サイクル機関を搭載した自動車にエンジンオイルを継ぎ足すような感覚で使っていた。


 とはいえだ……航空機においてどこぞの未来の山崎みたいに漏れているのはオイルが回ってる証拠ですだとか言ってられない。


 流体継ぎ手にかかるパワーが段違いすぎる。


 俺には未来の知識があるためにターボコンパウンド開発時の実証試験データを知っているが、少しでもシーリングが破損すれば一瞬でオイルが吹き飛び各種シャフトが軸焼けなどを起こすような状態になることは未来の王立国家とNUPが痛いほど経験しているんだ。


 しかも吹き飛ぶオイルがエンジンの他の部分を破損させるぐらいの勢いがある。

 俺がターボコンパウンドを最終手段としているのはこれが原因だ。


 今の状況で間に合わせるにはそういった要素をすべて避けるしかないんだ。

 皇国で信用できるのはカムギアだけなんだ。


 実際問題NUPですらも2610年代になってようやくどうにかできたシステムであり、その前段階では似たような方法にてどうにかしようとしていた。


 俺の場合は未来の流体力学を知る分、一連の構造によって生じるロスは創意工夫でカバーすることができる。


 全体的な効率ではNUPがターボコンパウンドの前段階で考案したものより優れている。


 以上の構造によってエンジンなど動力部の内部構造の全長が長くなるが一連の構造は極めて熱量が増加しにくいだけでなく、これまで以上にすさまじいブースト圧が自然にかかる。


 G.IのターボコンパウンドやNomadの機構をカバーするラム圧を高めるエアインテークが、両者を超越する勢いのある大気の流れをスーパーチャージャーに送り込むからだ。


 もはやそれはスーパーチャージャー側が外から得たエネルギーによってクランクシャフトごと回転しかねないほどの大気の流動なのである。


 クランクシャフト側が逆に手助けされるという逆転現象すら発生しうるという事だ。


 そのために従来よりエンジンの発熱量は低下。

 発熱量が上がるならその分燃料噴射を増やして調節。


 その後の大気の流れとしては当然レシプロエンジンなのでシリンダー内にて爆発・燃焼した後、燃焼が終わったガスは排気されていく。


 この排気ガスのエネルギーを、外に露出させたエギゾーストパイプと、さらに新たにカウル形状を整えた強制空冷ファンより各シリンダーを冷やす為に使う大気も触れるように調節し、冷えた排気ガスを軸流式タービンと同じシャフトで接続する遠心式タービンへと送り込み、そのエネルギーも回収。


 Nomadではこの排気タービンの手前に燃焼室を作り、2サイクル機関という燃料が排気ガスにもまだ多分に残っている利点を活用してさらに推進力を作るシステムとしていたが、4サイクルである皇国の星型エンジンにおいては意味がない。


 実際、R3350にてG.Iも試してみたが燃料をさらに噴射させてみないと燃焼で得られる追加のパワーは全くなく、そのままの状態でエキゾーストパイプの形状を整えて推力管として排気したほうが燃費効率も向上してパワーが得られるという結論に達する実験結果を本来の未来にて残しており、4サイクルエンジンにおいては集合式の推力管だけで十分だ。


