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辺境の普通は世界最強でした 〜無自覚な辺境伯嫡男、2人の転生者に勝手に導かれていつの間にか邪神を滅ぼす〜  作者: 七海あつし


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第21話 青い海の向こう側

 ――皇都を出港して、三日目。

 アルカディアス皇国の大型魔導調査船は、穏やかな海を進んでいた。

 船体を覆う魔導機関が低い唸りを上げ、船尾から白い水飛沫が長く伸びている。

 甲板には、遠征に参加する生徒たちの姿があった。

 普段の学園では見られない海の景色に、興奮した様子で騒ぐ者もいる。


「見えてきたぞ!」


 誰かが叫んだ。

 その声に、生徒たちが一斉に船首へ集まっていく。

 水平線の向こう。

 青い海に囲まれた巨大な島が、ゆっくりと姿を現した。

 緑に覆われた山々。

 切り立った崖。

 海岸線に広がる白い砂浜。

 遠目には、ただの美しい無人島にしか見えない。


「……あれが今回の調査区域ですのね」


 エルリアが船縁から身を乗り出す。


「思っていたより大きいわ」


 ミリィも目を細めた。

 レイは二人の隣で、ぼんやりと島を眺めている。


「本当に大きいね」

「緊張感がありませんわね……」

「そう?」

「ええ。これから未知の島へ調査に向かうというのに」

「でも、今のところ海は綺麗ですよ」

「そういう問題ではありませんわ!」


 エルリアが頬を膨らませる。

 ミリィが苦笑した。


「まあ、レイらしいけど」

「それより……」


 レイは胸元に手を当てた。

 そこには、あのマナ・チェッカーが入っている。

 出港してから三日。

 マナ・チェッカーは、時々小さく震えていた。

 そして島が近づくにつれ――

 その震えが少しずつ強くなっている。

 カタ。

 カタカタ。

 レイは眉を寄せた。


「……やっぱり変だな」

「マナ・チェッカー?」

「うん」


 ミリィが近づいてくる。


「どのくらい?」

「出港した時より、ずっと強く反応してる」


 レイが蓋を開ける。

 内部の小さな針が、一定方向へ引っ張られるように揺れていた。


「島に近づくほど反応が強くなってるわね」


 ミリィが呟く。


「ええ」


 エルリアも不安そうに見つめる。


「やはり、魔力の異常は本当なのですね」

「うん」


 レイは頷いた。

 その時だった。

 ふわり。

 レイの肩に風が集まる。

 緑色の光が揺らめき、シルフが姿を現した。

 いつもなら楽しそうにレイの周囲を飛び回る彼女が、今日は島をじっと見つめている。


『……近い』

「うん」

『やっぱり嫌』


 シルフが小さく身震いする。


『あの島の風、変』


 レイは少しだけ真剣な顔になった。


「何が変なの?」

『……分からない』


 シルフは首を振る。


『でも、嫌』


 その直後。

 別の場所から赤い光が現れた。

 アグニだった。


『俺も嫌だ』

「アグニまで……」

『あの島には、変な魔力が溜まってる』


 アグニは珍しく、島から視線を逸らした。


『近づきたくない』


 レイは黙った。

 精霊がここまで露骨に嫌がることなど、今までほとんどなかった。

 それだけで、十分な警告だった。


「……分かった」


 レイは小さく息を吐く。


「気をつけよう」

『うん』


 シルフが頷く。

 その様子を少し離れたところから見ていた人物がいた。

 アルトリウスだった。

 彼はレオンハルト、ギルバート、リゼット、フィオナとともに甲板へ出ていた。

 だが、視線は自然とレイへ向かっている。


「アル?」


 リゼットが気づいた。


「また見てるね」

「……ああ」


 アルトリウスは否定しなかった。


「彼は面白い」

「レイが?」

「そうだ」


 アルトリウスの瞳には、以前とは少し違う光があった。

 単なる興味ではない。

 警戒でもない。

 もっと純粋な――期待。


「力があるのに、それを誇示しない」


 アルトリウスは呟く。


「自分が何をすべきかを考え、そのために必要なら他人を頼る。恐怖を知っていながら、必要な時には前へ出る」

「……ずいぶん評価してるね」


 リゼットが意外そうに言う。


「彼には、何かがある」


 アルトリウスは島を見た。


「私には、それがまだ分からない」

「アルにも分からないことがあるんだ」

「当然だろう」


 アルトリウスは笑った。


「だからこそ、面白い」


 その会話を、少し離れた場所でレオンハルトが聞いていた。