 ここで発生する推力がどれだけなのかは正直計算が難しい。


 プロペラ軸側で発生する馬力が2400としても、ここで発生する推力もまた航空機を前に押し出そうと助ける。


 それがどれ程になるかは、その時のエンジンの状態に左右されるので何とも言えないが、最大で40~50馬力ぐらい助けるとは聞いている。


 とはいえ、その時の飛行状態に大きく左右されるので一連のシステムを採用する航空機はプロペラ軸側のパワーしか換算していない。


 ――と、このようにシステムを構築することで一連の構造にはある特徴が現れる。


 従来の排気タービンは吸気と排気の仕事率は2:8であったところ、この吸気タービンは完全に逆転。


 飛行する速度帯によって仕事率は変わるが、最大時においては7割が吸気側で手に入れたエネルギーで、3割が排気側で回収したエネルギーによってタービンを回すようになる。


 Nomadは排気側が6。

 G.IがR3350で採用したターボコンパウンドは5:5。


 両者は排気タービンという言葉から逸脱しない比率だが、俺が作る機構ではロスするパワーを吸気側で補うのでこういう事になる。


 この凄まじいシステムにより、俺の計算では2400馬力など軽く届く。


 こいつはちょっと先の未来のシステムを俺流に、皇国流に再構築したものだ。


 元々はレースカーにおいてターボラグを防ごうとしたシステムを、G.Iや王立国家が航空機に転用しようと試みたものだ。


 つまり吸気型でエネルギーを得るならそのターボラグは少なくなるのではないか……

 そう考えた自動車関係の技術者がいたわけである。


 ターボラグというのは、ここまで説明してきた者ならわかると思うが、排気側でエネルギーを得てターボを駆動させようとするために発生するもの。


 スロットルを上げても即座に反応できないのは排気ガスがタービンに向かうまで距離があるからに他ならない。


 一方でこちらのシステムは強烈すぎる吸気パワーがゆえに機械式によるブーストコントローラーが確実に必要となる。


 ようは一定以上の圧力がかかるとエンジンを保護するために、そのまま吸気されたエネルギーを排気側に還元、バイパスさせるシステムが必要なのだ。


 それは逆を言えばパワーを上げたい場合はスロットルに連動してブースト圧力を変更できるようにし、吸気側から強烈なパワーがそのままシリンダーに向かうよう仕向けることができるので、ターボラグは排気タービンより少なくなると思われる。


 すでに2600年代のレースカーにて一連の仕組みは実用段階。


 ラムエアなどではないが、吸気側の仕事率を増やす構造をレースカーに組み込んで四輪の草レースに参加したのが宗一郎だ。


 後に宗一郎の技研がターボにてレース界を暴れまわる土台は出来上がっているのさ。

 それだけ基礎的な理論は自動車屋でもある程度認知されるものなのだ。


 俺の考えたシステムはもっと構造が複雑で、かつラムエアなのでさらに吸気側がすごい事になってしまうけどな。


 こいつは初期駆動でのみ排気ガスを全面的に頼る。

 しかし以降は吸気側のタービンががんばって大気を吸い込んで仕事をし始める。


 インテーク内においては時速150km前後から大気の圧縮が行われはじめ、一連の凄まじいブースト圧はスーパーチャージャーにも影響を及ぼすことは前述の通り。


 なのでブースト圧はスロットルと連動するのとは別に、圧力計とも連動して開放度を調節するようにし、さらにツマミによって手動でも調節できるようにする。


 レースカーと同じだ。

 ドラッグレース用の専用マシンに似たようなものは投入されている。


 これと似たようなものをG.Iも考案していたわけだ。

 まさにターボコンパウンドに繋がるまでの過渡期に位置するシステムである。


 ここまできたら高性能なターボシステムでクランクシャフト自体回しちゃってもいいよね?――っていうのがターボコンパウンド。


 こちらのシステムはそれぞれが完全に独立しているわけだが、G.Iが導入しようとしたのはあのゲテモノエンジンであるR4360ワスプメジャーに対して。


 あの冷却に大変苦労したエンジンだ。

 冷却をどうにかするためにG.Iが出した答えを皇国式に解釈するとこうなる。


 エンジン熱量を下げる為にこんなことをしようとしたのだ。

 それでもパワーが足りないっていうんでターボコンパウンドが考案されたのである。


 ここにさらにボタンまたはレバーで瞬間的に最大ブーストにする機構も入れてみたいが、おそらく数秒でエンジンがイカれるだろう。


 それでも耐久性次第ではやってみたい。


 未来のエアレース機はそれで数秒間だけ異次元の馬力に到達するわけだが、実はハ25にて類似するシステムを組み込み、数秒の間でしかなかったものの約2000馬力に到達させた人間がNUPにいるんだ。