 彼は妹から聞いていたレイの話を思い出す。

 そして、改めて少年を見る。


「……また何か厄介なことになりそうだな」


 レオンハルトが小さく呟いた。

 昼過ぎ。

 船が島の南側にある湾へ入る。

 そこには、以前から使われていた簡易的な桟橋があった。

 だが。


「……壊れている?」


 ギルバートが目を細めた。

 桟橋の一部が崩れている。

 さらに、木材には爪で引っ掻いたような傷が残っていた。


「最近ついた傷ですね」


 リゼットがしゃがみ込む。


「そうね」


 ミリィも傷を確認する。


「魔物がここまで来たってこと?」

「可能性は高い」


 レオンハルトが答えた。

 特級冒険者のグレンが船首から降りる。

 傷を一目見て、顔をしかめた。


「……上陸地点を変更する」

「え?」


 教官が聞き返す。


「この周辺に魔物が定着している可能性がある。予定通りここを使うのは危険だ」


 グレンが島の奥を見る。


「西側へ回る」


 予定変更。

 生徒たちがざわめく。

 しかしグレンは気にしない。


「現場では予定通りにいかない。それを覚えておけ」


 船は湾を離れ、島の西側へ向かった。

 その間、レイは黙って島を見ていた。


 森。

 山。

 海。


 一見すると何も変わらない。

 だが。


「……なんだろう」

「どうしたの?」


 ミリィが聞く。


「いや」


 レイは首を傾げた。


「静かすぎない?」


 ミリィが島を見る。

 確かに。

 鳥の声がない。

 風に揺れる木々の音も、妙に小さい。

 魔物の気配もない。

 普通なら安心するべき状況だ。

 だが。

 シルフがレイの肩で、小さく呟いた。


『……静か』

「うん」

『静かすぎる』


 レイは少しだけ眉を寄せた。

 そして。

 船が西側の海岸へ近づいた瞬間。

 ――バキッ。

 森の奥から、何かが折れる音がした。


「……」


 生徒たちが一斉に振り返る。


「魔物か?」


 ギルバートが剣に手をかける。

 グレンが制止する。


「まだ抜くな」


 全員が息を潜める。

 森の奥。

 何かが動いた。

 一瞬。

 巨大な影が木々の間を横切る。


「……今の、何?」


 フィオナが小さく呟く。

 誰も答えられない。

 だが。

 レイだけは、影が消えた方向を見ていた。


「……あれ」

「何?」


 エルリアが尋ねる。


「魔物じゃない」

「え?」

「たぶん……」


 レイは目を細める。

 風が、ほんの僅かに動いた。

 シルフが耳元で囁く。


『レイ』

「うん」

『あれ、私たちを見てた』


 レイは島の森を見つめた。


「……そうなんだ」


 やがて船が岸へ着く。

 錨が下ろされる。

 魔導船の甲板に、緊張が走った。

 グレンが振り返る。


「ここから先は、俺たちが守ってやれる範囲も限られる」


 生徒たちを見る。


「勝手な行動はするな。異常を感じたら必ず報告しろ」

「はい!」


 返事が響く。

 アルトリウスも剣を腰に下げる。

 ギルバートがその隣に立つ。

 レオンハルト、リゼット、フィオナも準備を整える。

 そして。

 レイ、エルリア、ミリィも船を降りた。

 砂浜を踏む。

 ――ザッ。

 その瞬間。

 レイの足元を、冷たい風が通り抜けた。

 シルフが姿を現す。


『……嫌』

「うん」


 レイは島の奥を見る。

 森の向こうには、巨大な山がそびえている。

 まだ何も分からない。

 敵も見えない。

 原因も分からない。

 だからこそ。


「とりあえず、調査しよう」


 レイはいつもの調子で言った。


「何かあったら、その時考えればいいよ」


 ミリィが呆れたように笑う。


「本当に、レイはそういうところ変わらないわね」

「そう?」

「そうよ」


 エルリアも苦笑する。


「ですが……少し安心しますわ」

「なら、よかった」


 レイは笑った。

 その少し後ろ。

 アルトリウスが三人を見ていた。

 そして、島の奥へ視線を移す。

 その顔から、笑みが消える。


「……面白くなってきたな」


 誰にも聞こえない声で呟いた。

 こうして。

 皇立学園の生徒たちは、未知の島へ足を踏み入れた。

 誰もまだ知らない。

 この島で起きている異変が、やがて世界そのものを揺るがす大きな事件へ繋がっていくことを。

 そして。

 その異変を最初に感じ取っていたのが――

 人間ではなく、レイのそばにいる精霊たちだった。

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