 燃料はもっと高性能なものだと思うが、一瞬であるとはいえ、あのハ25を本気で2000馬力級に昇華させたという。


 その時に零が出した最高速度は390マイル(約628km/h)と聞いている。


 きっとそいつはレース向けなデリケートすぎるエンジン仕様だったと思うが皇国製エンジンでもそういう事ができるのはわかっている。


 なお、一連の構造は総アルミ合金製。

 ツインブロワー式スーパーチャージャーのみ流用品とするため耐熱鋼を採用。


 クランクシャフトとツインブロワー式スーパーチャージャーの接続は複数のカムギアで行う。

 皇国が得意で、最先端の技術力を誇る機構を余すことなく搭載しているというわけだ。

 足りない部分をNUPの技術と未来の知恵でもって補っている。


 正直に言えばツインブロワー式スーパーチャージャーなんてターボに見えなくもない。

 後の時代に勘違いされてツインターボならぬ変態クアッドターボとか言われそうだ。


 これはCs-1を作ってみせたからこそ、ロ号を実現化させてみたからこそ、G.Iとの共同出資企業を作れたからこそ、実現できる。


 全てが噛み合わさらないと出来ない。

 今なら出来る。


 短期間でこの構造を完全に作れる技術力が皇国にはある。


 あとはハ44の耐久性次第。

 強烈なブースト圧に耐えれば2400馬力に留まらない。


 そこは発動機部門の技術力次第だ。


 一連の機構の導入による重量増加は、耐熱鋼を採用する従来の排気タービンを見送った事からその増加を0に留める事が出来た。


 ツインブロワー式スーパーチャージャーの導入などによってエンジン部分の全長が伸びてしまったが、その分操縦席を後方にオフセットすることで対応。


 全体の全長に影響はなく、燃料タンクの総量に対する影響も無い。


 重心がややズレたものの大きな影響を及ぼすほどではなく、各種機器の配置を改めることでその影響を最小限とする。


 1つの大きなエアインテークは小型のものが2つとなり、その入り口前方部分にはコブを作り、層流を防ぐように意識しながら全体構造を小型、軽量化した。


 こうしないと機体の胴体から一定距離離すようにしなくてはならず、インテークの全体構造が大型化して重くなってしまう。


 ダイバータレス式インテークの応用をしなければならないのは敵に鹵獲された際のリスクなど気になる部分ではあるが、このコブは主桁の構造変更をせずにこのようなシステムを搭載したことによる弊害によって自然に発生するものでもあり、偶然の産物でなんら効果はないだろうと思われるよう設計している。


 それが最大の狙いであるのだが、気づかない者も多いだろう。

 この時代のインテーク構造は適当なのばかりだからな。


「――これで2400馬力達成できないならば素直に2000馬力で運用するか四菱の雷電を導入して対抗する以外ありません。雷電は航続距離に問題がある。これでどうかがんばってください」

「わかりました。もう一度挑戦してみます」


 その時の会議スペースにはG.Iの人間すらいたが、彼らは長島の発動機部門の人間をカタコトの日本語で労い、応援した上で一連のシステムは任せてくれと胸を張って主張していた。


 やれるだろうさ。


 何しろ彼らが本国でこっそり開発し始めた機構よりもっと突き詰めたものを技研が提示して開発させるというのだから。


 元々は開発が進むR3350のパワーアップのために検討しはじめたもので、B-29においては新型のタービンによって不採用にはなったし、後々においてはターボコンパウンドが完成してR3350では再びお蔵入りとなったが、開発自体は継続してR4360に導入しようとしたものだからな。


 まあ、ジェットエンジンの登場によって全て意味がなくなってしまうが、ターボコンパウンドと並ぶ、レシプロの最後の悪あがきのための装備品というわけだ。


 これらの構造は後にホットロッドなど、NUPのレースで活用されて輝く。

 この時の努力は車に還元される。


 ダウンサイジングターボなど、燃費改善のためなどに活用される。


 無駄にはならない。

 血反吐いて生み出した技術が無駄になることなどない。

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